46 / 47
46
しおりを挟む
年末年始、僕は実家で過ごした。
大晦日から元旦にかけて。
本当は柳子やトラ吉と新しい年を迎えたかったけど、両親がどうしても帰って来いと言ったので従うことにした。
柳子は正子さんの家で、賑やかで楽しい年末年始を過ごしたようだ。トラ吉に剣太郎君、灰野さんや時蔵さんと一緒に。
二日目の昼頃、僕は実家から大量にもらったお煮しめを持って帰宅した。
柳子にもおすそわけしようと部屋を訪ねたが、留守だった。正子さんちだろうと隣に行ってみたが、彼女はいなかった。
灰野さんと時蔵さんと近所の神社に初詣に行ったよ、と正子さんが教えてくれた。
僕も追いかけようとしたが、まあ待てと無理矢理炬燵に入らされた。
「あなたのおせちはちゃんと残してあるからね」
そう言って、どんどん炬燵の上に食べ物を運んでくる。こうなってはおとなしく全部たいらげるまでは逃げられないのだった。
黒豆をせっせと口に運んでいると、トラ吉が二階から降りて来た。僕の顔を見ると、にゃあにゃあ鳴きながら膝にのってきてくれた。新年のあいさつだろうか。
「剣太郎の部屋が気に入ったらしくて、最近一日中入り浸ってるのよ。意外と気があうみたいよ、あの子と」
剣太郎君はトラ吉をとても可愛がってくれていて、夜も一緒の布団で寝ているらしい。
「よかったなぁ、トラ。ちょっと太った?」
気のせいか、じろっと僕を睨むように見るトラ吉。本当に言葉がわかってるんじゃないだろうか。
「あら、おいしそう」
正子さんにも僕の家のお煮しめをおすそわけをした。
「人の家の手料理って私、好きなのよ。滅多に食べられないじゃない」
そう言って、ヤツガシラをもぐもぐ食べる。
「薄味だけどだしがしっかりきいてておいしいわ。あなたのお母さん、料理上手ね」
正子さんのお煮しめは味がしっかりしていた。彼女の料理は全体的にどれも味が濃いめだ。それはきっと、孫の剣太郎君の口にあうように作られているからだろう。
なんとか三十分でおせちをたいらげると、正子さんの許しを得て家を出た。
歩き出しながらアパートをなんとなく振り返ると、着物姿の女性が二階の廊下に見えた。
柳子? と思ったのは一瞬で、すぐに彼女の母親だと気づいた。
赤や紫が使われた派手な着物姿。本当に華やかなものが好きなようだ。
なんとなく目が離せないでいると、くるりと振り返った苗子さんと目が合った。
「ちょっと、あなた!」
突然大声で声をかけられて、僕はびくっとした。彼女は大きく手招きしている。気づかないふりをして立ち去ることはもうできない感じだ。
僕はおとなしく階段をあがっていって彼女の元に行った。
「こんにちは」
挨拶をして頭を下げると、苗子さんは椿の大きな髪飾りを手で押さえながら、じろりと僕を見た。
「あなた、柳子と付き合ってるのよね」
心臓が止まるほど驚いた。柳子が話したのだろうか?
「前に、柳子があなたの家から出てくるところ見たのよ」
そういうことか。
僕は慌てて背筋を伸ばすと、改めて頭を下げた。
「池間良といいます。柳子さんとお付き合いさせてもらっています」
恐る恐る顔を上げると、彼女は面白くなさそうな顔で僕を見ていた。
「大学生?」
「はい」
「柳子から私のこと聞いてる?」
「少しだけ、聞いています」
「どうせ悪口でしょうけど」
僕は黙りこんだ。確かにいいことは聞いていないから。
「いいわよ、別に。黙って出ていくぐらいだもん、本当に私のことが嫌いなんでしょ」
苗子さんは落ち着かないように半襟を触りながら、ちらちら通りを見ている。柳子が帰ってこないかと気にしているようだ。
「あの子、どこ行ったのか知らない? 夜まで戻らないのかしら」
「初詣に行ったそうです」
「一人で?」
「いえ、知り合いと」
「知り合いって?」
「このアパートに住む女性です。僕らはみんな、よく隣の大家さんの家でご飯をいただいているんです」
苗子さんはまた面白くなさそうな顔で目を細めた。
「そうなの。不思議なことになってるのね」
傍から見れば確かにちょっと不思議なことなのかもしれない。いまはトラ吉も加わったので、もっと僕らが大家さんの家に集まる機会が増えた。
「どうりでうちには寄り付かないはずね。一人暮らしで苦労してるだろうって心配してたけど、そういうわけじゃなさそうね。あの子に伝えてくれる? 私はもうここには来ないから安心してって」
彼女はそう言うと、腕にかけていた紙袋を僕に差し出した。
「これ、あの子が好きな近所の焼き鳥。あの子、昔からこういう庶民的なものが好きなのよ。どうせ私へのあてつけでしょうけど」
僕は紙袋を受け取って中をちらっと見た。中の紙箱からいい匂いがする。
「あの……柳子さんが小さい時、一緒にファミレスに行ったことはありますか?」
何の話? というような顔で苗子さんは僕を見た。
「彼女が前に話したことがあるんです。ファミレスのモーニングをよく食べに行ったって」
苗子さんはじっと僕を見つめた。
大晦日から元旦にかけて。
本当は柳子やトラ吉と新しい年を迎えたかったけど、両親がどうしても帰って来いと言ったので従うことにした。
柳子は正子さんの家で、賑やかで楽しい年末年始を過ごしたようだ。トラ吉に剣太郎君、灰野さんや時蔵さんと一緒に。
二日目の昼頃、僕は実家から大量にもらったお煮しめを持って帰宅した。
柳子にもおすそわけしようと部屋を訪ねたが、留守だった。正子さんちだろうと隣に行ってみたが、彼女はいなかった。
灰野さんと時蔵さんと近所の神社に初詣に行ったよ、と正子さんが教えてくれた。
僕も追いかけようとしたが、まあ待てと無理矢理炬燵に入らされた。
「あなたのおせちはちゃんと残してあるからね」
そう言って、どんどん炬燵の上に食べ物を運んでくる。こうなってはおとなしく全部たいらげるまでは逃げられないのだった。
黒豆をせっせと口に運んでいると、トラ吉が二階から降りて来た。僕の顔を見ると、にゃあにゃあ鳴きながら膝にのってきてくれた。新年のあいさつだろうか。
「剣太郎の部屋が気に入ったらしくて、最近一日中入り浸ってるのよ。意外と気があうみたいよ、あの子と」
剣太郎君はトラ吉をとても可愛がってくれていて、夜も一緒の布団で寝ているらしい。
「よかったなぁ、トラ。ちょっと太った?」
気のせいか、じろっと僕を睨むように見るトラ吉。本当に言葉がわかってるんじゃないだろうか。
「あら、おいしそう」
正子さんにも僕の家のお煮しめをおすそわけをした。
「人の家の手料理って私、好きなのよ。滅多に食べられないじゃない」
そう言って、ヤツガシラをもぐもぐ食べる。
「薄味だけどだしがしっかりきいてておいしいわ。あなたのお母さん、料理上手ね」
正子さんのお煮しめは味がしっかりしていた。彼女の料理は全体的にどれも味が濃いめだ。それはきっと、孫の剣太郎君の口にあうように作られているからだろう。
なんとか三十分でおせちをたいらげると、正子さんの許しを得て家を出た。
歩き出しながらアパートをなんとなく振り返ると、着物姿の女性が二階の廊下に見えた。
柳子? と思ったのは一瞬で、すぐに彼女の母親だと気づいた。
赤や紫が使われた派手な着物姿。本当に華やかなものが好きなようだ。
なんとなく目が離せないでいると、くるりと振り返った苗子さんと目が合った。
「ちょっと、あなた!」
突然大声で声をかけられて、僕はびくっとした。彼女は大きく手招きしている。気づかないふりをして立ち去ることはもうできない感じだ。
僕はおとなしく階段をあがっていって彼女の元に行った。
「こんにちは」
挨拶をして頭を下げると、苗子さんは椿の大きな髪飾りを手で押さえながら、じろりと僕を見た。
「あなた、柳子と付き合ってるのよね」
心臓が止まるほど驚いた。柳子が話したのだろうか?
「前に、柳子があなたの家から出てくるところ見たのよ」
そういうことか。
僕は慌てて背筋を伸ばすと、改めて頭を下げた。
「池間良といいます。柳子さんとお付き合いさせてもらっています」
恐る恐る顔を上げると、彼女は面白くなさそうな顔で僕を見ていた。
「大学生?」
「はい」
「柳子から私のこと聞いてる?」
「少しだけ、聞いています」
「どうせ悪口でしょうけど」
僕は黙りこんだ。確かにいいことは聞いていないから。
「いいわよ、別に。黙って出ていくぐらいだもん、本当に私のことが嫌いなんでしょ」
苗子さんは落ち着かないように半襟を触りながら、ちらちら通りを見ている。柳子が帰ってこないかと気にしているようだ。
「あの子、どこ行ったのか知らない? 夜まで戻らないのかしら」
「初詣に行ったそうです」
「一人で?」
「いえ、知り合いと」
「知り合いって?」
「このアパートに住む女性です。僕らはみんな、よく隣の大家さんの家でご飯をいただいているんです」
苗子さんはまた面白くなさそうな顔で目を細めた。
「そうなの。不思議なことになってるのね」
傍から見れば確かにちょっと不思議なことなのかもしれない。いまはトラ吉も加わったので、もっと僕らが大家さんの家に集まる機会が増えた。
「どうりでうちには寄り付かないはずね。一人暮らしで苦労してるだろうって心配してたけど、そういうわけじゃなさそうね。あの子に伝えてくれる? 私はもうここには来ないから安心してって」
彼女はそう言うと、腕にかけていた紙袋を僕に差し出した。
「これ、あの子が好きな近所の焼き鳥。あの子、昔からこういう庶民的なものが好きなのよ。どうせ私へのあてつけでしょうけど」
僕は紙袋を受け取って中をちらっと見た。中の紙箱からいい匂いがする。
「あの……柳子さんが小さい時、一緒にファミレスに行ったことはありますか?」
何の話? というような顔で苗子さんは僕を見た。
「彼女が前に話したことがあるんです。ファミレスのモーニングをよく食べに行ったって」
苗子さんはじっと僕を見つめた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
お料理好きな福留くん
八木愛里
ライト文芸
会計事務所勤務のアラサー女子の私は、日頃の不摂生がピークに達して倒れてしまう。
そんなときに助けてくれたのは会社の後輩の福留くんだった。
ご飯はコンビニで済ませてしまう私に、福留くんは料理を教えてくれるという。
好意に甘えて料理を伝授してもらうことになった。
料理好きな後輩、福留くんと私の料理奮闘記。(仄かに恋愛)
1話2500〜3500文字程度。
「*」マークの話の最下部には参考にレシピを付けています。
表紙は楠 結衣さまからいただきました!
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
王子様な彼
nonnbirihimawari
ライト文芸
小学校のときからの腐れ縁、成瀬隆太郎。
――みおはおれのお姫さまだ。彼が言ったこの言葉がこの関係の始まり。
さてさて、王子様とお姫様の関係は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる