25 / 45
第25話 臨時政権
しおりを挟むドム・ボロスを倒したレオとユウナは、アリサが待つ霞ヶ関へ向かった。
霞ヶ関一帯には、後続の自衛隊が続々と到着し、皇居を含めた一帯の包囲を完成しつつあったが、嶋達は総理の岩村を筆頭とした現政権閣僚達を、皇居松の間にすでに連行していた。
[包囲が完成したか…
陛下の判断如何では、双方に死人が出てしまう…]
外の様子を『アリサ』からの映像通信で把握していた嶋は、ただ黙って陛下の言葉を待っていた。
国会議事堂から皇居まで、広範囲包囲を完成した自衛隊は、司令部からの司令を待っていた。
[自衛隊の欠点だな。司令部の号令がねぇと、一歩も動けねぇって…
《シマー》が攻めて来たら、無抵抗で全滅だろうな…]
嶋がそう思っていた時、拘束された内閣閣僚達を前に高岡から説明を受けていた陛下が立ち上がり、傍らに控えていた広報担当職員に何やら指示を出した。
指示を受けた職員は、恭しく頭を下げ更に別な職員に指示を出した。
それから程なくして数台のテレビカメラが松の間に用意された。
「高岡さん、私の隣にお立ち下さい。」
高岡は一度敬礼をし、陛下の隣へと移動し、嶋は静かに部屋を出ていった。
同時に『アリサ』から通信が入った。
ーーー全ての通信手段を使い、天皇から臨時ニュースが流されました。
岩村筆頭に政権閣僚達を反逆派として拘束。
臨時政府内閣総理大臣に高岡氏が指名されました。
結果、自衛隊も高岡氏の指揮下に入ります。
これで《シマー》軍に対する最低限の防衛体制を取れます。ーーー
[わかった。奴等の到達予定は?]
ーーー最速で3日後です。ーーー
[早いな…]
ーーー早い上に、最悪の部隊です。
私の解析では、ゲーム世界内でもプレーヤーキラーと呼ばれる連中です。
敵味方関係なく、クリーチャーやモンスターではなく、プレーヤーを攻撃するプレーヤー達です。ーーー
[中国で宣戦布告した連中か?]
500万人の中国軍だけでなく、赤の広場で民間人をも虐殺した軍団。
[最悪の連中だな。
上陸予測地点は?]
ーーー九州北部から西日本、甲信越まで列島北部全域まで、広範囲に渡って上陸が予測されます。ーーー
[自衛隊は民間人の避難誘導以外に役が立たない。
こちらも奴等と同程度のナノマシン兵力が必要か…]
生身の自衛隊では、《シマー》軍にただ虐殺されるだけだった。
生体ナノマシンの《シマー》軍には、同じ生体ナノマシンの軍団が必要になる。
だが日本に存在するナノマシン兵士は、嶋や夏菜達、真一達しか居なかった。
自衛隊員達から志願を募るにしても、高岡派の数百名以外には、期待は出来なかった。
[元々はこっちがクーデター派だからな…
あっち側からしたら、俺は敵側だったんだし、志願はあてに出来ないか…]
ーーー夏菜さんや真一さん達の呼びかけならば、プロゲーマー達も参戦してくれると思いますが?ーーー
嶋と思考の繋がっている『アリサ』が即座に答えた。
[自衛隊員達は、スキャンすればデータ化出来るが、プロゲーマー達はそうはいかない。
これから一人一人まわってスキャンする時間はない…
兵力的に、圧倒的不利過ぎる…]
嶋達も《シマー》軍と同じ不死身の軍団としても、やはり数の圧倒的不利の状態では、日本もアメリカや中国、《シマー》軍に滅ぼされた国々と同じ運命を辿るだろう。
[せめて互角に近い兵力がないと、一般人を守る事は出来ない…
ましてや《シマー》サーバーの破壊など、到底不可能だ…]
ーーー現時点でのサーバー破壊は不可能でも、《シマー》コンソールはブロックチェーンシステムです。
それに、美保子様が既に《シマー》領海への接続を完了しております。
《シマー》領界のクリーチャーが、アリサ様を求めて現実世界に飛び出した様に、《シマー》コンソールを使用すれば、大規模スキャンの必要性はなくなります。ーーー
嶋は考え込んだ。確かに《シマー》を使用すれば、時間も労力も大幅に短縮出来る。
出来るが…
ーーー確かに敵にもこちらに侵入する事が可能となりますが、私は『アリス』です!
敵側からの侵入など、私が許してしまうと、お思いですか?ーーー
嶋はまだ考えていた。
[《シマー》には野崎がいる…]
ーーー美保子様から《シマー》を奪った男ですね。
確かに彼も天才でしょう。ですがマスターや美保子様程ではありません。
美保子様が《シマー》を奪われたのは、美保子様が無防備だった為。
その隙を突かれなければ、あの程度の天才に、美保子様が遅れを取る事はありません。
マスターに創造して頂いた私が、遅れを取る事はありません。ーーー
インドでやたらと嶋に接近を試みていた野崎。
『チェン』と中国名を名乗っていたCIAとDIAのダブルスパイ。
ーーーその証拠に美保子様は、シリコンバレーの《シマー》メインサーバーに攻撃を開始しています。
美保子様と私の計算スピードがあれば、マスターの創造したセキュリティー突破も数週間で可能と思われます。
それまで踏みとどまって頂ければ、マスターの、人類の勝利です。ーーー
[わかった。日本の《シマー》ユーザーへの通信の準備を。
真一くんや夏菜さん達にも準備に入ってもらってくれ。
陛下の御言葉で、日本で人間同士の戦闘は避けられたんだから。]
嶋が皇居正門から外に出ると、外苑前二重橋前交差点を封鎖していた高岡派の隊員達はまだ武装を解除していなかった。
岩村達を拘束し、臨時政権が発足されたと言っても、緊急事態宣言下には違いはなかったからだ。
[みなさん、秋葉原に戻りましょう。
《シマー》軍到着まで時間がありません。ですが差し迫っての戦闘はないでしょう。
この場は臨時政権に任せて、私達は《シマー》への準備に取り掛かります。
地下通路を使って戻りましょう。]
嶋達秋葉原組は、崩壊した秋葉原のビルの地下へと戻った。
嶋はビルの崩壊を知らなかったようで
「CIAにやられたの…?」
嶋は入間達に同行していたCIAの破壊工作と思った様だった。
ビル崩壊時には地下にいた真一や夏菜達すら、ビル崩壊に気付いていなかった。
ーーー機動隊と自衛隊に包囲され、作戦決行前に自爆崩壊させました。
地上では、未だに封鎖され自衛隊の調査は続いてますが…ーーー
「言ってよ…」
嶋は声に出して『アリサ』に言ったが
ーーー私とマスターの接続は続いてましたので、ご存知だと…ーーー
「…」
嶋の『頭脳』は、『アリサ』を通じて流れ込んで来る情報にオートで優先順位をつけ、順位の低い情報は嶋自身にも無意識ならば認識出来ない情報も多い。
ーーーマスターにとっては、ビル崩壊は認識出来ない程度の情報だった様ですね…。ーーー
「呆れた…。社長にはアキバ一等地の6棟ものビルの崩壊も、とるに足らねぇ事なんだ…
また建てるには、何億かかるんだか…」
古田が呆れて言うと、美保子やアリサまで呆れた様に頷いていたが、新規参加の川中の顔は引き攣っていた。
「『アリサ』川中さんの奥さんと娘さんは?
早く会いたいだろうし!」
川中の表情に気付いた柴田が言うと、すぐに壁に現れたドアが開き、小さな女の子と手を繋いだ女性が入って来た。
自衛隊員だった川中は、会いたかった妻子が目の前に現れても、すぐに駆け寄る事はしなかった。
その川中の背を柴田が押し、嶋も頷いたのを見て
「失礼致します!」
嶋達に敬礼をして妻子に駆け寄って、2人を抱きしめた。
「ゆみ!ゆみ!痛い所はないか?辛くはないか?苦しくはないか?」
川中は小さな娘の全身をなで、目に涙を浮かべて問いかけた。
嶋は美保子とアリサを捜していた自分に重ね、目に涙を浮かべていた。
他のメンバー達も。
「大丈夫だよ、おとうさん。ゆみすっごく元気!
さっきアリサちゃんと、かけっこもしたんだよ!
ゆみ、かけっこも出来る様になったんだよ!」
ゆみは大きな声で、満面の笑顔で答えた。
川中はゆみの小さな両肩を抱き、妻を見上げて一度頷いてから立ち上がり、再度嶋達に向かって敬礼をして言った。
「この御恩は、一生わすれません!
身命を賭して報いる事を誓います!」
「川中さんよう、敬礼は無しだって…(笑)
それに恩と感じてるなら、奥さんと娘さんの為に命を賭けてくれ(笑)
ね、社長?」
敬礼の癖が抜けない川中に、古田はまた呆れた様に言い、嶋は笑顔で頷いた。
ーーーではみなさん、作戦会議の前にお食事をどうぞ。
別室にバイキング形式で用意しております。ーーー
嶋達はレストルームへ移動した。
その頃、日本国内では僅かだが混乱が発生していた。
天皇の臨時政権発足宣言と、いまだに解除されない緊急事態宣言。
それに伴い、官僚や各地方行政との調整や、民放放送局がこぞってクーデターの背景や、嶋による小銃乱射で無傷だった岩村陣営の姿を、繰り返し放送していた上に、臨時総理の高岡自らもテレビカメラの前に立ち、岩村達の人口半減計画や大国を襲った軍勢の正確な詳細、更に夏菜や真一達の戦闘シーンも、繰り返し放送されていたからだ。
だか日本である。
海外では暴動や略奪が起こる様な事態でも、日本ではせいぜいが小規模デモや、右翼や左翼の小競り合い程度だった。
ネットでは、夏菜や真一達トップeスポーツプロプレイヤーの人気や、IT界の帝王と呼ばれる『田中社長』の人気から、彼らが味方した高岡達臨時政権側を、20代30代の若者を中心に支持が高まって行っていた。
とくに《シマー》ユーザー達の中には、《シマー》開発には『田中社長』が関わっていると思い込んでるユーザーも多くいた。
「《シマー》開発陣が、世界征服に出たんだよ!
それに田中社長は反対して離脱したんだ!
だから日本を守る為に立ち上がったんだ!」
「奴等は《シマー》ユーザーだろ?
俺も《シマー》使ってたけど、奴等じゃないからね!
でも、日本にも奴等の手先いるんじゃないの?」
「ヒメカちゃんのぬっこの戦闘、ゲームのまんまだった!
私にも出来るかな?」
「議事堂の屋上にいたの、影虎のチームのスナイプだろ?
1500の超長距離狙撃って、《コール・ザ・ショット》のスキル補正かな?
どんなスキルだよ?」
「ぬっこや影虎のSNSで、《シマー》ユーザーの協力者募集してるぞ!」
「田中社長も、WEBやSNSで募集してる!」
嶋達は《シマー》軍に対抗する為の志願兵を、WEB上やSNSで募集を始めていた。
《シマー》ユーザー限定ではあったが、日本だけでも2000万台の《シマー》が既にユーザーの手にあり、日本にも中国やロシアを壊滅させたメンバーがいるであろうし、平和を享受して来た日本人が、どれ程協力してくれるかは未知数だった。
それに、身体能力の問題もあった。
真一達の話によると、筋力や体力はパラメーター補正で問題はないが、体幹や体術補正はトレーニングをしないと身に付かない様だし、実際の格闘や戦闘の経験値の差が大きく出るとの事だった。
例えば、現実世界でバック転の出来ない者が、《シマー》世界でも出来ないと言う事だ。
ナノマシンで筋力や体力補正は出来ても、本人に『感覚』や『経験値』の無い動きはすぐに出来ないと言う事であった。
[頭数にしかならないか…]
ーーー心配にはお呼びません。
古田さん筆頭にガードのみなさんの体術や戦闘データ。
ローウェンやE-7に搭乗していたアメリカ軍人、高岡氏に同調した自衛隊員達と、戦闘に必要なデータはスキャンによって入手出来てます。
ナノマシンに動作補正インストールすれば、全員がすぐに特殊部隊クラスの兵士になれます。ーーー
嶋の思考と接続されてた『アリサ』は、既に解決策を立てていた。
[可能なのか?それに、精神的な問題は大丈夫なのか?]
嶋達が食事中、《シマー》に対抗する兵力や、その兵の練度の問題になった時に、古田からある案が出ていた。
「社長、俺らを100人ずつつくるとか?
俺らならそれなりに戦闘経験ありますし、連携も出来る。
一般人集めるより、俺らを量産したらいいんじゃないですか?」
その質問に答えたのは『アリサ』だった。
ーーー古田さん、目の前にもう一人、本物の古田さんが現れたらどうですか?
私の中にある『古田』さんのデータは唯一の古田さんです。
その唯一の古田さんが、何人もいたらどうですか?
それも古田さんの目前に何人もの『古田』さんが現れたら?ーーー
「気持ち悪いな…」
ーーー私にも予測は出来ませんが、『古田』さんのメインデータはたった一つです。古田さんの自我と言えるデータです。
たった一つの自我に、同時に何十、何百の見た物や経験したデータが流れ込んだら?
もし『古田』さん同士が出会ったら?
データとしての古田さんは残っても、自我は混乱して崩壊してしまうでしょう。
それはもう古田さんではなく、『古田』さんであった只のデータでしかなくなります。
社長はそれを許さない筈です。ーーー
嶋は黙って頷いた。
「そうだな…。気持ち悪いじゃすまねぇか…」
自分以外の戦闘データや経験値も、自我の崩壊に繋がるのではないか?
嶋はそう思っていたが
ーーー記憶データや自我データでは無く、体術データです。
体術データでの補正はその動きを体現した時に、自身の経験データとして記憶、記録されます。
ただその場合生身の肉体に戻った場合、マイナスに作用するかもしれませんが。
ナノマシンの肉体と違って、生身の肉体には、筋力や体幹、スキル補正は行われませんから。ーーー
夏菜や真一達も、生身の肉体に戻ったら身体が重いと言っていた。
とにかく高岡達による《シマー》軍迎撃臨時政権は誕生した。
自衛隊の協力があれば、ある程度の迎撃部隊は出来るだろう。
[だが不死の軍団同士の戦闘…。
終わりがない…。《シマー》メインサーバーと、《シマー》本体破壊の手立てを急いでみつけなければ…]
嶋は電脳世界へ潜り通信網を駆け巡り、ヒントを探した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる