30 / 45
第30話 データベース
しおりを挟む山川はクーデター映像を配信と同時に、飯塚にメールを送っていた。
日本には『昇陽』を筆頭に、28台のスーパーコンピューターが存在している。
山川はそれぞれのスーパーコンピューターの管理エンジニア達と連絡を取り、 《シマー》による攻撃に備える為、エンジニア達やeスポーツプレイヤー達の協力体制のネットワークを作り上げようとしていた。
「山川さんは、クーデター派なのですか?」
リモート会議によるモニターの向こうの1人、東京大学スーパーコンピューターの研究幹事であり教授の楠木が、感情を感じさせない声色で尋ねた。
「『昇陽』のシステムは、IIZUKAのシステムが組み込まれてますが、そのシステムの開発者は【田中学】さんなんです!
その田中さんが、クーデターに参画して、議事堂に乗り込んでいた!
みなさんも見たでしょ?総理達には銃弾も効かなかったとこ!
中国滅ぼした奴等と同じじゃないですか!
クーデターは必ず成功します!あの【田中学】が、負け戦をすると思えませんし、本当に1週間後には、日本は戦火に包まれると、私は信じてます!」
「ですが、自衛隊と戦闘したゲームプレイヤー達が実は、中国への攻撃に従軍してた可能性もありますよ?
彼女達はゲームから飛び出して来た様な姿だった。
同じじゃないですか。」
産業総合研究所の三上の疑問も、当然考えられうる可能性だった。
「彼女達は、『モンスター・スレイヤー』と言うゲームのプロプレイヤーで、リーダーは田中さんのオフィスのエンジニアです。
彼女達が中国の連中と違うのは、彼女達は自衛隊員を気絶させただけで、誰一人殺害していません!
現れたモンスター2体も、インドを焼き払ったモンスターを倒しました!
田中さん達は日本政府ではなく、日本人を守る為に立ち上がったんです!
私は田中さんと直接お会いもしました!私の感覚だけではありますが、彼は中国の連中とは、明らかに違います!」
「【田中学】と会った?
彼は数年前、eスポーツの大会にスポンサーとして現れるまではまったく姿を表さず、我々エンジニアや研究者の会合にも顔を出さなかった。
その田中と会ったんですか?」
日本が世界に誇るスーパーコンピューター軍を管理するエンジニア達や研究員達も誰一人として、【田中学】と会った事は無かった。
いや、実は飯塚がシステムメンテナンスに行った時に、同行した【田中学】と会っていた。
呼気の蒸気や、外部の埃や雑菌を持ち込まない様、タイベックと呼ばれる全身防護服を身に纏っていて、気が付かなかっただけだった。
「みなさんもIIZUKAのシステム入れてたら会ってる筈ですよ!
飯塚社長といつも同行してたのが【田中学】です!
先日初めてお話しさせて頂いた時、いつも飯塚社長と行動してると言ってました!
すぐに立ち入り人員IDの記録を調べたら、確かに毎回『昇陽』のメンテナンスに来所して頂いてました!」
「うわっ!いつも飯塚社長と来ていた中に?」
「あっ、確かに【田中学】の名があります…」
「うちにも…」
飯塚のシステムが組み込まれているスーパーコンピューターの管理者達全員が、IDを確認して落胆した声を出した。
所に立ち入った者のIDを管理するのは警備部であり、システムエンジニアの長が確認する事は、事件や事故がない限りはなかった。
「いたんだ…。現在世界最高頭脳と呼ばれてる人物ですからね。
私も色々お話ししたかった。」
嶋がCPUセキュリティーのファイヤー・ウォールを発表した時、世界中のスーパーコンピューターがウォールの突破を試みたが、未だに成功したスーパーコンピューターは存在していなかった。
だが、それだけに《シマー》を開発したのも【田中学】だと全員が思っていた。
「中国に現れた軍の全容を、誰も掴めずにいた中、いや《シマー》が絡んでると薄々思いながらも、結局は誰も掴めずにいた。」
「その《シマー》を開発したのは、【田中学】でしょう!
《シマー》の様な端末を開発出来るとしたら、【田中学】しかいない!
彼を超える頭脳は、存在しません!我々のスーパーコンピューターが束になっても、【田中学】に追いつけないのですから!」
東大の楠木の発言は、至極当然の事だった。
《シマー》は完全なオーバーテクノロジーで、CPU工学のエンジニア達は皆《シマー》を、超小型化に成功した量子または光コンピューターと考えていた。
それを可能とする頭脳は、【田中学】以外考えられなかった。
「【田中学】が第六世代コンピューター理論を発表した時、誰も彼を知らずにいました。
更に30年以上前、インドで命を落としたCPUエンジニアの天才達の噂。
私はあの噂は事実と思っていますし、まだまだ我々の知らない天才達が存在している!もしかしたら生き残りがいて、その人物が《シマー》を開発したのではないか?
30年前と言っても、当時20代であれば、現在も現役の筈ですから!
私はそう信じています!」
「「「「…。」」」」
30人近くのエンジニア達の誰もが
言葉を出せなかった。
嶋達が《リサシテイション》開発に携わり『命』を落とした時、嶋達に依頼をしたインドのIT企業も倒産していた。
その企業は当時、『世界最先端』と言われていたIT企業で、何かしらのプロジェクトを進行していたが、プロジェクトの失敗によってグループ企業共々倒産したと言われていた。
山川が次の言葉を探していた時、飯塚からの返信が届いた。
「今、飯塚社長からメールが届きました!田中さんが関わっている以上、飯塚社長は何か知ってる筈です!」
山川はメールを開いて驚愕した。
メールには、クーデターの全容が書かれていたからだ。
美保子とアリサ、そして『アリサ』以外の事がすべて。
《シマー》と野崎、アメリカと岩村総理の野望、世界人口半減計画まで。
【田中学】の開発したナノマシン、《シマー》がナノマシンテクノロジーを【田中学】から盗んだ事。それによって世界人口半減計画がアメリカと日本によってスタートしたと。
ただ、ナノマシンはまだ研究途中であり、試作品段階に過ぎないと記されていた。
山川はメールをエンジニア達に公表し、共有した。
メールを確認した東大の楠木が
「野崎!私の学生時代の同期に野崎と言う男がいました。
野崎は警察庁に行った筈だ。大学院卒業以来会っては居ないが、一度連絡を取ろうとして警察庁の先輩を頼ったが、殉職してるとの事だった…
時期的には30年程前…年齢は私と同じ、生きていれば65歳…。ギリギリ定年前だ。」
楠木はキーボードを操作し、東京大学卒業生名簿から、野崎のデータを引き出そうとした。
「ない!野崎のデータが存在しない!野崎は確かに私の同期で、共に大学院にも進みCPU工学を学んだ仲だ!
存在しない筈がない!」
野崎のデータは警察庁公安によって、その全てが削除されていた。
「教授、それは…」
「《シマー》開発は、野崎とみて間違いないでしょう!
殉職した時期が30年ほど前になる上に、野崎の卒業どころか在籍した記録もないと言う事実が物語っています。
《シマー》開発者は、野崎です!」
「30年前のインドでの噂、日本人が2名居たとの噂もあります。
その内の1人が野崎ではないか?と、私は思っております。」
山川の言葉に、楠木は得体の知れない悔しさと、屈辱を感じていた。
[それが事実なら、私よりも野崎の方が優秀だと判断されたと言う事…]
「ところで山川さん、ナノマシンとは?
人体を形成出来る程のナノマシンとなれば、医学分野にとっても大変貴重な研究材料です!
中国に現れた軍勢には、脳や内臓器官、骨格が存在するのか?それは全てナノマシンによって作り出されているのか?
それともただのメモリーチップの集合体なのか?
ナノマシンがだだのメモリーチップの様な機械ではなく、細胞の代用になっているのであれば、人類の寿命は飛躍的に延びる筈です!」
京都大学の土井が、矢継ぎ早に尋ねた。
「それは私にもまだわかりません。
試作品と言う事ですが、かなりの完成度のようで…。
ただ医療研究にも、この戦争…、そう!戦争を終わらさねば…。
その為にはやはり【田中学】が鍵かと?
私はこれから秋葉原へ向かいます。」
山川は研究者やエンジニア達に、逐一報告を入れる事を約束し、会議を終わらせた。
すぐに新幹線の予約をしようとしたが、クーデターによって全線運行見合わせとなっていた。
その為に一旦自宅に帰り、妻子に暫く出張と伝え自家用車で東京へ向かった。
高速を使い静岡まで来た所で、自衛隊により一般道へ降ろされた。
クーデターにより、御殿場以東の高速道路上り線は封鎖されていた。
一般道を使って東京へ向かったが、検問をすり抜けながら進んで厚木へ差し掛かった辺りから、封鎖や検問が増え進む事が困難になった。
仕方なくホテルを探し、部屋に入りテレビを付けた時、天皇が高岡を支持し、臨時政権の暫定総理に任命している映像が流れた。
「もう!?もうクーデター成功?」
嶋が議事堂で銃を乱射してた映像から5時間が経って居たが、世界的に見てもあり得ないくらいのスピード成功だった!
「もしかして宮内庁や天皇に、あらかじめ根回ししてたかも?
そうでないと不可能だ!」
高岡は特別根回しはして居なかったが、嶋が岩村達ナノマシンとなっていた閣僚や官僚達全員を拘束してたのが、絶大な効果を発揮していたのだ。
嶋達ならばナノマシンを解除して拘束を逃れる事は簡単だが、岩村達にそこまでナノマシンをコントロール出来るスキルがなく、岩村達のナノマシンの通信を『アリサ』が遮断し、《シマー》が強制ログアウトの信号を送る事を不可能にもしていたからだ。
嶋は皇居を後にする際に、入間にナノマシンで製作したティザーナイフを渡しており
「陛下が躊躇した時は、これで岩村の腕を切り落とせ。
血も出ねぇし、落ちた腕のナノマシンがすぐに身体に戻って再生しやがる。
それを陛下に確認してもらえ。」
そう言っており、入間は嶋の言う通りにしていた。
天皇はその様子を見た後、恐らくは天皇の生涯で最初で最後であろう険しい顔をした。
その後意を決して、高岡を総理に任命したのだった。
ホテルや病院特別室にあった、眠った状態の岩村達の生体も確保され、『アリサ』により強制ログアウト、覚醒させられ取り調べが始まる予定だった。
映像で流れた事以外は山川に知る由も無かったが、クーデターのスピード達成に、【田中学】と新政権の焦りも読み取る事が出来た。
「本当に時間がないんだな!どうにかして東京に行かないと!」
山川はGPSマップを開き、東京秋葉原へ抜けれる道を探した。
日の出と共に早朝から始まったクーデターは、8時間後の現在午後3時には臨時政権が発足し、与野党の議員が議事堂に集まりつつあった。
戦闘の危険性が無くなった事から、検問は解除はされてはいないが、封鎖は解除の速報が流れ、新幹線の運行も再開された。
山川は念の為ホテルはそのままに、東京へ向かう事にした。
だが高速道路は、政府関係者の車両と物流トラックに限定されていた為、一般道を使用して秋葉原へ向かった。
県道40号を東へ向かうと厚木航空基地に突き当たるが、自衛隊の大規模な部隊が基地を何重にも包囲していた。
厚木基地は米海軍の航空基地も兼ねており、撤退が完了していない米軍部隊への警戒の為だった。
山川は仕方なく迂回をして45号を経由して22号へ出て東へむかった。
そこから戸塚から1号線に入り、秋葉原を目指す。
渋滞に捕まりながらも横浜を過ぎた辺りで、【田中学】が議事堂に登壇した様子が、カーナビのテレビに映し出された。
山川は慌てて車を停め、ナビのモニターを見つめる。
『私は嶋智彦。みなさんには『田中学』の名…』
「嶋智彦?【田中学】は本名じゃなかったのか?」
山川はノートパソコンを開き、キーボードを操作し『昇陽』と接続。データベースから【嶋智彦】を探した。
『昇陽』のデータベースから、日本全国で70名の【嶋智彦】がすぐに見つかった。
【田中学】は現在30代半ば。データベース内の30代の【嶋智彦】は6名だったが、どれもSNS上に顔写真もあり、別人だった。
山川は【田中学】の顔写真を読み込ませ、検索させた。
するとすぐに『昇陽』内の警察データベースから見つかった。
「2002年に行方不明?当時24歳…。生きていたら62歳。
60代…、野崎!野崎は65歳!近い!インドには2人の日本人…、生きていて名前を変えたんだ!でも年齢が…。」
山川は会議に出席していた研究者やエンジニア達にデータを転送した。
すぐに全員が反応し、通信が繋がった。
「【田中学】の声明を見てました!送って頂いたデータによると、彼は62歳?野崎とインドにいた?
年齢的にありえない!」
東大楠木が、信じられない様に言ったが、京大の土井が続けた。
「例えば、ナノマシンで自分の身体をつくり上げていたとしたら?
【田中学】は顔つきも肉体的にも、とても60代には見えない!
それはナノマシンで身体全体をつくり上げているからだとすれば、辻褄は合わせられます!」
他の研究者達も、土井に同意した。
「とにかく、私は秋葉原へ急ぎます!」
通信を切り、山川は秋葉原へと出発した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる