35 / 47
35
しおりを挟む
「だから樹奈誘えって」
「忙しいから無理」
「でも電話かかってきたんだろ?」
「そうだけど……」
茉美は黙々とハンバーガーを食べはじめた。
自分から距離を置いたので、いまさら誘うのが怖いのだろう。断られたら、と。
彼女はまたスマホをちらりと見た。
まだ松角先輩から連絡は来ていないようだった。
*
お盆は千葉の実家に帰ることにした。
バイトをする気でいたのだけど、店長に「お盆ぐらい顔を見せに帰ったほうがいい」と言われたのだ。
こんな顔を見せてどうなるんだろうと思ったけれど、帰ると意外にも両親は喜んでくれた。
とにかく、あれも食べろこれも食べろと手料理攻め。これでは正子さんちにいるのとさほど変わらない。
外出は家族で墓参りに行ったぐらいで、あとは毎日自分の部屋でごろごろしていた。
僕の部屋には小ぶりのテレビがある。これは両親の寝室に元々あったのだが、新しいのを買ったので僕の部屋に置かれたらしい。
僕は普段テレビを見ないので、ベッドに横になりながら、いろんな番組をぼーっと眺めていた。あまり面白いものはやってないなぁ、なんて思いながら。
帰省して二日目の夜、僕は風呂上りにアイスを食べながら、なんとなくバラエティ番組を見ていた。
芸能人が一ヶ月本気で猛練習したら、どんな特技を習得できるのか、という番組だ。
最初は女性アイドルが登場して、バタフライを練習した。泳ぐのが元々苦手なアイドルは、はじめて数日で泣きながらリタイア宣言をした。果たして彼女は諦めてしまうのか? 続きは次週。
次は別の挑戦者が登場した。
楽器にほぼ触れたことがない若手俳優が、ピアノの難曲に挑戦するというものだ。講師として登場した女性を見て、僕は「あっ!」と大声を出してしまった。
柳子だ。
赤いスーツに赤いパンプスという派手な装い。
でも顔は柳子だ。
声は柳子より若干低い。笑うと顔に皺がより、年齢を感じさせた。
彼女は「三輪(みわ)先生」と呼ばれていた。
慌ててスマホで(三輪 ピアノ 講師)と検索すると、三輪苗子(みわなえこ)という四十九歳の女性の情報が出てきた。
元ピアニストで今は音楽スクールを経営している。五年程前からテレビに出演しはじめ、現在はタレント活動のようなものもしている、とある。
気づくと、番組には別の挑戦者と先生が出ていた。
慌てて部屋を出て階段を駆け下りていく。リビングに入ると、母親がフェイスパックをしながら同じテレビ番組を見ていた。
「ねえ、さっき出てた三輪苗子ってピアノ講師のこと知ってる?」
こちらを振り返った母親は、パックを手で押さえながら驚いたような目で僕を見た。
「三輪苗子? ピアノの人でしょ……どうかしたの?」
「知り合いによく似てたからびっくりして」
「へえ。そんなに驚くほど似てるの」
「うん。本人かと思った」
でも苗字が違う。柳子は南川だ。
「あのひとの娘さん亡くなったのよ」
「娘がいるの?」
「そうよ。よく一緒にテレビに出てたわよ。ピアニストの美人母娘、ってふれこみで話題になったんじゃなかったかしら」
「娘もピアニストだったの?」
「みたいよ。二人とも美人で喋りが達者だから、どの番組出ても目立ってたけどね」
だが、去年の春頃に、娘が自分で運転していた車で事故を起こし、急逝した。
「それから一年ぐらい、母親のほうもテレビで見なかったわね。最近じゃない、復帰したの」
そうなんだ、と言って僕は急いで部屋に戻った。
今度は、(三輪苗子 娘)で検索してみる。
出てきたのは(三輪櫻子(みわさくらこ))という人物だった。去年、二十三歳で交通事故で亡くなっている。
三輪櫻子は目がぱっちりとした、お人形みたいなルックスの美女だった。母親の苗子と一緒に写っている写真もたくさんある。
一瞬、亡くなった娘が柳子ではないかと思って血の気がひいた。でも違った。
柳子は生きている。
あのファミレスでお盆も休まず働いているはずだ。
翌日、僕は朝ごはんを食べるとすぐに実家を出た。
夕飯までいると思っていた母親は残念がっていたが、それどころではない。
東京に戻り、家ではなくファミレスに向かった。
モーニングの時間帯のファミレスは、明るく賑わっていた。
八月からはじまった(肉モーニング)は、ボリュームたっぷりで男性客に支持されていたが、お盆からはじまった(韓国モーニング)は、若い世代に人気のようだ。特に女性たちに。お盆ということもあって、家族連れも目立つ。
忙しくフロアを歩きまわっていた柳子は、僕に気づくと一瞬驚いた顔をした。でもすぐに笑顔になる。
僕は二人掛けのテーブルについて、柳子がやってくるのを待った。
「まだ実家かと思った」
やって来た柳子はそう言って笑った。
「ちょっと話があるんだけど、仕事が終わったら会える?」
「……うん、いいよ。じゃあ、仕事終わったら家に行くね。ご注文は?」
「コーヒーゼリーとドリンクバー」
僕はドリンクバーでコーヒー取って来ると、一息ついた。
お盆だというのに美帆さんも働いている。僕みたいな学生が休んでしまってなんだか申し訳ない。彼女は僕に気づくと元気よく手を振ってくれた。
柳子は夏バテの様子もなく、てきぱきとテーブルの間を行き来している。
やっぱりあの三輪苗子という人に似ている。他人の空似とは思えない。ピアノという共通点もあるし。
僕の席にコーヒーゼリーを運んできてくれた柳子はにこりと笑う。でもその表情が少しだけぎこちない。気のせいだろうか。
忙しいのに長居をしては悪いだろうと、コーヒーゼリーを食べ終えるとファミレスをあとにした。
柳子の仕事が終わるのは三時だから、来るのは夕方だろう。
僕はスーパーに寄って、ドリンクや食料品を適当に買い込んだ。帰宅するとレトルトカレーを温めて食べ、ごろんと横になった。
そのまま寝てしまったようで、気づいた時には三時近くになっていた。
「忙しいから無理」
「でも電話かかってきたんだろ?」
「そうだけど……」
茉美は黙々とハンバーガーを食べはじめた。
自分から距離を置いたので、いまさら誘うのが怖いのだろう。断られたら、と。
彼女はまたスマホをちらりと見た。
まだ松角先輩から連絡は来ていないようだった。
*
お盆は千葉の実家に帰ることにした。
バイトをする気でいたのだけど、店長に「お盆ぐらい顔を見せに帰ったほうがいい」と言われたのだ。
こんな顔を見せてどうなるんだろうと思ったけれど、帰ると意外にも両親は喜んでくれた。
とにかく、あれも食べろこれも食べろと手料理攻め。これでは正子さんちにいるのとさほど変わらない。
外出は家族で墓参りに行ったぐらいで、あとは毎日自分の部屋でごろごろしていた。
僕の部屋には小ぶりのテレビがある。これは両親の寝室に元々あったのだが、新しいのを買ったので僕の部屋に置かれたらしい。
僕は普段テレビを見ないので、ベッドに横になりながら、いろんな番組をぼーっと眺めていた。あまり面白いものはやってないなぁ、なんて思いながら。
帰省して二日目の夜、僕は風呂上りにアイスを食べながら、なんとなくバラエティ番組を見ていた。
芸能人が一ヶ月本気で猛練習したら、どんな特技を習得できるのか、という番組だ。
最初は女性アイドルが登場して、バタフライを練習した。泳ぐのが元々苦手なアイドルは、はじめて数日で泣きながらリタイア宣言をした。果たして彼女は諦めてしまうのか? 続きは次週。
次は別の挑戦者が登場した。
楽器にほぼ触れたことがない若手俳優が、ピアノの難曲に挑戦するというものだ。講師として登場した女性を見て、僕は「あっ!」と大声を出してしまった。
柳子だ。
赤いスーツに赤いパンプスという派手な装い。
でも顔は柳子だ。
声は柳子より若干低い。笑うと顔に皺がより、年齢を感じさせた。
彼女は「三輪(みわ)先生」と呼ばれていた。
慌ててスマホで(三輪 ピアノ 講師)と検索すると、三輪苗子(みわなえこ)という四十九歳の女性の情報が出てきた。
元ピアニストで今は音楽スクールを経営している。五年程前からテレビに出演しはじめ、現在はタレント活動のようなものもしている、とある。
気づくと、番組には別の挑戦者と先生が出ていた。
慌てて部屋を出て階段を駆け下りていく。リビングに入ると、母親がフェイスパックをしながら同じテレビ番組を見ていた。
「ねえ、さっき出てた三輪苗子ってピアノ講師のこと知ってる?」
こちらを振り返った母親は、パックを手で押さえながら驚いたような目で僕を見た。
「三輪苗子? ピアノの人でしょ……どうかしたの?」
「知り合いによく似てたからびっくりして」
「へえ。そんなに驚くほど似てるの」
「うん。本人かと思った」
でも苗字が違う。柳子は南川だ。
「あのひとの娘さん亡くなったのよ」
「娘がいるの?」
「そうよ。よく一緒にテレビに出てたわよ。ピアニストの美人母娘、ってふれこみで話題になったんじゃなかったかしら」
「娘もピアニストだったの?」
「みたいよ。二人とも美人で喋りが達者だから、どの番組出ても目立ってたけどね」
だが、去年の春頃に、娘が自分で運転していた車で事故を起こし、急逝した。
「それから一年ぐらい、母親のほうもテレビで見なかったわね。最近じゃない、復帰したの」
そうなんだ、と言って僕は急いで部屋に戻った。
今度は、(三輪苗子 娘)で検索してみる。
出てきたのは(三輪櫻子(みわさくらこ))という人物だった。去年、二十三歳で交通事故で亡くなっている。
三輪櫻子は目がぱっちりとした、お人形みたいなルックスの美女だった。母親の苗子と一緒に写っている写真もたくさんある。
一瞬、亡くなった娘が柳子ではないかと思って血の気がひいた。でも違った。
柳子は生きている。
あのファミレスでお盆も休まず働いているはずだ。
翌日、僕は朝ごはんを食べるとすぐに実家を出た。
夕飯までいると思っていた母親は残念がっていたが、それどころではない。
東京に戻り、家ではなくファミレスに向かった。
モーニングの時間帯のファミレスは、明るく賑わっていた。
八月からはじまった(肉モーニング)は、ボリュームたっぷりで男性客に支持されていたが、お盆からはじまった(韓国モーニング)は、若い世代に人気のようだ。特に女性たちに。お盆ということもあって、家族連れも目立つ。
忙しくフロアを歩きまわっていた柳子は、僕に気づくと一瞬驚いた顔をした。でもすぐに笑顔になる。
僕は二人掛けのテーブルについて、柳子がやってくるのを待った。
「まだ実家かと思った」
やって来た柳子はそう言って笑った。
「ちょっと話があるんだけど、仕事が終わったら会える?」
「……うん、いいよ。じゃあ、仕事終わったら家に行くね。ご注文は?」
「コーヒーゼリーとドリンクバー」
僕はドリンクバーでコーヒー取って来ると、一息ついた。
お盆だというのに美帆さんも働いている。僕みたいな学生が休んでしまってなんだか申し訳ない。彼女は僕に気づくと元気よく手を振ってくれた。
柳子は夏バテの様子もなく、てきぱきとテーブルの間を行き来している。
やっぱりあの三輪苗子という人に似ている。他人の空似とは思えない。ピアノという共通点もあるし。
僕の席にコーヒーゼリーを運んできてくれた柳子はにこりと笑う。でもその表情が少しだけぎこちない。気のせいだろうか。
忙しいのに長居をしては悪いだろうと、コーヒーゼリーを食べ終えるとファミレスをあとにした。
柳子の仕事が終わるのは三時だから、来るのは夕方だろう。
僕はスーパーに寄って、ドリンクや食料品を適当に買い込んだ。帰宅するとレトルトカレーを温めて食べ、ごろんと横になった。
そのまま寝てしまったようで、気づいた時には三時近くになっていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
夜食屋ふくろう
森園ことり
ライト文芸
森のはずれで喫茶店『梟(ふくろう)』を営む双子の紅と祭。祖父のお店を受け継いだものの、立地が悪くて潰れかけている。そこで二人は、深夜にお客の家に赴いて夜食を作る『夜食屋ふくろう』をはじめることにした。眠れずに夜食を注文したお客たちの身の上話に耳を傾けながら、おいしい夜食を作る双子たち。また、紅は一年前に姿を消した幼なじみの昴流の身を案じていた……。
(※この作品はエブリスタにも投稿しています)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
千津の道
深水千世
ライト文芸
ある日、身に覚えのない不倫の告発文のせいで仕事を退職させられた千津。恋人とも別れ、すべてが嫌になって鬱屈とする中、バイオリンを作る津久井という男と出会う。
千津の日々に、犬と朝食と音楽、そして津久井が流れ込み、やがて馴染んでいくが、津久井にはある過去があった。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる