まずい飯が食べたくて

森園ことり

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1 佐藤さんのおでん

1 佐藤さんのおでん(1)

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「新しい人?」

 叔父さんの店で働くようになって一週間。
 やってくる常連客たちは、僕の顔を見るなり同じことを口にする。

「甥っ子の新(あらた)。料理人だから、手伝ってもらうことにしたんだよ」

 叔父さんの説明もいつも一緒。

「よろしくお願いします」

 僕はそう言って、視線を手元に落とす。
 叔父さんはおしゃべり専門みたいなものだし、常連客たちもたいてい酔っぱらってるから、べらべらよくしゃべる。

「ビール」

 客はまず酒を頼む。
 ここは居酒屋だから。
 『おかや』の名前は、叔父さんの名前、岡谷浩司(おかやこうじ)からとっている。

「どうぞ」

 その日、僕がはじめに出したのは里芋の煮っころがし。油揚げと煮たごくシンプルな家庭料理だ。

「おっ。そんなの出てくるなんてはじめてじゃん。いつもピーナッツとかぐらいだったのにさぁ」

 客はおかしそうに笑いながら、里芋をぱくっと食べた。

「うんめえなぁ。兄ちゃんが作ったの?」
「はい」

 大根を刻む手を止めずに答える。
 その手元を覗き込みながら、白髪頭の常連客は、みんながするように質問した。

「まだ若いよねえ? いくつ?」
「二十五です」
「どっかでやってたの?」
「レストランで働いてました」
「どこの?」

 いつものように、叔父さんが割って入ってくれる。

「『レストラン藤堂(とうどう)』だよ。まあ、独立前に俺の手伝いに来てくれたってわけだ」

 僕は大根を水にさらすと、ふきんでまな板と包丁で拭いた。

「藤堂ってあの? すごい有名な老舗じゃん。なんで辞めたの?」
「だから独立するから……おっさん、もう酔ったの? そういや、いい麦焼酎入ったけど飲む?」
「ん、ああ、飲む飲む」

 独立のことは考えていたが、早くても二年先だと思っていた。
 資金もまだないし。
 それでも勤めていた店を辞めたのは、先輩の同僚たちと揉めたからだ。
 料理長や後輩からは引き止められたが、先輩たちは僕が辞めて喜んでいるだろう。

「なに作ってるの?」

 大根の水を切って、醤油とゴマ油のドレッシングを作る。

「大根サラダです。良かったら味見しますか?」
「するする。なんだよ、うまそうだなぁ」

 既に顔が真っ赤な客は愉快そうに一人で笑っている。
 ドレッシングにはゴマをたっぷり入れ、七味も少しふって辛みを出す。最後にすだちを絞り、香りを足した。
 山盛りにした千切り大根の上に、刻み海苔と万能ねぎを散らし、そこにドレッシングをかける。

「どうぞ、大根サラダです」
「いいねえ」

 客は一口食べると、文字通り目を見開いた。

「うまいなあ。兄ちゃん、センスあるねえ。あんたの叔父さん、料理はまるでだめだから、これからは頼むよ。こりゃ、みんな飯目当てで来るようになるな」

 叔父さんは笑った。

「既にそうなってるよ」

 叔父さんと客たちは友人同士のように酒を酌み交わし、勢いよく飲み干していく。
 叔父さんはカウンターの中では椅子に腰かけて、いつも酔っぱらっている。

 酒は出すが手の込んだ料理は作らない。というか作れないのだ。叔父さんはきちんと料理を勉強したことがない。
 カレーだけは毎日作って、腹が空いている客がいれば食べさせていた。
 つまみは缶詰か冷奴。あとは冷凍の枝豆を解凍して出すくらい。

 カウンターだけの狭い店で、客もほぼ常連だけという居酒屋だから、それでもなんとかやってきたらしい。
 とにかく酒が好きで人当たりもいいから、叔父さん目当ての客が週に何度もやってくる。

「叔父さん、眠っちゃまずいよ」

 酒は好きだが弱い叔父さんは開店そうそう、もう目を閉じてこくこくしている。白髪の客も同じだ。

「大丈夫」

 叔父さんはそう言うと、カウンターに突っ伏して目を閉じ、本格的に眠りはじめた。



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