リサシテイション

根田カンダ

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第33話 決意

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 嶋達が秋葉原に戻った時には、レオンと本田がRPGを発射したCIA工作員3名を捕獲していた。


「社長、みなさんおかえりなさい。」


 レオンと本田の足元には、3人のCIAが倒れていた。


「こいつら生意気なんで、やっちゃいました。」


「かまいません。」


 嶋はそう言って、1人の髪の毛を掴み上げた。
 苦痛に顔を歪める工作員を、無言で壁に投げつけた。
 それを見た1人の工作員が


「お、俺達は捕虜だ。ジュネーブ条約の厳守を求める。」


 そう言った工作員を見た嶋の顔は笑っていた。
 そのまま何も言わず、壁に投げ飛ばした工作員の顔面を蹴り上げた。
 それを見て本田が古田に小さな声で聞いた。


「社長、かなり怒ってますけど…。戦闘激しかったんですか?」


 古田は親指で首を切り


「せ…ん…。」


 と小さく答えた。
 それを聞いたレオンと本田は、黙って唾を呑み込んだ。


「おい!俺らジュネーブ条約に保護されてんだ!こんな事して、許されると思ってんのか?」


 嶋は殴る手を止め、ゆっくりと振り返った。
 笑顔を浮かべながらゆっくりと、叫んだ工作員に近寄り


「ジュネーブ条約で守られるのは、民間人と負傷兵、投降して来た兵の事だ。
 お前らは民間人でも、兵でもない。投降して来た訳でもない。
 ただの非合法の破壊工作員だ。
 どう言う事かわかるか?よく考えてみろよ?」


「…」


「存在する筈の無い人間が、お前らみたいな非合法破壊工作員だ。
 存在しない人間を守れる条約ってあるのか?」


 嶋は壁に投げ飛ばした工作員と同様に、壁に投げ飛ばした。


「古田さん、クレイモア連れて来て下さい。」


 クレイモアの名に3人共が聞き覚えある様に反応した。
 嶋はそれに気付いて静かに笑った。


 ローウェンは『アリサ』によってまだバーチャル世界に居た。
 古田は迎えに行くふりで一度部屋から出て行き、数分後にローウェンを連れて帰って来た。
 ローウェンは無表情で3人を見回し


「初めて見る顔だ。」


 嶋は黙ってテーブルの上に銃を置いた。


「こいつらはお前の名前知ってるみたいだけど、どうする?」


 嶋は楽しそうな笑顔を浮かべ、椅子へ座った。
 ローウェンは黙ってテーブルに進み銃を握り、マガジンを取り出し弾丸を確認。スライドを少し引いて薬室の弾丸を確認した。
 マガジンを銃にセットし、無言で近くに倒れている工作員の額を撃ち抜いた。
 高く乾いた短い発砲音と共に、薬室から吐き出された薬莢が、甲高い音を響かせ床を転がった。
 火薬量を減らされていたのか、弾丸は貫通せず、床を汚したのは数滴の血だけだった。


「やりやがった!」


「待て待て待て!俺ら殺したら情報入いらねぇぞ!だいたいあんた、アメリカ人、CIAだろ!なんで撃つんだ!」


 残った2人の工作員は、口々に叫んだが、その瞬間ローウェンはまた1人の額を撃ち抜いた。
 弾丸が貫通しない為、撃たれた工作員は弾丸の勢いのまま、後ろに吹き飛ばされる様に倒れて動かなかった。


「俺は確かに元CIA情報官。お前ら工作員を管理してコントロールする側だった。
 だが太平洋のE-7撃墜。あれに乗ってて殺されたのが俺だ。」 


「し、知ってる。」


 残った工作員が焦って答えた。
 すぐに答えて会話をしていないと、即座に射殺されそうだったからだ。
 

「合衆国の潜水艦から発射されたミサイルでだ。」


「そ、それは間違いだろう。アメリカの軍用機をアメリカが撃墜する筈がない!」


 嶋は頬杖を突いた顔をそらし、静かに笑い、ローウェンは黙って銃口を工作員の額へ向けた。
 

「待て待て待て!情報、情報をやる。だから命は助けてくれ。通常の捕虜扱いにしてくれ!頼む!
 もうすぐアメリカの攻撃が始まる!第7艦隊がやってくるぞ!」


「第7艦隊はもうない。日本の米軍基地も、全基地が投稿した。」


 古田が呆れた様に言った。


「お前を助けに来る軍は消滅したって事だ。」


 古田が続けて言った時、ローウェンが嶋の顔を見た。


[なぜ連れて行かなかった。]


 そう言いたそうな顔で。それに嶋は目を逸らして答えた。


[映像見てただろ!]


 とでも言う様に。
 ローウェンはそれに無表情で答え、工作員に向き直って引き金を引いた。
 そして振り返り


「俺達はどうなる。」


「どうもならねぇな。軍人の奴等はこっちに協力する気はねぇんだろ?
 ならこっちの敵って事じゃねぇか。じゃあ、このまま閉じ込めておくか、消すか、どちらかだ。」


「わかった。俺を彼らの所へ戻せ。短期間でも俺の部下になった連中だ。
 放っておく事は出来ない。」


 そう言った瞬間、ローウェンの身体は崩れ去った。
 工作員の死体を処理し、ボディーガード達が解散した頃、飯塚から連絡が入った。
 山川が飯塚のオフィスへ到着したのだ。
 嶋は地下通路を通り、飯塚のオフィスへ向かった。
 嶋が到着すると、山川は背筋を伸ばして挨拶をした。


「この様な夜分に申し訳ありません!」


 嶋は苦笑いした。見た目の年齢で言えば、嶋はまだ30代。山川は46歳だった。


「いやいやいや、とりあえず座って下さい!」


 嶋と山川がテーブルに付いた時、飯塚がコーヒーを持って来た。
 飯塚もテーブルについて山川に質問した。


「山川さん、『昇陽』に何かあったんですか?
 非常事態中に神戸から東京まで…。」


「いや、クーデターの映像や演説を見て、居ても立っても居られなくて…。」


 嶋は少し微笑んで


「これもですね?(笑)」


 指のナノマシンを解除した。
 山川は言葉も出せない程に驚いて見ていた。


「演説で言った通り、私は嶋智彦。以前山川さんが言ってたインドの生き残りです。」


 嶋はインドから昨日までの経過を、簡単に説明した。
 山川はただ黙って聞いていた。最後まで聞いた後に、色々質問するつもりだったが、内容が壮絶過ぎて言葉が出なかった。


「まあ、こんな状況じゃなかったら、誰も信じないでしょうね(笑)」


「社長、私は最初から信じましたよ(笑)」


 飯塚が笑いながら言った。
 山川は2人を不思議そうに見ているしか出来なかった。そんな山川に気付いた飯塚が


「山川さん、本題は社長の事じゃないでしょ?何か他にあったんじゃないですか?」


 嶋の話を聞くだけなら、通信だけでも出来る事だった。


「そうです!『昇陽』含めすべての日本のスーパーCPUのエンジニア達と協議したのですが、《シマー》との戦いに日本のスーパーCPUを提供させて頂こうと思いまして。」


 日本には計28基のスーパーCPUが存在していた。
 『昇陽』程ではないにしても、やはり日本のスーパーCPUは、その全てに飯塚のシステムが組み込まれていた事もあるが、世界トップクラスの性能を持つ物ばかりだった。
 だが、すべてのスーパーCPUを束にしても、『アリサ』の性能には追い付かなかった。
 だが『アリサ』の事は、山川に伝える訳にはいかなかった。
 CPU工学が100年進化しても、『アリサ』に追いつけない様なオーバーテクノロジーだったからだ。
 《シマー》もオーバーテクノロジーではあるが、『アリサ』程ではなく、インドで研究していたシステムなのだと伝えた。
 《シマー》は『アリサ』と違い、コンソール自体が考えて行動する物ではない。ただ、人間の人格も含めたデータを保存するだけのデバイスだった。   
 おそらく《シマー》のメインサーバーも、『アリサ』には遠く及ばないと思われる。
 『アリサ』は嶋の指示や命令がなくても、自分で考え決定し、最適なルートを見つけ行動する事が出来る。
 一般的に呼ばれる『AI』とは全てが違う。限りなく人間の思考に近付いたのが『アリサ』だった。
 《シマー》もある程度は可能だろうが、やはり基本は人間の管理が必要となる。
 嶋は山川の提案で、ある疑念を抱いた。


[『アリサ』中国、ロシア、インドのスーパーCPUはどうなってる?《シマー》の攻撃で壊滅したのか、それとも無傷で利用されているのか、探ってくれ。]


ーーーロシアでは3基のスーパーCPUが《シマー》に取り込まれ、中国では2基、インドでは4基が無傷で取り込まれております。
 恐らくは、シリコンバレーのメインサーバーの予備、またはメンテナンス時のサブとしての目的かと思われますが、9基のスーパーCPUでも《シマー》メインサーバーにはとても及びませんーーー


[日本の『昇陽』と他のスーパーCPUが狙われる可能性は?]


ーーー非常に高いと思われます。ーーー


「山川さん、その28基のスーパーCPU!
 《シマー》は世界中のスーパーCPUを狙ってると思われます!」


[『アリサ』神戸の『昇陽』筆頭に日本中のスーパーCPUの座標をナノマシンへ!
 既に送り出されたナノマシンにもインストールしてくれ!
 奴等はスーパーCPUを手に入れる気だ!]


 現在《シマー》を管理している野崎は、確かに天才ではあるが、美保子の足元にも及ばない。
 《シマー》メインサーバーにトラブルが起きた場合、野崎ではメンテナンス出来ない。
 プログラムも理解出来ない筈だった。


[その時の為に、世界中のスーパーCPUを手に入れ、解析させるつもりなんだ!]


「山川さん、《シマー》は日本のスーパーCPUを手に入れようとしてます。
 管理エンジニアのみなさんに、早急な避難を要請して下さい!
 自衛隊にも協力を仰ぎます!」


 嶋は入間に連絡し、山川はエンジニア達に連絡をした。
 程なく入間から連絡が入った。


「高岡総理にも報告しました。
 自衛隊を向かわせてくれるそうです。私も全国の警察に指示を出し、自衛隊、警察双方半径10キロ圏内の住民を避難させ封鎖します。」


 入間の報告を受けた後、嶋はボディーガード達にも通信した。
 夜明けと共に神戸の『昇陽』の元には、古田が他の3名のボディーガード達と向かい、東大には柴田達が向かう。
 他の26ヶ所には、夏菜や真一達のチームの他に、協力を申し出てくれたプロeスポーツチームと自衛隊の協力者達が向かい、ボディーガード達も分散して合流する。


 飯塚が壁に設置された大型モニターに日本地図を出し、スーパーCPUの座標に赤い点を光らせた。


[『アリサ』協力してくるる人達は今何名になってる?]


ーーー現在申し出を受けているのが、世界中から900000名で、日本在住限定でも180000名となります。
 尚、柴田さんの呼びかけで、自衛隊レンジャー徽章が1000名、通常部隊員10000名が名乗り出て頂いてます。
 各地域にレンジャー35名、通常隊員350名を中心に、30000名規模の一般協力者部隊配置が可能です。
 ただ、猶予がなく組織的な作戦はかなり厳しい物となってしまいますが…ーーー


[仕方ない。撃破次第近隣に応援にまわるしかない。]


 日本に向かってる《シマー》軍は、数十万。
 数的にも経験的にも、厳しい戦いになる。
 だが《シマー》軍の狙いが判明していれば、部隊配置に大きな違いがでる!
 現役自衛隊員が、10000名も協力してくれるのは、嬉しい誤算でもあった。
 訓練された戦闘のプロがいる事は、土壇場で大きい差になってくる。
 


「あの…」


 嶋が考え込んでいた時、山川が申し訳なさそうに話かけてきた。


「28基全てを守るのではなく、数基に絞っての迎撃はどうでしょうか?
 幸い『昇陽』は、残りの27基のスーパーCPU全てを取り込むだけの容量と能力があります。
 だから例えば、運用から経過年数が長く容量の小さいCPUを破棄して、守るべきCPUに兵力を集中するとか…。
 嶋社長と飯塚社長もご存知でしょうが、近年運用入れ替え予定のCPUが13基あります。
 それを破棄して、残り15基に集中する手もありかと?
 エンジニアの許可は、やはりとりたいですが…」


 確かに効率的だが


「それは私は賛成出来ません。どのスーパーCPUにも、ウチのシステムが入ってます。
 それは私と嶋社長の大切な子供です。
 親として、子を捨てる事は出来ない。
 とは言っても、私は嶋社長に従いますが…。」


 嶋は飯塚の目を見つめた後、山川の案を正式に断った。
 おそらく28基全てを守り抜く事は難しく、最悪守れるのは神戸と東大だけかもしれないし、もしかしたら全て奪われてしまうかも知れない。
 だが嶋が『アリサ』を捨てる事が出来ない様に、エンジニア達は自分が管理しているCPUは守りたい筈。
 山川もそんな提案を、それぞれのエンジニアに伝えるのは辛い筈だった。


「日本のごく一部でも、奴等にくれてやる気はありません。
 それは私だけでなく、協力してくれる戦士達も同じだと思います。
 辛い発言をさせてしまい、申し訳ありません。」


 嶋は山川に深く頭を下げた。


「こちらこそお気を使わせて、申し訳ありません。
 私達は戦う事が出来ません。でも同じエンジニアの田中さん、嶋社長は敵の標的にされる様に戦ってる。
 私は何かお手伝いがしたくて…。」


 嶋は一度微笑んで


「この戦争の元凶は私です。《シマー》もインドでの研究の延長で出来た物ですし、私は《シマー》開発を止めれてた筈の人間です。
 それにナノマシンも私の開発した物です。それを不注意でアメリカの手に落としてしまった。
 私にはこの戦争を終わらせる義務があるのです!
 だから、お気になさらないで下さい。」


 そう、すべては嶋から始まっていた。
 美保子を捜し出せれていれば。
 ナノマシンにセキュリティーをつけ、他からのスキャンを阻止していれば。
 


[すべてを終わらせる!世界から《リサシテイション》の全てを消滅させ、ナノマシンを全て消滅させる!]


 何度決意したかわからない。決意の度に美保子とアリサの顔が浮かんだが、それでも唇を噛み締めて、固く決意を確認した。



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