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「クサカさんとこ?」
「樹奈のこと気になるなら、ちょっと話してみたら」
茉美は眉根を寄せていてが、小さく頷いた。
「いいけど。でも、あっちも私のこと知ってるから、余計なことは言わないよ」
「それでもいいじゃん。おごるからさ」
茉美は、お、という顔をすると少しだけ機嫌をなおしたように見えた。
外に出ると、少し空が曇っている。そういえば夕方から雨が降るとか天気予報でやってたな。
自転車を押していく僕の隣で、茉美は腕組みをして既に臨戦態勢だ。それか、あまり気分がのらないのか。
コーヒースタンドに近づいていくと、黄色いクロスバイクがとまっているのが見えた。そのわきに茶色と赤のスケボーもたてかけてある。
店内にクサカさんと金髪女子がいて、やけに盛り上がっている姿が見えた。
「変態じゃん」
金髪女子はそう言って笑いながら、クサカさんの腕をばしばし叩いている。
「こんにちはー」
平板な声で、だが笑顔で茉美が声をかける。二人はこっちに気づくと、はっと余所行きの顔を作った。
「こんにちはー」とクサカさん。
「いらっしゃいませー」と金髪女子。
なににしようかなぁと、メニュー表を眺めながら難しい顔をする茉美。
「僕はアイスコーヒーで」
先に注文すると、金髪女子が「はーい」と返事してにっこり笑った。
バッチリ濃いめのメイクだが、よく見ると可愛い。彼女が向こう側を見ると、うなじにあるタトゥーが見えた。なにかのマークみたいなデザインだ。
「樹奈って最近、なに飲んでます? カフェオレ以外で」
茉美が早速樹奈の名前を出す。
ちらっと金髪女子が振り返った。
「いつもカフェオレかなぁ。一度キャラメルラテ飲んでたけど」
「じゃあ、私もキャラメルラテで」
「かしこまりました。今日、樹奈はいないんだね?」
「そうなんですよ。なんか用事があるらしくて。クサカさんと一緒かと思った」
「えー、僕仕事だもん」
「ですよねぇ」
「あ、でも買い物かもね。スケボーのウェアとか欲しいとか言ってたから、お店紹介したんだよ。昨夜」
「スケボー?」
茉美はスケボーのことは初耳だったようだ。表情がさっと曇る。僕は俯いてスマホを見るふりをした。
「そう。スケボー自体は僕のお古あげたんだけど、動きやすい服や靴がなかったらしくて」
樹奈はいつも上品なワンピースかスカートを着て、靴も華奢で可愛い感じのものを履いている。
「アイスコーヒーです」
笑顔の金髪女子からアイスコーヒーを受け取った。千円札を出してお釣りをもらう。
「お二人って樹奈ちゃんのお友達なんですね。このまえ、私も一緒にスケボーしたんですよ。彼女、なかなか筋よくて」
金髪女子が僕と茉美ににこにこしながら言う。茉美の視線が彼女の手首の小さいタトゥーをとらえている。
「あぁ、そうなんですか」
茉美は平板な声でそう呟くと、クサカさんからキャラメルラテを受け取った。おいしそう、とまた平板に呟く。
「じゃあ、また」
僕は二人に笑顔で頭を下げると、茉美の袖を引っ張って店から遠ざけていった。
「服伸びる」
僕が袖を離すと、茉美はかなしそうにうつむいた。
「なんで樹奈、スケボーのこと黙ってたんだろ」
ため息をつき、キャラメルラテをぐいぐいあおる。
「あの金髪とも会ってるみたいだし、なんで?」
内緒にされてたことが相当ショックなようだ。
これは樹奈とちょっと揉めるかもしれない。こんなことになるならコーヒースタンドに行かなきゃよかった。
「あとで話そうとしてたんじゃない。みんなそろった時にとか」
そう言って慰めようとするが、茉美の顔は暗いまま。
「樹奈はなんでもまず私に話す子なんだよ。ちょっとしたことでも。でも、もう違うのかも」
なんと言えばいいかわからず、無言のまましばらく歩き続けた。
このまま茉美を返すのはまずい。なにか話題はないか。
「あ、茉美ってモーニングは好き?」
茉美の返事はない。
「うちのファミレスさ、モーニングをリニューアルすることになったんだ。いいアイデアないかな」
「私、ファミレス行かないからわかんない」
「あ、そうか。いや、ファミレスじゃなくてもいいんだよ。おしゃれカフェのモーニングとかで好きなのあったら……」
「モーニングって食べたことないかも。ごめん」
「そっかそっか」
はー、いまはなにを言ってもだめだきっと。
次の角で方向が分かれるからばいばいしないといけない。
そうだ。
僕は財布からファミレスのクーポン券付きのチラシを引っ張り出した。
「茉美、これ、家族で使う人いたらあげて」
茉美は振り返ると、ちらっとチラシを見て受け取った。すぐにバッグの中に入れる。
「お父さんが使うかも。ありがと」
「じゃあ、僕はこっちだから」
「うん。またね」
別れてから気づいた。
チラシ渡すんじゃなくて、うちのファミレスに連れてけばよかったかも。
でも、そんなんじゃ茉美の気分はよくならないか。
振り返ると茉美は立ち止まって、スマホをじっと見つめていた。
*
いつも通りのだらだらした水曜日を経た木曜日。
ファミレスに出勤すると、スタッフルームのテーブルに店長からの伝言メモが貼ってあった。
〈モーニングリニューアルの件は、提案してくれた南川さんにお任せすることにしました。皆さんに考えてもらった案を参考にさせて頂きます。また何か決まり次第、私の方からお知らせします。(店長)〉
柳子がモーニングの責任者になったらしい。いくら閉店が決まっているからとはいえ、会社も大胆なことをする。
「あ、りょーちゃん、それ読んだ?」
スタッフルームに現れた柳子は、得意そうな顔で店長メモを指さす。
「樹奈のこと気になるなら、ちょっと話してみたら」
茉美は眉根を寄せていてが、小さく頷いた。
「いいけど。でも、あっちも私のこと知ってるから、余計なことは言わないよ」
「それでもいいじゃん。おごるからさ」
茉美は、お、という顔をすると少しだけ機嫌をなおしたように見えた。
外に出ると、少し空が曇っている。そういえば夕方から雨が降るとか天気予報でやってたな。
自転車を押していく僕の隣で、茉美は腕組みをして既に臨戦態勢だ。それか、あまり気分がのらないのか。
コーヒースタンドに近づいていくと、黄色いクロスバイクがとまっているのが見えた。そのわきに茶色と赤のスケボーもたてかけてある。
店内にクサカさんと金髪女子がいて、やけに盛り上がっている姿が見えた。
「変態じゃん」
金髪女子はそう言って笑いながら、クサカさんの腕をばしばし叩いている。
「こんにちはー」
平板な声で、だが笑顔で茉美が声をかける。二人はこっちに気づくと、はっと余所行きの顔を作った。
「こんにちはー」とクサカさん。
「いらっしゃいませー」と金髪女子。
なににしようかなぁと、メニュー表を眺めながら難しい顔をする茉美。
「僕はアイスコーヒーで」
先に注文すると、金髪女子が「はーい」と返事してにっこり笑った。
バッチリ濃いめのメイクだが、よく見ると可愛い。彼女が向こう側を見ると、うなじにあるタトゥーが見えた。なにかのマークみたいなデザインだ。
「樹奈って最近、なに飲んでます? カフェオレ以外で」
茉美が早速樹奈の名前を出す。
ちらっと金髪女子が振り返った。
「いつもカフェオレかなぁ。一度キャラメルラテ飲んでたけど」
「じゃあ、私もキャラメルラテで」
「かしこまりました。今日、樹奈はいないんだね?」
「そうなんですよ。なんか用事があるらしくて。クサカさんと一緒かと思った」
「えー、僕仕事だもん」
「ですよねぇ」
「あ、でも買い物かもね。スケボーのウェアとか欲しいとか言ってたから、お店紹介したんだよ。昨夜」
「スケボー?」
茉美はスケボーのことは初耳だったようだ。表情がさっと曇る。僕は俯いてスマホを見るふりをした。
「そう。スケボー自体は僕のお古あげたんだけど、動きやすい服や靴がなかったらしくて」
樹奈はいつも上品なワンピースかスカートを着て、靴も華奢で可愛い感じのものを履いている。
「アイスコーヒーです」
笑顔の金髪女子からアイスコーヒーを受け取った。千円札を出してお釣りをもらう。
「お二人って樹奈ちゃんのお友達なんですね。このまえ、私も一緒にスケボーしたんですよ。彼女、なかなか筋よくて」
金髪女子が僕と茉美ににこにこしながら言う。茉美の視線が彼女の手首の小さいタトゥーをとらえている。
「あぁ、そうなんですか」
茉美は平板な声でそう呟くと、クサカさんからキャラメルラテを受け取った。おいしそう、とまた平板に呟く。
「じゃあ、また」
僕は二人に笑顔で頭を下げると、茉美の袖を引っ張って店から遠ざけていった。
「服伸びる」
僕が袖を離すと、茉美はかなしそうにうつむいた。
「なんで樹奈、スケボーのこと黙ってたんだろ」
ため息をつき、キャラメルラテをぐいぐいあおる。
「あの金髪とも会ってるみたいだし、なんで?」
内緒にされてたことが相当ショックなようだ。
これは樹奈とちょっと揉めるかもしれない。こんなことになるならコーヒースタンドに行かなきゃよかった。
「あとで話そうとしてたんじゃない。みんなそろった時にとか」
そう言って慰めようとするが、茉美の顔は暗いまま。
「樹奈はなんでもまず私に話す子なんだよ。ちょっとしたことでも。でも、もう違うのかも」
なんと言えばいいかわからず、無言のまましばらく歩き続けた。
このまま茉美を返すのはまずい。なにか話題はないか。
「あ、茉美ってモーニングは好き?」
茉美の返事はない。
「うちのファミレスさ、モーニングをリニューアルすることになったんだ。いいアイデアないかな」
「私、ファミレス行かないからわかんない」
「あ、そうか。いや、ファミレスじゃなくてもいいんだよ。おしゃれカフェのモーニングとかで好きなのあったら……」
「モーニングって食べたことないかも。ごめん」
「そっかそっか」
はー、いまはなにを言ってもだめだきっと。
次の角で方向が分かれるからばいばいしないといけない。
そうだ。
僕は財布からファミレスのクーポン券付きのチラシを引っ張り出した。
「茉美、これ、家族で使う人いたらあげて」
茉美は振り返ると、ちらっとチラシを見て受け取った。すぐにバッグの中に入れる。
「お父さんが使うかも。ありがと」
「じゃあ、僕はこっちだから」
「うん。またね」
別れてから気づいた。
チラシ渡すんじゃなくて、うちのファミレスに連れてけばよかったかも。
でも、そんなんじゃ茉美の気分はよくならないか。
振り返ると茉美は立ち止まって、スマホをじっと見つめていた。
*
いつも通りのだらだらした水曜日を経た木曜日。
ファミレスに出勤すると、スタッフルームのテーブルに店長からの伝言メモが貼ってあった。
〈モーニングリニューアルの件は、提案してくれた南川さんにお任せすることにしました。皆さんに考えてもらった案を参考にさせて頂きます。また何か決まり次第、私の方からお知らせします。(店長)〉
柳子がモーニングの責任者になったらしい。いくら閉店が決まっているからとはいえ、会社も大胆なことをする。
「あ、りょーちゃん、それ読んだ?」
スタッフルームに現れた柳子は、得意そうな顔で店長メモを指さす。
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