上 下
13 / 47

13

しおりを挟む
 コーヒーの紙コップをゴミ箱に捨てて帰ろうとしたら、入口から茉美が駆けるようにして入ってきた。僕と目が合い、いた、というように笑う。

「帰るとこ?」
「うん」
「コーヒー付き合ってよ」

 茉美はカフェオレを選び、僕はお茶のペットボトルを買った。
 さっき巧といた席にまた戻る。

「さっきまで巧といたんだよ。もうバイト行ったけど」
「へえ。巧、なんか言ってた?」
「特には」

 茉美はくるんと内巻きにカールしたボブヘアの髪先を指でつまんだ。前髪が随分短くなっている。髪色も少し明るい。

「美容院行った?」

 僕がそう訊くと、茉美は嬉しそうにこくこく頷いた。

「初めての色にしてみたんだ」
「おしゃれな感じだね」
「でしょー。りょーちゃんもたまには髪色変えてみたら?」

 笑って流す。髪色なんて変えたら、正子さんになんて言われるかわからない。

「樹奈のことだけど、しかたなかったと思うよ。聞いたけど、コーヒースタンドに何度も誘われてたんだって?」
「あ……うん」
「ちゃんと説明しないとそりゃ誤解するよね。樹奈も反省してたから許してあげて」
「説明?」
「樹奈、コーヒースタンドのお兄さんに気があるんだよ。だからせっせといつも通ってるの」
「えっ」

 コーヒースタンドのお兄さん。
 あの、ピアスにロン毛で髭まではやしてた長身の男のことか?

「ロン毛で髭の人?」
「そうだよ。クサカさんて言うんだって」
「クサカ……樹奈と仲いいの?」
「どうだろ? 私と一緒に行ってた時は全然喋れてなかったけど。名前だって、同僚からクサカって呼ばれてたから知ったらしいし」

 僕と行ってた時も、樹奈は彼と挨拶すらしていなかった。

「そうだったんだ」

 茉美は僕の顔をちらちら見た。

「やっぱショック?」
「いや。謎がとけてよかった」

 樹奈はロン毛髭に会いに行ってたんだ。

「でもなんで僕を連れてったんだろ」

 一人の方が話しかけやすいだろうに。

「いつも一人で行ってたら、友達いないみたいに思われちゃうって気にしてたからね。最初は私を誘ってくれてたけど、私がしつこく『連絡先聞きなよ』とかせっついたから、嫌になったみたい」

 そうだったんだ。

「巧誘ったら、あいつすぐ誤解して樹奈口説くでしょ。でもりょーちゃんならそういうこともないから選ばれたんじゃないかな」
「口説くどころか告白しちゃったけど」
「あちゃー、そうでした。まあ、ほんとに樹奈、反省してたから許したげてね」
「それはもういいけど……」

 樹奈ってああいうタイプが好きだったんだ。
 でも、樹奈も茉美も知らないんだろうか。
 あのロン毛髭、僕が店の前を通りかかった時、同僚の女の子とイチャイチャしてたんだけど。きゃっきゃしながら肘でつつきあいっこしてた。
 あれってイチャイチャだよな。普通の同僚ってああいうことしないよな。僕と美帆さんがああいうことしてたらおかしいように、絶対おかしいよな、あれは。
 でもここで僕がそんなことを言えば、茉美は眉をひそめるだろう。

「ふられた腹いせにクサカさんの悪口言ってたよ」とか樹奈に囁くかもしれない。

 それは避けたい。
 だから僕はなにも言わずに、茉美のお気に入り美容師の話を聞きながら、お茶を飲み続けた。





 土曜日の朝、アパートのドアがどんどんどんと強めに叩かれた。
 寝ぼけながら布団の中で目を覚まし、時間を確認するとまだ八時。
 どんどんどん。

「りょーちゃん、おはよー」

 のんきだけど大きな声。
 柳子だ。
 僕は布団から身を起こして、ドアに向かって声をかけた。

「約束したの午後だよねー?」

 週末の午前中は寝坊することに決めている。いつも朝早くからファミレスで働いてるんだ。休みの日ぐらいゆっくり寝ていたい。
 そう柳子にもちゃんと説明して、近所の案内は午後からにしてもらったのに。

「そうだけど、一緒にモーニング食べにいきたくなったー」

 モーニング?
 僕はため息をつきながら身を起こしてドアを開けにいった。

「おはよー」

 ドアを開けると、小花柄のふんわりしたワンピースを着た柳子が笑っていた。髪もちゃんときれいに巻いて、パッと見、お姫様かお人形みたいだ。
 てのひらには桃色おにぎり。
 僕は当たり前のようにそれを受け取った。

「服、買ったの?」

 この子、お金ないよな。

「必要な服買うお金、正子さんが貸してくれた。これ、どう? 安かったけど可愛いでしょ?」
「……うん。じゃあ、着替えるから十分待って」
「お邪魔していい?」
「だめです。自分の部屋で待ってて。迎えに行くから」
「わかった。早くしてね」

 柳子が身を翻して部屋に戻っていくと、なにかふわっといい匂いがした。香水? シャンプー? 正子さんからいくら借りたんだよ。
 デニムパンツの黒のスウェット、グレーのパーカーを羽織って家を出ると、二個隣の柳子の部屋のドアをノックした。

「どうぞー」

 出てきてよ。モーニング行くんでしょ?
 でも仕方なくドアを少し開けた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

両隣から喘ぎ声が聞こえてくるので僕らもヤろうということになった

ヘロディア
恋愛
妻と一緒に寝る主人公だったが、変な声を耳にして、目が覚めてしまう。 その声は、隣の家から薄い壁を伝って聞こえてくる喘ぎ声だった。 欲情が刺激された主人公は…

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る

マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。 思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。 だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。 「ああ、抱きたい・・・」

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

処理中です...