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1 佐藤さんのおでん
1 佐藤さんのおでん(4)
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五時に『おかや』に行くと、珍しく叔父さんが料理をしていた。
鍋の前に立ち、味見をしながら首をかしげている。
「なに作ってるんですか?」
「おう。いやさ、佐藤さんにおでん作ってあげてるんだけどね……」
「おでん?」
佐藤さんが子供の頃、母親に作ってもらったおでんのことだろうか。
「ちょっといいですか?」
僕は叔父さんが作ったおでんの味見をした。
薄味でぼんやりしている。
具材は練り物と大根だけ。
「どう?」
「体にやさしそうな味ですね」
「やっぱ、まずい? 佐藤さんのお母さんが作ったおでんを再現してみようとしたんだけど」
驚いた。
またなんでそんなことを。
叔父さんは照れ笑いを浮かべた。
「いや、うちのおふくろのおでんもあんまりおいしくなかったな……ってあのあと思い出してさ。それで、もしかしたら同じような味だったのかもって思って、作ってみたくなったんだ」
「そうだったんですか」
これは汁が多い。佐藤さんは確か、汁が煮物みたいに少なかったと言っていた。
「じゃあ、おばあちゃんに作ってもらったらいいじゃないですか」
「まあ、そうだけど……もう、うちのおふくろ、料理はしてないんだ」
僕は叔父さんの顔を見た。
「もう年だから億劫みたいでね。適当にお惣菜買って食べてるよ。俺も料理は下手だしさ。おやじもまったくだめだし」
そうだったのか。
叔父さんの横顔が少し寂しそうに見えた。
「宅配弁当とか、試してみたらどうですか? 栄養やカロリー管理もしやすくなると思いますよ」
「そうだなあ。ちょっと考えてみるか」
おばあちゃんはもう料理をしていない。
家では毎日、どんなふうに過ごしてるんだろう。
おばあちゃんのことを訊ねようとした時、叔父がため息をついた。
「やっぱ、他人の思い出の料理って再現は難しいもんだな」
僕は笑った。
「そりゃそうですよ。僕らは食べたことないんですから」
新しい鍋を出して、大根とじゃがいもを手に取る。
「でも面白いアイデアだと思いますよ。うまく再現できたら、佐藤さんを驚かせられるかも」
僕はするすると大根の皮をむいていく。
「佐藤さんのお母さんは、仕事で忙しくて料理に時間をとれなかったんですよね。じゃあ、十分かそこらで簡単に作ってたんじゃないですかね」
大根は厚切りにせず、1.5㎝ぐらいの輪切りにする。じゃがいもは、四等分ぐらいの大きさ。練り物もそんなには入れなかっただろう。さつまあげ、ちくわぶ。あるいははんぺん。
「はんぺんは女の人好きだよな」
「僕も好きですけどね。はんぺんはやちくわぶは白い。佐藤さん、白っぽいおでんって言ってましたよね」
「確かに。そういや、さつまあげ以外はどれも白っぽいな」
もしかしたら、練り物を油揚げで代用した時もあったかもしれない。そうなると、より煮物っぽい。
「ちくわぶは入れてたかもしれませんね。佐藤さんて関東の人ですか?」
「うん。東京生まれだって言ってた」
「じゃあ、ちくわぶは入れてたんじゃないかな。ちくわぶも白いし」
具材がひたひたになるぐらいのだしで煮て、砂糖、醤油のシンプルな味付け。醤油はほんの少しだけ。塩分を気にする母親なら、薄味でも気に留めないだろう。すると、白い煮物みたいなおでんが出来上がる。
「いい匂いだね」
二人で味見をすると、野菜と練り物の味がよく煮汁にしみこんでいて、薄味だがそう悪くなかった。
「ゆで卵は? あれも白いじゃん」と叔父さん。
「ほんとだ。入れてたかもしれないですね。でも、ゆで卵は別で茹でないといけないから、時間がなかった時は省いてたかも。野菜と練り物も最初から一緒に茹でてたから、汁が濁ってたんでしょう」
なるほどねえ、と叔父さんはうなずいた。
僕は何種類か煮物を作り、その間に唐揚げ用の鶏肉をにんにくをきかせたたれに漬け込んでおいた。今日の目玉は唐揚げだ。
ナスと油揚げの味噌汁が出来上がった頃、女性客が一人現れた。
「こんばんは」
彼女は令子(れいこ)さん。三十五歳のシングルマザーだ。
金曜日の夜だけ、仕事終わりに一杯やりにくる。
一緒に暮らしている母親に、十歳になる娘の杏奈(あんな)ちゃんをみてもらっているらしい。
「いらっしゃい。今日も一週間お疲れさん」
ありがとう、と少し疲れた顔で叔父さんに笑いかけた令子さんは、カウンターの端っこにいつも通り腰をおろした。
「いい匂い。お味噌汁?」
ちらりと僕を見て訊く。
「はい。ナスにしたんですがお好きですか?」
「大好き。私、好き嫌いないから。じゃあ、そのお味噌汁とごはん。あと適当におかずもらおうかな」
彼女は灰色のジャケットを脱いで、青いブラウス姿になった。いつもパンツスーツだが、毎回違うきれいなブラウスを着ている。
仕事はIT系らしい。二十三歳で結婚、出産。だが、結婚生活は一年たらずで破綻したそうだ。
それからは娘と母親との三人暮らし。彼女は一人で家族の生活を支えている。
さっぱりしたショートヘアは、目鼻たちのはっきりした彼女の顔によく似合っている。
体を動かすことが好きで、休日や仕事終わりにランニングすることもあるらしい。好きな音楽を聴きながら走るので、いい気分転換になり、体型維持もできるから一石二鳥だとこの前話していた。
「今日のおすすめは唐揚げなんです」
「わあ、唐揚げ大好き。多めにもらえる?」
「了解です」
漬けだれから取り出した鶏もも肉の汁気を軽く切り、片栗粉にまぶして揚げていく。
じゅわーっといういい音が、叔父さんと令子さんの視線を釘付けにした。
たれと鶏肉の香ばしい匂いがあっというまに店内に充満する。
千切りキャベツとレモンを皿に盛り付けてから、煮物の小皿二種類と大盛りご飯を彼女の前に並べた。自家製の糠漬けも。
「今日の煮物はレンコンと厚揚げ、切り干し大根か。最高」
彼女はとてもおなかが空いていたらしく、煮物と糠漬けだけでご飯一杯を軽くたいらげた。
ご飯のおかわりを叔父さんが用意している間に、かりっと唐揚げが揚がった。
「火傷するぐらい熱いので気をつけてくださいね」
「私、よく上あごを火傷しちゃうんだよね」
令子さんは笑ってから、ぱくっと唐揚げにかぶりついた。
「わかる。べろーんって皮めくれるよな」
叔父さんがにやっと笑うと、令子さんは口をもぐもぐさせながらうなずいた。それから目を細めて首を縦に振る。おいしい、と目尻のシワが語っていた。
「さいっこう。新君、天才だね」
彼女は早くも二個目のから揚げにかぶりついている。顔に出ていた疲れが消えていく。ほんのり桃色に染まった頬を見て、僕も嬉しくなった。
叔父さんもはふはふと唐揚げを味見していると、佐藤さんが現れた。
「いらっしゃあい!」
おでんを用意してある叔父さんは、いつもよりハイテンションな挨拶で彼を迎えた。
それにちょっと驚いたような佐藤さんは、苦笑しながらカウンターに腰をおろす。
令子さんと軽く会釈をかわしてから、カウンターの内側を覗き込むしぐさをした。
「今日はなにがあるのかな」
「唐揚げが……」
「いやいや! 違うでしょ新君!」
叔父さんが突然割り込んできて、さっき作ったおでんの入った鍋を取り出した。
「佐藤さんにはこれこれ!」
「え、なに?」
恐る恐る、といったように鍋を覗き込んだ佐藤さんの表情はぽかんとしたものに変わる。
「これって……」
「この前話してた、佐藤さんの思い出のおでん」
僕は軽く頭を下げた。
「すみません。ちょっとさっき作ってみたんです」
佐藤さんはかなり驚いたのか、言葉を失っていた。
僕は鍋を温めなおし、おでんを皿に盛った。
「おでん、いいですね。私ももらえます?」
食欲旺盛な令子さんが目をきらきらさせている。
「でもこれ、まずいですよ」
佐藤さんの言葉に、「え?」と令子さんは目を真ん丸にした。
「いや、違う……ええっと」
佐藤さんも慌てて、助けを求めるように僕と叔父さんを見た。
ぶふっと噴き出した叔父さんは、佐藤さんのおでんの話を簡単に令子さんに説明した。
「じゃあ、まずは佐藤さんが食べないとですね」
令子さんの言う通りだった。
僕ら三人は、佐藤さんがおでんをじっと見つめるのを見守った。
「見た目は……うん、こんな感じだったかな。白っぽくて、味が薄そうで、汁がほとんどなくて。具材もあんまり子供がワクワクしないようなものだったから、似てる」
僕と叔父さんはやっぱりねというように顔を見合わせた。
「いただきます」
佐藤さんはまず汁を少し飲み、それから、ちくわぶを食べた。
小さく何度もうなずき、なんとも言えない笑みを浮かべた。
「薄味だけど、ちゃんと味がしみこんでるね。母親のは、全然しみこんでなかったよ」
それから大根を一口食べる。
「おいしい。母親のはね、こんなに火が通ってなくて、固かった。で、ほぼ大根のみの味だった」
佐藤さんはじゃがいもも少し食べてから箸をおいた。
遠い日のことを思い返してるように、ぼんやり古びたカウンターを見つめている。
「じゃあ、全然似てなかったってわけだ。やっぱ難しいなあ、思い出の味は」
叔父さんはそう言って、ちょっとがっかりした顔をした。
まあまあ、と僕は叔父さんの肩をそっと叩く。
見る限り、佐藤さんは全然がっかりしてないように見える。
だって、彼の口の端が心持ち上がっている。満足そうに。
「おでんで一杯やりたくなるなんて、時の流れを感じるよ」
佐藤さんはそう笑って箸を持ち上げると、おいしそうにおでんを食べはじめた。
僕は熱燗の用意をしてから、さっきから物欲しそうに見ている令子さんにおでんをたっぷりとよそった。
鍋の前に立ち、味見をしながら首をかしげている。
「なに作ってるんですか?」
「おう。いやさ、佐藤さんにおでん作ってあげてるんだけどね……」
「おでん?」
佐藤さんが子供の頃、母親に作ってもらったおでんのことだろうか。
「ちょっといいですか?」
僕は叔父さんが作ったおでんの味見をした。
薄味でぼんやりしている。
具材は練り物と大根だけ。
「どう?」
「体にやさしそうな味ですね」
「やっぱ、まずい? 佐藤さんのお母さんが作ったおでんを再現してみようとしたんだけど」
驚いた。
またなんでそんなことを。
叔父さんは照れ笑いを浮かべた。
「いや、うちのおふくろのおでんもあんまりおいしくなかったな……ってあのあと思い出してさ。それで、もしかしたら同じような味だったのかもって思って、作ってみたくなったんだ」
「そうだったんですか」
これは汁が多い。佐藤さんは確か、汁が煮物みたいに少なかったと言っていた。
「じゃあ、おばあちゃんに作ってもらったらいいじゃないですか」
「まあ、そうだけど……もう、うちのおふくろ、料理はしてないんだ」
僕は叔父さんの顔を見た。
「もう年だから億劫みたいでね。適当にお惣菜買って食べてるよ。俺も料理は下手だしさ。おやじもまったくだめだし」
そうだったのか。
叔父さんの横顔が少し寂しそうに見えた。
「宅配弁当とか、試してみたらどうですか? 栄養やカロリー管理もしやすくなると思いますよ」
「そうだなあ。ちょっと考えてみるか」
おばあちゃんはもう料理をしていない。
家では毎日、どんなふうに過ごしてるんだろう。
おばあちゃんのことを訊ねようとした時、叔父がため息をついた。
「やっぱ、他人の思い出の料理って再現は難しいもんだな」
僕は笑った。
「そりゃそうですよ。僕らは食べたことないんですから」
新しい鍋を出して、大根とじゃがいもを手に取る。
「でも面白いアイデアだと思いますよ。うまく再現できたら、佐藤さんを驚かせられるかも」
僕はするすると大根の皮をむいていく。
「佐藤さんのお母さんは、仕事で忙しくて料理に時間をとれなかったんですよね。じゃあ、十分かそこらで簡単に作ってたんじゃないですかね」
大根は厚切りにせず、1.5㎝ぐらいの輪切りにする。じゃがいもは、四等分ぐらいの大きさ。練り物もそんなには入れなかっただろう。さつまあげ、ちくわぶ。あるいははんぺん。
「はんぺんは女の人好きだよな」
「僕も好きですけどね。はんぺんはやちくわぶは白い。佐藤さん、白っぽいおでんって言ってましたよね」
「確かに。そういや、さつまあげ以外はどれも白っぽいな」
もしかしたら、練り物を油揚げで代用した時もあったかもしれない。そうなると、より煮物っぽい。
「ちくわぶは入れてたかもしれませんね。佐藤さんて関東の人ですか?」
「うん。東京生まれだって言ってた」
「じゃあ、ちくわぶは入れてたんじゃないかな。ちくわぶも白いし」
具材がひたひたになるぐらいのだしで煮て、砂糖、醤油のシンプルな味付け。醤油はほんの少しだけ。塩分を気にする母親なら、薄味でも気に留めないだろう。すると、白い煮物みたいなおでんが出来上がる。
「いい匂いだね」
二人で味見をすると、野菜と練り物の味がよく煮汁にしみこんでいて、薄味だがそう悪くなかった。
「ゆで卵は? あれも白いじゃん」と叔父さん。
「ほんとだ。入れてたかもしれないですね。でも、ゆで卵は別で茹でないといけないから、時間がなかった時は省いてたかも。野菜と練り物も最初から一緒に茹でてたから、汁が濁ってたんでしょう」
なるほどねえ、と叔父さんはうなずいた。
僕は何種類か煮物を作り、その間に唐揚げ用の鶏肉をにんにくをきかせたたれに漬け込んでおいた。今日の目玉は唐揚げだ。
ナスと油揚げの味噌汁が出来上がった頃、女性客が一人現れた。
「こんばんは」
彼女は令子(れいこ)さん。三十五歳のシングルマザーだ。
金曜日の夜だけ、仕事終わりに一杯やりにくる。
一緒に暮らしている母親に、十歳になる娘の杏奈(あんな)ちゃんをみてもらっているらしい。
「いらっしゃい。今日も一週間お疲れさん」
ありがとう、と少し疲れた顔で叔父さんに笑いかけた令子さんは、カウンターの端っこにいつも通り腰をおろした。
「いい匂い。お味噌汁?」
ちらりと僕を見て訊く。
「はい。ナスにしたんですがお好きですか?」
「大好き。私、好き嫌いないから。じゃあ、そのお味噌汁とごはん。あと適当におかずもらおうかな」
彼女は灰色のジャケットを脱いで、青いブラウス姿になった。いつもパンツスーツだが、毎回違うきれいなブラウスを着ている。
仕事はIT系らしい。二十三歳で結婚、出産。だが、結婚生活は一年たらずで破綻したそうだ。
それからは娘と母親との三人暮らし。彼女は一人で家族の生活を支えている。
さっぱりしたショートヘアは、目鼻たちのはっきりした彼女の顔によく似合っている。
体を動かすことが好きで、休日や仕事終わりにランニングすることもあるらしい。好きな音楽を聴きながら走るので、いい気分転換になり、体型維持もできるから一石二鳥だとこの前話していた。
「今日のおすすめは唐揚げなんです」
「わあ、唐揚げ大好き。多めにもらえる?」
「了解です」
漬けだれから取り出した鶏もも肉の汁気を軽く切り、片栗粉にまぶして揚げていく。
じゅわーっといういい音が、叔父さんと令子さんの視線を釘付けにした。
たれと鶏肉の香ばしい匂いがあっというまに店内に充満する。
千切りキャベツとレモンを皿に盛り付けてから、煮物の小皿二種類と大盛りご飯を彼女の前に並べた。自家製の糠漬けも。
「今日の煮物はレンコンと厚揚げ、切り干し大根か。最高」
彼女はとてもおなかが空いていたらしく、煮物と糠漬けだけでご飯一杯を軽くたいらげた。
ご飯のおかわりを叔父さんが用意している間に、かりっと唐揚げが揚がった。
「火傷するぐらい熱いので気をつけてくださいね」
「私、よく上あごを火傷しちゃうんだよね」
令子さんは笑ってから、ぱくっと唐揚げにかぶりついた。
「わかる。べろーんって皮めくれるよな」
叔父さんがにやっと笑うと、令子さんは口をもぐもぐさせながらうなずいた。それから目を細めて首を縦に振る。おいしい、と目尻のシワが語っていた。
「さいっこう。新君、天才だね」
彼女は早くも二個目のから揚げにかぶりついている。顔に出ていた疲れが消えていく。ほんのり桃色に染まった頬を見て、僕も嬉しくなった。
叔父さんもはふはふと唐揚げを味見していると、佐藤さんが現れた。
「いらっしゃあい!」
おでんを用意してある叔父さんは、いつもよりハイテンションな挨拶で彼を迎えた。
それにちょっと驚いたような佐藤さんは、苦笑しながらカウンターに腰をおろす。
令子さんと軽く会釈をかわしてから、カウンターの内側を覗き込むしぐさをした。
「今日はなにがあるのかな」
「唐揚げが……」
「いやいや! 違うでしょ新君!」
叔父さんが突然割り込んできて、さっき作ったおでんの入った鍋を取り出した。
「佐藤さんにはこれこれ!」
「え、なに?」
恐る恐る、といったように鍋を覗き込んだ佐藤さんの表情はぽかんとしたものに変わる。
「これって……」
「この前話してた、佐藤さんの思い出のおでん」
僕は軽く頭を下げた。
「すみません。ちょっとさっき作ってみたんです」
佐藤さんはかなり驚いたのか、言葉を失っていた。
僕は鍋を温めなおし、おでんを皿に盛った。
「おでん、いいですね。私ももらえます?」
食欲旺盛な令子さんが目をきらきらさせている。
「でもこれ、まずいですよ」
佐藤さんの言葉に、「え?」と令子さんは目を真ん丸にした。
「いや、違う……ええっと」
佐藤さんも慌てて、助けを求めるように僕と叔父さんを見た。
ぶふっと噴き出した叔父さんは、佐藤さんのおでんの話を簡単に令子さんに説明した。
「じゃあ、まずは佐藤さんが食べないとですね」
令子さんの言う通りだった。
僕ら三人は、佐藤さんがおでんをじっと見つめるのを見守った。
「見た目は……うん、こんな感じだったかな。白っぽくて、味が薄そうで、汁がほとんどなくて。具材もあんまり子供がワクワクしないようなものだったから、似てる」
僕と叔父さんはやっぱりねというように顔を見合わせた。
「いただきます」
佐藤さんはまず汁を少し飲み、それから、ちくわぶを食べた。
小さく何度もうなずき、なんとも言えない笑みを浮かべた。
「薄味だけど、ちゃんと味がしみこんでるね。母親のは、全然しみこんでなかったよ」
それから大根を一口食べる。
「おいしい。母親のはね、こんなに火が通ってなくて、固かった。で、ほぼ大根のみの味だった」
佐藤さんはじゃがいもも少し食べてから箸をおいた。
遠い日のことを思い返してるように、ぼんやり古びたカウンターを見つめている。
「じゃあ、全然似てなかったってわけだ。やっぱ難しいなあ、思い出の味は」
叔父さんはそう言って、ちょっとがっかりした顔をした。
まあまあ、と僕は叔父さんの肩をそっと叩く。
見る限り、佐藤さんは全然がっかりしてないように見える。
だって、彼の口の端が心持ち上がっている。満足そうに。
「おでんで一杯やりたくなるなんて、時の流れを感じるよ」
佐藤さんはそう笑って箸を持ち上げると、おいしそうにおでんを食べはじめた。
僕は熱燗の用意をしてから、さっきから物欲しそうに見ている令子さんにおでんをたっぷりとよそった。
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