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第六章

第三十九話 迫りくる魔の手 2

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「チラシをどうぞ、お嬢さんがた┅┅」
 ふいに、二人の目の前に生徒会のチラシが立ちふさがり、それが消えると、微笑を湛えた美しい少年の顔が現れた。

「あ、ど、どうも┅┅」
「ちゃんと読んでね。ふふ┅┅はい、君も┅┅笠原紗由美さん」
「えっ┅┅ど、どうしてわたしの名前を?」

 少年はチラシを手渡すと、謎めいた微笑を浮かべながら、紗由美を見つめて言った。
「そりゃあ、男子の間ですごい人気だからね。ちなみに僕も君のファンの一人だよ」

 初めて話をする男子に、思いも寄らない話を聞かされて、紗由美は気が動転してしまった。
 あっけにとられている間に、少年はまた正門の横の塀の所へ戻っていった。

「なあに、あの子、平野様に親しげに声かけられて┅┅」
「あの子、一年生で噂の子よ。髪染めてるのに、先生が注意しないって┅┅」

「さ、紗由美、行こう┅┅気にしちゃダメよ」
「う、うん┅┅」

 入学以来楽しいばかりで、東京に来て良かったと心から思っていた紗由美に、突然嵐が襲ってきたかのようだった。
 マンションの部屋に帰ってからも、平野という先輩の顔や言葉、上級生の女子の視線や声が繰り返し脳裏によみがえってきた。
 
気分を切り替えようと窓の外を見ると、すでに雨が降り始めていた。
 灰色の空と雨に霞む風景は、今の紗由美の心そのもののようだった。

 次の日から、平野霊也はたびたび紗由美の前に現れ、親しげに声を掛けてくるようになった。
初めのうち、警戒してなるべく相手をしないようにしていた紗由美だったが、霊也は決してしつこく彼女を追いかけたりしないで、いつも、彼女が和むような話や態度で接した。
やがて、紗由美は警戒心を解き、霊也に心を許すようになった。

「やったあ、目標の十位以内達成。これで、思い切り夏休みを満喫できるゥ」
「すごいね、紗由美、中間テストから八番も上がってるじゃん」
「えへへエ┅┅苦手の英語頑張ったんだ。でも、そう言う理沙だって、五番も上がってじゃない、すごいよ」
「そりゃあね、友だちが学年トップを争う秀才なのに、あたしが落ちこぼれじゃ、一緒に遊べないからね。必死に頑張った、褒めて、褒めて」

 期末テストの順番が張り出されたのを見てから、紗由美と友だちの理沙は昼食を食べに学食へ向かった。
 その途中、紗由美は二階の渡り廊下の窓越しに手を振っている平野を見つけた。
「理沙、ごめん、ちょっと用事を思い出しちゃった。先に学食に行ってて」
「え、あ、うん、わかった」

 紗由美は廊下の突き当たりの階段を駆け上がって、向こうから歩いてくる平野を待ち受けた。

「やあ、笠原さん、おめでとう、目標達成だね」
「ありがとうございます。先輩はどうだったんですか?」
「知りたい?」
 紗由美は頬を染めながら頷いた。
「しょうがないな、君だけに教えるよ」
 平野はそう言うと、胸ポケットから一枚の紙を取り出して紗由美に渡した。

「今、職員室に行ってもらってきたんだ」
 紗由美が折りたたまれた紙を開いてみると、それは平野の個人別の成績表だった。家庭向けに郵便で発送されるものだ。

「わあ、すごい┅┅ほとんど満点じゃないですか┅┅これでも学年トップじゃないんですね?」
「うん┅┅僕は、美術と音楽、倫理は捨てているからね。まあ、追試にならないようには気をつけているけどさ」
 紗由美は可愛い声で笑いながら、成績表を平野に返した。
「もったいないですよ。頑張れば、トップになれるのに」
「勉強でトップは目指していないよ。僕にはもっと大きな目標があるからね」
 平野はそういうと、微笑んで窓の方へ歩み寄った。

 紗由美も彼の横へそっと寄り添う。
「きっと、素敵な目標なんでしょうね」
「どんな目標か、訊かないんだ?」
「ええ、だって、それは人に聞かせるものじゃないと思うんです。わたしにも大きな目標があります。でも、それはわたしと両親との約束ですから、人に話す必要は無いし、むやみに話すべきではないと思います」
「そっか┅┅でも、いつか、君が話せるような相手になりたいな」
「え┅┅あ、あの┅┅先輩」
「あはは┅┅ごめん、驚かせちゃって┅┅でも、本心だよ┅┅ねえ、笠原さん、君の目標達成のお祝いに、好きなものおごるよ、今日の帰りにどう?」

 紗由美はその日の夕方、井の頭公園で平野と待ち合わせをして、初めてのデートに出かけていった。

「あれ?紗由美ちゃん、どこか寄り道してるのかな?」
 この日紗由美の様子を見に来たのはメイリーだった。
 めったに寄り道などしない紗由美だったので、メイリーは小さな胸騒ぎを覚えた。だが、紗由美にかぎって心配するようなことは無いだろうと思い直し、しばらくドアの外で帰りを待つことにした。

 紗由美にとって夢のような時間が過ぎていった。
 平野と美味しいケーキの店に行き、お祝いに好きなだけ食べて良いと言われ、おなかいっぱいになるほど様々なケーキを食べた。その後、街の中をしばらく歩き、カラオケボックスに入った。
 二人で交互に、あるいは一緒に歌って、いつしか二人は額に汗を浮かべながら、時間を忘れて楽しんだ。

「そろそろ時間だね。どうする?最後に何か歌う?」
「ううん、もういいです。ふふ┅┅のど、カラカラになっちゃった」
 紗由美がそう言ってオレンジジュースのグラスを持ち上げると、それを平野が紗由美の手から奪い取った。
「飲ませてあげるよ」
 彼はそう言うと、紗由美に顔を近づけて、彼女の口にグラスを持って言った。
 紗由美は戸惑いと、高鳴る胸に声も出せず、されるがままジュースを一口飲んだ。
「僕にも分けて┅┅」
 平野の唇が、素早く紗由美の唇を捕らえる。彼の舌が、紗由美の口を無理矢理こじ開けて侵入し、口の中をねめ回した。

 突然の事態に、紗由美は動転し、抵抗することも出来なかったが、ようやく少し我を取り戻して、平野の胸を押した。

 平野は唇を話すと、じっと紗由美を見つめた。
「ごめん、君があまりに可愛くて我慢できなくなった┅┅怒った?」
 紗由美は真っ赤になって、横を向きながら小さな声で言った。
「い、いきなりなんて┅┅ひどいです┅┅ちゃんと言ってから┅┅してください」
「うん┅┅じゃあ、ちゃんと言うよ┅┅キス、していい?」
 紗由美は真っ赤な顔のまま、こくりと小さく頷く。
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