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 彼女の家に着くと、ケーキとピザを置いてから、一度僕は自分の部屋に戻った。

「誕生日おめでとう」

 リボンをつけた大きな箱を持って戻ると、柳子は声をあげて驚いた。

「えー、なにこれ? ずいぶん大きいけど」
「開けてみて」

 包装紙を開けて出てきたものを見て、柳子は笑い始めた。

「トースターだ」

 ここに住みはじめてすぐに、柳子は中古のトースターを買ってきたのだが、一週間もたたずに調子が悪くなって処分してしまった。そのあとはずっと、ガスコンロのグリルでパンを焼いていたのだ。

「ありがとう、嬉しい。早速明日から使うね」

 いいプレゼントを選んだもんだ、と僕は得意になっていたけど、後日、茉美たちにその話をしたら変な顔をされた。トースターは恋人の誕生日プレゼントには実用的過ぎる、と。
 でもその翌日、もっと柳子が喜ぶことを僕はした。

 一晩、僕はトラ吉のことを考えていた。
 就職したらトラ吉を引き取ろうと思っていたが、今夜にもふらりと彼は姿を消してしまうかもしれない。逃げた飼い猫を探してチラシを配っていた女性の姿もふと思い出した。

 それで、朝一番に駐車場に行ってトラ吉を探した。トラ吉はまるで僕が来るのをわかってたみたいに、道路側に近いところにちょこんと座っていた。

「トラ吉」

 声をかけると、とことこと軽やかに走って来て、僕の足に体をこすりつける。

「うち来る?」

 しゃがみこんで訊くと、にゃあと鳴いた。僕はためしにトラ吉の体を持ち上げて抱っこしようとしてみた。嫌がるだろう、そう思ったけれど、トラ吉はおとなしく僕に抱かれた。

 途中で逃げようとしたら連れて帰るのはよそう。
 そう決めていたけれど、トラ吉はじっとして僕に抱かれていた。僕は急いで正子さんの家に向かった。

「うちでこの猫を飼いたいんですけど、かまいませんか?」

 朝早くに猫を抱いて現れた僕を見て、正子さんも剣太郎君もびっくりしていた。
 でも僕と猫を家にあげてくれ、僕の話を最後まで聞いてくれた。その間、トラ吉は剣太郎君から水をもらって夢中で飲んでいた。

「授業とアルバイトで家を空ける時間が多いのに大丈夫?」

 正子さんはそう僕に訊ねた。
 柳子と協力して猫の世話をしようと思う、と僕は言った。柳子にはまだ了承を得ていないけれど、昨夜、猫を飼いたいと言っていたから、たぶん大丈夫だ。
 正子さんは小さくため息をついてから、縁側で寝そべっているトラ吉をちらりと見た。初めての家なのにもうくつろいでいる。

「それならうちで飼おうか? 私なら家にずっといるし、剣太郎もいるからね」

 思わぬ言葉に今度は僕がびっくりした。トラ吉もくるりと振り返ってこちらの話に耳をすましている。

「いいんですか?」
「そのかわり、毎日この子に会いに来るんだよ。知らないとこに連れてこられて不安だろうしね」

 僕はこくこく頷いた。

「毎日来ます」
「ならいいよ。うちで預かる」
「ありがとうございます! トラ吉、よかったね。今日からここがおまえの家だよ」

 ごろんとトラ吉が横に寝転がったので、思わず僕らは吹き出した。

「ちょっと図々しいところが可愛いじゃない。トラ吉っていうのか、おまえ。今日からこのおばあちゃんがお前さんの面倒見るからね」

 新しい住人が増えて、正子さんは嬉しそうに見えた。

 僕は早速そのことを柳子に報告に行った。朝ごはんを作っていた柳子は、僕の話を聞くと飛び跳ねる勢いで喜んだ。

「よかったぁ。実は私も昨夜、ずっとトラ吉のこと考えてたんだ。昨日寒かったでしょ。外はもっと寒いだろうなって」

 もちろん、朝ごはんを放り出して、柳子はトラ吉の様子を見に行った。
 柳子の喜びようは、トースターをプレゼントした時とはくらべようのないものだったことは、言うまでもない。



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