まずい飯が食べたくて

森園ことり

文字の大きさ
上 下
14 / 42
4 七尾のオムライス

4 七尾のオムライス(1)

しおりを挟む
「うまいっすねぇ」

 七尾優(ななおゆう)はラーメンを食べるとそれしか言わない。
 仕事終わりになにか食べていこうかという時、七尾はいつもラーメン屋を選んだ。

 藤堂はわりとなんでも出すけれど、さすがにラーメンは出さない。
 仕事では作らないものを食べたいのかと思っていたが、単純に大好物なんだろう。

「おい、鼻水出てるぞ」
「え、嘘っ」

 からかっただけなのだが、そのあと七尾はずるずるずると鼻水をすすったので、本当に出かけていたらしい。
 そういう僕もさりげなくティッシュで鼻をかんだ。

 カウンター席しかない狭いラーメン店だが、昼時をはずれているのに半分以上の席が埋まっている。見事に男性客ばかりだ。
 豚骨味のがっつり系。
 僕と七尾は細身だが、他の客はけっこうがっしりした体格をしている。

「お前は体型変わらなくていいな。こっちは仕事辞めて太ったよ」

 そう言って、僕はすこしぽっこりしたお腹をなでる。
 七尾はそんな僕をちらっと見て得意そうな顔をした。

「僕、最近筋トレしてるんですよ。先輩もしたらどうです? 細マッチョは女の子ウケがいいですからね~」

 七尾は恋活系アプリで知り合った女の子とよく会っているらしい。
 かなり前から真剣に恋人を探しているが、いっこうにできる気配がない。

 悪い奴ではないし容姿も普通なのだが、若いせいかまだ子供っぽいところがある。女の子にはそこが物足りなく感じるのかもしれない。

「で、いま、いい感じの子はいるの?」

 僕がそう訊ねると、七尾はぐいと水を飲んでからぐふふと変な笑い声を漏らした。

「一応いますけどね。何度かデートしてるんですけど、とっても可愛くていい子なんすよ」
「いつもそう言ってんじゃん」
「今度の子は一番です」

 周りを気にしたのか、七尾は急に話すのをやめてラーメンを食べることに集中した。
 十分ほどで食べ終わって店を出ると、七尾はスマホを取り出した。

「ねえ、先輩、このあとカフェ行きましょうよ。僕、行きたいお店あるんです」

 七尾はおしゃれなカフェやスイーツが好きという、女子的な趣味がある。いまはこういうのが普通なのかもしれないが。

「いいけど、ラーメン食べ終わったばっかだし、アイスコーヒーぐらいしか入らないよ」
「そうですか……そこ、マロンケーキで有名なお店なんですよねぇ。僕、食べたいなぁ」

 マロンという言葉で石川のことを思い出した。
 お土産に買ってきたマロン味の焼き菓子は叔父さんや常連の人たちに好評だった。令子さんも喜んで食べてくれた。彼女には家族分もこっそりあげた。

「七尾だけ食べたら」
「じゃあ少しあげますね」
「いや、いいよ。好きなだけ食べて」

 七尾が相変わらず天真爛漫にふるまっているので、ちょっと安心した。
 藤堂を僕を辞めてから彼と会うのは今日が初めてだ。
 久しぶりに連絡が来たときは正直嬉しかった。

 店で一番仲良くしてた後輩だし、辞めると打ち明けた時は涙ぐんで引き止めてくれたのだから。
 まるで弟みたいに思っていたので、七尾と一緒に仕事ができなくなるのは寂しかった。
 自分からは連絡しにくかったけれど、こうしてまた前みたいにラーメンを食べに行けたのは嬉しい。

「たぶん、こっちなんですよね……」

 スマホの地図アプリを凝視する七尾と並んで、初夏の陽気の街を歩いていく。
 七尾は長袖をまくりあげているが、半袖でもいいぐらいだ。
 すぐそこまで夏が来ている。

「先輩、仕事の方は見つかったんですか? この前の電話ではまだって言ってましたけど」
「ああ……そうだな。まだだな」

 七尾にはまだ神楽坂の店のことは話していない。
 まだ自分の気持ちが固まってないからだ。

 七尾はちらっと心配そうな目で僕を見る。
 早く安心させる言葉を言えたらいいんだけど。

「じゃあ叔父さんの店でまだしばらくは働くんですね」
「そうだな」
「僕、今度食べに行ってもいいですか?」
「いいよ。月曜以外はやってるから」

 今日は月曜だ。叔父さんはおそらく深酒がたたってまだ布団の中だろう。というか、夜まで起きないはずだ。
 気づくと七尾はちらちら僕の顔を見ている。

「なんだよ」
「いえ……なんか、先輩、やさしいですね」
「は?」
「今日会った時からずっと思ってたんですよね。なんかやわらかい雰囲気になったなぁって」

 なんだ?
 この前、石川も似たようなことを言ってた。

「やわらかい? じゃあ、おかたい感じだったんだ?」

 七尾は慌てて、「いやいや」と否定する。

「おかたいっていうか……そうですね。なんかいつも、ぴりぴりしてましたから」
「ぴりぴり? まあ、仕事の時はな」

 七尾は迷ったのか足を止めた。

「というか……なんか怖かったです」
「怖い?」

 あ、と言って七尾は先に立って歩きはじめた。店が見つかったらしい。
 オープンテラスがあるいかにも女性が好きそうなおしゃれなカフェだ。
 一人ならまず入らない。

 僕は食には興味があるが、店の内装や外観にはそれほどこだわりがない。どちらかというと昔から大事に使われてきた建物やインテリアに惹かれる。
 だから、叔父さんの店も意外と好きなのかもしれない。

 最近の店はどれも似たり寄ったりで店主の個性が感じられないものが多い。こざっぱりとしていて体裁がよく、いまどきを寄せ集めたような店は店主の顔が見えない。魂が込められていないというか。
 どこかいびつでバランスが悪くても、そこに誰かのこだわりが感じられる店が僕は好きだ。

「やっぱりここだ! わー、おっしゃれーな店ですね」

 七尾は大興奮。
 彼のこういう素直で純粋なところは嫌いじゃない。

「えらくおしゃれだな」

 店に入ると、テラス席に通された。どうやら七尾はしっかり予約していたらしい。
 外から丸見えな席なんて落ち着けないから嫌だが、七尾をがっかりさせたくないので、おとなしくテーブルに通された。

 通行人たちがちらちら見てくる。
 しかも僕らは男二人だ。
 七尾はきょろきょろ周りを見たり、メニューをぱたぱためくったりしてはしゃいでいる。
 急に汗が出てきて、何度も額を手で拭った。

「わー、今日は暖かいし、最高ですね。先輩、僕ね、いつか海外でこういうおしゃれな席に座ってみたいんです。昼間からワインなんか飲んじゃったりして」

 いいじゃない、と僕は汗を拭いながら乾いた笑いを漏らした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

すこやか食堂のゆかいな人々

山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。 母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。 心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。 短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。 そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。 一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。 やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。 じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...