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第二章
第七話 南海の竜と北の大鷲
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その島は、沖縄本島の北東に浮かぶ小さな島だった。
「よっしゃー┅┅これで本大会出場決めたら、次はいよいよ横浜や」
島と本島を結ぶ連絡船から下りてきたのは、赤く染めた髪、だらしなく着た制服、一見して不良学生そのものの少年だった。名を古座竜騎(こざりゅうき)といい、船で本島の高校に通う二年生である。高校の友人たちとロックバンドを結成し、時々本島のライブハウスで前座に出してもらうくらいの実力があった。この日は、アマチュアロックバンドコンクール全国大会の地方予選があり、竜騎たちのバンドも出場して、決勝ラウンドまで勝ち進んだところだった。
「ん?ゴーサの奴、来てねえな┅┅」
波止場を出た竜騎は、いつもなら必ず迎えに来ているはずの使霊の姿が見えないことを不審に思った。彼もまた能力者だった。
竜騎はわずかな不安を感じながら、我が家への道を急いだ。彼の家は島の北端にあり、母親と祖母と三人で暮らしていた。父親のことは何も知らない。彼の家は代々この島の巫女の家系で、今は祖母が巫女を継いでいた。代々女が家を継ぐことになっており、外から男を婿養子に迎えてきたが、竜騎の母親は若い頃恋をし、その相手の子供を身籠もった。相手の男は遊びだったのか、女が身籠もったと分かったとたん、行方をくらましてしまった。そして月満ちて生まれてきたのが竜騎だった。皮肉なことに、祖母の能力は竜騎に受け継がれていた。
岬の手前にある家の前に巨大な竜が浮かんで、海の方を見つめていた。
「おい、ゴーサ、何があったんだ┅┅」
一キロ余りの道を走ってきた竜騎は、息を整えながら自分の使霊のもとへ近づいていった。
「ん?これは┅┅」
海から吹いてくる風にただならぬ気配を感じた竜騎は、使霊とともに祭祀場がある岬の先端の方へ向かった。
「お婆、何があった?」
祭祀場では、巫女服を着た祖母が祭器を持って、祝詞を声高に唱えながら舞いを捧げていた。
「海が、震えておる┅┅」
祖母は竜騎の姿を見ると、彼を岬の突端へ連れて行き、崖下の海を指さしながらそう言った。確かに、竜騎も北西の方角からやって来る何かおぞましい気の流れを感じ、海がそれによって恐れざわめいているように見えた。
「時が来たのじゃ┅┅竜騎よ、すぐに三島の源おじの所へ行け、そこで次にやるべき事は示される┅┅」
「┅┅ああ、しかたねえな┅┅こいつがただ事じゃねえってことは俺にも分かるさ┅┅ちっ、くそう、せっかく横浜に行くチャンスが来たってえのによおおぉ┅┅」
同じ頃、ここは北の果て北海道の旭川。大雪山の麓にある小さな町。大木に囲まれた古い神社に向かって歩いてくる制服姿の一人の少女がいた。
「ただいま、イサシ┅┅」
少女は、一本のモミの大木の上にとまった金色の大鷲に向かって小さな声で挨拶した。その後彼女は神社の傍らにある大きな家に入っていった。
「只今帰りました」
「おお、お帰り沙江、待っておったぞ┅┅すぐに本堂へ来ておくれ」
その日学校から帰ると、珍しく祖父が正装で少女を出迎えた。祖父はそう言い残して、彼女と入れ替わりに外へ出て行った。
忌野沙江(いみのさえ)は地元の中学に通う三年生で、この於呂内神社の神主の家に生まれた。現在神主を務める祖父は純粋なアイヌの血を受け継いでいて、もう七十を幾つか過ぎているが、百八十センチを超える長身で、ウェーブのかかった白髪を後ろで結び、同様に波打つようにカールした豊かな髭をたくわえ、彫りの深い顔立ちは、一見するとヨーロッパ系の白人に見える。その娘である母も、今でも外国人に間違えられるような顔立ちだった。婿養子である父は、長野のとある神社の生まれで純粋の日本人だったが、沙江は明らかに祖父の方の血を濃く受け継いでいた。
「お祖父様、沙江参りました」
「うむ┅┅こちらへ来なさい」
祖父は神前に一礼すると、脇にある控え室に孫娘を伴って入った。
「沙江、以前から話していた大難がいよいよ間近に迫っておる┅┅」
「はい┅┅西の方からとても嫌な気が流れてきているのは感じておりました」
「うむ┅┅此度の大難は、大陸で起こるようじゃな。沙江、いよいよお前が役目を果たすときが来たのじゃ」
「はい、とうに覚悟はできております」
「うむ。まず、父の生家諏訪大社へ行き、精霊の王の居場所を尋ねるがよい」
「はい」
「よっしゃー┅┅これで本大会出場決めたら、次はいよいよ横浜や」
島と本島を結ぶ連絡船から下りてきたのは、赤く染めた髪、だらしなく着た制服、一見して不良学生そのものの少年だった。名を古座竜騎(こざりゅうき)といい、船で本島の高校に通う二年生である。高校の友人たちとロックバンドを結成し、時々本島のライブハウスで前座に出してもらうくらいの実力があった。この日は、アマチュアロックバンドコンクール全国大会の地方予選があり、竜騎たちのバンドも出場して、決勝ラウンドまで勝ち進んだところだった。
「ん?ゴーサの奴、来てねえな┅┅」
波止場を出た竜騎は、いつもなら必ず迎えに来ているはずの使霊の姿が見えないことを不審に思った。彼もまた能力者だった。
竜騎はわずかな不安を感じながら、我が家への道を急いだ。彼の家は島の北端にあり、母親と祖母と三人で暮らしていた。父親のことは何も知らない。彼の家は代々この島の巫女の家系で、今は祖母が巫女を継いでいた。代々女が家を継ぐことになっており、外から男を婿養子に迎えてきたが、竜騎の母親は若い頃恋をし、その相手の子供を身籠もった。相手の男は遊びだったのか、女が身籠もったと分かったとたん、行方をくらましてしまった。そして月満ちて生まれてきたのが竜騎だった。皮肉なことに、祖母の能力は竜騎に受け継がれていた。
岬の手前にある家の前に巨大な竜が浮かんで、海の方を見つめていた。
「おい、ゴーサ、何があったんだ┅┅」
一キロ余りの道を走ってきた竜騎は、息を整えながら自分の使霊のもとへ近づいていった。
「ん?これは┅┅」
海から吹いてくる風にただならぬ気配を感じた竜騎は、使霊とともに祭祀場がある岬の先端の方へ向かった。
「お婆、何があった?」
祭祀場では、巫女服を着た祖母が祭器を持って、祝詞を声高に唱えながら舞いを捧げていた。
「海が、震えておる┅┅」
祖母は竜騎の姿を見ると、彼を岬の突端へ連れて行き、崖下の海を指さしながらそう言った。確かに、竜騎も北西の方角からやって来る何かおぞましい気の流れを感じ、海がそれによって恐れざわめいているように見えた。
「時が来たのじゃ┅┅竜騎よ、すぐに三島の源おじの所へ行け、そこで次にやるべき事は示される┅┅」
「┅┅ああ、しかたねえな┅┅こいつがただ事じゃねえってことは俺にも分かるさ┅┅ちっ、くそう、せっかく横浜に行くチャンスが来たってえのによおおぉ┅┅」
同じ頃、ここは北の果て北海道の旭川。大雪山の麓にある小さな町。大木に囲まれた古い神社に向かって歩いてくる制服姿の一人の少女がいた。
「ただいま、イサシ┅┅」
少女は、一本のモミの大木の上にとまった金色の大鷲に向かって小さな声で挨拶した。その後彼女は神社の傍らにある大きな家に入っていった。
「只今帰りました」
「おお、お帰り沙江、待っておったぞ┅┅すぐに本堂へ来ておくれ」
その日学校から帰ると、珍しく祖父が正装で少女を出迎えた。祖父はそう言い残して、彼女と入れ替わりに外へ出て行った。
忌野沙江(いみのさえ)は地元の中学に通う三年生で、この於呂内神社の神主の家に生まれた。現在神主を務める祖父は純粋なアイヌの血を受け継いでいて、もう七十を幾つか過ぎているが、百八十センチを超える長身で、ウェーブのかかった白髪を後ろで結び、同様に波打つようにカールした豊かな髭をたくわえ、彫りの深い顔立ちは、一見するとヨーロッパ系の白人に見える。その娘である母も、今でも外国人に間違えられるような顔立ちだった。婿養子である父は、長野のとある神社の生まれで純粋の日本人だったが、沙江は明らかに祖父の方の血を濃く受け継いでいた。
「お祖父様、沙江参りました」
「うむ┅┅こちらへ来なさい」
祖父は神前に一礼すると、脇にある控え室に孫娘を伴って入った。
「沙江、以前から話していた大難がいよいよ間近に迫っておる┅┅」
「はい┅┅西の方からとても嫌な気が流れてきているのは感じておりました」
「うむ┅┅此度の大難は、大陸で起こるようじゃな。沙江、いよいよお前が役目を果たすときが来たのじゃ」
「はい、とうに覚悟はできております」
「うむ。まず、父の生家諏訪大社へ行き、精霊の王の居場所を尋ねるがよい」
「はい」
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