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第五章

第三十三話 前(さき)のお役目④

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「兄様、姉様、前方から大きな気を持つ者が┅┅」
「ああ、気づかれたようだな。まあ、気を隠さず来た時点で、想定内だがな」
 俺とサクヤ、メイリーの三人は、代々木公園の中を歩いて、笠原冬馬の住むマンションに向かっていた。平日なので人はほとんどいなかったが、それでも、子供連れやカップルなどがちらほら見受けられた。

 丘の広場に降り立った笠原、ミズチ、ユリカは、近づいてくる三人をじっと見つめた。周囲の人から見ると、中年の男が一人、近づいてくる若い男を待っているように見えただろう。

「あっ、あいつ、生きてたんだ、ほんとしつこいわね」
 メイリーがミズチの姿を見て、あきれたようにそう言った。

 俺たちは丘の上までたどり着き、笠原たちと向かい合った。
「笠原冬馬さんですね」
(強い気だ┅┅これが前お役目、スサノオの生まれ変わりの男か┅┅)
 彼はさほど身長は高くなく、俺と同じくらいだったが、厳しい鍛錬をしたと思われる体は、たくましく引き締まっていた。

「お前が新しい射矢王か┅┅まだ若いな┅┅だが、力は本物か┅┅」
 笠原はそう言って、俺を鋭い目でじっと見つめた。

 俺はその目に、警戒心よりむしろ何か悲しく、暗い光を感じ取っていた。

「こわっぱ、それにカシワギとその妹よ、久しぶりだな┅┅この前はさんざん可愛がってくれたのう。今日は、その時の礼をたっぷりさせてもらうぞ。楽しみにしておるがよい┅┅ひひひ┅┅」
「ふん、それはこっちのセリフよ。今度こそ、この世から消し去ってやるわ」

「笠原さん、少し話を聞いてもらえませんか」
「今さら何を話すというのだ。光のヌシは俺を始末するために、お前をここに遣わしたのだろう?」
「いいえ、そんな指令は受けていません。俺が受けた指令は、あなたと、その使霊の女性を救ってくれ、ということでした」
「救う?┅┅ふっ┅┅くくく┅┅こいつはいい┅┅あははは┅┅」

 笠原はしばらくの間、狂ったように笑い続けた。
 その横で、儚げな美しい金色の髪の精霊の少女は、ぽろぽろの涙を流してうつむいていた。

「ふん、何を今さらたわごとを┅┅俺が地獄の底で苦しんでいるとき、奴らは何も助けてはくれなかった┅┅お前には分かるまい、射矢王よ、最初から光の当たる道だけを歩いてきた
お前にはな┅┅」
「修一様は決してそのような┅┅」
 久しぶりに怒りの表情を露わにしてサクヤが反論しかけたが、俺は彼女を手で制した。

「あなたが世の中や人々を憎んだいきさつは、ミタケノウチノツカサ様から聞きました。確かにあなたが言うように、あなたが受けた苦しみは俺には分からない。ただ、あなたが気づいていないことを、俺はあなたに伝えることができる┅┅」

「俺が気づいていないこと?」

「スサノオ、そやつの言うことに惑わされるな、そやつは┅┅」
「あんたは黙ってなさいよ。それとも、今すぐ口がきけないようにしてやろうか?」
 メイリーは一気に気を膨れ上がらせた。
 それは辺りの空気を震わせ、近くにいる者たちを驚愕させた。
「な、なんだこの気は┅┅これがただの使霊だというのか?」
 笠原はメイリーの体からほとばしる強大な気の中に、明らかに闇の気を感じ取っていた。

「メイリー、まだ話は終わっていない。おとなしくしていろ」
「はあい、ごめんなさい┅┅むう、あんたのせいで兄様に怒られたじゃない。あとで、落とし前つけてもらうかんね」
「ひい┅┅や、八つ当たりするでないわ」

 笠原は茫然と目の前にいる若者を見つめていた。
 これほどの強大な使霊を、しかも二人従え、完全に掌握している。いったい、この若者の持っている力はいかほどのものなのか。

「俺が気づいていないこととは、何だ?」
 笠原は、目の前の若者が確かに強大な力を持っていることは感じていた。が、同時に何か温かく包み込まれるような不思議な心地よさも感じていた。

「二つあります。一つは、お役目とは元々辛いこと、苦しいことばかりと言っていいものだということです。人に知られないよう、人を守るために戦う。こんなに報われない仕事は無い。でも、自分にその力があるなら、やらないわけにはいかない。きっと、あなたもそんな思いでお役目をやっていたはずです。

 たとえ、守るべき相手がどんなに罪深くても、守ってやることに値しないと思っても、俺たちはやらなければならない。そうしなければ、自分の存在を否定してしまうことになる。でも、当時のあなたは、感情にまかせて何もかも否定してしまった。

今のあなたは、それを分かっている。分かっているから苦しんでいるんですよね。でも、あなたは気づいていない。ここから、言いたいことの二つ目ですが、あなたの苦しみを誰も気づいていなかったと思っているのですか?┅┅」

 俺の問いかけに、笠原はどきっとしたように目をそらして、傍らで涙にくれているユリカを見た。

「┅┅ヌシ様も、ミタケノウチノツカサ様もずっと心を痛めておられたのです。そして何度かあなたのもとへ使者を送られた。そして、誰よりも心を痛めていたのは誰か、あなたは知っているはずだ。でも、あなたは、世の中を憎むあまり、そうした人たちの差し伸べる手を、ことごとく振り払ってきた。違いますか?」

 笠原はうつむいてじっと何かを考え込んでいた。
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