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続編
帝国の英雄編
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帝国の英雄
ルートが転生したこの星は、3つの大陸(ベーダ)と大小さまざまな島(バル)で構成されている。
3つの大陸にはそれぞれ名前があり、それは世界共通で使われる呼び名となっている。それぞれ中央大陸(グランベーダ)、東方大陸(アウルベーダ)、西方大陸(ゲールベーダ)という。
ルートが住むグランデル王国は、中央大陸にある。中央大陸には、あと2つ、世界宗教であるティトラ聖教の聖地ハウネスト聖教国と砂漠の国サラディン王国がある。残りの土地はどこの国にも属さない未開拓地で、自然環境が厳しく、ほとんど人が暮らせないような場所ばかりだった。
今回不穏な動きを見せているラニト帝国は、西方大陸の中央部に広大な領土を持つ大国である。
もともとこの大陸には、大小さまざまな部族国家が乱立して、長い間お互いに小競り合いを続けていた。だが、今から250年ほど前、部族国家の1つであったラニト国に、ラパン・ドラトという偉大な王が生まれた。
彼は王になるや、国力の充実を第一の目標に掲げ、農業や工業の育成に努めた。さらには、他の大陸の進んだ文化や技術を大いに取り入れ、瞬く間に強大な国を作り上げた。やがて、ラニト国は周辺の小国家群を、時には武力で、時には話し合いで次々に併合していった。そして、ついにはほとんどの小国家群を統一し、ラパン・ドラトは初代の皇帝となった。
ラパン・ドラトは決して《英雄》ではなかった。神の加護を受けていたわけでもなく、特別な能力を持っていたわけでもなかった。彼は、非常に頭の良い《賢王》だったのだ。
そして、250年後、ラパン・ドラトの子孫に1人の《英雄が》生まれた。《英雄》の名を、アラン・ドラトという。現帝王ミゲール・ドラトの6男、第6皇子である。
ドラトの母親はラニト帝国の有数の商人の娘で、多くの側室の1人だった。幸い男子を出産し、後宮でもそれなりの地位には上ったが、所詮は第6皇子、王位継承権はあっても有名無実、アランもいずれは爵位を下賜され、王城を出て小さな領地の領主になるか、軍の1司令官になって、国のためにあちこちの紛争解決のためにこきつかわれるか、それがお決まりの将来だった。
だが、神は彼に加護と特殊な能力を授けていた。それを彼が自覚したのは11歳の時だった。
もともと、権力にはさほど興味はなく、面白おかしく遊んで暮らせればそれでいい、という性格だったアランは、王城内で毎日それなりに楽しく暮らしていた。
その夜も、お気に入りの侍女を寝所に招き入れて、ふざけ合いながら寝る前の一時を楽しんでいた。ところが、そこへ突然父であるミゲールが現れたのである。
実はミゲール帝はその夜、周囲には内緒で抜き打ちに後宮を訪れた帰りだった。彼はときどきこうしたことをやっていた。なぜかというと、たまに側室たちが間男を引き込んで、欲求不満を解消したり、あるいは権力者と密会して、よからぬ企みをすることが過去にあったからである。
帰り道に、たまたま様子を見ようとアランの寝室を訪ねたミゲール帝は、11歳の息子が若い侍女といちゃいちゃしている場面を目にして激昂した。
「まだ、年端も行かぬ子供のくせに何をしておる。バカ者がっ!」
父帝はそう怒鳴ると、侍女を無理矢理引っ張って連れ去ろうとした。ここまでは、アランも仕方ないと諦めていたが、ドアを出て行く前に父帝が振り返って言った言葉が、この後のラニト帝国を左右する重大な分岐点となった。
「良いか、アラン、お前はむやみに女を身ごもらせてはならぬ。それは、この国に余計な混乱を招くことになる、いいな?ふふ……この女はわしの子を産ませる。なかなかいい女だからな」
「やめてください、父上、ビューネは私の侍女ですっ」
「うぬっ、な、何をする、わしに逆らうかっ、バカ者っ!」
ミゲールは自分の足にしがみついてきた息子を、思い切り蹴り飛ばした。
「アランさまっ!」
「ええい、うるさいっ、さあ、来るんだ」
「ま、待てっ……たとえ父でも、許さんっ」
「な、何い、貴様ああ……っ!! うぐっ、な、なにを……」
このとき、アランは無意識のうちに、その神から与えられた特殊な力を初めて発動させていた。
気づくと、父帝も侍女も、ぼーっとした顔で、魂を失ったように立ったまま動かない。
「お、おい、ビューネ」
「はい、アラン様」
侍女ははっきりと返事をしてアランの方を向いた。
「こっちへ来い」
「はい」
侍女は何事も無かったような顔で、アランの元へ歩いてきた。父帝はそれを引き留めようともしなかった。
「ち、父上」
「うん、何だい?アラン」
父帝は、さっきまでの態度がウソのように、優しい笑顔をアランに向けた。
この時点で、アランは先ほど激しい怒りの中で、自分の中から何かが抜け出たような感覚があったのは、何らかの魔法が発動したからではないか、と気づいた。
「父上、二度とビューネには手を出すな」
「ああ、悪かったね、アラン。さっきはどうかしていたんだ。もう、二度とビューネには手を出さないと誓うよ」
「そうか。じゃあ、部屋に戻れ」
「ああ、すまなかったな。じゃあ、おやすみ、愛する息子よ」
ミゲール帝はそう言うと、にこにこしながら部屋を出て行った。
「ふふふ……こいつはすごいぞ……何の魔法か知らないが、人を操れる魔法であることは間違いない。ふふ……ふはははは……」
翌日、彼はビューネをお供に教会へ行き、自分のステータスを確認した。
この国でも、王族以外の子供たちは10歳の時、『技能降授』の儀式を受け、自分のステータスを知るのだが、王族は技能降授は受けない。代わりに14歳の時『成人の儀』が行われ、その時に親族や重臣たちにステータスが公表されるのである。
本来なら、14歳まで待たねばならないのだが、アランはどうしても自分の能力を知りたかった。
教会の司祭にかなりの金を握らせて、彼は魔道具を自分とビューネだけで使わせてもらった。
「くくく……やった、やったぞ……やはり、神の加護があった。そして、この魔法スキル、闇魔法《魅了》……ふふふ……あはははは……」
自分の力を知ったアランは、その日から密かに野望を持ち、それを実現させていった。
ラノベ等でおなじみの《魅了》だが、アランのそれは一度に複数の相手に掛けることができた。そして、彼が《解除》と唱えない限り、効果は永久に続くという、かなり強力な魔法だった。
ただし、一度に掛けられる人数にはさすがにストッパーがかかっているようで、50人が最大限だった。神もさすがに無制限ではまずいと判断したのだろう。
アランが、ルートと出会うのはこの10年後のことである。
英雄、王都に現れる 1
ガルニア侯爵領ラークスの街。ここには、王国最大の港があり、南のサラディン王国や西の大陸のトゥーラン国からの商船が頻繁に出入りする賑やかな交易の街でもあった。
この日、トゥーラン国の交易船から1人の男が降りてきて、グランデル王国に初めて足を踏み入れていた。
「ふうん、さすがは王国随一の港街だけあって、なかなか繁盛しているじゃないか」
彼はそんなことをつぶやきながら、港の出口にある乗合馬車の停車場へ向かった。
「な、なんだこの馬車は……馬はどこにいる?」
「いらっしゃい、お客さん、この国は初めてかね?」
「ああ、そうだ」
「だったら、驚くのも無理じゃないね、ははは……初めての人は皆驚くのさ、この魔導式蒸気自動馬車にね」
「うっ、ま、魔導式……」
「蒸気自動馬車。蒸気さ、あの水を沸かすと出てくる蒸気、あれで動く馬車なんだ」
「あんなもので、本当に動くのか?」
「あはは……まあ、乗ってみれば分かるさ。どこまで行きたいんだね?」
「王都だ」
「ああ、じゃあ、乗って待っててくんな。乗客が集まったら出発するからよ」
フード付きのローブを着たまだ若い男は、そう言われて小さな荷物を手に、乗合馬車の中に入っていった。
やがて、15分が過ぎ、乗客が8人になったところで、御者の男が運転席に入り、自動馬車が王都に向けて出発した。
他の客たちはもう慣れているのか、ゆったりと座って世間話を始めたが、若い男は周囲に気取られないように注意しながらも、驚きと興奮を隠せず、窓の外や足元、天井などをきょろきょろと落ち着かずに見ていた。
「あんた、初めてかい?」
向かいに座った商人風の男が、若い男の様子を見て微笑みながら尋ねた。
「あ、ああ、そうだ」
「すごいだろう?この自動馬車。こいつは半年前から走り始めたんだが、ポルージャの《タイムズ商会》が作った馬車なんだ。今では、運搬用の馬車も使われていて、やがては馬も用済みになるだろうってもっぱらの噂だよ」
「タイムズ商会……」
「ああ、ポルージャに本店がある大商会さ。食品、化粧品、薬品、武器、その他あらゆるものを手広く扱っていて、ここのガルニア侯爵家の御用達商人でもあるんだよ。しかもだよ、驚くことに、その商会のオーナーはまだ14、5歳の少年らしい……」
「おっ、タイムズ商会の話かい?それなら、わしも面白い話を聞いたぞ」
少し離れた席に座っていたこれも商人らしい老人が、荷物の上に肘をついてこちらを見ながら話に加わった。
「なんでも、会頭の少年は王国一の魔法使いと言われているそうだぞ」
「それは俺も聞いたことがあるぜ」
今度は奥の席に座っていた若い男が声を上げた。
「元は冒険者でしかもBランク、例の教皇様襲撃事件のときは、護衛として聖教国の天才魔導士と戦い、これを打ち破った。本当かどうかは知らないけどな」
「私も聞いたことがありますよ。《時の旅人》という冒険者パーティの1人で、あの《銀髪の美しき死神》を手足のように使っているって……」
乗客たちは、何かしらルートに関する情報を聞いているようで、いろいろと脚色された噂話を口々に語り始めた。リーナの二つ名もいつの間にか〝死神〟になっていた。
(おいおい、どんだけ有名人なんだ、その少年は。しかし、面白いな、ククク……ぜひとも会ってみたい。そして、俺の下僕になってもらいたいものだ)
若い男は、乗客たちの話を聞きながら心の中でほくそ笑んだ。
「毎度ご乗車ありがとうございました~。またのご利用をお待ちしておりま~~す」
ガルニアから4時間弱で、馬車は王都の停車場に着いた。途中、水の補給で一回休憩しただけで、揺れもほとんどなく快適な乗り心地だった。
(こいつはいい。帰りに1台持って帰るか。大型の物を作れば兵士の輸送も楽だしな)
若い男は停車場に留った数台の蒸気自動馬車を眺めながら、そんなことを考えた。
「さて、それじゃあ、王様にご挨拶に行きますか。ふふ……」
男は遠くに聳える王城を見上げてから、そちらへ向かって歩き出した。
「止まれえっ。ここは王城だ。許可なく近づくことは許されん。早々に立ち去れ」
高い城壁に囲まれた王城には2つの門がある。通用門として普段使われている南門と、緊急時に兵士や王族が利用し、街の特別門まで直通の道がつながっている東門(裏門)である。
男は堂々と南門の前まで歩いていき、衛兵に遮られていた。
「まあまあ、そんな固いこと言わないで、通してくださいよ、ね?」
「な、何を言って……あ、ああ、はい、どうぞご主人様、お通り下さい」
2人の衛兵は、なぜか急にうやうやしい態度に変わり、門を開いた。
「おい、何をしているんだ、お前たち。いったい……」
「ああ、君、王の部屋まで案内してくれるかね?」
詰所から出てきた隊長らしき兵士は、しばらく魂が抜けたようにボーっとしていたが、すぐにうやうやしく頭を下げてこう言った。
「承知いたしました、ご主人様。どうぞこちらへ」
「はいはい、どうも。ククク……」
若い男は楽しくて仕方ないように、押し殺した笑い声を上げながら兵士の後について王城の中へ入っていった。
「ご主人様、ここが王の執務室でございます」
「そうか。開けてくれ」
「はっ」
ノックも無しに突然開かれたドアに、中にいた王もガルニア侯爵も驚いて声を失くした。2人は、西の大陸に放った密偵の報告をもとに、今後の対策を話し合っていたところだった。
「な、何だ、お前たちは?ここは国王の私室だぞ。衛兵はどうした?おい、いないのか?」
ようやく我に返った侯爵は、王を守るように移動しながら叫んだ。
「ああ、うるさいですね。ご老人は少しおとなしくしていてください」
若い男はつかつかと部屋の中に入って来ながらそう言って、ガルニア侯爵を見つめた。
「な……」
「お、叔父上、叔父上、どうしたのじゃ、叔父上っ」
「あ、ああ、オリアスよ、慌てるでない。何も心配はいらぬよ、さあご主人様、どうぞこちらへ」
「お、叔父上、何を……」
国王オリアス・グランデルは、事態の急変に全く理解が追いつかず、呆然となっていた。
「ああ、君、ドアを閉めて外で誰も入らないように見張っていてくれたまえ」
「はっ、かしこまりました」
門の守衛隊長は、頭を下げて部屋を出て行き、ドアを固く閉ざした。
「さて、これで心おきなく話ができますね、グランデル王よ」
「お、お前はいったい……」
「ああ、これは名乗るのが遅れましたね。ふふふ……私の名はアラン・ドラト。ラニト帝国の第六皇子です」
その名前を聞いて、グランデル王は瞬時に青ざめ、わなわなと震え始めた。
「ア、 アラン・ドラト……て帝国の……英雄」
英雄、王国に現れる 2
「ふふ……さすがに情報はつかんでおられるようですね。そう、私が帝国で《英雄》と呼ばれている男です」
「な、何をしにここへ来た」
「まあまあ、そんなにつんけんしないでくれませんか。挨拶ですよ、挨拶。ふふ……それと、警告ですかね」
「警告?」
アラン・ドラトは立ち上がると、隣に座っているガルニア侯爵の頭を手でぽんぽんと叩いた。
あれほど誇り高く、王に忠誠を誓っている侯爵が、頭を叩かれて子供のようにうれしそうな顔でアランを見上げた。
アランは笑いながら王の側に近づいて来ながら言った。
「もう、賢明な王ならば、私の力がいかに強大か、お判りでしょう?私がその気になれば、1人でこの国を征服することもたやすい。しかも、手を汚すこともなくね。ふふふ……でも、ご心配なく、私にはそんな気はありません。ただ……」
アランは、王のあごひげを撫でながら、鋭い目で見つめて続けた。
「トゥーラン国に下手に手を出さないでいただきたい、それだけです。簡単でしょう?」
グランデル王が苦悶の表情で答えずにいると、アランは薄ら笑いを浮かべながら続けた。
「ふふ……おそらく聖教国の小娘にたぶらかされたのでしょうが、我が帝国は、別に全世界を支配したいわけではない。西の大陸全土を平定し、平和で豊かな大陸にしたいと考えているだけですよ、グランデル王。
むしろ、余計な争いの種を撒いているのは聖教国です。まあ、あんな弱小国、これから私が行ってひねりつぶしてもいいのですが、そんなことをしたら、全世界を敵に回すことになる。さすがにそれは面倒ですからねえ。
とりあえず、小娘が一番頼りにしているこのグランデル王国が、帝国と不戦条約を結んでくれれば、余計なちょっかいを出してくる国は無くなるでしょう。いかがですかな?
断るというなら、それでも構いませよ。だが、その時は、私がこの国を亡ぼすことになります。
まあ、しばらく考える時間をあげますよ。一週間後、また来ますので、その時までよおく考えておいてください」
アランはそう言うと、ドアの方へ行きかけて立ち止まった。
「そうそう、忠告しておきますが、下手な小細工とか、暗殺とか、物騒なことは考えない方が身のためですよ。ええっと、君は名前は?」
アランは王に忠告した後、ガルニア侯爵に向かって尋ねた。
「はっ、ラウド・ガルニアと申します」
「そう。では、ラウド君、王が私に逆らうことがないように、しっかりと見張っておいてくれたまえ。他の貴族にも君からよく説明してやってくれないか?」
「ははっ。お任せください。必ずやご主人様のお役に立ってご覧に入れます」
「ふふ……頼んだよ。では、グランデル王、またお会いしましょう」
アランはそう言うとドアの所へ行き、トントンと2回叩いた。すぐにドアが開き、守衛隊長と衛兵がうやうやしく頭を下げてアランを迎えた。
アランが去った後、グランデル王は深いため息を吐いてがっくりとうなだれた。
「なんということだ……どうすれば……どうすればいいのだ」
「何をそんなに悩んでおる、オリアス。すべてご主人様の御意に従っておれば何も心配することはないではないか」
「叔父上……ああ……」
王は必死に考えた。
(今、王国は最大の危機に直面している。叔父上と3人の衛兵は、どんな魔法か分からぬが、強力な服従系の魔法にかかっている。一時的ならよいが、もし、永久に解けなかったら……
奴の言う通り、この魔法を使われたら、この国、いや、世界が奴の支配に下るだろう。だが、それならば、奴はなぜ、わしに直接魔法を掛けなかったのだろう?……ううむ、分からん……とにかく、この魔法をなんとかせねば。魔法……魔法……っ!そうだ、魔法なら、ルルーシュ・リーフベルが、そして、あの者が、ルート・ブロワーがいるではないか!彼らなら、必ずやこの魔法への対抗策を考え出してくれるに違いない)
「叔父上、わしは王立養成所に用があって出かける。ここで待っていてくれ」
「いや、ならぬ。城から出ることは許さぬ」
「……いたしかたないか」
王は腕に付けた豪華な金のブレスレットに手を触れ、魔力を流した。
直後、書棚の一部が壁とともにくるりと回り、3人のローブ姿の男たちが現れた。緊急事態の時、王の身を守る特殊部隊の精鋭だった。
「な、何だお前たちは、曲者め、衛兵っ、衛兵~っ!」
ガルニア侯爵が叫ぶと、アランに魔法を掛けられた2人の衛兵たちがドアを開けて飛び込んできた。
「侯爵とその衛兵2人を拘束しろ」
王の命令一下、3人の隊員の行動は迅速だった。あっという間に3人をロープで拘束し、睡眠魔法で眠らせた。
「国王様、ご無事でしたか」
ドアの外には、衛兵に止められて困惑していた侍女や文官たちが何人も待機していた。
「わしは無事だ、皆、ここで見たことは他言無用、よいな?カイル書記官、すぐに近衛隊長に来るよう伝えてまいれ」
王の行動もまた迅速だった。
近衛隊長に命じて、南門の衛兵を隊長以下全員拘束し、ガルニア侯爵ともども地下牢に収監した。
そして、王立子女養成所に使いを出し、リーフベル所長とルートに王城へ来るように伝えさせた。
あいにく、ルートは冬休みでポルージャに帰っていたが、リーフベル所長が守衛の1人を使いに出して呼びに行かせた。
「陛下、リーフベル所長がおいでになりました」
「うむ、通せ」
城のあちこちに近衛兵が立ち、油断なく辺りを警戒していた。
「えらく物々しい警備じゃな。何があったのじゃ?」
「おお、よく来てくれたリーフベル。実はな……」
王は先ほどまでの一連の騒動をリーフベル所長に打ち明けた。
「ふむ、なるほどのう……それは確かに恐ろしい男じゃな」
「ああ……恐らく、まだこの国にいるだろう。今度は何をしでかすか、考えるだに恐ろしい。だから、一刻も早くあの魔法への対抗策を手に入れねばならぬ。どうじゃ、リーフベル、何か良い策はないか?」
「王よ、素早く動いたのはお手柄じゃったな。だが……恐らくその魔法は《魅了》であろう」
「《魅了》?」
「うむ……わしもまだ実際の使い手には会ったことがない。じゃが、話を聞いた限りでは、間違いなかろう。文献によれば、かつて聖王ハウネスト・バウウェルは、3人の悪魔と戦ったが、そのうちの1人、魔女ローウェン・ジッドがこの魅了の使い手だったと言われておる。部下の神官兵たちは、皆、この魔法にやられてしまった。じゃが、ハウネスト・バウウェルにはその魔法は効かなかった。彼は、光の魔法センプトブルでローウェン・ジッドを倒した……」
「おお、それではその光魔法があれば……」
「いや、それがそうもいかんのじゃ。そのセンプトブルは名前だけが残っていて、術式その他一切残っておらぬ。どんな魔法か全くわからぬ」
王はがっくりと肩を落とした。
「まあ、そうがっかりするでない。明日にはあの天才魔導士が来る。わしとブロワーで対抗策を考えるから、大船に乗った気でおれ。では、王よ、とりあえずラウドの様子を見せてくれ」
「うむ、そうだな」
王も、リーフベルの言葉に心を強くして頷いた。
《魅了》への対抗策 1
ルートの元に学園からの使いが到着したのは、その日の夜だった。
「そうですか、分かりました。バンクさん、遠い所ご苦労様でした。今日はこの家でゆっくり休んでください。明日の朝、僕と一緒に自動馬車で王都に行きましょう」
「え、いや、それは、恐れ多いです。近くの宿に……」
「遠慮なんていりませんよ。それに、今からだと宿もたぶんいっぱいで取れないかもしれません。ねえ、リーナ?」
「ん、どうか泊っていって。今、夕食作っていたところだから、一緒にどうぞ」
「そ、そうですか?じゃあ、遠慮なくごちそうになっちゃいます。えへへ……」
ホーン・バンドック、まだ若いこの守衛は、皆からバンクと呼ばれ親しまれている気のいい若者だった。
翌朝、ルートとリーナはミーシャとジークに事情を話し、後のことを頼んでから王都に向かった出発した。
「新年早々、すみませんね、ブロワー先生、奥さん」
「あ、いや、まだ……ま、いいか、あはは……バンクさんが謝ることはありませんよ。でも、昨夜聞いたお話から考えると、かなり急を要するみたいですね。ちょっと、飛ばしますよ」
ルートはそう言うと、自動馬車のスピードを上げた。
助手席では、赤くなってちょっとにやけた顔を隠すように、リーナが横の窓から過ぎ去っていく景色を見つめていた。
「陛下、ブロワー教授と護衛の方がおいでになりました」
「おお、来たか。通してくれ」
「失礼します。お呼びと聞いて参りました」
「うむ、堅苦しい挨拶は無しじゃ。こちらへきてくれ。おお、今日はまた、美しい護衛を連れてきたな」
ルートはリーナを従えて、王の執務室に入った。
応接用のテーブルを挟んで、王とリーフベル先生がソファに座っていた。
「護衛のリーナです。Bランクの冒険者で、えっと、僕のパートナーになる予定の女性です」
ルートがやや照れながらそう言うと、深刻だった部屋の空気がふっと和らいだ。
「おお、そうなのか?ううむ、獣人族と見たが、Bランクとはまたすごいな」
「初めまして、リーナと申します。青狼族の出身です。どうぞ、お見知りおきを」
「うむ、こちらこそよろしく頼む」
「うははは……なんじゃ、ルート、こんな可愛い婚約者がおったのか?うん、うん、いいのう、美男美女を絵に描いたようなカップルじゃな……じゃが、これを聞いたら、ずいぶん大勢の若い娘たちが泣くじゃろうなあ」
「はあ?な、何を言ってるんですか、先生。あ、いや、リーナ、誤解だから、あの……」
「うははは……リーナとやら、そんなに睨んでやるな。心配せんでもよいぞ、ルートは潔白じゃ。いや、むしろ堅物すぎるくらいじゃよ。ただ、ルートを慕う女は多い、これもまた事実じゃ。しっかり、手綱を引っ張っておくのじゃぞ」
リーナはリーフベル先生の言葉にしっかりと頷いた。
「ふふふ……さて、それじゃあ本題に入ろうかのう。王よ、ルートに事情を話してやるがよい」
「うむ、実は昨日のことだ……」
オリアス王は、ルートたちにアラン・ドラトの突然の襲来とその後のことを話した。
「み、《魅了》ですか?」
「うむ、わしがガルニア侯爵を鑑定した結果、闇魔法《魅了》で間違いない」
リーフベル先生の言葉に、ルートは内心ひどく動揺した。
(うわあ、いよいよラノベ展開になってきたよ。《魅了》かあ、厄介だなあ。ラノベに、解決策は書かれていたかな?……ううむ、思い出せない。術者を倒さない限り、解けないんじゃなかったっけ……神様、なんでこんな面倒なことを……)
ルートは、以前リーフベル先生と帝国に英雄が現れた理由を話し合ったときのことを思い出していた。
リーフベル先生は、それを「神が用意した筋書き」だと言った。もし、本当にそうなら……いつか神界に行って、神様に思い切り悪口雑言を浴びせてやろう、とルートは思うのだった。
「どうした、ルート?えらく怒ったような顔をしておるが」
「あ、いえ、ちょっと厄介だなと思いまして……」
「うむ、非常に厄介じゃ。唯一対抗できると思われる光魔法《センプトブル》は、どんな魔法なのか、記録がいっさい残っておらぬ」
「ふむ……」
ルートは、あごをつまんでじっと考えに沈んだ。
王とリーフベルは、それを期待に満ちた目でじっと見つめていた。この天才少年なら、きっと何か解決策を思いつくに違いないという確信に近い期待だった。
やがて、ルートはふいに顔を上げた。
「な、何か、策を思いついたか?」
オリアス王の問いに、ルートは王とリーフベルを交互に見ながら口を開いた。
「いいえ、具体的な策は思いつきません、ただ……」
「「ただ?」」
2人の声が重なって、その目がルートをじっと見つめる。
「《魅了》は闇属性魔法なんですよね?」
「うむ、わしの鑑定ではそうであったが」
「だったら、闇属性の専門家に聞いてみるのが良いかもしれません」
「ほう、闇属性専門の魔法使いを知っておるのか?」
「はい。魔法使いではありませんが……とにかく、善は急げです。陛下、お願いがあります」
「うむ、何でも言ってくれ」
「魅了を掛けられた人を1人、貸していただけませんか?」
「貸す?どういうことだ?」
「ええっと、連れて行きたいんです、コルテスの《毒沼のダンジョン》に」
「「毒沼のダンジョン?」」
またしても、王とリーフベルが同時に叫んだ。
「はい。実は……」
ルートは2人に、秘密にしてくれと頼んでから、自分がダンジョンマスターである《毒沼のダンジョン》のことを説明した。
2人が驚愕したことは言うまでもない。特にリーフベルは、目をキラキラさせて、ぜひ、自分も連れて行けと職務命令を発動した。
というわけで、その日、ルートとリーナ、リーフベル、そして王城の地下牢に監禁されていた門番の衛兵1人が、オリアス王の期待を一身に担って、コルテスの街へ出発した。
アラン・ドラトが再び王城に現れるのは5日後である。それまでに、《魅了》への対抗策は見つかるのであろうか。
《魅了》への対抗策 2
「うは~~、最深部へ転移陣とはまたお洒落じゃのう」
「あはは……最深部まではかなり距離がありますからね」
ルートたちは、コルテスの街で昼食を摂った後、さっそく《毒沼のダンジョン》に入り、11階層の転移陣の部屋まで進んでいた。
リーナが先導し、睡眠の魔法で眠らせた衛兵の男を背負ったルートが後に続き、一番後ろからリーフベル先生が、うるさいくらいに歓声を上げ、質問を連発しながら歩いていた。
「おっほ~~、これはまた見事じゃなあ……ここが最深部か?」
かつての最深部、青い石の神殿を見たリーフベル先生が叫んだ。
「いいえ、それが……」
ルートが首を振って説明しようとしたとき、祭壇だった場所の下に転移陣が出現した。
「ようこそおいで下さいました、マスター様」
「ああ、ジャスミン、久しぶりだね。変わりはなかったかい?」
「はい、平穏な日々でございました」
「うは~~、おい、ルート、早く紹介せんか」
「あ、す、すみません。ええっと、この子は、僕の分体で魔石の精霊のジャスミンです。ジャスミン、こちらは僕が今お世話になっている王立学校の校長先生で、エルフの大魔導士、リーフベル先生だ」
リーフベルは、ルートが紹介する前に、もうジャスミンの側に行って彼女の全身を舐め回すように見ていた。
「あ、あの、ジャスミンでございます。どうかお見知りおきを」
「ふむ、ふむ、ジャスミンか……ほおお、なるほどのう……これほど見事な分体は初めて見たぞ。わしの分体より高度な精霊体じゃな」
「おお、先生もダンジョンマスターだったのですね」
「ああ、いや、わしはダンジョンマスターではない。エルフの里を守る結界石があるのじゃが、その魔石はかつてエルフの里に害を及ぼした地竜を倒したとき手に入れたのじゃ。そして、その魔石を守るために、わしは魔法を掛けて分体を生み出した。フラベルという名で、今もエルフの里を守っておるのじゃ」
「フラベル、可愛い名前」
リーナのつぶやきにリーフベル先生は赤くなって、咳払いをした。
「う、うほん……そ、そうか?まあ、確かにわしに似て可愛い精霊じゃがのう」
「あはは……今度、エルフの里にも遊びに行きますので、紹介してください。それじゃあ、現在の最深部へ行きましょう。ジャスミン、頼むよ」
「承知いたしました。では、皆様、どうぞこちらへ」
一行はジャスミンの後に続いて転移陣の中に足を踏み入れた。
実は、《毒沼のダンジョン》は、現在2つの場所に分かれていた。というのも、最初のダンジョンの最深部は、先ほど後にした青い神殿の2階層下にあるのだが、クラウスとジャスミンが調査した結果、地下のマグマ溜まりがかなり近くまで上昇していることが分かったのである。つまり、そこからさらに下に向かうのは危険だということだ。
それで、ジャスミンはルートに、新しいダンジョンを近くに作る許可を求めた。もちろん、ルートはそれを許可した。というわけで、新しいダンジョンは、元のダンジョンから200メートルほど離れた森の下に作られていた。
入口は森の中にルートが円形のドームを作り、その中に設置した。現在は20階層だが、少しずつ進化している途中なのだ。
元のダンジョンは、現在、主に鉱山として機能し、毎日たくさんの冒険者や鉱夫たちが、貴重な鉱石を採取するために利用していた。もちろん、12階層から下にはクラウスが用意した魔物たちもいて、お宝目当ての冒険者たちも挑戦しているのである。
新しいダンジョンはもうしばらく封印し、進化がある程度進んでから公表、開放する予定だった。
さて、一行は新しいダンジョンの最深部に転移した。リーフベル先生が、クラウスを見て腰を抜かさんばかりに驚いたことは、言うまでもない。
先生がようやく落ち着いたところで、一同は掘り炬燵式のテーブルを囲んで座り。ジャスミンが淹れてくれたお茶を飲みながら話しを始めた。
「ジャスミン、魅了という魔法は知っているかい?」
「魅了……あ、はい、マスター様の前世の知識の中にあります。強制的に相手を服従させ……術者以外のものの価値を無に帰す……なるほど、おぞましい魔法ですね」
ジャスミンが、ルートの前世の記憶もすべて共有していることは、ルートにとっては都合が良くもあり、また恥ずかしい記憶を知られるという欠点も持っていた。
「実は、この魔法を使う者が現れたんだ。その男は、この魔法を使って世界を支配しようと考えている可能性がある」
「はい」
「それで、この魔法を打ち破る、あるいは無効化する方法を考えている。実際にその男に魔法を掛けられた被害者もそこに連れてきている。何か、良い方法はないかな?」
「なるほど、承知しました。クラウス、あなたは何か知っていることはありませんか?」
少し離れた場所に座っていたクラウスは、待ってましたとばかりに咳ばらいをしながら、口を開いた。
「オホン……ああ、名前は違うが、よく似た魔法は向こうの世界にもありましたぞ」
「おお、そうか。クラウス、どんな魔法か詳しく教えてくれ」
「はっ、我が主。向こうの世界では、ドラウメンと呼ばれておりました。ある種の呪文を相手の体に描きつけることで、意のままに操る魔法でございます」
「呪文を描きつける……それは、体のどの部分なんだ?」
「はい、一番多かったのは、骨ですな」
「骨じゃと?外からどうやって描きつけるのじゃ?」
リーフベルが驚きに目を丸くしながら尋ねた。
「高度な転移魔法ですな。空中や地面などに描いた呪文を素早く相手の体の内側に転移させるのです。ただし、通じるのは術者と相手がよほど大きな魔力差があるときに限ります。差がない場合は弾かれて通じません。だから、使われていたのは、主に獣を家畜にするときとか、弱らせた罪人を奴隷にするときなどに限られておりました」
「なるほどのう。《奴隷紋》のようなものか」
「奴隷紋ですか?」
「うむ。かなり昔の話じゃがな。かつては奴隷が逆らわないように体に《服従の魔法陣》を魔法で描きつけたのじゃ。その魔法が使える者だけが奴隷商人になれた。じゃが、奴隷が買った主人の言うことを聞かず、奴隷商人の言うことしか聞かないことが頻繁に起きてのう、奴隷紋は廃止されたのじゃ」
「そうか、もしかすると、《魅了》も体のどこかに《服従の呪文》を描きつける魔法かもしれませんね」
「うむ、その可能性はあるな」
ルートとリーフベルは顔を見合わせて、すぐに眠っている衛兵の元へ駆け寄った。
「ああ、リーナは向こうを向いていて」
「う、うん」
ルートとリーフベルは、さっそく衛兵の衣服を脱がせて、呪文が描きつけられていないか体中をくまなく探した。だがどこにも呪文らしきものは無かった。
「ふむ、となると、クラウスが言ったように体の内側に描きつけたのかのう?」
「そうですね。先生、実は僕のスキルに《ボンプ(=VOMP)》というものがあって、魔力の流れを見ることができるんです。それを使って見てみます」
「ほう、そんなこともできるのか。うむ、頼む」
ルートは頷いて《VOMP》を発動し、もう一度衛兵の体を観察した。
「あった!頭です……ああ、しかしそこに魔力が溜まっていることは分かりましたが、それ以上のことは残念ながら分かりません」
「頭か……頭蓋骨かのう」
「っ!そうだ、ジャスミン、君ならもっと詳しく見ることができるんじゃないか?」
ルートは、闇属性の精霊であるジャスミンに一縷の望みを託してそう尋ねた。
「見てみましょう」
ジャスミンはルートの横に来て、じっと男の頭部を見つめた。
「見えました」
ルートとリーフベルは思わず歓声を上げて手を握り合った。
《魅了》への対抗策 3
「これは……骨ではなく、内部、つまり脳に魔法陣が描かれているようです」
ジャスミンの言葉に、ルートとリーフベルは愕然として言葉を失った。
「の、脳にじゃと?いったい、どうやって……」
「恐らく、目から入ったものかと」
「そうか……つまり、その男は相手と目を合わせることによって、網膜に魔法陣を描きつけるんだな」
「はい、マスター様の御推測が当たっていると考えます」
(うわあ、ますます厄介だな。防ぐとすれば目を合わせないことだけど、そうなると戦うどころではなくなるし……)
「魔法防御は効きそうか?」
「はい、ある程度は効果があるかと。ですが、物理的な作用ではなく、映像と言う形での作用ですから、完全に防ぐのは難しいかもしれません」
ルートは打開策を見つけられずに、唸りながら考え込んだ。
リーフベルとリーナも、ルートの側に座り込んで深刻な顔で空間を見つめていた。
「マスター様、今夜一晩お時間をいただけませんか?」
「あ、ああ、それはいいけど、どうするんだ?」
「マスター様の《解析》のスキルを使って、脳に描きこまれた魔法陣を解析してみたいと思います」
「ああ、そうか、ジャスミンは魔法陣が作れるんだったな。頼むよ」
「はい、承知いたしました」
「というか、精霊の魔法そのものが魔法陣によって発動するのじゃがな」
リーフベル先生がさりげなく添削を入れた。
ルートは暗闇の中に一筋の光明を見出して、リーフベルとリーナに微笑んだ。
「ジャスミンに任せてみよう。きっと、何かを見つけ出してくれるよ」
「ん、きっと大丈夫」
「うむ、精霊の力を信じよう」
ルートたちは、ジャスミンに集中してもらうために、元のダンジョンの神殿に移動することにした。そこには、かつて、ビオラをかくまった時に作った快適なログハウスがあったからだ。
ジャスミンの代わりにクラウスが転移陣を呼び出してくれ、ルートたちはそれに乗って青の神殿に転移した。
「おお、これは快適じゃのう。そうか、ここに教皇をかくまったのか」
リーフベル先生は、楽し気にハウスの中をあちこち見て回っていた。
リーナは倉庫に収納保存されていた食材を取り出して夕食の準備を始めていた。
「そう言えば、先生、ドラトはなぜ国王様に直接《魅了》を掛けなかったのでしょうか?王様を直接操った方が国を支配するのに簡単だと思うのですが」
「うむ、そのことじゃがのう、わしもいくつか理由を考えたのじゃが……」
リーフベル先生がそう言いながら、ルートが座っている応接用のソファに来て反対側に腰を下ろした。
「まず、王に《魅了》を掛けた場合、奴にとってどんな不都合が生まれるか、ということじゃ。ルート、お主はどう考える?」
「う~ん、そうですね……王様の言動がおかしいということは、いずれ国内の貴族たちには知られることになりますよね。そうすると、貴族たちは王様を退位させようとするのではないでしょうか?」
「うむ、その通りじゃ。反乱が起こるであろう。そして、そういう混乱をもたらした帝国への敵意は高まる。帝国にとっては歓迎できない事態じゃな」
「なるほど。《魅了》は一気に国を壊滅させるような魔法ではない。そこが弱点というわけですね」
「うむ。じゃが、1度に何人に《魅了》を掛けられるか、今のところは分からぬからな、そこは心に留めておかねばならぬであろう」
「そうですね」
「もう1つ考えられるのは、王の恐怖心をより煽るため、ということじゃ。わしが王城に着いたとき、普段は豪胆な王が子供のように怯えて震えておった。頼りにする者があっさりと敵の崇拝者に変貌するのじゃ、まあ、普通はそうなるであろうよ」
「確かに……考えただけで恐ろしいです。ドラトは、《魅了》の持つ効果を知り尽くした恐ろしい敵だということですね」
「うむ、そうじゃな。だが、奴が姿を見せれば、倒すことはお主にとってさほど難しいことではなかろう?」
リーフベル先生がいたずらっぽく笑いながらルートを見やった。
「そうですね……周囲に被害が出るのを覚悟でやれば、倒せると思います。でも、できればもっとスマートな勝ち方を考えたいですね」
「ふふふ……とりあえず、ジャスミンの結果待ちということじゃな」
「はい……ところで、ドラトはまだこの国に潜んでいるんですよね?」
「うむ、5日後にまた王城に現れるということじゃったからな」
「《魅了》を使って悪さをしていなければいいのですが……」
「ふむ……まあ、女の1人や2人は犠牲になっておるじゃろうな」
ルートは胸糞が悪くなって、それを吐き出すようにため息を吐いた。
《魅了》という魔法は、つくづく「ろくでもない魔法」だな、とルートは思うのだった。
その後、夕食を挟んで、3人は夜が更けるまで今後の作戦を話し合った。そして、結局ルートたちは全員ソファの周囲に雑魚寝する羽目になったのだった。
「マスター様、マスター様、どうぞ目をお覚まし下さい」
「う、んん、あ、ああ、ジャスミン……もう、朝なのか?」
「はい、もうすぐ夜明けでございます」
ルートは周囲を見回した。リーナとリーフベル先生は、まだソファに横たわってね息を吐いていた。彼女たちが起きないようにジャスミンに家の外に出るように促す。
「解析が終わったんだね?」
「はい、先ほど終わりました」
「何か対策が見つかったんだね?」
ジャスミンは頷いて、にっこりと微笑んだ。
「はい」
ルートは思わず叫びたい衝動をがまんして、ジャスミンの頭を優しく撫で回した。
「よくやった。それで、どうすれば《魅了》を打ち破れる?」
ジャスミンはうれしくて仕方ないようにはにかみながら、ルートを見上げて答えた。
「はい、《魅了》の呪文を消去する魔法を創りました」
「えっ、つ、創ったのか?」
「はい。マスター様の《創造魔法》を使わせていただきました」
(神様……まさか、ここまで計算していたなんて言わないよね?)
「ただ、この魔法は光属性の魔法なので、私には使えません。今から、マスター様に術式を付与いたしますので、それを兵士の方でお試しになってみてください」
「ああ、分かった。やってくれ」
ジャスミンは頷いて、ルートの額に手のひらを当てがった。紫色の光が数秒間ルートを包み込んだ。
「付与が終わりました」
「うん。ちょっと、ステータスを見てみるね」
《名前》 ルート・ブロワー
《種族》 人族
《性別》 ♂
《年齢》 14
《職業》 教師、商人、冒険者
《状態》 健康
《ステータス》
レベル : 110
生命力 : 612
力 : 255
魔力 : 1006
物理防御力: 289
魔法防御力: 506
知力 : 1230
敏捷性 : 108
器用さ : 508
《スキル》 真理探究 Rnk9
創造魔法 Rnk10
解析 Rnk5 火属性 Rnk5 水属性 Rnk5
統合 Rnk5 風属性 Rnk5 土属性 Rnk5
テイムRnk5 光属性 Rnk5 闇属性 Rnk5
魔力視覚化Rnk3
状態異常解除Rnk1 無属性Rnk5
※ ティトラ神の愛し子
※ マーバラ神の加護
「おお、この《状態異常解除》というスキルがそれだな?」
「はい、そうです。名前はマスター様がお付けになってください」
「この魔法は、呪文で発動するのかい?」
「いいえ、《魅了》の術式を使いましたから、やり方は《魅了》と同じです。マスターの場合は、無詠唱で発動がおできになりますから、発動した状態で《魅了》に掛かった相手と目を合わせれば、解除することができます。なお、《魅了》以外の状態異常にも効果はあるかと思います」
「おお、さすがジャスミン、完璧だな。わかった。本当によくやってくれた。何かご褒美をあげたいが、欲しいものはあるかい?」
「まあ、そ、そのようなことは……」
必要ない、と言いかけて、ジャスミンは少し恥ずかしそうに頬を染めながら、うつむき加減で続けた。
「では、いつか、人間の街に連れて行ってくださいませ。あ、あの、無茶なお願いだとは分かっておりますが……」
ルートはジャスミンの可愛らしさに思わず笑いだした。
「あはは……何だ、そんなことでいいのか?ああ、お安い御用だよ。魔石を一緒に持っていけば、外に出られるんだろう?」
ジャスミンは思わず小さくジャンプしながら何度も頷いた。
「はい、はい……ああ、ありがとうございます、マスター様」
ルートはジャスミンを優しく抱きしめながら、ついでにクラウスも小さくして変装させ、一緒に連れて行ってやろうかと考えていた。
英雄の誤算 1
ルートたちが、ついに《魅了》に対する対抗魔法を獲得したころ、アラン・ドラトはラークスの街を拠点に、ある人物についての情報を集めていた。
その人物とは、他でもないルート・ブロワー、そう、ルートであった。
「ふむ、やっぱり、ポルージャに行くしかないか。乗合馬車は通っているかな?」
いろいろな店を回って、《タイムズ商会》が売り出している商品と評判は嫌というほど聞かされたが、その商会の会頭である少年については、商売の天才とか元Bクラスの冒険者でビオラ教皇を襲撃から守ったとか、それくらいしか情報が得られなかった。
アランはぜひその少年に会って、使えるようなら《魅了》を掛け、帝国のために働かせたいと考えていた。
「ポルージャ行きの馬車はあるか?」
港の停車場へ行き、停車していた自動馬車の運転手に声を掛けた。
「ああ、ポルージャへ行くなら、コルテス行きに乗ってそこで乗り換えだな」
「そうか。コルテス行きはどの馬車だ?」
「その後ろの奴がそうだよ。あと20分くらいで出発かな」
アランは後ろの馬車へ行って、運転手に料金を払い馬車に乗り込んだ。
(ほう、この国は道が良く整備されているな。それだけ豊かだということか)
走り出した馬車の窓から外の景色を眺めながら、ほとんど揺れのない馬車にアランは驚いていた。
コルテスの街は、ラークスに負けず劣らすの賑わいを見せていた。まるで祭りでもあるかのように多くの人々や荷馬車が行き来している。
アランがポルージャ行きの自動馬車を見つけて乗り込むと、満員で座る場所も無い。仕方なく支柱を掴んで立っていくことにした。
「おい、聞いたか?《毒沼のダンジョン》で、また新しい金の鉱脈が見つかったそうじゃないか」
「お前、遅いよ。もう1週間前からその噂を聞いているぞ」
(なるほど、それであんなに賑わっていたのか……金で栄える街か)
アランは、乗客たちの話を聞きながら、いよいよこの国が欲しくなっていた。
「でも、まあ、金より高価な宝石や鉱石がザクザク採れるんだ、今更な話だがな」
(何?金より高価な宝石や鉱石だと?何だ、その宝のダンジョンは?)
「あはは……だな。しかし、《タイムズ商会》も太っ腹だよな。採掘権をたった20万ベリーで売ってくれるんだからな」
「いや、逆にうまい商売だと思うぜ。大方の人間は元手の倍くらい採掘で儲けたら、引き上げるだろう?新しい掘り手は次々にやって来るんだ。鉱脈が尽きるまで延々と20万ベリーずつ儲けられるんだよ」
「なるほど……考えてみるとすごい数になるだろうな。100人で2000万、500人で、い、1億ベリーか。もう、延べ1000人は超えているよな。ふえ~~、夢みてえな額だ」
男たちの話を聞きながら、アランはにやりとほくそ笑んだ。
(こいつは何としてもルート・ブロワーを配下に入れないとな。ふふふ……)
やがて自動馬車は、ポルージャの『乗合自動馬車組合』の停車場に到着した。そこは、またコルテスの街以上に人々で溢れかえっていた。
きれいに整備された街並みと広い通り、歩いている人々は笑顔に溢れ、一見して貧しいと思える人が誰もいない。しかも、獣人たちが耳や尻尾も隠さず、堂々と歩いていた。
アランは、西の大陸の多くの街とあまりにも違う光景に圧倒されていた。
彼はしばらく呆然として立っていたが、気を取り直してタイムズ商会へ行ってみることにした。
「ああ、ちょっと道を教えて欲しいんだが」
少し通りを歩いたところで、広場に出たが、そこにはいい匂いを漂わせているたくさんの出店が並んでいた。
アランは、そのうちの1件に立ち寄った。何やら肉を油で揚げているらしいが、何とも食欲をそそる匂いだったのだ。
アランはその5つ入りの紙袋を買って、店員に尋ねた。
「タイムズ商会はどっちに行けばいい?」
「おや、あんた、よそから来たのかい?タイムズ商会なら、ほら、遠くに教会の塔が見えるだろう?あっちに向かって行けば、その途中にあるからすぐ分かるよ。お客が行列を作っている大きな店がタイムズ商会の本店さ」
「そうか、わかった」
アランは代金の小銅貨5枚を渡すと、竹串で肉を突き刺して食べながら歩き出した。
(こいつはうまい。鶏肉か?いくらでも食べられそうだ)
《唐揚げ》を5つペロリと平らげると、紙袋を投げ捨てて、歩く速度を上げた。通りがかった人たちがけげんな眼差しを向けていることには気づかなかった。
「ったく……よそ者はこれだから嫌なんだよ」
労働者風の男が、アランの捨てた紙袋を拾いながら愚痴をこぼした。
このポルージャの街の人々は、1年ほど前から、街を美しく保つために、いろいろな約束事を決めて実践していた。ゴミの持ち帰りもその1つだったのだ。
(ああ、あれだな。思ったより小さな店だな)
教会の塔が近くに見えるようになった頃、アランは繁華街から外れた郊外で、人々が行列を作っている店を見つけた。二階のベランダに《タイムズ商会》という看板があった。
「ああ、ちょっとすまない。オーナーのルート・ブロワーに会いたいのだが」
アランは行列にしおらしく並ぶ気はなく、行列の整理をしている若い店員の男に声を掛けた。
「オーナーにですか?お約束は取られていますか?」
「あ、ああ、取っている」
「そうですか。オーナーは今お留守ですが、副オーナーがおられますので、中の店員にそう言ってください」
「そうか、分かった」
(くそ、留守なのか……仕方ない、中で居場所を聞くか)
アランは心の中で舌打ちをしながら、客を押しのけて店の中に入った。
店の中は客でひしめき合っていた。2階への階段にも長い列ができている。
アランは客をかき分けながら、一番手前の化粧品・薬品売り場のキャッシャーへ向かった。
「おい、ちょっと、お前……」
「どうぞ、列にお並びください、あ、は~い、ただいま……」
(く、くそっ、邪魔な奴らだ)
アランは、客の非難の視線を浴びながら、かっとなって周囲を睨みつけた。
「おい、お前、用があると言ってるんだ」
「困ります、お客様、列に……あ、はい、何でございますか、ご主人様?」
アランは、つい怒りに任せて《魅了》を使ってしまった。
「副オーナーに会いたい」
「あ、はい、どうぞこちらへ」
若い女性店員はカウンターから出て、アランを店の裏の方へ案内した。
客たちは、店員の急な態度の変化に驚きと不満の表情でそれを見送った。
「マリアンナさん、副オーナーに会いたいとご主人様が……」
店の奥の事務所のドアをノックして、店員が中に声を掛けた。
「もういい、店の方に帰れ」
「はい、ご主人様」
事務所から人が出てくる前に、アランは店員の娘にそう命じてから、魅了を解除した。
「えっ、あれ、私は何を……」
店内に戻りながら、店員の娘は立ち止まって、後ろを振り返った。しかし、その時はもう、男の姿は開かれたドアの内側に消えようとしていた。
店員の娘は、自分が何かまずいことをしたのではないかと思いながら、後ろを振り返りつつ店の方へ戻っていった。
「ええっと、お名前は?」
「アラン・ドラトだ」
「ドラト様……予定には入っておりませんが……」
マリアンナはひと目見て、その若い男に得体の知れない恐怖のようなものを感じた。長年娼婦をやっていて培った「男を見る直観」のようなものだったが、この若い男はさらに想像を超える邪悪な存在だった。
「まあ、そんな固いことを言うなよ、お嬢さん」
「っ!……あ、失礼しました、どうぞ中へ。今、副会長を呼んでまいります」
《魅了》に掛かったマリアンナは、奥の会頭室へ向かった。
「ジークさん、お客様です。ご主……っ!あ、あの……」
「ん?どうしたんだ?マリアンナ」
会頭室で、帳簿に目を通していたジークとミーシャがドアの外に出てきた。
《魅了》解除されたマリアンナは動揺して、男の鋭い視線におびえながらも、男が危険であることをジークに伝えようとしたが、怖くてできなかった。
「どうも、この商会の副会頭をしているバハードです。あなたは?」
「俺はアラン・ドラト。ここの自動馬車が気に入ってね。何台か購入したいと思って来たんだが、ブロワーさんはお留守だとか?」
ジークもまた長年の経験から、男がまとった不穏な影をいち早く見抜いていた。
「ああ、そうですか、そりゃあどうもありがとうございます。
ええ、そうなんですよ。うちの会頭は新しい商品になる物を探すために、しょちゅう出かけていましてねえ。困ったものです。あははは……」
「では、今ブロワーさんがどこにいるか分からない、と?」
「ええ、分かりませんね。何かあったら連絡が来るはずですから、こっちも待っているんですがねえ」
アランの誤算だったのは、ジークが決して心の内の動揺を声や表情に出さない心の強さを持っていたことだった。
アランは、人間のウソや動揺はこれまでの経験から見抜ける自信を持っていた。その自信が裏目に出て、ジークがウソを言っていない、と判断してしまったのだ。
当初は全員に《魅了》を掛けて、ルートの居場所を聞き出そうと思っていたアランだったが、そのリスクを冒しても無駄だと判断した。
「そうか、邪魔したな」
「どうも、まことに申しわけありません。ああ、連絡先をうかがっておきましょうか?会頭が帰ってきたら、すぐに連絡を入れますが」
アランはしばらく考えてから、首を振った。
「いや、折を見てまた来るとしよう」
彼は、そう言い残すと、去って行った。
英雄の誤算 2
「ジーク、今の男はいったい……」
ミーシャも、ジークが白を切ったことの深刻さを感じていた。
「分からん。だが、ルートにとって歓迎できない男であることは間違いないだろう」
「ごめんなさい、ごめんなさい……わたし、何が何だか、自分が分からない……あの男を自分の主人だと思ったの。最初は疑っていたのに、急に逆らったらいけないと思って……」
急に泣き出したマリアンナにびっくりして、ミーシャがあわてて彼女を抱きしめた。
「自分を責めないで、マリアンナ。たぶん、あの男が何か魔法を使ったのよ。そうでしょう、ジーク?」
「ああ、恐らくな。どんな魔法か分からないが、テイムのような服従系の魔法だろう。
こうしちゃいられない。奴はルートの居場所を探っていた。早くルートに知らせないと……」
ジークはそう言うと、自分が出かけるつもりで動き出したが、ふと立ち止まって、じっと考え込んだ。
「あなた、どうしたの?」
「うん……いや、奴が見張っているとしたら、ここにいる者が動いたらまずいと思ってな。後をつけられてルートの居場所がバレるのはまずい……」
ジークはそう言うと事務所を出て、店の方へ向かった。
店内を見回していたジークは、1人の男を見つけて近づいて行った。
「おい、レイリー、ちょっと来てくれ」
「おお、ジークじゃねえか。なんだ、なんだ?」
武器や防具に目がないこの男は、毎日のようにここにやって来るポルージャの冒険者で、以前から酒場でわいわい言いながら一緒に酒を飲んでいた友人だった。
ジークは彼を事務所に引っ張っていった。
「レイリー、これから書く手紙をギルマスに持って行ってくれ」
「お、おお、そいつは構わねえが、いったいどうした?お前がそんな深刻な顔を見せるのは、よほどのことなんだな?」
「ああ、訳は話せないが、俺は今動けないんだ」
「ああ、分かった。任せろ」
「すまん。じゃあ、すぐ手紙を書くから待っていてくれ」
ジークはそう言うと、ミーシャが持ってきた便箋を受け取って手紙を書き始めた。
ジークの読みは正解だった。
アランは店の外の植え込みの陰に潜んで、表と裏の出口を見張っていたのだ。
彼は、店内で《魅了》を使ったことで、騒ぎが起こるのではないかと予想していた。そして、騒ぎになれば、誰かが会頭であるルートのもとへ連絡に走るはずだ。そいつの後をつけていけば、ルートの居場所がわかる、そう踏んでいた。
だが、騒ぎはいっこうに起きなかったし、出口から事務所にいた誰かが出てくることも無かった。
(ちっ、当てが外れたか。まあいい、この国を支配すれば、おのずとブロワーもこちらの支配下に入るんだ。まずは、西の大陸を平定することが先決だな)
アランは、ルートとの接触をいったん諦めて、ラークスの街へ帰っていった。
さて、その頃ルートたちは王城に帰り、《魅了》を解かれたガルニア侯爵とオリアス王とともに、今後の作戦を話し合っていた。
「いやあ、まったくもって面目ない。自分が情けなくて自害したいほどだ」
「叔父上、もうよい。今回ばかりは仕方がなかったのじゃ。叔父上のせいではない」
「そうですよ。初対面であの魔法を防ぐのは不可能ですから」
公爵はうなだれて、自分の後頭部をポンポンと叩きながらため息を吐いた。
「ずっと意識はあったのだ。記憶もしっかり残っている。ただ、自分の意志ではどうにもならない状態だった。自分以外のもう一人の自分がいて、そいつがすべてを支配している感じだった」
「うむ、それが魔法陣の支配ということじゃな。だが、われわれは、その魔法陣を無力化する魔法を手に入れた。王よ、どうする?奴が来たら、即刻捕えて殺すか?」
「うむ、そうしたいのはやまやまだがな。奴もそういう事態を予想して、何らかの手を打っておるかもしれぬ……」
「うむ、あれだけ狡猾な男だ。人質とか、もっと恐ろしい策を用意しておると考えた方がよいでしょうな」
「ふむ、なるほどのう。では、奴の言う通り、不戦条約を結ぶということか?」
リーフベル先生の言葉に、王は苦悶の表情を浮かべてうなだれた。
「それは、聖教国を裏切るということだ。帝国はトゥーラン国を滅ぼしたら、必ずやこの中央大陸にも手を伸ばしてくるだろう。そのとき、わが国と聖教国が対立しているなら、それこそ、帝国の思うつぼになる……」
王の言葉に、ガルニア侯爵もリーフベル先生も反論できなかった。
「困ったのう。だったら、人質の命は見捨てて殺すしかあるまい。ルート、お前はどう思う?」
ルートはさっきからずっと考え込んでいた。
リーフベル先生の問いに、ようやく顔を上げ、彼を見つめる人たちを見回してから、おもむろに口を開いた。
「まず、ドラトが本当に人質とか取っているかを確認しないといけません。その上での話ですが、もし、王様が彼の提案、つまり不戦条約締結を拒否したら、彼はどのような行動に出るでしょうか?」
ルートの問いかけに、王、侯爵、リーフベル、そしてリーナも考え込んだ。
「2通り考えられるな……」
最初に口を開いたのはガルニア侯爵だった。
「まず、人質がいる場合、その人質を殺すぞと脅し、再考を促すだろう。人質がいない場合は、身の危険を感じて、その場にいる者全員に《魅了》を掛け、王を人質にして国へ帰ろうとするかもしれん」
「うむ、わしもおおかた侯爵と同じ考えじゃ。恐らく、提案を拒否されることも考えておるじゃろう。それに備えて、自分の身を守るための盾を用意してくるじゃろうな。
王が提案を拒否したら、全員に《魅了》を掛けたうえで、王に改めて不戦条約締結を命じるのであろう」
「うむ、そうだな。リーフベルの言う通りだと思う。わしに《魅了》を掛ければ、条約を文書にする必要もない。さらに言えば、帝国に逆らうな、と命じておけば、次回は軍を率いてやって来ても、抵抗する者はいない。思うがまま、ということだ」
「ふむ……だったら、その通りにシナリオを進めて、気持ちよく帰っていただきましょう」
ルートの言葉に、誰もすぐに理解できず、ぽかんとしてルートを見つめていた。
「おい、何を言っている。わしらにも分かるように説明せんか」
「あ、はい、つまりこういうことです。ドラトが来たら、スムースに王様の元まで来てもらいます。兵士たちには前もって理由を言って、もう1回《魅了》に掛かるかもしれないと知らせておいてください。
そして、王様には提案を拒否してもらいます。そうですね、できれば、護衛の兵士が何名かいたほうがいいでしょう。貴族の方もいた方がいいかもしれませんね。《魅了》の恐ろしさを実感してもらうためにも。
ドラトは、そこにいる全員に《魅了》を掛けるでしょう。1度にどのくらいの数に掛けられるのか分かりませんが、全員が無理なら、確実に王様には掛けるはずです。そして、王様にいろいろ命じて去って行くでしょう。
奴は国に帰り、グランデル王国が兵を派遣することはない、と帝国の王に報告するはずです。そして油断したままトゥ―ラン国に攻め込むでしょう。ところが、なんと、そこには聖教国とグランデル王国の連合軍が待ち構えているというわけです」
王たちは、じっとルートの話を聞きながら考え込んでいた。
「なるほど、お主の考えは分かった。だが、どうせ戦うなら、ドラトを殺した方が早いのではないか?」
「はい、でも、先ほど皆さんがおっしゃっていたように、人質などを隠しているリスクがありますからね。それと、もう1つの理由は、ドラト1人を倒したら、恐らく帝国は戦争をやめるのではないかと思うのです。帝国の中枢部はドラトに《魅了》を掛けられているでしょう。それが解ければ、冷静さを取り戻すかもしれません」
「それがなぜいけないのだ?戦争は無い方が良いだろう?」
「はい、もちろん戦争は無い方がいいです。でも今回は、帝国軍にまず先に仕掛けさせてから、ドラトともども帝国軍を打ち破って、帝国を制圧する力を見せた方が後々のためには良いような気がします」
「うははは……さすがに常人の考えの遥か上を行くのう。つまり、お主の頭の中では、すでにドラト率いる帝国軍を打ち破る筋書きができておる、というのじゃな?」
「そうですね。まだ、いろいろ調べたり、準備は必要ですが、油断した相手を倒すのはさほど難しいことではありません」
「分かった。では、もっと詳しい話を聞かせてくれ」
王たちはルートの作戦を採用することにして、綿密な作戦を話し合った。
アラン・ドラトの2つ目の誤算。彼が配下にと探していたルートブロワーが、今、強力な敵として、彼の前に立ちはだかろうとしていた。
宮廷魔導士兵団長
「う~む。テイムに似た服従系の魔法か……厄介だな」
ポルージャの冒険者ギルドの2階、ギルドマスターの部屋で、キース・ランベルは手紙を見ながらつぶやいた。
「よし、とりあえずブロワーに連絡をしないとな」
彼は部屋を出て1階の受付へ下りて行った。
「ライザ、ちょっと来てくれ」
「あ、はい」
キースはライザを執務室に連れて入ると、ジークの手紙を渡して読むように言った。
「まあ、なんてこと……ギルマス、いったいこの男は何者なんでしょうか?」
「さあな、今の所何も分からねえ。タイムズ商会を狙った商人の手先なのか、何か個人的な恨みを持った奴か……とにかく、ブロワーが狙われていることは確かだ。
すまねえが、王都の学校まで行って、この手紙を届けてくれねえか?」
「分かりました、急いだほうがいいですね」
「ああ、乗合馬車組合に行って1台貸し切れ。俺の命令だと言え。ああ、それから、ブロワーに会ったら、こっちの店のことは心配するなと伝えてくれ」
ライザは頷いて、さっそく出かける準備を始めた。
久しぶりにルートに会えると思うと、緊張した中にも密かな喜びも感じて顔が緩むのだった。
ライザが自動馬車を貸し切って、北門から王都に向けて出発した頃、ルートは「宮廷魔導士兵団」の団長室を訪れていた。
王国のエリート魔導士たちで構成されたこの兵団の団長は、ハンス・オラニエ・ル・マイヤー。ハウネスト国出身の祖父が、このグランデル王国に宮廷魔導士として迎えられ、新たにオラニエという姓と男爵の爵位を与えられて移り住んだのだ。
先般のハウネスト国の政変のおりには、祖父の本家であるマイヤー家が断罪され、分家の者たちも肩身の狭い思いをしていた。
「よくおいでくださいました。ハンス・オラニエです。お噂はかねがねよく聞いておりますよ。今や王国に並ぶものがない王立学校の教師であり、天才魔導士だと」
「あはは……宮廷魔導士団の団長殿にそう言われると、恥ずかしくて帰りたくなります。早速ですが、要件に入ってよろしいですか?」
まだ、二十代後半の若い兵団長は微笑みながら、ルートとリーナにソファに座るよう勧めてから、侍女にお茶を用意するように命じた。
「いきさつは近衛騎士団長から聞きました。しかし、驚きましたよ、《魅了》という伝説上の魔法が実在したなんて」
「はい、僕も驚きました。非常に強力で厄介な魔法です」
「だが、その厄介な魔法を解除する魔法を創り出された……」
「ああ、はい(僕じゃないけど、ここは僕が創ったことにしておこう)」
「どうすればそんな真似ができるのです?伝説の魔法だから、資料も残っていないでしょうに」
ハンスは、この際とばかりに身を乗り出して、ルートの能力の秘密を知りたがった。
「ああ、それについては、またの機会にゆっくりお話しします。今は王国の危機を何とかするのが先です」
「おっと、これは失礼、私としたことが……あはは……ええっと、つまり、その《魅了》を解除する魔法を、われわれ宮廷魔導士団に付与できないか、ということでしたね?」
「はい、そうです。できますか?」
ハンスは立ち上がって、大きな机の方へ行き、引き出しから紙と鉛筆を取り出して戻って来た。
「ふむ、結論から言うと、できます。ただし、その解除魔法の呪文が読み解ければ、ということです。いいですか、これを見てください」
ハンスはそう言うと、紙に魔法陣のような複雑な図形を描き始めた。
「これはもっとも簡単な風魔法《ウィンド》の術式です。そして、これを8等分にした、この1つ1つが呪文になります。つまり、この8つの呪文を一連の呪文として発動すれば、《ウィンド》の魔法が発動することになります」
魔法陣が呪文を組み合わせた図形であることは、訓練キャンプでゴーレムを作った時に、魔法科の先生たちや工芸科の先生たちに教えてもらったので知っていた。
「つまり、解除魔法の術式が分かれば、それを呪文として覚えることはできる、ということですね?」
「そういうことです。どんな術式か分かりますか?」
「はい。僕はまだ魔法陣の勉強を少ししかやっていませんので、描いたり、唱えたりはできませんが、お見せすることはできます。ええっと、新しい紙はありますか?」
ハンスはルートの言葉を理解できずに、けげんな表情で新しい用紙を持ってきた。
「ありがとうございます」
ルートは礼を言って紙を受け取ると、それをテーブルの上に置いてバッグから手紙を書くときに使うインクを取り出した。
インクの蓋を開けると、目をつぶって手を紙の上にかざした。しばらくは何も起きなかったが、やがてルートの手の周囲がぼーっと薄緑色の光を放ち始め、いきなりインクが瓶の中から出てきて、ルートの手の下に広がった。
ハンスとリーナが口をポカンと開いて見ているうちに、インクが細かい霧雨のようにポトポトと紙の上に落ち始めた。そして、それは次第に複雑な魔法陣を描いていった。
ルートがふうっと息を吐いたとき、インクの残りはするするとまた瓶の中に戻った。そして、ハンスたちの前には、3つの魔法陣が重なった複雑な模様の紙があった。
「はあ?私は今、何を見ていたのだ?あは、あははは……すごい、すごい、すごい……ブロワー君、いや、ブロワー教授、今のは何という魔法なんですか?」
「ああ、いや、名前はありません。単なる魔力操作です。練習すれば誰にでもできます」
「いやいやいや、冗談はやめてくれませんか?……って、冗談じゃなさそうですね。
はあぁ……あんなもの見せられたら、私も王立学校に入学し直して、あなたの教えを受けたくなりました。冗談じゃなくてです」
「あはは……ええ、いつでも来てください、時間があったらやり方を教えますよ。それで、これでいいんですよね」
ルートは、インクが乾いたのを確認して紙をハンスに差し出した。
「ええ、完璧です。ふむ、なるほど……ほう、これは……すばらしい」
魔法陣の呪文を読み解きながら、ハンスは何度も感嘆の声を上げた。
「見事な術式です。では、これを呪文に直して団員に覚えさせましょう」
「お願いします。これで、《魅了》に対抗できます」
ルートとリーナはハンスに礼を言って、宮廷魔導士団の司令部を後にした。
「あと3日で、皆覚えられるかな?」
「うん、たぶん大丈夫だよ。ジャスミンを連れてくれば、全員に直接付与できるんだけどね」
「時間的にはできるね」
「うん。上手くいかないときの最終手段にしよう。余計な騒ぎは起こしたくないからね」
「ん、そうだね」
ルートとリーナは、そんなことを話しながら、王都の家に帰っていった。
そして、そこには思いがけない人物が待っていたのだった。
ルートとグランデル王の誤算 1
ルートたちが自動馬車で屋敷に帰ってみると、門の横に乗合自動馬車が止まり、1人の女性がその前に立っていた。
「あ、ルートく~ん、リーナ~~」
「ライザさん、いったい、どうしたんですか?」
「ああ、よかったあ~~、王立学校で住所を聞いて来てみたら、門が閉まっていたから、どこかへ出かけたと思って、どうしようと思ってたのよ~~」
「あはは……すみません、ちょっと用事があって。どうぞ、中へ入ってください、今、門を開けますから」
ルートはしがみついてきたライザから逃れて、鉄の門扉のカギを開いた。
乗合自動馬車の運転手が馬車を動かして門な中へ入っていく。
ライザは、ルートたちの自動馬車に乗って屋敷の前に到着した。
ルートは運転手にも屋敷の中にはいってもらい、リーナにお茶を淹れてもらうことにして、ライザと一緒に自分の書斎に向かった。
「……なるほど、そういうことでしたか」
ルートは、ライザから受け取ったジークの手紙を読んで、ライザが来た理由を理解した。
「さすがはジークだ。ライザさん、わざわざありがとうございました」
「ううん、久しぶりにルート君とリーナに会えてよかった。元気そうね?」
「はい、おかげさまで。そうだ、ライザさん、せっかくだから今から食事に行きませんか?」
「えっ?で、でも、例の男が狙ってるんでしょう?危険だわ」
「いや、大丈夫ですよ。奴は僕の顔を知らない。それに、リーナが一緒に行けば魔力感知ができますから、怪しい奴がいたらすぐに分かります」
ライザはなおも心配げだったが、ルートの言葉を信じて誘いに応じたのだった。
ルートは、ライザに応接間で待っていてくれと頼んでから、急いでギルマスとジークへの手紙を書いた。
そして、その手紙をライザに預けると、2台の自動馬車で王都の街へ向かった。
運転手の男には停車場で待っていてくれと言い、銀貨を1枚渡してから、3人は、例の冒険者ギルドの近くの居酒屋へ行った。
ライザは用事で何度か王都に来ていたが、この店は初めてだったらしく、ボーンステーキ定食に感激しておいしそうに食べてくれた。
ポルージャの様子や、最近の出来事などを聞きながら、ルートとリーナも少しホームシックな気分になったが、楽しい時間を過ごしたのだった。
「じゃあ、またね。たまにはギルドにも顔を出してね、寂しいから」
「はい、今度帰ったら必ず。お土産持っていきますので、楽しみにしていてください」
ライザは窓からいつまでも手を振りながら、ポルージャへ帰っていった。
それから3日後、いよいよアラン・ドラトが予告した日がやってきた。
入念い打ち合わせをして準備を整えたと言っても、不測の事態は起こり得る。
ルートも、王たちも緊張した中で、朝からじっとアランの来訪を待っていた。
そして、ついにアランが王城の前に現れた。
1台の乗合自動馬車が王城の門に近づいて来た。
「止まれ~~っ、ここは王城である。許可なく近づくことは許さぬ」
門番の衛兵が2人、馬車の前に立ちはだかった。
「ああ、この前の人とは違うようだね」
アランは用心のために、運転席まで行って窓越しに2人の衛兵ににこやかな笑顔で手を上げた。
2人の衛兵はそれを見た。そして、《魅了》された。
「こ、これは失礼しました。どうぞお通り下さい、ご主人様」
「ふふふ……さあ、君たち、降りたまえ。王城にご案内するよ」
「「「はい、ご主人様」」」
一斉に返事をして自動馬車から降りていくのは、男女混合の5人の冒険者たちだった。
彼らは、アランが王都の冒険者ギルドへ行って、護衛の募集依頼をかけ、それに応じた者たちだった。もちろん、アランは彼らを人目に付かない所へ連れて行き、《魅了》を掛けていた。
「では、運転手君、門の脇に馬車を留めて待っていてくれたまえ」
「はい、承知しました、ご主人様」
アランは周囲に用心しながら馬車を下りると、素早く冒険者たちの中に身を隠した。遠距離からの攻撃を、冒険者たちを盾にして避けるためである。
門の内側に入ると、あちこちに近衛兵たちが警戒して立っていた。だが、誰もアランの方に目を向ける者はいない。目を向けたとたん、《魅了》に掛かることが分かっていたからだ。
「ふふふ……そうそう、お利口さんはおとなしくしているんだよ。ああ、ちょっとそこの君」
アランは楽しげに笑いながら、1人の近衛兵に声を掛けて近づいていった。
近衛兵は目をしっかりと閉じたまま、ガタガタと震えながら立ちすくんでいた。
「さあ、目を開けるんだ。そうしないと、ほら、君の剣が自分の首を切り裂くことになるよ」
「ひいいいいっ、た、助けて、た、たす……あ、はい、ご主人様、何でしょうか」
「うん、良い子だ。では、僕たちを王の部屋まで案内してくれ」
「はい、分かりました。どうぞ、こちらへ」
遠くから見ている近衛兵たちは、怒りと悔しさに拳を握りしめて歯ぎしりをしていたが、抵抗せずにアランを通せと命令されていたので、どうすることもできなかった。
アランの来訪の報せは、見張りの兵士からすぐに王たちの元へと届けられた。
「おい、お前たち、ご主人様のおいでだ。ドアを開けろ」
先導の近衛兵の声に、ドアの前に立っていた2人の衛兵は、目を背けたまま慌ててドアを開いた。
ドアが開いて、謁見の間にまず最初に入って来たのは、防具と武器を身に付けた冒険者たちだった。
「あははは……さすがに不意打ちなどと言う馬鹿な真似はしませんでしたか」
近衛兵と衛兵に守られて、アランが高笑いしながら入って来た。
「我々はそのような卑怯な人間ではない。グランデル王国を見くびるな」
(あれが、帝国の英雄アラン・ドラトか……)
王座の背後にある特殊護衛隊専用の小部屋から様子を見ていたルートが、ぐっと拳を握り締めた。
(しかし……なんで、あいつがいるんだよっ!ったく……頼むから下手な真似をしないでくれよ)
ルートは、ミハイル・グランデル公爵の前に立った鎧姿の少女、エリス・モートンを見て、小さな誤算に不安を抱くのだった。
ルートとグランデル王の誤算 2
王座の左右には主だった貴族たちが並んでいた。ルートの助言に従って、緊急招集し、帝国の英雄がいかなる人物で、《魅了》がどんな魔法か見極めるように彼らには命じてあった。
「おや?今日は、あの髭のおじさん、名前は何だったかな?……」
「ラウド・ガルニア侯爵か?」
「あ、そうそう、ラウド君はいないようだが……」
「叔父上は地下牢に閉じ込めてある」
「おやおや、それは可哀そうに。後で、出してあげてくだいね。ふふふ……さて、それではご返事を聞かせていただきましょうか?」
「その前に、お前に確かめたいことがある」
「ほう、何ですかな?」
「ここにいる者たち以外に、人質を取っていることはあるまいな?もし、そうなら、話はこれで終わりだ。例えお前が我々に服従の魔法を掛けても、その瞬間に、この国の全兵力がトゥーラン国へ向けて出発する手はずになっている」
「ほう、つまり、この部屋のどこかに、覗き見をしている者がいるというわけですか?
ふふふ……あはははは……必死に考えたんですね、その努力は認めてあげましょう」
アランが高笑いしながらそう言って、部屋全体を舐めるように見回し始めた瞬間、ルートは慌てて目をそらした。
「ふふふ……だが、そんな努力は無駄ですよ。兵隊など私の前では何の役にも立たない。そのことはもう十分お見せしたはずですが?」
「だが、その割にはずいぶん何人もの人間を盾に使っているようだがな」
「まあ、用心のためですよ。遠くから弓や魔法で攻撃するなどという馬鹿な真似をさせないためのね。
さて、お話の人質のことですが、そんな面倒なこと、考えもしませんでしたよ。ふふふ……だって、そうでしょう?今からここにいる全員を私の支配下に置いて、王国を私の意のままにすることもできるのに、なぜ、そんな面倒なことをする必要がありますか?」
アランの言葉に、王の周囲にいる貴族たちは騒然となった。
王が慌てて皆に鎮まるように言いかけたとき、予定外のハプニングが起こった。
「貴様っ!言わせておけば、ぬけぬけと……」
「エ、エリス!よせっ」
「くっ、しかし、王様、このような無礼な奴は、私が……あ……」
「ふふふ……なかなか威勢がいいお嬢さんですね。嫌いではありませんよ。こちらへ来なさい」
「はい、ご主人様」
「エ、エリス、待て、どこへいく、おい、エリス」
「なんですか?うるさいブタ野郎が。死にたいんですか?」
エリスはミハイル公爵を振り返ると、憎悪に満ちた目でそう言い捨てた。
「ひっ、あ、あ……」
(あのバカっ!ああ、もう、面倒ばかりかけやがって)
ルートはエリスが《魅了》に掛かったことを知って、思わず飛び出しかけたが、リーナに引き止められてなんとか踏みとどまった。
「おい、待て。その娘には手を出すな」
王の言葉に、アランは肩をすくめて笑いながらこう言った。
「やれやれ、もう面倒くさくなりましたよ。交渉は終わりです」
そう言って、アランが王たちを見回したとき、すべては終わった。
騒いでいた貴族たちも、王も、一瞬で静かになり、うつろな目で前方を見つめたまま動かなくなった。
「さて、グランデル王」
「はい、何でしょうか、ご主人様?」
「まず、この国はラニト帝国にいっさい逆らってはいけない。よいな?」
「はい、決して帝国には逆らいません」
「よろしい。では、私が兵を率いてこの国に帰って来るまで、私の代わりにしっかりとこの国を治めておきたまえ」
「はい、承知いたしました。ご主人様のお早いお帰りをお待ちしております」
アランはしばらくの間声を押し殺して笑った後、満足げな顔を上げた。
「まあ、役人や国民が異常に気付いて大混乱になるだろうが、諸君、しっかり頑張りたまえ。
さあ、帰るよ、皆……君も一緒に来るかい?」
「はい、ぜひご一緒させてください」
「ふふ……まあ、人質くらいにはなるだろう、来たまえ」
アランは冒険者たち、衛兵たち、そしてエリスを引き連れて謁見の間から去って行った。
彼の気配が完全に消えてから、ルートとリーナは小部屋から飛び出した。
「リーナ、すまないが予定が狂った。あいつを追ってくれ。ただし、絶対姿を見られないように、建物を陰にして追うだけでいい。エリスを助け出そうなんて考えなくていい。多分命を取られることはないはずだ。彼女のことは、後で考える」
「うん、わかった」
「くれぐれも気をつけてな。奴の行き先が分かればいいから」
「うん、まかせて」
リーナはそう言うと、風のように部屋から出て行った。
ルートは、人形のように動かない王たちに向き直って、声を掛けた。
「皆さん、僕の方を見てください」
「何じゃ、ブロワー、ご主人様のじゃまを……あ、ああ、なんということだ……」
「は……な、なんだ、いったい何が起こった……」
《魅了》を解除された王や貴族たちは、あらためて《魅了》の恐ろしさを知って騒ぎ出した。
「皆の者、静まれ。よいか、これが奴の、アラン・ドラトの魔法、《魅了》なのだ。そして、その《魅了》を解除する魔法を、ルートが創り出してくれた。
これで、分かったであろう?帝国を野放しにしておけば、世界中の人間が、アランの意のままに動く人形になってしまう。今、帝国を全力で討たねばならないのだ」
王の言葉に、まだ動揺している貴族たちは深刻な顔で口をつぐんでいた。
「よくも、よくもだましてくれたな、ルート・ブロワー」
「ミハイルっ、何を言い出すのじゃ?」
「うるさいっ、兄者も同罪だ。あんな恐ろしい魔法だと知りながら、我々をここに呼び寄せたのだからな。エリスを、エリスを返せっ!わしの大事なエリスを返せ~~っ」
「黙れっ、愚か者!エリスを連れてきたのは、ミハイル、お前の罪ではないかっ!自分の手落ちを人のせいにするなど、何という卑怯者だ」
「うるさい、うるさいうるさいっ!帝国など知ったことか、勝手にすればいい」
ミハイル公爵はそう吐き捨てると、ずかずかと謁見の間から出て行った。
「はあ……すまぬ、ルート。奴はエリスをさらわれて気が動転しておるのだ」
「はい、公爵様のお気持ちは分かります。エリスは必ず助け出しますので、後で公爵様にそうお伝えください」
「うむ、伝えよう。さて、では、予定を進めるか」
王はそう言って頷くと、立ち上がって周囲の貴族たちを見回した。
「皆の者、これから場所を変えて、今後の我々の行動について話し合う。よいな?」
王の言葉に、貴族たちはなぜか返事をせずに動こうとしなかった。
「どうしたのじゃ?執務室にガルニア侯爵とリーフベル所長が待っている、早く行くのだ」
「へ、陛下、恐れながら申し上げます」
もやもやした状況の中で、最初に口火を切ったのはバードル伯爵だった。
「何じゃ、伯爵、申してみよ」
「はっ……かの帝国の英雄、あの男は伝説の悪魔、いや、それ以上に恐ろしい男です。このまま戦をしても、とうてい我が国に勝ち目があるとは思えません」
「な、何を申しておる、今、あの男の魔法を打ち破れることを、その目で見たであろう」
「はい、確かにこの人数には有効でしたが、果たして実際の戦場で、役に立つでしょうか?」
「お、恐れながら、私もバードル伯爵と同じ意見です。たとえこちらが多数の兵で攻め込んでも、その兵たちが魔法を掛けられ、逆にこちらに攻めてくるのです。そんな戦いにどうやって勝つことができましょうや」
「だから、このルートが魔法を打ち破ると……」
「戦場で、その少年が、役に立つとは思えません」
「多勢の敵に攻められたら、すぐに命を落とすか、逃げ出すか、でございます」
「き、貴様ら、臆病風に吹かれて、この国を、予を裏切ると申すかっ!」
「何と言われようと、私には領地と領民の方が大事です。たとえ帝国に降伏しても、諸侯として取り立てられ、領地をそのまま治めることができれば、王国に仕えるのと何ら変わりはありません」
グランデル王は、あまりのことに開いた口が塞がらなかった。もはや、これは反乱と言っても過言ではなかった。
結局、その場にいた10人のうち、ミハイル公爵と彼の取り巻きの7人が去って行き、残ったのは、ボース辺境伯、リンドバル辺境伯、カートン子爵の3人だけだった。
ルートにとっても、この貴族たちの反旗は予想外の誤算だった。エリスの件とともに、今後の予定を最初から考え直す必要に迫られていた。
ルートが転生したこの星は、3つの大陸(ベーダ)と大小さまざまな島(バル)で構成されている。
3つの大陸にはそれぞれ名前があり、それは世界共通で使われる呼び名となっている。それぞれ中央大陸(グランベーダ)、東方大陸(アウルベーダ)、西方大陸(ゲールベーダ)という。
ルートが住むグランデル王国は、中央大陸にある。中央大陸には、あと2つ、世界宗教であるティトラ聖教の聖地ハウネスト聖教国と砂漠の国サラディン王国がある。残りの土地はどこの国にも属さない未開拓地で、自然環境が厳しく、ほとんど人が暮らせないような場所ばかりだった。
今回不穏な動きを見せているラニト帝国は、西方大陸の中央部に広大な領土を持つ大国である。
もともとこの大陸には、大小さまざまな部族国家が乱立して、長い間お互いに小競り合いを続けていた。だが、今から250年ほど前、部族国家の1つであったラニト国に、ラパン・ドラトという偉大な王が生まれた。
彼は王になるや、国力の充実を第一の目標に掲げ、農業や工業の育成に努めた。さらには、他の大陸の進んだ文化や技術を大いに取り入れ、瞬く間に強大な国を作り上げた。やがて、ラニト国は周辺の小国家群を、時には武力で、時には話し合いで次々に併合していった。そして、ついにはほとんどの小国家群を統一し、ラパン・ドラトは初代の皇帝となった。
ラパン・ドラトは決して《英雄》ではなかった。神の加護を受けていたわけでもなく、特別な能力を持っていたわけでもなかった。彼は、非常に頭の良い《賢王》だったのだ。
そして、250年後、ラパン・ドラトの子孫に1人の《英雄が》生まれた。《英雄》の名を、アラン・ドラトという。現帝王ミゲール・ドラトの6男、第6皇子である。
ドラトの母親はラニト帝国の有数の商人の娘で、多くの側室の1人だった。幸い男子を出産し、後宮でもそれなりの地位には上ったが、所詮は第6皇子、王位継承権はあっても有名無実、アランもいずれは爵位を下賜され、王城を出て小さな領地の領主になるか、軍の1司令官になって、国のためにあちこちの紛争解決のためにこきつかわれるか、それがお決まりの将来だった。
だが、神は彼に加護と特殊な能力を授けていた。それを彼が自覚したのは11歳の時だった。
もともと、権力にはさほど興味はなく、面白おかしく遊んで暮らせればそれでいい、という性格だったアランは、王城内で毎日それなりに楽しく暮らしていた。
その夜も、お気に入りの侍女を寝所に招き入れて、ふざけ合いながら寝る前の一時を楽しんでいた。ところが、そこへ突然父であるミゲールが現れたのである。
実はミゲール帝はその夜、周囲には内緒で抜き打ちに後宮を訪れた帰りだった。彼はときどきこうしたことをやっていた。なぜかというと、たまに側室たちが間男を引き込んで、欲求不満を解消したり、あるいは権力者と密会して、よからぬ企みをすることが過去にあったからである。
帰り道に、たまたま様子を見ようとアランの寝室を訪ねたミゲール帝は、11歳の息子が若い侍女といちゃいちゃしている場面を目にして激昂した。
「まだ、年端も行かぬ子供のくせに何をしておる。バカ者がっ!」
父帝はそう怒鳴ると、侍女を無理矢理引っ張って連れ去ろうとした。ここまでは、アランも仕方ないと諦めていたが、ドアを出て行く前に父帝が振り返って言った言葉が、この後のラニト帝国を左右する重大な分岐点となった。
「良いか、アラン、お前はむやみに女を身ごもらせてはならぬ。それは、この国に余計な混乱を招くことになる、いいな?ふふ……この女はわしの子を産ませる。なかなかいい女だからな」
「やめてください、父上、ビューネは私の侍女ですっ」
「うぬっ、な、何をする、わしに逆らうかっ、バカ者っ!」
ミゲールは自分の足にしがみついてきた息子を、思い切り蹴り飛ばした。
「アランさまっ!」
「ええい、うるさいっ、さあ、来るんだ」
「ま、待てっ……たとえ父でも、許さんっ」
「な、何い、貴様ああ……っ!! うぐっ、な、なにを……」
このとき、アランは無意識のうちに、その神から与えられた特殊な力を初めて発動させていた。
気づくと、父帝も侍女も、ぼーっとした顔で、魂を失ったように立ったまま動かない。
「お、おい、ビューネ」
「はい、アラン様」
侍女ははっきりと返事をしてアランの方を向いた。
「こっちへ来い」
「はい」
侍女は何事も無かったような顔で、アランの元へ歩いてきた。父帝はそれを引き留めようともしなかった。
「ち、父上」
「うん、何だい?アラン」
父帝は、さっきまでの態度がウソのように、優しい笑顔をアランに向けた。
この時点で、アランは先ほど激しい怒りの中で、自分の中から何かが抜け出たような感覚があったのは、何らかの魔法が発動したからではないか、と気づいた。
「父上、二度とビューネには手を出すな」
「ああ、悪かったね、アラン。さっきはどうかしていたんだ。もう、二度とビューネには手を出さないと誓うよ」
「そうか。じゃあ、部屋に戻れ」
「ああ、すまなかったな。じゃあ、おやすみ、愛する息子よ」
ミゲール帝はそう言うと、にこにこしながら部屋を出て行った。
「ふふふ……こいつはすごいぞ……何の魔法か知らないが、人を操れる魔法であることは間違いない。ふふ……ふはははは……」
翌日、彼はビューネをお供に教会へ行き、自分のステータスを確認した。
この国でも、王族以外の子供たちは10歳の時、『技能降授』の儀式を受け、自分のステータスを知るのだが、王族は技能降授は受けない。代わりに14歳の時『成人の儀』が行われ、その時に親族や重臣たちにステータスが公表されるのである。
本来なら、14歳まで待たねばならないのだが、アランはどうしても自分の能力を知りたかった。
教会の司祭にかなりの金を握らせて、彼は魔道具を自分とビューネだけで使わせてもらった。
「くくく……やった、やったぞ……やはり、神の加護があった。そして、この魔法スキル、闇魔法《魅了》……ふふふ……あはははは……」
自分の力を知ったアランは、その日から密かに野望を持ち、それを実現させていった。
ラノベ等でおなじみの《魅了》だが、アランのそれは一度に複数の相手に掛けることができた。そして、彼が《解除》と唱えない限り、効果は永久に続くという、かなり強力な魔法だった。
ただし、一度に掛けられる人数にはさすがにストッパーがかかっているようで、50人が最大限だった。神もさすがに無制限ではまずいと判断したのだろう。
アランが、ルートと出会うのはこの10年後のことである。
英雄、王都に現れる 1
ガルニア侯爵領ラークスの街。ここには、王国最大の港があり、南のサラディン王国や西の大陸のトゥーラン国からの商船が頻繁に出入りする賑やかな交易の街でもあった。
この日、トゥーラン国の交易船から1人の男が降りてきて、グランデル王国に初めて足を踏み入れていた。
「ふうん、さすがは王国随一の港街だけあって、なかなか繁盛しているじゃないか」
彼はそんなことをつぶやきながら、港の出口にある乗合馬車の停車場へ向かった。
「な、なんだこの馬車は……馬はどこにいる?」
「いらっしゃい、お客さん、この国は初めてかね?」
「ああ、そうだ」
「だったら、驚くのも無理じゃないね、ははは……初めての人は皆驚くのさ、この魔導式蒸気自動馬車にね」
「うっ、ま、魔導式……」
「蒸気自動馬車。蒸気さ、あの水を沸かすと出てくる蒸気、あれで動く馬車なんだ」
「あんなもので、本当に動くのか?」
「あはは……まあ、乗ってみれば分かるさ。どこまで行きたいんだね?」
「王都だ」
「ああ、じゃあ、乗って待っててくんな。乗客が集まったら出発するからよ」
フード付きのローブを着たまだ若い男は、そう言われて小さな荷物を手に、乗合馬車の中に入っていった。
やがて、15分が過ぎ、乗客が8人になったところで、御者の男が運転席に入り、自動馬車が王都に向けて出発した。
他の客たちはもう慣れているのか、ゆったりと座って世間話を始めたが、若い男は周囲に気取られないように注意しながらも、驚きと興奮を隠せず、窓の外や足元、天井などをきょろきょろと落ち着かずに見ていた。
「あんた、初めてかい?」
向かいに座った商人風の男が、若い男の様子を見て微笑みながら尋ねた。
「あ、ああ、そうだ」
「すごいだろう?この自動馬車。こいつは半年前から走り始めたんだが、ポルージャの《タイムズ商会》が作った馬車なんだ。今では、運搬用の馬車も使われていて、やがては馬も用済みになるだろうってもっぱらの噂だよ」
「タイムズ商会……」
「ああ、ポルージャに本店がある大商会さ。食品、化粧品、薬品、武器、その他あらゆるものを手広く扱っていて、ここのガルニア侯爵家の御用達商人でもあるんだよ。しかもだよ、驚くことに、その商会のオーナーはまだ14、5歳の少年らしい……」
「おっ、タイムズ商会の話かい?それなら、わしも面白い話を聞いたぞ」
少し離れた席に座っていたこれも商人らしい老人が、荷物の上に肘をついてこちらを見ながら話に加わった。
「なんでも、会頭の少年は王国一の魔法使いと言われているそうだぞ」
「それは俺も聞いたことがあるぜ」
今度は奥の席に座っていた若い男が声を上げた。
「元は冒険者でしかもBランク、例の教皇様襲撃事件のときは、護衛として聖教国の天才魔導士と戦い、これを打ち破った。本当かどうかは知らないけどな」
「私も聞いたことがありますよ。《時の旅人》という冒険者パーティの1人で、あの《銀髪の美しき死神》を手足のように使っているって……」
乗客たちは、何かしらルートに関する情報を聞いているようで、いろいろと脚色された噂話を口々に語り始めた。リーナの二つ名もいつの間にか〝死神〟になっていた。
(おいおい、どんだけ有名人なんだ、その少年は。しかし、面白いな、ククク……ぜひとも会ってみたい。そして、俺の下僕になってもらいたいものだ)
若い男は、乗客たちの話を聞きながら心の中でほくそ笑んだ。
「毎度ご乗車ありがとうございました~。またのご利用をお待ちしておりま~~す」
ガルニアから4時間弱で、馬車は王都の停車場に着いた。途中、水の補給で一回休憩しただけで、揺れもほとんどなく快適な乗り心地だった。
(こいつはいい。帰りに1台持って帰るか。大型の物を作れば兵士の輸送も楽だしな)
若い男は停車場に留った数台の蒸気自動馬車を眺めながら、そんなことを考えた。
「さて、それじゃあ、王様にご挨拶に行きますか。ふふ……」
男は遠くに聳える王城を見上げてから、そちらへ向かって歩き出した。
「止まれえっ。ここは王城だ。許可なく近づくことは許されん。早々に立ち去れ」
高い城壁に囲まれた王城には2つの門がある。通用門として普段使われている南門と、緊急時に兵士や王族が利用し、街の特別門まで直通の道がつながっている東門(裏門)である。
男は堂々と南門の前まで歩いていき、衛兵に遮られていた。
「まあまあ、そんな固いこと言わないで、通してくださいよ、ね?」
「な、何を言って……あ、ああ、はい、どうぞご主人様、お通り下さい」
2人の衛兵は、なぜか急にうやうやしい態度に変わり、門を開いた。
「おい、何をしているんだ、お前たち。いったい……」
「ああ、君、王の部屋まで案内してくれるかね?」
詰所から出てきた隊長らしき兵士は、しばらく魂が抜けたようにボーっとしていたが、すぐにうやうやしく頭を下げてこう言った。
「承知いたしました、ご主人様。どうぞこちらへ」
「はいはい、どうも。ククク……」
若い男は楽しくて仕方ないように、押し殺した笑い声を上げながら兵士の後について王城の中へ入っていった。
「ご主人様、ここが王の執務室でございます」
「そうか。開けてくれ」
「はっ」
ノックも無しに突然開かれたドアに、中にいた王もガルニア侯爵も驚いて声を失くした。2人は、西の大陸に放った密偵の報告をもとに、今後の対策を話し合っていたところだった。
「な、何だ、お前たちは?ここは国王の私室だぞ。衛兵はどうした?おい、いないのか?」
ようやく我に返った侯爵は、王を守るように移動しながら叫んだ。
「ああ、うるさいですね。ご老人は少しおとなしくしていてください」
若い男はつかつかと部屋の中に入って来ながらそう言って、ガルニア侯爵を見つめた。
「な……」
「お、叔父上、叔父上、どうしたのじゃ、叔父上っ」
「あ、ああ、オリアスよ、慌てるでない。何も心配はいらぬよ、さあご主人様、どうぞこちらへ」
「お、叔父上、何を……」
国王オリアス・グランデルは、事態の急変に全く理解が追いつかず、呆然となっていた。
「ああ、君、ドアを閉めて外で誰も入らないように見張っていてくれたまえ」
「はっ、かしこまりました」
門の守衛隊長は、頭を下げて部屋を出て行き、ドアを固く閉ざした。
「さて、これで心おきなく話ができますね、グランデル王よ」
「お、お前はいったい……」
「ああ、これは名乗るのが遅れましたね。ふふふ……私の名はアラン・ドラト。ラニト帝国の第六皇子です」
その名前を聞いて、グランデル王は瞬時に青ざめ、わなわなと震え始めた。
「ア、 アラン・ドラト……て帝国の……英雄」
英雄、王国に現れる 2
「ふふ……さすがに情報はつかんでおられるようですね。そう、私が帝国で《英雄》と呼ばれている男です」
「な、何をしにここへ来た」
「まあまあ、そんなにつんけんしないでくれませんか。挨拶ですよ、挨拶。ふふ……それと、警告ですかね」
「警告?」
アラン・ドラトは立ち上がると、隣に座っているガルニア侯爵の頭を手でぽんぽんと叩いた。
あれほど誇り高く、王に忠誠を誓っている侯爵が、頭を叩かれて子供のようにうれしそうな顔でアランを見上げた。
アランは笑いながら王の側に近づいて来ながら言った。
「もう、賢明な王ならば、私の力がいかに強大か、お判りでしょう?私がその気になれば、1人でこの国を征服することもたやすい。しかも、手を汚すこともなくね。ふふふ……でも、ご心配なく、私にはそんな気はありません。ただ……」
アランは、王のあごひげを撫でながら、鋭い目で見つめて続けた。
「トゥーラン国に下手に手を出さないでいただきたい、それだけです。簡単でしょう?」
グランデル王が苦悶の表情で答えずにいると、アランは薄ら笑いを浮かべながら続けた。
「ふふ……おそらく聖教国の小娘にたぶらかされたのでしょうが、我が帝国は、別に全世界を支配したいわけではない。西の大陸全土を平定し、平和で豊かな大陸にしたいと考えているだけですよ、グランデル王。
むしろ、余計な争いの種を撒いているのは聖教国です。まあ、あんな弱小国、これから私が行ってひねりつぶしてもいいのですが、そんなことをしたら、全世界を敵に回すことになる。さすがにそれは面倒ですからねえ。
とりあえず、小娘が一番頼りにしているこのグランデル王国が、帝国と不戦条約を結んでくれれば、余計なちょっかいを出してくる国は無くなるでしょう。いかがですかな?
断るというなら、それでも構いませよ。だが、その時は、私がこの国を亡ぼすことになります。
まあ、しばらく考える時間をあげますよ。一週間後、また来ますので、その時までよおく考えておいてください」
アランはそう言うと、ドアの方へ行きかけて立ち止まった。
「そうそう、忠告しておきますが、下手な小細工とか、暗殺とか、物騒なことは考えない方が身のためですよ。ええっと、君は名前は?」
アランは王に忠告した後、ガルニア侯爵に向かって尋ねた。
「はっ、ラウド・ガルニアと申します」
「そう。では、ラウド君、王が私に逆らうことがないように、しっかりと見張っておいてくれたまえ。他の貴族にも君からよく説明してやってくれないか?」
「ははっ。お任せください。必ずやご主人様のお役に立ってご覧に入れます」
「ふふ……頼んだよ。では、グランデル王、またお会いしましょう」
アランはそう言うとドアの所へ行き、トントンと2回叩いた。すぐにドアが開き、守衛隊長と衛兵がうやうやしく頭を下げてアランを迎えた。
アランが去った後、グランデル王は深いため息を吐いてがっくりとうなだれた。
「なんということだ……どうすれば……どうすればいいのだ」
「何をそんなに悩んでおる、オリアス。すべてご主人様の御意に従っておれば何も心配することはないではないか」
「叔父上……ああ……」
王は必死に考えた。
(今、王国は最大の危機に直面している。叔父上と3人の衛兵は、どんな魔法か分からぬが、強力な服従系の魔法にかかっている。一時的ならよいが、もし、永久に解けなかったら……
奴の言う通り、この魔法を使われたら、この国、いや、世界が奴の支配に下るだろう。だが、それならば、奴はなぜ、わしに直接魔法を掛けなかったのだろう?……ううむ、分からん……とにかく、この魔法をなんとかせねば。魔法……魔法……っ!そうだ、魔法なら、ルルーシュ・リーフベルが、そして、あの者が、ルート・ブロワーがいるではないか!彼らなら、必ずやこの魔法への対抗策を考え出してくれるに違いない)
「叔父上、わしは王立養成所に用があって出かける。ここで待っていてくれ」
「いや、ならぬ。城から出ることは許さぬ」
「……いたしかたないか」
王は腕に付けた豪華な金のブレスレットに手を触れ、魔力を流した。
直後、書棚の一部が壁とともにくるりと回り、3人のローブ姿の男たちが現れた。緊急事態の時、王の身を守る特殊部隊の精鋭だった。
「な、何だお前たちは、曲者め、衛兵っ、衛兵~っ!」
ガルニア侯爵が叫ぶと、アランに魔法を掛けられた2人の衛兵たちがドアを開けて飛び込んできた。
「侯爵とその衛兵2人を拘束しろ」
王の命令一下、3人の隊員の行動は迅速だった。あっという間に3人をロープで拘束し、睡眠魔法で眠らせた。
「国王様、ご無事でしたか」
ドアの外には、衛兵に止められて困惑していた侍女や文官たちが何人も待機していた。
「わしは無事だ、皆、ここで見たことは他言無用、よいな?カイル書記官、すぐに近衛隊長に来るよう伝えてまいれ」
王の行動もまた迅速だった。
近衛隊長に命じて、南門の衛兵を隊長以下全員拘束し、ガルニア侯爵ともども地下牢に収監した。
そして、王立子女養成所に使いを出し、リーフベル所長とルートに王城へ来るように伝えさせた。
あいにく、ルートは冬休みでポルージャに帰っていたが、リーフベル所長が守衛の1人を使いに出して呼びに行かせた。
「陛下、リーフベル所長がおいでになりました」
「うむ、通せ」
城のあちこちに近衛兵が立ち、油断なく辺りを警戒していた。
「えらく物々しい警備じゃな。何があったのじゃ?」
「おお、よく来てくれたリーフベル。実はな……」
王は先ほどまでの一連の騒動をリーフベル所長に打ち明けた。
「ふむ、なるほどのう……それは確かに恐ろしい男じゃな」
「ああ……恐らく、まだこの国にいるだろう。今度は何をしでかすか、考えるだに恐ろしい。だから、一刻も早くあの魔法への対抗策を手に入れねばならぬ。どうじゃ、リーフベル、何か良い策はないか?」
「王よ、素早く動いたのはお手柄じゃったな。だが……恐らくその魔法は《魅了》であろう」
「《魅了》?」
「うむ……わしもまだ実際の使い手には会ったことがない。じゃが、話を聞いた限りでは、間違いなかろう。文献によれば、かつて聖王ハウネスト・バウウェルは、3人の悪魔と戦ったが、そのうちの1人、魔女ローウェン・ジッドがこの魅了の使い手だったと言われておる。部下の神官兵たちは、皆、この魔法にやられてしまった。じゃが、ハウネスト・バウウェルにはその魔法は効かなかった。彼は、光の魔法センプトブルでローウェン・ジッドを倒した……」
「おお、それではその光魔法があれば……」
「いや、それがそうもいかんのじゃ。そのセンプトブルは名前だけが残っていて、術式その他一切残っておらぬ。どんな魔法か全くわからぬ」
王はがっくりと肩を落とした。
「まあ、そうがっかりするでない。明日にはあの天才魔導士が来る。わしとブロワーで対抗策を考えるから、大船に乗った気でおれ。では、王よ、とりあえずラウドの様子を見せてくれ」
「うむ、そうだな」
王も、リーフベルの言葉に心を強くして頷いた。
《魅了》への対抗策 1
ルートの元に学園からの使いが到着したのは、その日の夜だった。
「そうですか、分かりました。バンクさん、遠い所ご苦労様でした。今日はこの家でゆっくり休んでください。明日の朝、僕と一緒に自動馬車で王都に行きましょう」
「え、いや、それは、恐れ多いです。近くの宿に……」
「遠慮なんていりませんよ。それに、今からだと宿もたぶんいっぱいで取れないかもしれません。ねえ、リーナ?」
「ん、どうか泊っていって。今、夕食作っていたところだから、一緒にどうぞ」
「そ、そうですか?じゃあ、遠慮なくごちそうになっちゃいます。えへへ……」
ホーン・バンドック、まだ若いこの守衛は、皆からバンクと呼ばれ親しまれている気のいい若者だった。
翌朝、ルートとリーナはミーシャとジークに事情を話し、後のことを頼んでから王都に向かった出発した。
「新年早々、すみませんね、ブロワー先生、奥さん」
「あ、いや、まだ……ま、いいか、あはは……バンクさんが謝ることはありませんよ。でも、昨夜聞いたお話から考えると、かなり急を要するみたいですね。ちょっと、飛ばしますよ」
ルートはそう言うと、自動馬車のスピードを上げた。
助手席では、赤くなってちょっとにやけた顔を隠すように、リーナが横の窓から過ぎ去っていく景色を見つめていた。
「陛下、ブロワー教授と護衛の方がおいでになりました」
「おお、来たか。通してくれ」
「失礼します。お呼びと聞いて参りました」
「うむ、堅苦しい挨拶は無しじゃ。こちらへきてくれ。おお、今日はまた、美しい護衛を連れてきたな」
ルートはリーナを従えて、王の執務室に入った。
応接用のテーブルを挟んで、王とリーフベル先生がソファに座っていた。
「護衛のリーナです。Bランクの冒険者で、えっと、僕のパートナーになる予定の女性です」
ルートがやや照れながらそう言うと、深刻だった部屋の空気がふっと和らいだ。
「おお、そうなのか?ううむ、獣人族と見たが、Bランクとはまたすごいな」
「初めまして、リーナと申します。青狼族の出身です。どうぞ、お見知りおきを」
「うむ、こちらこそよろしく頼む」
「うははは……なんじゃ、ルート、こんな可愛い婚約者がおったのか?うん、うん、いいのう、美男美女を絵に描いたようなカップルじゃな……じゃが、これを聞いたら、ずいぶん大勢の若い娘たちが泣くじゃろうなあ」
「はあ?な、何を言ってるんですか、先生。あ、いや、リーナ、誤解だから、あの……」
「うははは……リーナとやら、そんなに睨んでやるな。心配せんでもよいぞ、ルートは潔白じゃ。いや、むしろ堅物すぎるくらいじゃよ。ただ、ルートを慕う女は多い、これもまた事実じゃ。しっかり、手綱を引っ張っておくのじゃぞ」
リーナはリーフベル先生の言葉にしっかりと頷いた。
「ふふふ……さて、それじゃあ本題に入ろうかのう。王よ、ルートに事情を話してやるがよい」
「うむ、実は昨日のことだ……」
オリアス王は、ルートたちにアラン・ドラトの突然の襲来とその後のことを話した。
「み、《魅了》ですか?」
「うむ、わしがガルニア侯爵を鑑定した結果、闇魔法《魅了》で間違いない」
リーフベル先生の言葉に、ルートは内心ひどく動揺した。
(うわあ、いよいよラノベ展開になってきたよ。《魅了》かあ、厄介だなあ。ラノベに、解決策は書かれていたかな?……ううむ、思い出せない。術者を倒さない限り、解けないんじゃなかったっけ……神様、なんでこんな面倒なことを……)
ルートは、以前リーフベル先生と帝国に英雄が現れた理由を話し合ったときのことを思い出していた。
リーフベル先生は、それを「神が用意した筋書き」だと言った。もし、本当にそうなら……いつか神界に行って、神様に思い切り悪口雑言を浴びせてやろう、とルートは思うのだった。
「どうした、ルート?えらく怒ったような顔をしておるが」
「あ、いえ、ちょっと厄介だなと思いまして……」
「うむ、非常に厄介じゃ。唯一対抗できると思われる光魔法《センプトブル》は、どんな魔法なのか、記録がいっさい残っておらぬ」
「ふむ……」
ルートは、あごをつまんでじっと考えに沈んだ。
王とリーフベルは、それを期待に満ちた目でじっと見つめていた。この天才少年なら、きっと何か解決策を思いつくに違いないという確信に近い期待だった。
やがて、ルートはふいに顔を上げた。
「な、何か、策を思いついたか?」
オリアス王の問いに、ルートは王とリーフベルを交互に見ながら口を開いた。
「いいえ、具体的な策は思いつきません、ただ……」
「「ただ?」」
2人の声が重なって、その目がルートをじっと見つめる。
「《魅了》は闇属性魔法なんですよね?」
「うむ、わしの鑑定ではそうであったが」
「だったら、闇属性の専門家に聞いてみるのが良いかもしれません」
「ほう、闇属性専門の魔法使いを知っておるのか?」
「はい。魔法使いではありませんが……とにかく、善は急げです。陛下、お願いがあります」
「うむ、何でも言ってくれ」
「魅了を掛けられた人を1人、貸していただけませんか?」
「貸す?どういうことだ?」
「ええっと、連れて行きたいんです、コルテスの《毒沼のダンジョン》に」
「「毒沼のダンジョン?」」
またしても、王とリーフベルが同時に叫んだ。
「はい。実は……」
ルートは2人に、秘密にしてくれと頼んでから、自分がダンジョンマスターである《毒沼のダンジョン》のことを説明した。
2人が驚愕したことは言うまでもない。特にリーフベルは、目をキラキラさせて、ぜひ、自分も連れて行けと職務命令を発動した。
というわけで、その日、ルートとリーナ、リーフベル、そして王城の地下牢に監禁されていた門番の衛兵1人が、オリアス王の期待を一身に担って、コルテスの街へ出発した。
アラン・ドラトが再び王城に現れるのは5日後である。それまでに、《魅了》への対抗策は見つかるのであろうか。
《魅了》への対抗策 2
「うは~~、最深部へ転移陣とはまたお洒落じゃのう」
「あはは……最深部まではかなり距離がありますからね」
ルートたちは、コルテスの街で昼食を摂った後、さっそく《毒沼のダンジョン》に入り、11階層の転移陣の部屋まで進んでいた。
リーナが先導し、睡眠の魔法で眠らせた衛兵の男を背負ったルートが後に続き、一番後ろからリーフベル先生が、うるさいくらいに歓声を上げ、質問を連発しながら歩いていた。
「おっほ~~、これはまた見事じゃなあ……ここが最深部か?」
かつての最深部、青い石の神殿を見たリーフベル先生が叫んだ。
「いいえ、それが……」
ルートが首を振って説明しようとしたとき、祭壇だった場所の下に転移陣が出現した。
「ようこそおいで下さいました、マスター様」
「ああ、ジャスミン、久しぶりだね。変わりはなかったかい?」
「はい、平穏な日々でございました」
「うは~~、おい、ルート、早く紹介せんか」
「あ、す、すみません。ええっと、この子は、僕の分体で魔石の精霊のジャスミンです。ジャスミン、こちらは僕が今お世話になっている王立学校の校長先生で、エルフの大魔導士、リーフベル先生だ」
リーフベルは、ルートが紹介する前に、もうジャスミンの側に行って彼女の全身を舐め回すように見ていた。
「あ、あの、ジャスミンでございます。どうかお見知りおきを」
「ふむ、ふむ、ジャスミンか……ほおお、なるほどのう……これほど見事な分体は初めて見たぞ。わしの分体より高度な精霊体じゃな」
「おお、先生もダンジョンマスターだったのですね」
「ああ、いや、わしはダンジョンマスターではない。エルフの里を守る結界石があるのじゃが、その魔石はかつてエルフの里に害を及ぼした地竜を倒したとき手に入れたのじゃ。そして、その魔石を守るために、わしは魔法を掛けて分体を生み出した。フラベルという名で、今もエルフの里を守っておるのじゃ」
「フラベル、可愛い名前」
リーナのつぶやきにリーフベル先生は赤くなって、咳払いをした。
「う、うほん……そ、そうか?まあ、確かにわしに似て可愛い精霊じゃがのう」
「あはは……今度、エルフの里にも遊びに行きますので、紹介してください。それじゃあ、現在の最深部へ行きましょう。ジャスミン、頼むよ」
「承知いたしました。では、皆様、どうぞこちらへ」
一行はジャスミンの後に続いて転移陣の中に足を踏み入れた。
実は、《毒沼のダンジョン》は、現在2つの場所に分かれていた。というのも、最初のダンジョンの最深部は、先ほど後にした青い神殿の2階層下にあるのだが、クラウスとジャスミンが調査した結果、地下のマグマ溜まりがかなり近くまで上昇していることが分かったのである。つまり、そこからさらに下に向かうのは危険だということだ。
それで、ジャスミンはルートに、新しいダンジョンを近くに作る許可を求めた。もちろん、ルートはそれを許可した。というわけで、新しいダンジョンは、元のダンジョンから200メートルほど離れた森の下に作られていた。
入口は森の中にルートが円形のドームを作り、その中に設置した。現在は20階層だが、少しずつ進化している途中なのだ。
元のダンジョンは、現在、主に鉱山として機能し、毎日たくさんの冒険者や鉱夫たちが、貴重な鉱石を採取するために利用していた。もちろん、12階層から下にはクラウスが用意した魔物たちもいて、お宝目当ての冒険者たちも挑戦しているのである。
新しいダンジョンはもうしばらく封印し、進化がある程度進んでから公表、開放する予定だった。
さて、一行は新しいダンジョンの最深部に転移した。リーフベル先生が、クラウスを見て腰を抜かさんばかりに驚いたことは、言うまでもない。
先生がようやく落ち着いたところで、一同は掘り炬燵式のテーブルを囲んで座り。ジャスミンが淹れてくれたお茶を飲みながら話しを始めた。
「ジャスミン、魅了という魔法は知っているかい?」
「魅了……あ、はい、マスター様の前世の知識の中にあります。強制的に相手を服従させ……術者以外のものの価値を無に帰す……なるほど、おぞましい魔法ですね」
ジャスミンが、ルートの前世の記憶もすべて共有していることは、ルートにとっては都合が良くもあり、また恥ずかしい記憶を知られるという欠点も持っていた。
「実は、この魔法を使う者が現れたんだ。その男は、この魔法を使って世界を支配しようと考えている可能性がある」
「はい」
「それで、この魔法を打ち破る、あるいは無効化する方法を考えている。実際にその男に魔法を掛けられた被害者もそこに連れてきている。何か、良い方法はないかな?」
「なるほど、承知しました。クラウス、あなたは何か知っていることはありませんか?」
少し離れた場所に座っていたクラウスは、待ってましたとばかりに咳ばらいをしながら、口を開いた。
「オホン……ああ、名前は違うが、よく似た魔法は向こうの世界にもありましたぞ」
「おお、そうか。クラウス、どんな魔法か詳しく教えてくれ」
「はっ、我が主。向こうの世界では、ドラウメンと呼ばれておりました。ある種の呪文を相手の体に描きつけることで、意のままに操る魔法でございます」
「呪文を描きつける……それは、体のどの部分なんだ?」
「はい、一番多かったのは、骨ですな」
「骨じゃと?外からどうやって描きつけるのじゃ?」
リーフベルが驚きに目を丸くしながら尋ねた。
「高度な転移魔法ですな。空中や地面などに描いた呪文を素早く相手の体の内側に転移させるのです。ただし、通じるのは術者と相手がよほど大きな魔力差があるときに限ります。差がない場合は弾かれて通じません。だから、使われていたのは、主に獣を家畜にするときとか、弱らせた罪人を奴隷にするときなどに限られておりました」
「なるほどのう。《奴隷紋》のようなものか」
「奴隷紋ですか?」
「うむ。かなり昔の話じゃがな。かつては奴隷が逆らわないように体に《服従の魔法陣》を魔法で描きつけたのじゃ。その魔法が使える者だけが奴隷商人になれた。じゃが、奴隷が買った主人の言うことを聞かず、奴隷商人の言うことしか聞かないことが頻繁に起きてのう、奴隷紋は廃止されたのじゃ」
「そうか、もしかすると、《魅了》も体のどこかに《服従の呪文》を描きつける魔法かもしれませんね」
「うむ、その可能性はあるな」
ルートとリーフベルは顔を見合わせて、すぐに眠っている衛兵の元へ駆け寄った。
「ああ、リーナは向こうを向いていて」
「う、うん」
ルートとリーフベルは、さっそく衛兵の衣服を脱がせて、呪文が描きつけられていないか体中をくまなく探した。だがどこにも呪文らしきものは無かった。
「ふむ、となると、クラウスが言ったように体の内側に描きつけたのかのう?」
「そうですね。先生、実は僕のスキルに《ボンプ(=VOMP)》というものがあって、魔力の流れを見ることができるんです。それを使って見てみます」
「ほう、そんなこともできるのか。うむ、頼む」
ルートは頷いて《VOMP》を発動し、もう一度衛兵の体を観察した。
「あった!頭です……ああ、しかしそこに魔力が溜まっていることは分かりましたが、それ以上のことは残念ながら分かりません」
「頭か……頭蓋骨かのう」
「っ!そうだ、ジャスミン、君ならもっと詳しく見ることができるんじゃないか?」
ルートは、闇属性の精霊であるジャスミンに一縷の望みを託してそう尋ねた。
「見てみましょう」
ジャスミンはルートの横に来て、じっと男の頭部を見つめた。
「見えました」
ルートとリーフベルは思わず歓声を上げて手を握り合った。
《魅了》への対抗策 3
「これは……骨ではなく、内部、つまり脳に魔法陣が描かれているようです」
ジャスミンの言葉に、ルートとリーフベルは愕然として言葉を失った。
「の、脳にじゃと?いったい、どうやって……」
「恐らく、目から入ったものかと」
「そうか……つまり、その男は相手と目を合わせることによって、網膜に魔法陣を描きつけるんだな」
「はい、マスター様の御推測が当たっていると考えます」
(うわあ、ますます厄介だな。防ぐとすれば目を合わせないことだけど、そうなると戦うどころではなくなるし……)
「魔法防御は効きそうか?」
「はい、ある程度は効果があるかと。ですが、物理的な作用ではなく、映像と言う形での作用ですから、完全に防ぐのは難しいかもしれません」
ルートは打開策を見つけられずに、唸りながら考え込んだ。
リーフベルとリーナも、ルートの側に座り込んで深刻な顔で空間を見つめていた。
「マスター様、今夜一晩お時間をいただけませんか?」
「あ、ああ、それはいいけど、どうするんだ?」
「マスター様の《解析》のスキルを使って、脳に描きこまれた魔法陣を解析してみたいと思います」
「ああ、そうか、ジャスミンは魔法陣が作れるんだったな。頼むよ」
「はい、承知いたしました」
「というか、精霊の魔法そのものが魔法陣によって発動するのじゃがな」
リーフベル先生がさりげなく添削を入れた。
ルートは暗闇の中に一筋の光明を見出して、リーフベルとリーナに微笑んだ。
「ジャスミンに任せてみよう。きっと、何かを見つけ出してくれるよ」
「ん、きっと大丈夫」
「うむ、精霊の力を信じよう」
ルートたちは、ジャスミンに集中してもらうために、元のダンジョンの神殿に移動することにした。そこには、かつて、ビオラをかくまった時に作った快適なログハウスがあったからだ。
ジャスミンの代わりにクラウスが転移陣を呼び出してくれ、ルートたちはそれに乗って青の神殿に転移した。
「おお、これは快適じゃのう。そうか、ここに教皇をかくまったのか」
リーフベル先生は、楽し気にハウスの中をあちこち見て回っていた。
リーナは倉庫に収納保存されていた食材を取り出して夕食の準備を始めていた。
「そう言えば、先生、ドラトはなぜ国王様に直接《魅了》を掛けなかったのでしょうか?王様を直接操った方が国を支配するのに簡単だと思うのですが」
「うむ、そのことじゃがのう、わしもいくつか理由を考えたのじゃが……」
リーフベル先生がそう言いながら、ルートが座っている応接用のソファに来て反対側に腰を下ろした。
「まず、王に《魅了》を掛けた場合、奴にとってどんな不都合が生まれるか、ということじゃ。ルート、お主はどう考える?」
「う~ん、そうですね……王様の言動がおかしいということは、いずれ国内の貴族たちには知られることになりますよね。そうすると、貴族たちは王様を退位させようとするのではないでしょうか?」
「うむ、その通りじゃ。反乱が起こるであろう。そして、そういう混乱をもたらした帝国への敵意は高まる。帝国にとっては歓迎できない事態じゃな」
「なるほど。《魅了》は一気に国を壊滅させるような魔法ではない。そこが弱点というわけですね」
「うむ。じゃが、1度に何人に《魅了》を掛けられるか、今のところは分からぬからな、そこは心に留めておかねばならぬであろう」
「そうですね」
「もう1つ考えられるのは、王の恐怖心をより煽るため、ということじゃ。わしが王城に着いたとき、普段は豪胆な王が子供のように怯えて震えておった。頼りにする者があっさりと敵の崇拝者に変貌するのじゃ、まあ、普通はそうなるであろうよ」
「確かに……考えただけで恐ろしいです。ドラトは、《魅了》の持つ効果を知り尽くした恐ろしい敵だということですね」
「うむ、そうじゃな。だが、奴が姿を見せれば、倒すことはお主にとってさほど難しいことではなかろう?」
リーフベル先生がいたずらっぽく笑いながらルートを見やった。
「そうですね……周囲に被害が出るのを覚悟でやれば、倒せると思います。でも、できればもっとスマートな勝ち方を考えたいですね」
「ふふふ……とりあえず、ジャスミンの結果待ちということじゃな」
「はい……ところで、ドラトはまだこの国に潜んでいるんですよね?」
「うむ、5日後にまた王城に現れるということじゃったからな」
「《魅了》を使って悪さをしていなければいいのですが……」
「ふむ……まあ、女の1人や2人は犠牲になっておるじゃろうな」
ルートは胸糞が悪くなって、それを吐き出すようにため息を吐いた。
《魅了》という魔法は、つくづく「ろくでもない魔法」だな、とルートは思うのだった。
その後、夕食を挟んで、3人は夜が更けるまで今後の作戦を話し合った。そして、結局ルートたちは全員ソファの周囲に雑魚寝する羽目になったのだった。
「マスター様、マスター様、どうぞ目をお覚まし下さい」
「う、んん、あ、ああ、ジャスミン……もう、朝なのか?」
「はい、もうすぐ夜明けでございます」
ルートは周囲を見回した。リーナとリーフベル先生は、まだソファに横たわってね息を吐いていた。彼女たちが起きないようにジャスミンに家の外に出るように促す。
「解析が終わったんだね?」
「はい、先ほど終わりました」
「何か対策が見つかったんだね?」
ジャスミンは頷いて、にっこりと微笑んだ。
「はい」
ルートは思わず叫びたい衝動をがまんして、ジャスミンの頭を優しく撫で回した。
「よくやった。それで、どうすれば《魅了》を打ち破れる?」
ジャスミンはうれしくて仕方ないようにはにかみながら、ルートを見上げて答えた。
「はい、《魅了》の呪文を消去する魔法を創りました」
「えっ、つ、創ったのか?」
「はい。マスター様の《創造魔法》を使わせていただきました」
(神様……まさか、ここまで計算していたなんて言わないよね?)
「ただ、この魔法は光属性の魔法なので、私には使えません。今から、マスター様に術式を付与いたしますので、それを兵士の方でお試しになってみてください」
「ああ、分かった。やってくれ」
ジャスミンは頷いて、ルートの額に手のひらを当てがった。紫色の光が数秒間ルートを包み込んだ。
「付与が終わりました」
「うん。ちょっと、ステータスを見てみるね」
《名前》 ルート・ブロワー
《種族》 人族
《性別》 ♂
《年齢》 14
《職業》 教師、商人、冒険者
《状態》 健康
《ステータス》
レベル : 110
生命力 : 612
力 : 255
魔力 : 1006
物理防御力: 289
魔法防御力: 506
知力 : 1230
敏捷性 : 108
器用さ : 508
《スキル》 真理探究 Rnk9
創造魔法 Rnk10
解析 Rnk5 火属性 Rnk5 水属性 Rnk5
統合 Rnk5 風属性 Rnk5 土属性 Rnk5
テイムRnk5 光属性 Rnk5 闇属性 Rnk5
魔力視覚化Rnk3
状態異常解除Rnk1 無属性Rnk5
※ ティトラ神の愛し子
※ マーバラ神の加護
「おお、この《状態異常解除》というスキルがそれだな?」
「はい、そうです。名前はマスター様がお付けになってください」
「この魔法は、呪文で発動するのかい?」
「いいえ、《魅了》の術式を使いましたから、やり方は《魅了》と同じです。マスターの場合は、無詠唱で発動がおできになりますから、発動した状態で《魅了》に掛かった相手と目を合わせれば、解除することができます。なお、《魅了》以外の状態異常にも効果はあるかと思います」
「おお、さすがジャスミン、完璧だな。わかった。本当によくやってくれた。何かご褒美をあげたいが、欲しいものはあるかい?」
「まあ、そ、そのようなことは……」
必要ない、と言いかけて、ジャスミンは少し恥ずかしそうに頬を染めながら、うつむき加減で続けた。
「では、いつか、人間の街に連れて行ってくださいませ。あ、あの、無茶なお願いだとは分かっておりますが……」
ルートはジャスミンの可愛らしさに思わず笑いだした。
「あはは……何だ、そんなことでいいのか?ああ、お安い御用だよ。魔石を一緒に持っていけば、外に出られるんだろう?」
ジャスミンは思わず小さくジャンプしながら何度も頷いた。
「はい、はい……ああ、ありがとうございます、マスター様」
ルートはジャスミンを優しく抱きしめながら、ついでにクラウスも小さくして変装させ、一緒に連れて行ってやろうかと考えていた。
英雄の誤算 1
ルートたちが、ついに《魅了》に対する対抗魔法を獲得したころ、アラン・ドラトはラークスの街を拠点に、ある人物についての情報を集めていた。
その人物とは、他でもないルート・ブロワー、そう、ルートであった。
「ふむ、やっぱり、ポルージャに行くしかないか。乗合馬車は通っているかな?」
いろいろな店を回って、《タイムズ商会》が売り出している商品と評判は嫌というほど聞かされたが、その商会の会頭である少年については、商売の天才とか元Bクラスの冒険者でビオラ教皇を襲撃から守ったとか、それくらいしか情報が得られなかった。
アランはぜひその少年に会って、使えるようなら《魅了》を掛け、帝国のために働かせたいと考えていた。
「ポルージャ行きの馬車はあるか?」
港の停車場へ行き、停車していた自動馬車の運転手に声を掛けた。
「ああ、ポルージャへ行くなら、コルテス行きに乗ってそこで乗り換えだな」
「そうか。コルテス行きはどの馬車だ?」
「その後ろの奴がそうだよ。あと20分くらいで出発かな」
アランは後ろの馬車へ行って、運転手に料金を払い馬車に乗り込んだ。
(ほう、この国は道が良く整備されているな。それだけ豊かだということか)
走り出した馬車の窓から外の景色を眺めながら、ほとんど揺れのない馬車にアランは驚いていた。
コルテスの街は、ラークスに負けず劣らすの賑わいを見せていた。まるで祭りでもあるかのように多くの人々や荷馬車が行き来している。
アランがポルージャ行きの自動馬車を見つけて乗り込むと、満員で座る場所も無い。仕方なく支柱を掴んで立っていくことにした。
「おい、聞いたか?《毒沼のダンジョン》で、また新しい金の鉱脈が見つかったそうじゃないか」
「お前、遅いよ。もう1週間前からその噂を聞いているぞ」
(なるほど、それであんなに賑わっていたのか……金で栄える街か)
アランは、乗客たちの話を聞きながら、いよいよこの国が欲しくなっていた。
「でも、まあ、金より高価な宝石や鉱石がザクザク採れるんだ、今更な話だがな」
(何?金より高価な宝石や鉱石だと?何だ、その宝のダンジョンは?)
「あはは……だな。しかし、《タイムズ商会》も太っ腹だよな。採掘権をたった20万ベリーで売ってくれるんだからな」
「いや、逆にうまい商売だと思うぜ。大方の人間は元手の倍くらい採掘で儲けたら、引き上げるだろう?新しい掘り手は次々にやって来るんだ。鉱脈が尽きるまで延々と20万ベリーずつ儲けられるんだよ」
「なるほど……考えてみるとすごい数になるだろうな。100人で2000万、500人で、い、1億ベリーか。もう、延べ1000人は超えているよな。ふえ~~、夢みてえな額だ」
男たちの話を聞きながら、アランはにやりとほくそ笑んだ。
(こいつは何としてもルート・ブロワーを配下に入れないとな。ふふふ……)
やがて自動馬車は、ポルージャの『乗合自動馬車組合』の停車場に到着した。そこは、またコルテスの街以上に人々で溢れかえっていた。
きれいに整備された街並みと広い通り、歩いている人々は笑顔に溢れ、一見して貧しいと思える人が誰もいない。しかも、獣人たちが耳や尻尾も隠さず、堂々と歩いていた。
アランは、西の大陸の多くの街とあまりにも違う光景に圧倒されていた。
彼はしばらく呆然として立っていたが、気を取り直してタイムズ商会へ行ってみることにした。
「ああ、ちょっと道を教えて欲しいんだが」
少し通りを歩いたところで、広場に出たが、そこにはいい匂いを漂わせているたくさんの出店が並んでいた。
アランは、そのうちの1件に立ち寄った。何やら肉を油で揚げているらしいが、何とも食欲をそそる匂いだったのだ。
アランはその5つ入りの紙袋を買って、店員に尋ねた。
「タイムズ商会はどっちに行けばいい?」
「おや、あんた、よそから来たのかい?タイムズ商会なら、ほら、遠くに教会の塔が見えるだろう?あっちに向かって行けば、その途中にあるからすぐ分かるよ。お客が行列を作っている大きな店がタイムズ商会の本店さ」
「そうか、わかった」
アランは代金の小銅貨5枚を渡すと、竹串で肉を突き刺して食べながら歩き出した。
(こいつはうまい。鶏肉か?いくらでも食べられそうだ)
《唐揚げ》を5つペロリと平らげると、紙袋を投げ捨てて、歩く速度を上げた。通りがかった人たちがけげんな眼差しを向けていることには気づかなかった。
「ったく……よそ者はこれだから嫌なんだよ」
労働者風の男が、アランの捨てた紙袋を拾いながら愚痴をこぼした。
このポルージャの街の人々は、1年ほど前から、街を美しく保つために、いろいろな約束事を決めて実践していた。ゴミの持ち帰りもその1つだったのだ。
(ああ、あれだな。思ったより小さな店だな)
教会の塔が近くに見えるようになった頃、アランは繁華街から外れた郊外で、人々が行列を作っている店を見つけた。二階のベランダに《タイムズ商会》という看板があった。
「ああ、ちょっとすまない。オーナーのルート・ブロワーに会いたいのだが」
アランは行列にしおらしく並ぶ気はなく、行列の整理をしている若い店員の男に声を掛けた。
「オーナーにですか?お約束は取られていますか?」
「あ、ああ、取っている」
「そうですか。オーナーは今お留守ですが、副オーナーがおられますので、中の店員にそう言ってください」
「そうか、分かった」
(くそ、留守なのか……仕方ない、中で居場所を聞くか)
アランは心の中で舌打ちをしながら、客を押しのけて店の中に入った。
店の中は客でひしめき合っていた。2階への階段にも長い列ができている。
アランは客をかき分けながら、一番手前の化粧品・薬品売り場のキャッシャーへ向かった。
「おい、ちょっと、お前……」
「どうぞ、列にお並びください、あ、は~い、ただいま……」
(く、くそっ、邪魔な奴らだ)
アランは、客の非難の視線を浴びながら、かっとなって周囲を睨みつけた。
「おい、お前、用があると言ってるんだ」
「困ります、お客様、列に……あ、はい、何でございますか、ご主人様?」
アランは、つい怒りに任せて《魅了》を使ってしまった。
「副オーナーに会いたい」
「あ、はい、どうぞこちらへ」
若い女性店員はカウンターから出て、アランを店の裏の方へ案内した。
客たちは、店員の急な態度の変化に驚きと不満の表情でそれを見送った。
「マリアンナさん、副オーナーに会いたいとご主人様が……」
店の奥の事務所のドアをノックして、店員が中に声を掛けた。
「もういい、店の方に帰れ」
「はい、ご主人様」
事務所から人が出てくる前に、アランは店員の娘にそう命じてから、魅了を解除した。
「えっ、あれ、私は何を……」
店内に戻りながら、店員の娘は立ち止まって、後ろを振り返った。しかし、その時はもう、男の姿は開かれたドアの内側に消えようとしていた。
店員の娘は、自分が何かまずいことをしたのではないかと思いながら、後ろを振り返りつつ店の方へ戻っていった。
「ええっと、お名前は?」
「アラン・ドラトだ」
「ドラト様……予定には入っておりませんが……」
マリアンナはひと目見て、その若い男に得体の知れない恐怖のようなものを感じた。長年娼婦をやっていて培った「男を見る直観」のようなものだったが、この若い男はさらに想像を超える邪悪な存在だった。
「まあ、そんな固いことを言うなよ、お嬢さん」
「っ!……あ、失礼しました、どうぞ中へ。今、副会長を呼んでまいります」
《魅了》に掛かったマリアンナは、奥の会頭室へ向かった。
「ジークさん、お客様です。ご主……っ!あ、あの……」
「ん?どうしたんだ?マリアンナ」
会頭室で、帳簿に目を通していたジークとミーシャがドアの外に出てきた。
《魅了》解除されたマリアンナは動揺して、男の鋭い視線におびえながらも、男が危険であることをジークに伝えようとしたが、怖くてできなかった。
「どうも、この商会の副会頭をしているバハードです。あなたは?」
「俺はアラン・ドラト。ここの自動馬車が気に入ってね。何台か購入したいと思って来たんだが、ブロワーさんはお留守だとか?」
ジークもまた長年の経験から、男がまとった不穏な影をいち早く見抜いていた。
「ああ、そうですか、そりゃあどうもありがとうございます。
ええ、そうなんですよ。うちの会頭は新しい商品になる物を探すために、しょちゅう出かけていましてねえ。困ったものです。あははは……」
「では、今ブロワーさんがどこにいるか分からない、と?」
「ええ、分かりませんね。何かあったら連絡が来るはずですから、こっちも待っているんですがねえ」
アランの誤算だったのは、ジークが決して心の内の動揺を声や表情に出さない心の強さを持っていたことだった。
アランは、人間のウソや動揺はこれまでの経験から見抜ける自信を持っていた。その自信が裏目に出て、ジークがウソを言っていない、と判断してしまったのだ。
当初は全員に《魅了》を掛けて、ルートの居場所を聞き出そうと思っていたアランだったが、そのリスクを冒しても無駄だと判断した。
「そうか、邪魔したな」
「どうも、まことに申しわけありません。ああ、連絡先をうかがっておきましょうか?会頭が帰ってきたら、すぐに連絡を入れますが」
アランはしばらく考えてから、首を振った。
「いや、折を見てまた来るとしよう」
彼は、そう言い残すと、去って行った。
英雄の誤算 2
「ジーク、今の男はいったい……」
ミーシャも、ジークが白を切ったことの深刻さを感じていた。
「分からん。だが、ルートにとって歓迎できない男であることは間違いないだろう」
「ごめんなさい、ごめんなさい……わたし、何が何だか、自分が分からない……あの男を自分の主人だと思ったの。最初は疑っていたのに、急に逆らったらいけないと思って……」
急に泣き出したマリアンナにびっくりして、ミーシャがあわてて彼女を抱きしめた。
「自分を責めないで、マリアンナ。たぶん、あの男が何か魔法を使ったのよ。そうでしょう、ジーク?」
「ああ、恐らくな。どんな魔法か分からないが、テイムのような服従系の魔法だろう。
こうしちゃいられない。奴はルートの居場所を探っていた。早くルートに知らせないと……」
ジークはそう言うと、自分が出かけるつもりで動き出したが、ふと立ち止まって、じっと考え込んだ。
「あなた、どうしたの?」
「うん……いや、奴が見張っているとしたら、ここにいる者が動いたらまずいと思ってな。後をつけられてルートの居場所がバレるのはまずい……」
ジークはそう言うと事務所を出て、店の方へ向かった。
店内を見回していたジークは、1人の男を見つけて近づいて行った。
「おい、レイリー、ちょっと来てくれ」
「おお、ジークじゃねえか。なんだ、なんだ?」
武器や防具に目がないこの男は、毎日のようにここにやって来るポルージャの冒険者で、以前から酒場でわいわい言いながら一緒に酒を飲んでいた友人だった。
ジークは彼を事務所に引っ張っていった。
「レイリー、これから書く手紙をギルマスに持って行ってくれ」
「お、おお、そいつは構わねえが、いったいどうした?お前がそんな深刻な顔を見せるのは、よほどのことなんだな?」
「ああ、訳は話せないが、俺は今動けないんだ」
「ああ、分かった。任せろ」
「すまん。じゃあ、すぐ手紙を書くから待っていてくれ」
ジークはそう言うと、ミーシャが持ってきた便箋を受け取って手紙を書き始めた。
ジークの読みは正解だった。
アランは店の外の植え込みの陰に潜んで、表と裏の出口を見張っていたのだ。
彼は、店内で《魅了》を使ったことで、騒ぎが起こるのではないかと予想していた。そして、騒ぎになれば、誰かが会頭であるルートのもとへ連絡に走るはずだ。そいつの後をつけていけば、ルートの居場所がわかる、そう踏んでいた。
だが、騒ぎはいっこうに起きなかったし、出口から事務所にいた誰かが出てくることも無かった。
(ちっ、当てが外れたか。まあいい、この国を支配すれば、おのずとブロワーもこちらの支配下に入るんだ。まずは、西の大陸を平定することが先決だな)
アランは、ルートとの接触をいったん諦めて、ラークスの街へ帰っていった。
さて、その頃ルートたちは王城に帰り、《魅了》を解かれたガルニア侯爵とオリアス王とともに、今後の作戦を話し合っていた。
「いやあ、まったくもって面目ない。自分が情けなくて自害したいほどだ」
「叔父上、もうよい。今回ばかりは仕方がなかったのじゃ。叔父上のせいではない」
「そうですよ。初対面であの魔法を防ぐのは不可能ですから」
公爵はうなだれて、自分の後頭部をポンポンと叩きながらため息を吐いた。
「ずっと意識はあったのだ。記憶もしっかり残っている。ただ、自分の意志ではどうにもならない状態だった。自分以外のもう一人の自分がいて、そいつがすべてを支配している感じだった」
「うむ、それが魔法陣の支配ということじゃな。だが、われわれは、その魔法陣を無力化する魔法を手に入れた。王よ、どうする?奴が来たら、即刻捕えて殺すか?」
「うむ、そうしたいのはやまやまだがな。奴もそういう事態を予想して、何らかの手を打っておるかもしれぬ……」
「うむ、あれだけ狡猾な男だ。人質とか、もっと恐ろしい策を用意しておると考えた方がよいでしょうな」
「ふむ、なるほどのう。では、奴の言う通り、不戦条約を結ぶということか?」
リーフベル先生の言葉に、王は苦悶の表情を浮かべてうなだれた。
「それは、聖教国を裏切るということだ。帝国はトゥーラン国を滅ぼしたら、必ずやこの中央大陸にも手を伸ばしてくるだろう。そのとき、わが国と聖教国が対立しているなら、それこそ、帝国の思うつぼになる……」
王の言葉に、ガルニア侯爵もリーフベル先生も反論できなかった。
「困ったのう。だったら、人質の命は見捨てて殺すしかあるまい。ルート、お前はどう思う?」
ルートはさっきからずっと考え込んでいた。
リーフベル先生の問いに、ようやく顔を上げ、彼を見つめる人たちを見回してから、おもむろに口を開いた。
「まず、ドラトが本当に人質とか取っているかを確認しないといけません。その上での話ですが、もし、王様が彼の提案、つまり不戦条約締結を拒否したら、彼はどのような行動に出るでしょうか?」
ルートの問いかけに、王、侯爵、リーフベル、そしてリーナも考え込んだ。
「2通り考えられるな……」
最初に口を開いたのはガルニア侯爵だった。
「まず、人質がいる場合、その人質を殺すぞと脅し、再考を促すだろう。人質がいない場合は、身の危険を感じて、その場にいる者全員に《魅了》を掛け、王を人質にして国へ帰ろうとするかもしれん」
「うむ、わしもおおかた侯爵と同じ考えじゃ。恐らく、提案を拒否されることも考えておるじゃろう。それに備えて、自分の身を守るための盾を用意してくるじゃろうな。
王が提案を拒否したら、全員に《魅了》を掛けたうえで、王に改めて不戦条約締結を命じるのであろう」
「うむ、そうだな。リーフベルの言う通りだと思う。わしに《魅了》を掛ければ、条約を文書にする必要もない。さらに言えば、帝国に逆らうな、と命じておけば、次回は軍を率いてやって来ても、抵抗する者はいない。思うがまま、ということだ」
「ふむ……だったら、その通りにシナリオを進めて、気持ちよく帰っていただきましょう」
ルートの言葉に、誰もすぐに理解できず、ぽかんとしてルートを見つめていた。
「おい、何を言っている。わしらにも分かるように説明せんか」
「あ、はい、つまりこういうことです。ドラトが来たら、スムースに王様の元まで来てもらいます。兵士たちには前もって理由を言って、もう1回《魅了》に掛かるかもしれないと知らせておいてください。
そして、王様には提案を拒否してもらいます。そうですね、できれば、護衛の兵士が何名かいたほうがいいでしょう。貴族の方もいた方がいいかもしれませんね。《魅了》の恐ろしさを実感してもらうためにも。
ドラトは、そこにいる全員に《魅了》を掛けるでしょう。1度にどのくらいの数に掛けられるのか分かりませんが、全員が無理なら、確実に王様には掛けるはずです。そして、王様にいろいろ命じて去って行くでしょう。
奴は国に帰り、グランデル王国が兵を派遣することはない、と帝国の王に報告するはずです。そして油断したままトゥ―ラン国に攻め込むでしょう。ところが、なんと、そこには聖教国とグランデル王国の連合軍が待ち構えているというわけです」
王たちは、じっとルートの話を聞きながら考え込んでいた。
「なるほど、お主の考えは分かった。だが、どうせ戦うなら、ドラトを殺した方が早いのではないか?」
「はい、でも、先ほど皆さんがおっしゃっていたように、人質などを隠しているリスクがありますからね。それと、もう1つの理由は、ドラト1人を倒したら、恐らく帝国は戦争をやめるのではないかと思うのです。帝国の中枢部はドラトに《魅了》を掛けられているでしょう。それが解ければ、冷静さを取り戻すかもしれません」
「それがなぜいけないのだ?戦争は無い方が良いだろう?」
「はい、もちろん戦争は無い方がいいです。でも今回は、帝国軍にまず先に仕掛けさせてから、ドラトともども帝国軍を打ち破って、帝国を制圧する力を見せた方が後々のためには良いような気がします」
「うははは……さすがに常人の考えの遥か上を行くのう。つまり、お主の頭の中では、すでにドラト率いる帝国軍を打ち破る筋書きができておる、というのじゃな?」
「そうですね。まだ、いろいろ調べたり、準備は必要ですが、油断した相手を倒すのはさほど難しいことではありません」
「分かった。では、もっと詳しい話を聞かせてくれ」
王たちはルートの作戦を採用することにして、綿密な作戦を話し合った。
アラン・ドラトの2つ目の誤算。彼が配下にと探していたルートブロワーが、今、強力な敵として、彼の前に立ちはだかろうとしていた。
宮廷魔導士兵団長
「う~む。テイムに似た服従系の魔法か……厄介だな」
ポルージャの冒険者ギルドの2階、ギルドマスターの部屋で、キース・ランベルは手紙を見ながらつぶやいた。
「よし、とりあえずブロワーに連絡をしないとな」
彼は部屋を出て1階の受付へ下りて行った。
「ライザ、ちょっと来てくれ」
「あ、はい」
キースはライザを執務室に連れて入ると、ジークの手紙を渡して読むように言った。
「まあ、なんてこと……ギルマス、いったいこの男は何者なんでしょうか?」
「さあな、今の所何も分からねえ。タイムズ商会を狙った商人の手先なのか、何か個人的な恨みを持った奴か……とにかく、ブロワーが狙われていることは確かだ。
すまねえが、王都の学校まで行って、この手紙を届けてくれねえか?」
「分かりました、急いだほうがいいですね」
「ああ、乗合馬車組合に行って1台貸し切れ。俺の命令だと言え。ああ、それから、ブロワーに会ったら、こっちの店のことは心配するなと伝えてくれ」
ライザは頷いて、さっそく出かける準備を始めた。
久しぶりにルートに会えると思うと、緊張した中にも密かな喜びも感じて顔が緩むのだった。
ライザが自動馬車を貸し切って、北門から王都に向けて出発した頃、ルートは「宮廷魔導士兵団」の団長室を訪れていた。
王国のエリート魔導士たちで構成されたこの兵団の団長は、ハンス・オラニエ・ル・マイヤー。ハウネスト国出身の祖父が、このグランデル王国に宮廷魔導士として迎えられ、新たにオラニエという姓と男爵の爵位を与えられて移り住んだのだ。
先般のハウネスト国の政変のおりには、祖父の本家であるマイヤー家が断罪され、分家の者たちも肩身の狭い思いをしていた。
「よくおいでくださいました。ハンス・オラニエです。お噂はかねがねよく聞いておりますよ。今や王国に並ぶものがない王立学校の教師であり、天才魔導士だと」
「あはは……宮廷魔導士団の団長殿にそう言われると、恥ずかしくて帰りたくなります。早速ですが、要件に入ってよろしいですか?」
まだ、二十代後半の若い兵団長は微笑みながら、ルートとリーナにソファに座るよう勧めてから、侍女にお茶を用意するように命じた。
「いきさつは近衛騎士団長から聞きました。しかし、驚きましたよ、《魅了》という伝説上の魔法が実在したなんて」
「はい、僕も驚きました。非常に強力で厄介な魔法です」
「だが、その厄介な魔法を解除する魔法を創り出された……」
「ああ、はい(僕じゃないけど、ここは僕が創ったことにしておこう)」
「どうすればそんな真似ができるのです?伝説の魔法だから、資料も残っていないでしょうに」
ハンスは、この際とばかりに身を乗り出して、ルートの能力の秘密を知りたがった。
「ああ、それについては、またの機会にゆっくりお話しします。今は王国の危機を何とかするのが先です」
「おっと、これは失礼、私としたことが……あはは……ええっと、つまり、その《魅了》を解除する魔法を、われわれ宮廷魔導士団に付与できないか、ということでしたね?」
「はい、そうです。できますか?」
ハンスは立ち上がって、大きな机の方へ行き、引き出しから紙と鉛筆を取り出して戻って来た。
「ふむ、結論から言うと、できます。ただし、その解除魔法の呪文が読み解ければ、ということです。いいですか、これを見てください」
ハンスはそう言うと、紙に魔法陣のような複雑な図形を描き始めた。
「これはもっとも簡単な風魔法《ウィンド》の術式です。そして、これを8等分にした、この1つ1つが呪文になります。つまり、この8つの呪文を一連の呪文として発動すれば、《ウィンド》の魔法が発動することになります」
魔法陣が呪文を組み合わせた図形であることは、訓練キャンプでゴーレムを作った時に、魔法科の先生たちや工芸科の先生たちに教えてもらったので知っていた。
「つまり、解除魔法の術式が分かれば、それを呪文として覚えることはできる、ということですね?」
「そういうことです。どんな術式か分かりますか?」
「はい。僕はまだ魔法陣の勉強を少ししかやっていませんので、描いたり、唱えたりはできませんが、お見せすることはできます。ええっと、新しい紙はありますか?」
ハンスはルートの言葉を理解できずに、けげんな表情で新しい用紙を持ってきた。
「ありがとうございます」
ルートは礼を言って紙を受け取ると、それをテーブルの上に置いてバッグから手紙を書くときに使うインクを取り出した。
インクの蓋を開けると、目をつぶって手を紙の上にかざした。しばらくは何も起きなかったが、やがてルートの手の周囲がぼーっと薄緑色の光を放ち始め、いきなりインクが瓶の中から出てきて、ルートの手の下に広がった。
ハンスとリーナが口をポカンと開いて見ているうちに、インクが細かい霧雨のようにポトポトと紙の上に落ち始めた。そして、それは次第に複雑な魔法陣を描いていった。
ルートがふうっと息を吐いたとき、インクの残りはするするとまた瓶の中に戻った。そして、ハンスたちの前には、3つの魔法陣が重なった複雑な模様の紙があった。
「はあ?私は今、何を見ていたのだ?あは、あははは……すごい、すごい、すごい……ブロワー君、いや、ブロワー教授、今のは何という魔法なんですか?」
「ああ、いや、名前はありません。単なる魔力操作です。練習すれば誰にでもできます」
「いやいやいや、冗談はやめてくれませんか?……って、冗談じゃなさそうですね。
はあぁ……あんなもの見せられたら、私も王立学校に入学し直して、あなたの教えを受けたくなりました。冗談じゃなくてです」
「あはは……ええ、いつでも来てください、時間があったらやり方を教えますよ。それで、これでいいんですよね」
ルートは、インクが乾いたのを確認して紙をハンスに差し出した。
「ええ、完璧です。ふむ、なるほど……ほう、これは……すばらしい」
魔法陣の呪文を読み解きながら、ハンスは何度も感嘆の声を上げた。
「見事な術式です。では、これを呪文に直して団員に覚えさせましょう」
「お願いします。これで、《魅了》に対抗できます」
ルートとリーナはハンスに礼を言って、宮廷魔導士団の司令部を後にした。
「あと3日で、皆覚えられるかな?」
「うん、たぶん大丈夫だよ。ジャスミンを連れてくれば、全員に直接付与できるんだけどね」
「時間的にはできるね」
「うん。上手くいかないときの最終手段にしよう。余計な騒ぎは起こしたくないからね」
「ん、そうだね」
ルートとリーナは、そんなことを話しながら、王都の家に帰っていった。
そして、そこには思いがけない人物が待っていたのだった。
ルートとグランデル王の誤算 1
ルートたちが自動馬車で屋敷に帰ってみると、門の横に乗合自動馬車が止まり、1人の女性がその前に立っていた。
「あ、ルートく~ん、リーナ~~」
「ライザさん、いったい、どうしたんですか?」
「ああ、よかったあ~~、王立学校で住所を聞いて来てみたら、門が閉まっていたから、どこかへ出かけたと思って、どうしようと思ってたのよ~~」
「あはは……すみません、ちょっと用事があって。どうぞ、中へ入ってください、今、門を開けますから」
ルートはしがみついてきたライザから逃れて、鉄の門扉のカギを開いた。
乗合自動馬車の運転手が馬車を動かして門な中へ入っていく。
ライザは、ルートたちの自動馬車に乗って屋敷の前に到着した。
ルートは運転手にも屋敷の中にはいってもらい、リーナにお茶を淹れてもらうことにして、ライザと一緒に自分の書斎に向かった。
「……なるほど、そういうことでしたか」
ルートは、ライザから受け取ったジークの手紙を読んで、ライザが来た理由を理解した。
「さすがはジークだ。ライザさん、わざわざありがとうございました」
「ううん、久しぶりにルート君とリーナに会えてよかった。元気そうね?」
「はい、おかげさまで。そうだ、ライザさん、せっかくだから今から食事に行きませんか?」
「えっ?で、でも、例の男が狙ってるんでしょう?危険だわ」
「いや、大丈夫ですよ。奴は僕の顔を知らない。それに、リーナが一緒に行けば魔力感知ができますから、怪しい奴がいたらすぐに分かります」
ライザはなおも心配げだったが、ルートの言葉を信じて誘いに応じたのだった。
ルートは、ライザに応接間で待っていてくれと頼んでから、急いでギルマスとジークへの手紙を書いた。
そして、その手紙をライザに預けると、2台の自動馬車で王都の街へ向かった。
運転手の男には停車場で待っていてくれと言い、銀貨を1枚渡してから、3人は、例の冒険者ギルドの近くの居酒屋へ行った。
ライザは用事で何度か王都に来ていたが、この店は初めてだったらしく、ボーンステーキ定食に感激しておいしそうに食べてくれた。
ポルージャの様子や、最近の出来事などを聞きながら、ルートとリーナも少しホームシックな気分になったが、楽しい時間を過ごしたのだった。
「じゃあ、またね。たまにはギルドにも顔を出してね、寂しいから」
「はい、今度帰ったら必ず。お土産持っていきますので、楽しみにしていてください」
ライザは窓からいつまでも手を振りながら、ポルージャへ帰っていった。
それから3日後、いよいよアラン・ドラトが予告した日がやってきた。
入念い打ち合わせをして準備を整えたと言っても、不測の事態は起こり得る。
ルートも、王たちも緊張した中で、朝からじっとアランの来訪を待っていた。
そして、ついにアランが王城の前に現れた。
1台の乗合自動馬車が王城の門に近づいて来た。
「止まれ~~っ、ここは王城である。許可なく近づくことは許さぬ」
門番の衛兵が2人、馬車の前に立ちはだかった。
「ああ、この前の人とは違うようだね」
アランは用心のために、運転席まで行って窓越しに2人の衛兵ににこやかな笑顔で手を上げた。
2人の衛兵はそれを見た。そして、《魅了》された。
「こ、これは失礼しました。どうぞお通り下さい、ご主人様」
「ふふふ……さあ、君たち、降りたまえ。王城にご案内するよ」
「「「はい、ご主人様」」」
一斉に返事をして自動馬車から降りていくのは、男女混合の5人の冒険者たちだった。
彼らは、アランが王都の冒険者ギルドへ行って、護衛の募集依頼をかけ、それに応じた者たちだった。もちろん、アランは彼らを人目に付かない所へ連れて行き、《魅了》を掛けていた。
「では、運転手君、門の脇に馬車を留めて待っていてくれたまえ」
「はい、承知しました、ご主人様」
アランは周囲に用心しながら馬車を下りると、素早く冒険者たちの中に身を隠した。遠距離からの攻撃を、冒険者たちを盾にして避けるためである。
門の内側に入ると、あちこちに近衛兵たちが警戒して立っていた。だが、誰もアランの方に目を向ける者はいない。目を向けたとたん、《魅了》に掛かることが分かっていたからだ。
「ふふふ……そうそう、お利口さんはおとなしくしているんだよ。ああ、ちょっとそこの君」
アランは楽しげに笑いながら、1人の近衛兵に声を掛けて近づいていった。
近衛兵は目をしっかりと閉じたまま、ガタガタと震えながら立ちすくんでいた。
「さあ、目を開けるんだ。そうしないと、ほら、君の剣が自分の首を切り裂くことになるよ」
「ひいいいいっ、た、助けて、た、たす……あ、はい、ご主人様、何でしょうか」
「うん、良い子だ。では、僕たちを王の部屋まで案内してくれ」
「はい、分かりました。どうぞ、こちらへ」
遠くから見ている近衛兵たちは、怒りと悔しさに拳を握りしめて歯ぎしりをしていたが、抵抗せずにアランを通せと命令されていたので、どうすることもできなかった。
アランの来訪の報せは、見張りの兵士からすぐに王たちの元へと届けられた。
「おい、お前たち、ご主人様のおいでだ。ドアを開けろ」
先導の近衛兵の声に、ドアの前に立っていた2人の衛兵は、目を背けたまま慌ててドアを開いた。
ドアが開いて、謁見の間にまず最初に入って来たのは、防具と武器を身に付けた冒険者たちだった。
「あははは……さすがに不意打ちなどと言う馬鹿な真似はしませんでしたか」
近衛兵と衛兵に守られて、アランが高笑いしながら入って来た。
「我々はそのような卑怯な人間ではない。グランデル王国を見くびるな」
(あれが、帝国の英雄アラン・ドラトか……)
王座の背後にある特殊護衛隊専用の小部屋から様子を見ていたルートが、ぐっと拳を握り締めた。
(しかし……なんで、あいつがいるんだよっ!ったく……頼むから下手な真似をしないでくれよ)
ルートは、ミハイル・グランデル公爵の前に立った鎧姿の少女、エリス・モートンを見て、小さな誤算に不安を抱くのだった。
ルートとグランデル王の誤算 2
王座の左右には主だった貴族たちが並んでいた。ルートの助言に従って、緊急招集し、帝国の英雄がいかなる人物で、《魅了》がどんな魔法か見極めるように彼らには命じてあった。
「おや?今日は、あの髭のおじさん、名前は何だったかな?……」
「ラウド・ガルニア侯爵か?」
「あ、そうそう、ラウド君はいないようだが……」
「叔父上は地下牢に閉じ込めてある」
「おやおや、それは可哀そうに。後で、出してあげてくだいね。ふふふ……さて、それではご返事を聞かせていただきましょうか?」
「その前に、お前に確かめたいことがある」
「ほう、何ですかな?」
「ここにいる者たち以外に、人質を取っていることはあるまいな?もし、そうなら、話はこれで終わりだ。例えお前が我々に服従の魔法を掛けても、その瞬間に、この国の全兵力がトゥーラン国へ向けて出発する手はずになっている」
「ほう、つまり、この部屋のどこかに、覗き見をしている者がいるというわけですか?
ふふふ……あはははは……必死に考えたんですね、その努力は認めてあげましょう」
アランが高笑いしながらそう言って、部屋全体を舐めるように見回し始めた瞬間、ルートは慌てて目をそらした。
「ふふふ……だが、そんな努力は無駄ですよ。兵隊など私の前では何の役にも立たない。そのことはもう十分お見せしたはずですが?」
「だが、その割にはずいぶん何人もの人間を盾に使っているようだがな」
「まあ、用心のためですよ。遠くから弓や魔法で攻撃するなどという馬鹿な真似をさせないためのね。
さて、お話の人質のことですが、そんな面倒なこと、考えもしませんでしたよ。ふふふ……だって、そうでしょう?今からここにいる全員を私の支配下に置いて、王国を私の意のままにすることもできるのに、なぜ、そんな面倒なことをする必要がありますか?」
アランの言葉に、王の周囲にいる貴族たちは騒然となった。
王が慌てて皆に鎮まるように言いかけたとき、予定外のハプニングが起こった。
「貴様っ!言わせておけば、ぬけぬけと……」
「エ、エリス!よせっ」
「くっ、しかし、王様、このような無礼な奴は、私が……あ……」
「ふふふ……なかなか威勢がいいお嬢さんですね。嫌いではありませんよ。こちらへ来なさい」
「はい、ご主人様」
「エ、エリス、待て、どこへいく、おい、エリス」
「なんですか?うるさいブタ野郎が。死にたいんですか?」
エリスはミハイル公爵を振り返ると、憎悪に満ちた目でそう言い捨てた。
「ひっ、あ、あ……」
(あのバカっ!ああ、もう、面倒ばかりかけやがって)
ルートはエリスが《魅了》に掛かったことを知って、思わず飛び出しかけたが、リーナに引き止められてなんとか踏みとどまった。
「おい、待て。その娘には手を出すな」
王の言葉に、アランは肩をすくめて笑いながらこう言った。
「やれやれ、もう面倒くさくなりましたよ。交渉は終わりです」
そう言って、アランが王たちを見回したとき、すべては終わった。
騒いでいた貴族たちも、王も、一瞬で静かになり、うつろな目で前方を見つめたまま動かなくなった。
「さて、グランデル王」
「はい、何でしょうか、ご主人様?」
「まず、この国はラニト帝国にいっさい逆らってはいけない。よいな?」
「はい、決して帝国には逆らいません」
「よろしい。では、私が兵を率いてこの国に帰って来るまで、私の代わりにしっかりとこの国を治めておきたまえ」
「はい、承知いたしました。ご主人様のお早いお帰りをお待ちしております」
アランはしばらくの間声を押し殺して笑った後、満足げな顔を上げた。
「まあ、役人や国民が異常に気付いて大混乱になるだろうが、諸君、しっかり頑張りたまえ。
さあ、帰るよ、皆……君も一緒に来るかい?」
「はい、ぜひご一緒させてください」
「ふふ……まあ、人質くらいにはなるだろう、来たまえ」
アランは冒険者たち、衛兵たち、そしてエリスを引き連れて謁見の間から去って行った。
彼の気配が完全に消えてから、ルートとリーナは小部屋から飛び出した。
「リーナ、すまないが予定が狂った。あいつを追ってくれ。ただし、絶対姿を見られないように、建物を陰にして追うだけでいい。エリスを助け出そうなんて考えなくていい。多分命を取られることはないはずだ。彼女のことは、後で考える」
「うん、わかった」
「くれぐれも気をつけてな。奴の行き先が分かればいいから」
「うん、まかせて」
リーナはそう言うと、風のように部屋から出て行った。
ルートは、人形のように動かない王たちに向き直って、声を掛けた。
「皆さん、僕の方を見てください」
「何じゃ、ブロワー、ご主人様のじゃまを……あ、ああ、なんということだ……」
「は……な、なんだ、いったい何が起こった……」
《魅了》を解除された王や貴族たちは、あらためて《魅了》の恐ろしさを知って騒ぎ出した。
「皆の者、静まれ。よいか、これが奴の、アラン・ドラトの魔法、《魅了》なのだ。そして、その《魅了》を解除する魔法を、ルートが創り出してくれた。
これで、分かったであろう?帝国を野放しにしておけば、世界中の人間が、アランの意のままに動く人形になってしまう。今、帝国を全力で討たねばならないのだ」
王の言葉に、まだ動揺している貴族たちは深刻な顔で口をつぐんでいた。
「よくも、よくもだましてくれたな、ルート・ブロワー」
「ミハイルっ、何を言い出すのじゃ?」
「うるさいっ、兄者も同罪だ。あんな恐ろしい魔法だと知りながら、我々をここに呼び寄せたのだからな。エリスを、エリスを返せっ!わしの大事なエリスを返せ~~っ」
「黙れっ、愚か者!エリスを連れてきたのは、ミハイル、お前の罪ではないかっ!自分の手落ちを人のせいにするなど、何という卑怯者だ」
「うるさい、うるさいうるさいっ!帝国など知ったことか、勝手にすればいい」
ミハイル公爵はそう吐き捨てると、ずかずかと謁見の間から出て行った。
「はあ……すまぬ、ルート。奴はエリスをさらわれて気が動転しておるのだ」
「はい、公爵様のお気持ちは分かります。エリスは必ず助け出しますので、後で公爵様にそうお伝えください」
「うむ、伝えよう。さて、では、予定を進めるか」
王はそう言って頷くと、立ち上がって周囲の貴族たちを見回した。
「皆の者、これから場所を変えて、今後の我々の行動について話し合う。よいな?」
王の言葉に、貴族たちはなぜか返事をせずに動こうとしなかった。
「どうしたのじゃ?執務室にガルニア侯爵とリーフベル所長が待っている、早く行くのだ」
「へ、陛下、恐れながら申し上げます」
もやもやした状況の中で、最初に口火を切ったのはバードル伯爵だった。
「何じゃ、伯爵、申してみよ」
「はっ……かの帝国の英雄、あの男は伝説の悪魔、いや、それ以上に恐ろしい男です。このまま戦をしても、とうてい我が国に勝ち目があるとは思えません」
「な、何を申しておる、今、あの男の魔法を打ち破れることを、その目で見たであろう」
「はい、確かにこの人数には有効でしたが、果たして実際の戦場で、役に立つでしょうか?」
「お、恐れながら、私もバードル伯爵と同じ意見です。たとえこちらが多数の兵で攻め込んでも、その兵たちが魔法を掛けられ、逆にこちらに攻めてくるのです。そんな戦いにどうやって勝つことができましょうや」
「だから、このルートが魔法を打ち破ると……」
「戦場で、その少年が、役に立つとは思えません」
「多勢の敵に攻められたら、すぐに命を落とすか、逃げ出すか、でございます」
「き、貴様ら、臆病風に吹かれて、この国を、予を裏切ると申すかっ!」
「何と言われようと、私には領地と領民の方が大事です。たとえ帝国に降伏しても、諸侯として取り立てられ、領地をそのまま治めることができれば、王国に仕えるのと何ら変わりはありません」
グランデル王は、あまりのことに開いた口が塞がらなかった。もはや、これは反乱と言っても過言ではなかった。
結局、その場にいた10人のうち、ミハイル公爵と彼の取り巻きの7人が去って行き、残ったのは、ボース辺境伯、リンドバル辺境伯、カートン子爵の3人だけだった。
ルートにとっても、この貴族たちの反旗は予想外の誤算だった。エリスの件とともに、今後の予定を最初から考え直す必要に迫られていた。
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