まずい飯が食べたくて

森園ことり

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6 杏奈ちゃんの蕎麦

6 杏奈ちゃんの蕎麦(1)

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「先輩! 全然ダメじゃないですか!」

 鍋奉行というのがいるが、どうやら七尾はキャンプ奉行だったようだ。
 こいつがこんなにキャンプにこだわりを持っているとは知らなかった。

「テグはこの角度でってさっき言いましたよね? そうじゃないとすぐ倒れちゃいますから。あと、ここもっとピンとさせてください。じゃないとたわんでて格好悪いでしょう」
「……だったらお前がやればいいじゃん。そのほうが早い」

 七尾は大げさにため息をつく。

「あのですね、そうやって他の人に頼んでたらいつまでたっても覚えられませんよ。初心者って、そこでまず躓くんです。できる人にやってもらえばいいや~って。めんどくさいでしょうけど、最初にしっかり覚えれば次からさくさくできますから。はい、頑張って!」
「……」

 なんかむかつくのは、七尾の態度のせいなのか、それとも自分がうまくできないせいなのか。

「先輩、そんな怖い顔しないで。楽しんでやらないとキャンプしに来た意味ないですよ。苛々しない」

 お前がうるさく言うから楽しめないんだろ。

「わかってるよ……あっち行ってろ」
「大丈夫ですか? できます?」

 こいつ、面白がってるんじゃないだろうか。

「大丈夫ですか?」

 心配そうに声をかけてきた、長身のすらりとした男。
 七尾がキャンプ要員として連れてきた藤堂の新人、須賀田健人(すがたけんと)だ。
 キャンプ好きで道具一式を持っていることから、七尾が誘った。

 令子さん家族は彼女の車で、僕らは須賀田君の車でキャンプ場までやってきた。
 千葉のキャンプ場は想像以上に広大で、足を踏み入れた瞬間に爽快な気分になった。来てよかったと素直に思う。ただし、七尾がうるさく喚かなければ、だが。

「俺、ちょっと令子さんたちの様子見てくる」

 そう言って七尾から逃げると、川のほうへみんなを探しに行った。
 魚釣りも楽しめるらしく、須賀田君は釣り竿も二本持ってきてくれた。
 それを使って叔父さんが大物を釣ってやると息巻いていたのだが。

 川の音が近づいてくると、風もひんやりしたものに変わった。光も明るさを増したように感じられる。

 叔父さんの姿はすぐに見つけられた。
 他のキャンプ客から少し離れた場所で、令子さんの母親である美津子さんと並んで釣竿を垂らしている。
 二人の笑い声が聞こえてきた。すっかり打ち解けてるみたいだ。

「叔父さん、釣れた?」

 大きな声で呼びかけると、同時に二人は振り返った。

「なかなか難しいよ。もう飯か?」

 まだテントもはれてないのに、ご飯なわけがない。
 昼食はバーベキューの予定だ。野菜や肉などは家で仕込んできた。

「まだだよ。令子さんたちは?」

 若々しい美津子さんが笑顔で川の上流を指さした。

「あっちのほうに歩いて行きましたよ」

 美津子さんは令子さんに似ていてとても美人だ。明るくてお喋りが好きなところも似ている。

「探してきます。魚、いますか?」

 僕は二人に近づいて釣り糸の先を見た。
 川面は光を反射してきらきら光り、眩しくて凝視できないほどだ。
 今日は恐ろしく天気がいい。気温もぐんぐん上がり、叔父さんは半袖をさらにまくっている。

「さっき、むこうで魚が飛んだ気しがんだけどな」

 叔父さんが見た先は少し流れが急になっている。しばらく川を眺めたけれど、魚の影はどこにも見当たらない。

「……じゃあ僕、二人の様子見てきます」

 二人に見送られながら、川沿いを上流に向かって歩き出す。
 杏奈ちゃんがいるのだから、そう遠くには行っていないだろう。

 川向うの高い木々から激しく鳴きかわす鳥の声が聞こえてくる。東京では聞いたことのない声だ。
 五分ほど歩くと、遠くに令子さんたちらしき姿が見えてきた。
 二人は川の方を向いてなにか話している。

 少し声が大きかったので足を止めると、杏奈ちゃんがなにか強く言っている声が聞こえた。
 喧嘩でもしているのだろうか。

 二人はまだこちらに気づいていないようなので、引き返した方がいいだろうかと一瞬迷った。
 すると、杏奈ちゃんがくるりと振り返り、僕と目が合った。

 彼女が人間に見つかった野生動物みたいにパッと駆け出したので、僕はあっと小さく声をあげた。
 令子さんもこちらを振り返ったが、すぐに慌てて杏奈ちゃんを追いかける。

「一人で行っちゃだめ! 杏奈戻ってきなさい!」

 すると杏奈ちゃんはスピードをゆるめずにUターンして、こっちに向かって走ってくる。

「杏奈!」

 杏奈ちゃんは令子さんの手をすり抜けて、なおも走り続ける。
 呆然と見ている僕の脇も走り抜けて、そのまま下流に向かって駆けていった。
 そのあとを追いかける令子さんは一瞬僕を見たけれど、何か言う余裕もないまま走っていく。

 杏奈ちゃん、どうしたんだろう。

 ただの親子喧嘩?
 それとも、本当は杏奈ちゃん、今日のキャンプに来たくなかったんだろうか。

 ここに来るまでの車は別々だったし、キャンプ場についてからも簡単に自己紹介しただけで、ちゃんとまだ言葉を交わしてない。
 令子さんとはまた違う、きりっとした雰囲気のきれいな子だが、意志の強そうな目をしていた。
 杏奈ちゃんがキャンプに乗り気だったかどうかは令子さんに確認していない。

 令子さんの息抜きになれば、とそれだけを考えて話をすすめてしまった。
 親子喧嘩の原因になってしまったのだとしたら、元も子もない。
 ため息をつき、川の流れをぼうっと眺めた。

「先輩! そんなところでなにしてるんですか」

 声をかけられて振り向くと、呆れた顔の七尾が駆け寄ってくるところだった。

「探したんですよ。全然戻ってこないんだもん」

 腕時計を見ると、三十分もたっていた。

「珍しい魚でもいました?」

 僕が眺めていた川面をいぶかし気な顔つきで七尾が見る。

「令子さんとか、みんなそろってる?」
「そろってるに決まってるじゃないですか。須賀田がおいしいコーヒー淹れてくれたんで、先輩も早く戻って飲みましょ」

 令子さんや杏奈ちゃんも戻ったのか。
 ほっと息をつく僕を見て、七尾が不思議そうな顔をする。
 その視線を避けるように歩き出した。七尾も慌ててついてくる。
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