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第44話 決意
しおりを挟むモルテは膝下から気流を噴射し、砂丘を滑る様に進み、《シマー》軍に突っ込んで行った。
砂丘の砂に足を取られ、まともに進む事も出来ない《シマー》の軍勢達は、縦横無尽に疾走するモルテに、次々と倒されて行った。
だが日本防衛側もそのほとんどのメンバー達は、砂に足を取られていた。夏菜達ですら足を取られ膝をつく程で、モルテ達ソロモンの軍団以外に砂浜を進むのは、やはり自衛隊部隊のみだった。
その様子を上空で見ていた嶋は、『アリサ』に通信をした。
[『アリサ』みんなをサポートしてやってくれ。]
『アリサ』は全てのナノマシンをコントロールし、地面スレスレの低空にホバリングさせ、足首付近に小さな地面効果翼を形成した。
[噴射エネルギーと足首の角度調整により、氷上をスケートで滑るイメージで移動出来る筈です。]
『アリサ』のサポートで高速移動が可能になった防衛隊は、彼等自身のナノマシンもスケーティングを学習し、動きも徐々に様になっていった。
更にジャンプや空中戦まで行う者達も現れた。
モルテは砂丘中央に密集した《シマー》軍集団に突っ込み、対峙する敵を斬り裂きながら進み、後にシャムシール、アルファス、レライエが続いた。
シャムシールはモルテの数メール後ろを進み、モルテの斬り裂き進む間隙を剣の斬撃で拡げ、アルファスとレライエは更に数メール後ろから、間隙の左右を銃撃によって更に拡げて行った。
鬼神の如く突き進むソロモンの4人によって出来た空間に、夏菜達はすぐに突入し、空間を塞ぎ夏菜達やソロモンを再度包囲しようと動く《シマー》軍団に向け、背中合わせに立つ夏菜達4人は、全方向に向け臨界まで溜めた雷属性エネルギーを一斉に開放した。
[連携、とれてるじゃん(笑)]
上空から《シマー》軍を空爆しながら見ていた嶋は、少し笑いながらソロモンと夏菜達を見ていた。
砂丘だけではなく、市街地周辺での戦闘も始まっていたが、自衛隊が指揮を取り、全域同時通信によって連携の取れる防衛隊は、善戦ではなく完全に《シマー》軍を凌駕していた。
自衛隊が《シマー》軍を誘い込み、待伏せしていた戦士達が罠にかける。
罠を逃れた敵を、ビルやマンションに配置された狙撃班達が、一斉掃射で完全に駆逐する。
魔法を駆使する戦士達が、上空から雷撃の雨を降らし、炎によって焼き払い、冷気の嵐で一瞬で敵を凍らせ破壊する。
更に嶋は上空に駈け上り、自身のナノマシンの数割を犠牲にする程のエネルギーを使い、戦闘地域すべてに降り注ぐ雷撃の雨を降らせた。
破壊を免れた《シマー》のナノマシンを完全に破壊、再生をさせない為だった。
その名の通り、悪魔の咆哮をあげながら進むソロモン達のフルオート・ディフェンスが、嶋の雷撃に反応した。
「なんだ?!」
モルテ達は脚を止め、上空を見上げ、夏菜達も降り注ぐ雷撃に脚を止め、空を見上げた。
嶋のオリジナルの生体ナノマシンは、あらゆるエネルギーを吸収し、コピーの《シマー》側ナノマシンの弱点の雷撃すらも吸収する。
「社長!」
ソロモンや夏菜達の視線の先、エネルギーを完全に失ったナノマシンを崩壊させ、身体の数割を失った嶋が、煙を引きながら落下していた。
「シャム!ここは任せた!」
モルテはそう叫んで、嶋に向かってジャンプした。
シャムシール達残ったソロモン3人は、すぐに《シマー》軍に攻撃を開始した。
嶋が煙を引き落下する姿を見た夏菜達は、ソロモン達程冷静ではおられず、4人共が嶋に向かってジャンプしてしまった。
仲間が倒れようが、例えそれがリアルの友人、知り合いであろうが気にも留めない《シマー》軍は、数百数千にも及ぶ味方が消滅したにも関わらず、すぐに残ったソロモンの3人を包囲にかかった。
落下しながらもそれを目にした嶋は、再度雷撃の為にエネルギーを溜め始めた。
ナノマシンの崩壊は更に進む。
落下する嶋に真っ先にたどり着いたモルテが嶋を受け止め抱きかかえた。
「社長!後方へ離脱します!」
追い付いた夏菜達は、モルテと嶋を守る様に囲み、南へと進路をとったが
「社長が崩れる!どうにかならないのか!」
嶋の身体はもう上半身だけになっていた。
嶋は声を出すエネルギーすら、包囲されたソロモン達を守る為のエネルギーにしていた。
モルテが叫んだ瞬間、モルテ達の後方で雷鳴が轟き、嶋の身体は完全に火の粉となって消滅した。
「あぁ、社長が…」
腕を見つめながら上空で立ち止まったモルテの肩を、エルザが叩いた。
「モルテ、見ろ。社長は最後の力でソロモンを守った。」
モルテが後ろを振り向くと、戦場に残して来たシャムシール達の周囲数十メートル範囲の《シマー》軍が消滅していた。
その中央に立つシャムシール、アルファス、レライエの3人は、攻撃されダメージを受けたナノマシンが再生を始めていた。
「何があったんだ?社長は何にヤラれたんだ?」
夏菜達にもわからなかったが、すぐに『アリサ』から通信が入った。
ーーー心配には及びません。攻撃されたのではなく、自身のナノマシンの全エネルギーを使い、敵を消滅させたのです。
マスターは既に予備ナノマシンで再生し、そちらへ向かってます。
ナノマシンも完全にエネルギー切れを起こせば、生体細胞が酸化して消滅してしまいますが、通常の戦闘くらいでは、エネルギー切れを起こす事はありません。
マスターは超広範囲への高威力攻撃を行った為に、エネルギーを使い果たしただけです。
後先を考えない、バカですので。ーーー
[バカはねぇだろ!]
嶋から通信が入った。
[《シマー》を再生させない様、完全破壊にエネルギー使っただけです。
もう少しで到着しますんで、皆さんは奴等を叩いてて下さい。]
その後嶋は、『アリサ』だけに通信し
[皆さんが俺と同じ事しない様、リミッターを掛けてくれ。
特にモルテはやりそうだ。]
ーーー彼はマスターを本当に尊敬している様ですね。
真っ先に駆けつけました。ーーー
[ああ、見えてた。有難い。
後で礼を言うよ。
所で舞鶴と博多はどうなってる]
ーーー舞鶴は到着した敵も少なく、真一様達の活躍もあり、敵を完全に押し込んでます。
あと数時間もかからず、完全殲滅可能と予測します。
博多北九州では、やはりにゃんにゃん様の力が強大で、こちらも数時間で殲滅可能と思われます。ーーー
[人的被害は?]
ーーー博多ではやはり、退避していなかった一般人に犠牲者が出てしまいました。
約300名…。戦闘を甘く考え、SNSにアップロードしようとしてたYouTuberやインフルエンサーに犠牲が多数出ております。
舞鶴に於いては、避難は完了しておりましたので、建造物以外の被害は出ておりません。ーーー
動画配信やSNS配信が普及してから、配信者によるトラブルは多発していた。
ただ、ただ目立ちたいが為、異常な承認欲求により、他人に迷惑をかけようと、それが犯罪であろうと、後先を考える知能を持たない者達によって、自身や家族まで破滅させる様な若者が増えていた。
[『アリサ』そいつらがヤラれる映像はあるか?]
ーーー戦士達のナノマシンによって、あらゆる映像が届いております。ーーー
[配信しろ!バカ共が死ぬのは自業自得だが、闘ってる皆さんに迷惑だ!
避難に従わない連中は、守らなくていいと、皆さんに通信しろ。]
ーーー畏まりました。ーーー
[そう言えば、にゃんにゃんのパートナーはどうした?
砂丘にいなかったぞ?]
嶋が鳥取砂丘に到着した時、ユウナ・テスカポリの姿は無かった。
嶋よりも早く到着していた夏菜達や、自衛隊隊員達すら、ユウナの姿を確認はしていなかった。
ーーー現在は朝鮮半島付近の日本海上空に留まっております。
警戒態勢をとっており、何らかのクリーチャーに備えているのだと思われます。ーーー
鳥取砂丘に現れた《シマー》軍は数万に及ぶ。
数万の兵よりも危険な存在が、朝鮮半島付近に隠れていると言う事だった。
[シリコン・バレーに現れた黒い龍。
本田さんと横井さんが遭遇した悪魔の様なクリーチャー。
奴等に匹敵するクリーチャーが、まだいると言う事か…。]
嶋は砂丘へ急いだ。
その頃真一は、千石山山中にいた。丹後半島から舞鶴湾に分散して現れた《シマー》軍はその殆どは既に駆逐され、防衛ラインを突破し山中へ逃げ込んだ部隊の掃討作戦へと移っていた。
五老スカイタワーのスナイプの報告では、千石山山中を南下している《シマー》軍は約300名。
「影虎、千石山は自衛隊に任せて俺らは北へ上がった方が良くないか?
福知山市内にも自衛隊いるんだろ?」
丹後舞鶴から神戸を目指す《シマー》軍のルート上にある福知山市にも陸上自衛隊駐屯地がある。
「連隊規模だからな…。
《シマー》残存は300……ちょっと不安だろ。」
福知山駐屯地に駐留しているのは、第7普通科連隊。
最大でも1000名程であり、その中でもナノマシン化している隊員は500名に満たなかった。
「ナノマシンの隊員が半数程度だから、良くて互角じゃねえかな?
俺らは奴等を追って南下した方がいい。」
その時、真一達に通信が入った。
[影虎!聞こえるか?こちら福知山防衛部隊、ゴンターの明石や!]
[ゴンターの明石!聞こえるぞ!
福知山の部隊にいるのか!]
ゴンターの明石とは、真一達が世界ランク1位を誇るゲーム《ゴール・ザ・ショット》をプレイするチームメンバーで、明石はチーム・ゴンターのリーダーだった。
世界ランクは8位。嶋が主催した世界大会で5位に入賞した強豪チームだった。
[ああ、チームで参戦しとる!こっちは自衛隊500名、俺らゲーマーが600おる!
《コザショ》以外の世界ランカーも多い!GPSで奴等の位置もわかっとる!
こっちは任せとけ!お前らは最前線で、少しでもこっちに流れる奴等を減らしてくれ!]
丹後舞鶴を突破した《シマー》軍は、ナノマシン兵の眼前に表れるマップ上に、赤い点で表示されていた。
[こっちは奴等の進行ルートに合わせて、それぞれに迎撃隊が出発した。
任せとけや!]
[わかった!よろしく頼む!]
真一達は追撃をやめ、金ヶ崎へ向けて北へジャンプした。
神戸ポートアイランドに設置された『昇陽』防衛本部では、神戸市内での戦闘報告が、次々に上がって来ていた。
鳥取砂丘や丹後舞鶴ほどではなくとも、やはり神戸市内にも黄砂に乗った《シマー》軍ナノマシン兵は到達、実体化し、防衛部隊と戦闘が始まっていた。
到達した《シマー》兵は、精々が数百ではあるが、六甲山麓から海岸線にかけ広範囲に散り散りに実体化した為に迎撃が遅れていた。
更に都市であるが故、10代後半から30代の若者達の避難状況は悪く、人的被害は既に数千にも上っていた。
[戦争を舐めてんじゃねぇ!]
『昇陽』を守るため、ポートアイランドから身動きの取れない本田はイラ立っていた。
[こちら鈴蘭台!敵は3名ですが、避難していない民間人がいます!
民間人の避難を優先します!]
[こちら垂水、こちらにも民間人が…]
[こちら灘区!]
[こちら新開地!]
神戸市内各地から、避難に従わずに残っていた民間人の報告があがって来ていた。
ポートアイランドだけでなく、神戸市内全域に10000もの兵士達が配備されていたが、民間人の存在の為、少数の《シマー》兵にすら戦略的優位を獲られていた。
「クソったれ!なんで避難してねぇんだよ!」
市内各地に避難所を設け、建物をナノマシンで補強し、更に光学迷彩を施し、万が一の為にレーザーバリアを張って強化していた。
「避難してねぇ奴等の為に、たった数人の《シマー》にすら押されてる!
戦争舐めてんじゃねぇよ!」
各地で防衛ラインが崩され、《シマー》軍はポートアイランドへ向けて、市内を破壊しながら進軍していた。
防衛隊の生体ナノマシン兵達も、民間人避難を優先したが為に、次々と倒されていった。
ーーー全防衛隊に注ぐ!避難命令、避難誘導作戦は完遂しております!
戦場に民間人は存在しておりません!防衛隊戦士は、《シマー》軍迎撃撃破願います!
繰り返します!戦場、戦闘地域に守るべき民間人は、存在いたしません!
すみやかな迎撃願います!ーーー
『アリサ』の要請が、全国に展開する防衛隊全員に届いた。
[『アリサ』!本気か?!]
本田や古田、ボディーガード達が即座に反応した。
[皆さん!田中学です!私の命令です!
総理は戒厳令を発令し、戦闘予測地の市民には避難命令を出し、自衛隊の避難誘導も行いました!
命令や誘導に従わず、戦争を甘く考え、祭りの様に考えている輩は、守る必要はありません!
そんな輩を守る為に足を引っ張られては、日本が沈みます!
避難して、私達に未来を託してくれた皆さんを、守りきれなくなる!
戦場、戦闘地域に守るべき民間人は、存在しない!
敵を、《シマー》を倒せ!
責任は全て、私にある!]
嶋の叫びに、誰も返事が出来ないでいた。
[総理の高岡です。
全防衛隊に注ぐ!速やかに敵を殲滅!日本が沈めば、世界が沈む!
世界が、闇に閉ざされる!現在、地球上で悪魔の軍団を倒せるのは、諸君のみ!
繰り返す!民間人避難は完了しており、戦場に民間人は存在しない!
速やかに敵を殲滅せよ!]
高岡は戦後の責任を1人で負う決意で命令を出した。
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