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第三章

第二十話 サクヤとルシフェル

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〝サクヤ、あの妖魔はどんな術を使うんだ?〟
〝私が知るかぎりでは、男を虜にしたり、幻を見せたりする幻惑の術と様々な毒の術を使います。もちろん、生身の戦闘力もかなり高いです〟
〝そうか┅┅幻惑と毒┅┅なかなか厄介だな┅┅〟
〝┅┅修一様┅┅あの者と私、似ていると感じられませんでしたか?〟
 
   俺は思わずあっと出かかった声を飲み込んで、こちらに首を向けたサクヤを見つめた。
〝┅┅あの者の名前はルシフェル┅┅私と御霊分けした双子の妹です〟
 
   あまりの衝撃に、すぐに返事をすることもできなかった。
〝┅┅もともと、私たちはルシフェルと呼ばれ、光のヌシの使霊として闇の者たちと戦っておりました。しかし、あまりに強大な力を持ったために、いつしか不遜と強欲に心を支配されていきました。やがて光のヌシを侮るようになり、愚かにも自らが光の世界の支配者になろうと光のヌシに戦いを挑んだのです┅┅
結果は当然のごとく負けて、地の底の結界の中に永遠に閉じ込められることになりました。ところが、ルシフェルはこれを恨んで、ますます闇の心に支配されていきました。闇のヌシがこれを見逃すはずがありません。自ら結界を破ってルシフェルを救い出し、闇の世界に連れ去ったのです。そして、ルシフェルの強大な力を減らすために、魂を二つに分け、肉体を与えて自らの使霊にしたのです。それが妲己となった私であり、ルシフェルとして多くの光の者たちを殺してきたあの妹なのです┅┅〟
 サクヤは悲しげな感情と共に、心の声を俺に送ってきた。

〝┅┅そうだったのか┅┅じゃあ、あのルシフェルも君のことを┅┅〟
〝いいえ、あの者はまだ私が光の世界に転生したことを知りません┅┅ですが、いずれ私のことを思い出すでしょう┅┅その前にあの者を始末せねばなりません〟
〝辛くはないのか?妹なんだろう?〟
 
   サクヤは一瞬答えをためらったが、首をひねって俺の方をちらりと見てから、心の声で答えた。
〝いいえ┅┅妹といっても、もともとは自分自身です┅┅ミタケノウチノツカサ様に先ほどのいきさつを聞かされたときから、いずれこの日が来ることを覚悟しておりました。私は決着を付けねばならないのです、自分自身に┅┅〟
〝うん┅┅それを聞いて安心したよ。俺たちが側に付いている、きっちり決着をつけるぞ〟サクヤは俺の方を振り返ってしっかりと頷いた。
〝サクヤ、竜騎と沙江にもシーチェが敵だということを知らせておこう〟
〝はい〟
 サクヤは頷くと、さりげなくゴーサとイカシに交互に近づいていった。
 俺は、前を行くシーチェに気づかれないように、竜騎と沙江に目と口パクで、シーチェが〝敵〟だと知らせた。
 二人も心のどこかに疑念を抱いていたので、すぐにサインを理解し、しっかりと頷いた。

  その後、さらに二十分ほど飛んで、ようやく妖魔の少女は高度を下げ始めた。そこはもう天山山脈の麓だった。高い崖に挟まれた谷間のような場所で、なぜかその辺りだけうっすらと霧が覆っていた。地面には青々とした草が生え、ほのかな花の香りが漂っている。
  その谷間の奧に大きな石造りの廟が建っていた。

「こちらへどうぞ」
 廟の前に降り立った少女は、その脇にある建物へ俺たちを連れて入っていった。
「ここはお客様や旅の巡礼者をお泊めする宿舎です。さあ、こちらへ┅┅」
「へえ、こんなへんぴな場所にお参りに来る人もいるんだなあ┅┅」
「竜騎ったら┅┅失礼よ┅┅ごめんなさい、シーチェさん┅┅」
「いいえ┅┅ふふ┅┅実はここには古い遺跡があって、結構観光客や調査をしに来る人がいるんですよ」
「すんません┅┅そういえば、この辺りもシルクロードの途中になるんか、なあ、修一?」
「えっ┅┅あ、ああ、そうかも┅┅俺、あんまり歴史とか得意じゃないから分からないよ」
 沙江は竜騎の無神経な発言にぴりぴりし、竜騎は俺に助けを求めるようにくっついてくる。
 
   シーチェは廊下の奥の広い部屋に俺たちを案内した。長いテーブルが三つ平行に並べられ、それぞれの列に椅子が二十脚ほど置いてあった。
「ここが食堂です。どうぞお好きなところにお座り下さい。粗末な物しかお出しできませんが、すぐにお食事をお持ちいたします」
 シーチェはそう言うと、奧にあるドアから出て行った。そして、入れ替わるようにそのドアを開いて、お茶や菓子、果物などの盆を抱えた美しい衣装の女たちが出てきた。女たちはにこやかに微笑みながら、俺たちが座ったテーブルに白い陶器の器を並べていく。

「へへ┅┅訓練された兵隊だな、君┅┅」
 竜騎が、一人の女に片目をつぶってウインクしながら話しかけた。
 女はなおも微笑みを浮かべて、果物の入った容器を竜騎に差し出す。
「いやあ、さすがに毒入りのブドウはいらんわ」
 言葉と裏腹に喜んでブドウの房を受け取る竜騎に、俺たちは吹き出すのをようやく我慢していた。

「うん、やっぱ、こいつ等は日本語は分からねえようだな」
 竜騎はなおも女たちに愛想を振りまきながらそう言った。
「あんたねえ、もし、誰か日本語が分かる者がいたらどうするつもりよ」
 沙江が怒りながらも笑うのを我慢して頬をヒクヒクさせながら小さな声で言った。
「大丈夫だって┅┅あのシーチェって子の前でへたなこと言わなきゃいいんだよ」
「それが一番心配なのよっ!」

「沙江、落ち着け┅┅」
 シーチェがドアを開いてでてくるのを見て、俺は小さな声で沙江に注意する。
「せっかくなので、特産の葡萄酒とジュースをお持ちしました┅┅」
 明らかに毒か麻痺薬か、いずれにしても危険な物が入っていると分かる飲み物を持ってきた少女に、俺以外の全員がここまでかと覚悟を決めたに違いない。だが、今ここで戦いを起こすのは絶対的に不利だ。俺は何とか窮地を脱する方法を必死に考えた。

「あ、あの、シーチェさん┅┅」
「はい、何でしょう?」
 男たちにはブドウ酒を、沙江とサクヤにはブドウのジュースを注ぎ分けていた妖魔の少女は、にっこりと微笑みながら顔を向けた。確かに、よく見ればサクヤとうり二つと言って良いほど似ている。
「┅┅実は、ミタケノヌシ様から光帝様への伝言を預かっているんですが┅┅」
「まあ、そうですか┅┅では、お食事の後私が光帝様にお届けいたしましょう」
「いや、これは直接俺がお渡ししたいので、俺を光帝様の所へ連れて行って下さい」

 シーチェをこの場から引き離すためのとっさの思いつきだったが、すぐにサクヤの心の声が聞こえてきた。
〝修一様、ダメですっ!その女と二人きりになるなど、危険ですっ!〟
 竜騎と沙江も険しい表情で俺に目を向けていた。

「そうですか┅┅分かりました。お食事はされなくてもよろしいのですか?」
「ええ、大丈夫です。ここからどのくらいの距離ですか?」
「はい┅┅光帝様は峨眉山の上におられますから、休まずに飛んでも十時間、往復すれば丸一日ほどかかりますが┅┅」
「そうですか┅┅じゃあ、今から出発しましょう」
 シーチェは探るような目で俺を見つめていたが、すぐににっこりと微笑んで頷いた。
「分かりました。では、お弁当を持って参りましょう。すぐに準備しますのでしばらくお待ち下さい」
 シーチェはそう言うと、奧のドアの方へ去って行った。

「お、おい、修一、どういうつもりや?」
「修一様、本気ですか?いったい┅┅」
「皆、使い魔たちが見ている┅┅普段通りの態度で、俺の話を聞いてくれ┅┅」
 俺はそう言うと、笑顔を作ってブドウ酒のグラスを手に持った。
「いいか┅┅俺はシーチェをここから引き離す┅┅俺たちが出て行ったら、料理を食べるふりをして、使い魔たちが油断した隙に襲撃┅┅皆殺しにするんだ┅┅タイミングは竜騎、お前に任せる┅┅サクヤは状況を俺に連絡┅┅それに合わせて俺がシーチェを倒す┅┅」
 俺の話を聞きながら、皆は必死に笑顔を作って、しきりに菓子や飲み物を勧める使い魔の侍女たちに適当に応対していた。

「分かった┅┅こっちは任せとけ。ちゃちゃっと済ませて、すぐに応援に行くからな┅┅」
「修一様┅┅くれぐれも無茶はなさいませんように┅┅」
〝主様┅┅私も一緒に参ります┅┅〟
 サクヤが向かい側の席から、真剣な眼差しを俺に向けていた。
〝いや、ダメだ┅┅今はまだ、シーチェは俺たちを騙したと思っているはずだ┅┅君が一緒に行ったら、余計な警戒をさせるし、君の事を思い出すかも知れない┅┅それに┅┅〟

 俺がその先を伝えようとしたとき、奧のドアが開いてリュックサックを背負ったシーチェが出てきた。一同は笑顔で適当におしゃべりをしながら、お菓子や果物に手を伸ばして自分の皿に載せていく。
「お待たせしました┅┅では、参りましょうか」
「はい、お願いします┅┅じゃあ、ちょっと行ってくる。皆、ゆっくり休んでおいてくれ」
「おお、ご苦労さん┅┅せっかくのご馳走だけど、俺たちでいただいておくよ」
「あはは┅┅ああ、あまり食べ過ぎないようにな┅┅」
 俺は立ち上がってシーチェとともに廊下へ出て行く。サクヤの視線がいつまでも追いかけてくるように感じた。

「あの┅┅何とお呼びすればよろしいですか?」
 廊下を歩き始めたとき、シーチェが尋ねた。
「ああ、自己紹介がまだだったね┅┅俺は小谷修一┅┅小谷でも修一でもどちらで呼んでくれてもかまわないよ」
「はい。では、小谷様とお呼びします┅┅あの、それではヤマトタケル様はどこか他の所におられるのでしょうか?」
(そうか┅┅こいつは転生ということを知らないんだな┅┅だから、サクヤのことにも気づかなかったんだ┅┅闇のヌシはこいつに教えていないんだ┅┅どんな理由かは分からないが┅┅)

「ああ┅┅ええっと、そうなんだ┅┅彼は日本にいる。今回は、彼の弟子である俺たちがお役目に選ばれて来たんだよ」
「まあ、そうだったのですね。ふふ┅┅私、もう一人の男の方がヤマトタケル様かと勘違いして┅┅でも、お弟子様でもこれほどお強いのですから、ヤマトタケル様はどれほどお強いのでしょうか┅┅一度お会いしてみたいですわ」

 俺たちは話をしながら建物の外に出て、草原の方へ歩いて行った。
「それ、俺が持つよ」
 俺はシーチェが背負っているリュックサックを指さして言った。
「あ、いいえ、それほど重くはありませんし、お客様に持たせるわけには┅┅」
「いいから、ほら┅┅女の子に背負わせるわけにはいかないよ」
 俺はそう言って、無理矢理少女の細い肩からリュックを外し、自分が背負った。
「すみません┅┅ではお願いします。小谷様はお優しいんですね」
「いや、これは普通のことだよ┅┅さて、じゃあ、出発しようか」
「はい。では、私の後に付いてきて下さい」
 シーチェはそう言うと、地面を蹴って一気に上昇を始めた。俺もその後を付いていく。彼女は東に向かってどんどん速度を上げていきながら、時々後ろを振り返った。恐らく、俺の飛行能力を測っているのだろう。

〝サクヤ┅┅聞こえるか?〟
〝はい、修一様、何かございましたか?〟
〝いや、こっちは出発して一分というところだ。そろそろ始めてもいいぞ┅┅そう竜騎に伝えてくれ〟
〝分かりました┅┅修一様、どうかお気をつけて┅┅〟
〝ああ、君もな┅┅じゃあ、後で報告を頼む〟
〝はい、承知しました〟

 俺がサクヤとの交信を終えて、少し遅れているのを見たシーチェは速度を落として俺の横に並んだ。
「すみません、少し速すぎましたか?」
「ああ、はい┅┅こんなに速く飛んだのは初めてで┅┅ちょっと疲れました」
「少し休みましょう┅┅あそこにちょうど良い岩穴があります」
 シーチェはそう言うと、高度を下げていく。もしかすると、この辺りで手早く俺を始末しようと考えたのかも知れない。俺はそんなことを思いながら彼女の後に付いて高度を下げていった。

「よし、じゃあとりあえず一番近くにいる奴から始末するぞ。皆、準備はいいか?」
 にこにこしながら竜騎がつぶやき、他の四人も食べたり飲んだりするふりをしながら頷いた。
「ああ、姉ちゃん、姉ちゃん、面白いもの見せてやるよ┅┅へへ┅┅いいか、この手をよおく見ていろよ┅┅」
 竜騎は一人の侍女を呼び止めて、手のひらを彼女に向けた。侍女は何事かと驚きながらもじっと手のひらを見つめた。すると、突然その手のひらから炎が吹き出し、一瞬にして侍女の女を火だるまにしたのである。
「ぎゃああああ┅┅」
 女は床に倒れてもがき苦しみながら、みるみるうちに羽の生えた使い魔の姿に変わっていった。
「へへ┅┅中身がこれじゃあ、せっかくのきれいな服も台無しだな」

 あっけにとられて茫然としていた他の侍女たちは慌てて変身を解き、黒く醜い悪魔の姿に戻り始めた。しかし、すでに詠唱を始めていた四人が次々に近くの使い魔たちに攻撃を開始した。あっという間に仲間を半分に減らされた使い魔たちは、慌てて奥のドアから逃げ出していった。

「使霊の三人はそのまま追えっ!沙江、外に回るぞっ!」
 竜騎の指示で五人は二手に分かれ、使い魔たちを追撃していった。
「おおっと┅┅大将のお出ましかよ┅┅」
 建物の裏に回り込んだ竜騎と沙江は、そこに崖を背にして立ちはだかる巨大な妖魔の姿を見た。その足下には妖魔に取り憑かれていたルクレールが倒れていた。

「ルシフェルの奴め、やはりへまをしおったな┅┅ふははは┅┅」
 妖魔は地の底から聞こえてくるような不気味な声でつぶやき、笑った。
 そのとき、建物の屋根と壁が激しい音を立てて吹き飛び、断末魔の声を上げて二匹の使い魔が地面に落ちてきた。そして、さらに二匹がその開いた穴から必死に逃げ出してきた。
「お前ら、ストップや┅┅もう使い魔どもなんかどうでもええ┅┅建物の陰に隠れながらゆっくりこっちへ来るんだ」
 使い魔たちを追いかけて飛び出してきた三人の使霊たちは、竜騎の言葉に動くのをやめて目の前にそびえ立つ黒い妖魔の姿を見上げた。

「雑魚どもめ┅┅まとめて消し去ってやる」
 妖魔は大きな羽をゆっくりと広げていく。それを見たサクヤは、慌てて叫んだ。
「鳳岩落土っ!」
「ぬっ!」
 背後の崖が音を立てて崩れ始め、羽を飛ばそうとしていた妖魔は急いで空中に逃れて難を避けた。

「皆さん、こちらへ早く!」
 サクヤはその隙に、崖の一ヶ所に穴を開け、他の四人をその中に避難させた。
「あの羽の攻撃は、隠れて防ぐしかありません。少しでも触れれば恐らく猛毒で命が危険にさらされます┅┅」
「くそう┅┅唯一バリヤーが張れる修一はおらんし┅┅へたに出ていけんとなると、どうやって戦うか┅┅」
「┅┅とにかく、奴の羽が尽きるまで動き回ってみるしかないわ。サクヤさん、この崖の上まで穴を掘ってくれる?」
「は、はい」

 妖魔は五人が隠れていそうな場所を破壊しながら、すぐそこまで近づいていた。
「愚かなネズミども┅┅隠れても無駄だ┅┅」
 妖魔はそう叫ぶと、全身に陰の気を膨れ上がらせ始めた。
「アウラ・イピ・ルサーダス・リアゥ・マーラ┅┅」
 呪文の声とともに、妖魔の周囲の空間がみるみるうちに変化していく。それは妖魔の体から流れ出す毒素と陰のエネルギーによって、あらゆる物が溶け出し、毒の沼を作り始めたからだった。

「な、何じゃあれは┅┅」
 サクヤが作った穴を通って崖の上に出た五人は、見つからないようにそっと下をのぞき込んで、一様に言葉を失っていた。
「空中で戦うしかありませんね。羽の攻撃を避けながら、死角から攻撃┅┅できれば地上に落として動けないようにしてから、竜騎の火で焼き殺す┅┅できなければ、命が尽きるまで戦うだけよ。これでどう?」
「へへ┅┅いい覚悟してんじゃねえか、沙江┅┅いいぜ、付き合ってやるよ」
「やりましょう」
 五人は頷き合うと、一斉に空中に飛び出した。
 
   一方、その頃俺は目の前に天山山脈を望む岩山の洞穴で、シーチェと寄り添うようにして座り、お互いの心の中にあるものを隠しながら他愛のない話をしていた。
「┅┅まあ、今の世界はそんなに進歩しているのですね┅┅ずっとあの御廟をお守りしていましたので、世の中の変化はまったく知らなくて┅┅」
 そう言って寂しそうに笑う少女が、本当に悪逆非道の妖魔であることが信じられなかった。演技であることは分かっていても、思わずその細い肩を抱きしめたくなる。何も知らない男なら、たやすく彼女のワナに墜ちてしまうに違いない。

「ところで、シーチェさん┅┅転生って知っていますか?」
 俺はいよいよ覚悟を決めて、そう切り出した。
「てんせい┅┅ですか?┅┅いいえ、分かりません。どんなものですか?」
「物ではありません┅┅命あるものが死んだ後、もう一度生まれ変わることを、転生といいます」
 シーチェは驚いたように、その大きな目を見開いて俺を見つめた。
「そんなことが┅┅本当にあると┅┅」
「ええ┅┅実はヤマトタケルについて、あなたにウソをついていました、すみません。ヤマトタケルは二千年以上前に死んでいます。でも、彼の魂は光のヌシ様のもとで次に生まれ変わる時を待っていました。そして、この時代に生まれ変わった┅┅つまり転生したのです。その転生したヤマトタケルが、小谷修一┅┅つまり俺なんです」

 シーチェは衝撃を受けたようにしばらく声もなく俺を見つめていた。そして、はっと我に返ると、とっさに俺から離れて後ずさった。
「そ、そんなことが┅┅すみません、あまりに驚いてしまって┅┅」
「驚かせてすみません┅┅でも、もっとあなたを驚かせることをお話しなければいけません┅┅それは、あなたも転生者だということです┅┅」
「な、何をおっしゃっているのです┅┅私は┅┅」
「どうか、最後まで話を聞いて下さい┅┅あなたは、私の使霊を見ましたか?古代の衣装を着た少女です┅┅」
「┅┅ええ┅┅私をしきりに見ていたあの娘ですね┅┅」
「ええ┅┅実は彼女も転生者です。しかも、彼女はもともと闇の世界にいた者です┅┅」

 シーチェの表情が明らかに変わり、彼女は鋭い目で俺を見つめながら口を開いた。
「もう、いいわ、そんなでたらめをいつまでも聞く気はない┅┅」
「┅┅でたらめじゃないんだよ、事実なんだ、シーチェ┅┅いや、ルシフェル┅┅」
 シーチェ=ルシフェルは、陰の気を高めながらにやりと笑った。
「ふふふ┅┅なあんだ、ばれてたのか┅┅私の名前まで知っているということは、最初から気づいていたの?」

 俺はまだ戦闘態勢には入らず、じっと彼女を見つめていた。
「もう少し、話をしないか?俺の話を聞いて欲しいんだ┅┅」
「あははは┅┅あなた、馬鹿なの?今から殺し合うのに、話をして何の意味があるって言うの?┅┅それとも、時間稼ぎ?ふふふ┅┅無駄よ、お仲間は今頃ベルゼブルに皆殺しにされているはずよ┅┅」
「┅┅俺は仲間を信じている┅┅あいつらは絶対に負けはしない┅┅」
「ふふふ┅┅まあ、そんなことはどうでもいいわ┅┅ここで、あなたを殺して、残りの奴らもすぐに後を追わせてやる┅┅それでおしまい┅┅ね?」
「俺はお前と戦いたくない┅┅」
「あははは┅┅なんだ、怖じ気づいて、命乞いでもする気か?だったら、すぐに楽にしてやるよ┅┅そのままじっとしていな」
「違うっ、戦いたくないのは、お前がサクヤの、俺の使霊の双子の妹だからだっ!」

「なっ┅┅何を馬鹿な┅┅ことを┅┅」
「思い出すんだ、ルシフェル┅┅お前には、魂を分けた双子の姉がいたはずだ┅┅」
 ルシフェルは愕然とした顔で、ゆっくりと頭を左右に振った。
「┅┅ウソ┅┅ウソだ┅┅姉様は、ヤマトタケルに敗れて死んだ┅┅死んだんだ┅┅」
「ああ、死んだのは本当だ┅┅ただし、殺したのはヤマトタケルじゃない┅┅なぜなら、ヤマトタケルとお前の姉、妲己は、敵同士という壁を乗り越えて愛し合っていたからだ┅┅妲己を殺したのは、彼女の裏切りを知った闇のヌシが彼女を殺すために送り込んだ妖魔だ┅┅」
 
   ルシフェルは頭を両手で押さえながら苦悶の表情で地面に崩れ落ちた。
「┅┅妲己は死んだ後、ヤマトタケルの願いを聞いた光のヌシによってコノハナサクヤという娘として転生した。そして、そのコノハナサクヤが死んで転生したのが、今、俺の使霊カシワギノサクヤタニなんだ┅┅」
 
   ルシフェルはしばらくの間、地面に座り込んでうつむいていた。だが、やがて体を震わせて笑い始めた。
「くく┅┅ふははは┅┅あははは┅┅そうか、そうか┅┅あの愚か者の姉は光の者に成り下がったのか┅┅ふふ┅┅姉にふさわしい末路だ┅┅私はな、姉が大嫌いだった┅┅姉は慈悲とか優しさとか、闇の世界には不必要な性質を持って生まれた┅┅だから、他の使霊たちから馬鹿にされ、いつも住処に閉じこもって暮らしていた┅┅そのくせ、住民たちには慕われて、困り事があると姉に相談に来る者が後を絶たなかった┅┅しかも、私より優れた能力を持っていた┅┅私はどうしても姉には勝てなかった┅┅何もかも┅┅ふふふ┅┅その姉が、ヌシ様の命で光の世界へ行き、死んだと聞いたときは、悲しいよりむしろ嬉しかったよ┅┅背中の重石が消えたような気がした┅┅」

 ルシフェルがそこまで話終えたとき、俺は遠くから近づいてくるおぞましい陰の気を感じて立ち上がった。
〝サクヤ、聞こえるか?〟
 俺の呼びかけに、サクヤの返事はなかった。考えたくないシナリオが俺の頭の中で映像となって浮かび上がってくる。近づいてくるのがベルゼブルという妖魔なら、サクヤたちは負けてしまったのか┅┅。
 俺は洞穴から飛び出して、近づいてくる妖魔を待ち受けた。やがて、巨大なその姿が視界の先に現れ、次第に大きくなっていく。
(ん?何かふらふらしているな┅┅)
 近づいてくる妖魔は明らかにスピードが遅く、しかも上下左右にふらつきながら、しきりに後ろを気にして振り返っている。その理由はすぐに明らかになった。妖魔の背後から金色の鷲とドラゴンが迫っていたのだ。

 妖魔は俺の姿に気づくと、空中で止まった。そして、口をゆがめて不気味な笑みを浮かべたのだった。

 その時俺はもちろん油断しているつもりはなかった。
 ただ、応答がないサクヤのことが気になっていたことと、やはりルシフェルに対して、心の中のどこかで信じている部分があったのは確かだ。

 一瞬、背中に雷に打たれたような衝撃が走り、腹が割けて血が空中に飛び散った。
「┅┅甘いのよ、あなた┅┅姉と同じ┅┅さよなら┅┅」
 自分の腕を鋭いトゲに変化させたルシフェルが耳元でささやき、ゆっくりと腕を引き抜いた。
〝修一様っ!修一さまああああ┅┅〟
〝サクヤ┅┅無事だったのか┅┅良かった┅┅よかっ┅┅た┅┅〟
 俺はサクヤの泣き叫ぶ声を聞きながら、ゆっくりと気を失い落下していった。
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