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3巻
3-3
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「恐れながら、古の英雄について私はあまり知識がありません。それに、私には国を救うような大それた力はありませんし、大望もございません」
「ほお、では侯爵の見立ては間違いであると、そう申すのだな?」
「はい、失礼ながら、そうであると……」
「いや、待てブロワー。このわしの見立て違いとは、聞き捨てならぬ」
ガルニア侯爵が横合いから異議を唱え、ルートは困ってしまった。
「あははは……叔父上、飼い犬に手を噛まれましたな?」
王の左に並んだ重臣たちの先頭に立っているミハイル・グランデル公爵が、笑いながら、一歩前に進み出る。
「どこの馬の骨を連れてきたかと思えば、こんな子供で、しかも恩人の面子を潰す礼儀知らずとは。いやはや、兄上、とんだ無駄な謁見でしたな?」
ミハイルの言葉に、ガルニア侯爵はいきり立って反論した。
「わしの見立てが間違いかどうか、すぐに証明して見せよう。ミハイル、お主の自慢の騎士とこのブロワーを対決させてみよ。あっという間に勝負がつくであろう」
わざとらしいやり取りに、ルートはいぶかしげな視線を向ける。
実はこれは侯爵と王の二人によって仕組まれた茶番劇であった。
侯爵と王はあらかじめ打ち合わせをしていたのだ。
ルートが自分の力を否定すると予想していたし、侯爵が恥をかけば、それに乗じてミハイルがルートを馬鹿にするであろうことも予想できた。全ては筋書きどおりに進んだのである。
なぜ、侯爵と王がこんなことをしているかというと、それには三つの理由があった。
一つ目は、王がルートの力を実際に見て確かめ、与える恩賞が正しいと確信するため。
二つ目は、ミハイルとルートの仲を険悪にし、ルートを彼の勢力に入らせないため。
三つ目は、強力な武力が自分たちのそばにあることを、ミハイルに知らせるためであった。
今、王室内部では、国王派とミハイル派の主導権争いが静かに繰り広げられていた。
今のところ国王派が優勢だが、けっして油断はできない。
国王にとって、強力な武力が自分たちのそばにあることを、ミハイルに知らしめるメリットは大きかった。
そんな、はた迷惑な策略に巻き込まれたルートは、否応なく王城内の訓練場に連れていかれ、ミハイルのお気に入りの騎士、エリス・モートンと対戦させられることになった。
「やつは剣技もさることながら、魔法も得意な魔法剣士だ。油断するな」
ガルニア侯爵の言葉に、ルートは仏頂面をしていて、返事をしなかった。
「おい、なんだ。怒っているのか?」
「ええ、いい加減、こうして道具のように扱われるのには嫌気がさしてきました」
そう言ったルートの表情に、ガルニア侯爵は思わずぞっとする。
そして、なんとかルートをなだめようとあたふたし始めた。
確かに、ルートの利用価値を高く評価していたのは事実だ。その点をズバリと見抜かれ、言い訳もできなかった。
「あ、いや、これはだな……」
「分かっています。貴族は色々事情があって大変なんですよね。それに、貴族の言うことを聞くのが一般市民ですからね」
「……そういう皮肉は口にするな」
ルートはちらりとガルニア侯爵を見て釘を刺した。
「でも、これが最後にしてください」
「うむ、約束しよう。すまぬ」
ガルニア侯爵が申し訳なさそうに言う。
「おやおや、仲間割れですか? 今ならまだ間に合いますよ。やめますか?」
「それは、こちらのセリフだ。恥をかかぬうちに謝れば許してやろう」
ミハイルの言葉に、ガルニア侯爵が冷静に返す。
「うぬうっ、私に向かって、いくら叔父上でも無礼であるぞっ!」
「これは失礼した。だが、王位継承者である皇太子殿下以外の王族は皆同じと、わしは考えておるのでな」
「ぐぬ……その減らず口、すぐにきけぬようにしてやる。行けっ、エリス」
「はっ、お任せあれ」
光輝く鎧に身を包んだ、小柄な騎士が前に進み出てきた。
エリス・モートンは、公爵に仕えるモートン男爵の娘で、今年十七歳になる。
幼い頃から魔法の才に長けており、十三歳の若さで騎士養成所に特待生として入学した。
そしてすぐにその才能を伸ばし、十五歳になる頃には、生徒で彼女にかなうものは誰もいなくなっていた。
十六歳で公爵直属の近衛兵団に配属され、公爵の寵愛を受けるようになり、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの騎士だ。
(ふうん、ステータスはまあまあかな。《魔法防御》か、面白いスキルを持っているな。魔法は《火属性》と《土属性》を使えるみたいだ……)
ルートは訓練場の中央へ進みながら《解析》で、エリスのステータスを見た。
「小さな魔法使いさんか。じゃあ、私も魔法で相手をすることにしよう。剣で戦ったら、すぐに決着がついてしまうからな」
自信満々の少女騎士は、ルートが持っているメタルスタッフを見て笑顔でそう言った。
「いや、そんな気遣いはいりませんよ。どうぞ、真剣を使ってください」
「ほう、口だけは威勢がいいな。だが、私が真剣を使うということは、お前が死ぬということだ。それでいいのか?」
「ご心配は無用です」
エリスは笑顔で取り繕っていたが、目は怒りに燃えている。
「では遠慮なくいかせてもらう。まあ、ケガをしても治癒魔導士がいるから死ぬことはあるまい」
エリスはそう言うと、美しい細身の剣を引き抜いて構えた。
ルートは素早く《防御結界》を全身にかけ、試しに《ファイヤーボール》を放ってみた。
「ふん、私に魔法は通用しないっ!」
エリスが剣を一振りすると、炎の球はサッと霧のように消えてしまった。
ルートは即座に氷の魔法で彼女の体を固めようとしたが、これもすぐに消されてしまう。
(なるほど。《魔法防御》は結界みたいなものかと思ったけど、魔力で魔力を相殺しているのか、面白いな。じゃあ、魔力を奪ったらどうなるんだろう?)
そう思いながら、ルートは《ボムプ》でエリスの魔力の動きを見る。
《ボムプ》は魔力に色をつけ、見えるようにすることができる魔法だ。
一方エリスは、ルートが瞬時に無詠唱で魔法を使ったことに心の中で驚いていた。
「ちっ、厄介だな。早めに勝負をつけるか」
エリスはつぶやくと、一気にスピードを上げてルートに肉薄した。
ルートは風魔法でエリスのスピードを鈍らせ、ある魔法の発動準備をする。
エリスは剣で風を切り裂きながら近づき、ルートの肩に剣を振り下ろす。
――キンッ!
エリスの剣がルートの肩を切り裂いたかに思えたが、あたりに響いたのは高い金属音だ。
「なっ! くそっ、結界だと?」
エリスは叫びながら剣に魔力を流して、結界を無効化しようとする。
しかし、それより一瞬早く、ルートがエリスの腕を掴んだ。
「あっ……ば、馬鹿、な……」
エリスは力が抜けたように、ふらふらと地面に倒れ込んだ。
これにて、勝負は決した。見ていた者たちは、なにが起きたのか理解できない。
「エリスっ! なにをしている。おい、貴様、エリスになにをした?」
「心配ありません。魔力切れを起こしただけです。しばらく休めば回復しますよ」
「はあ? 魔力切れだと? ど、どういうことだ?」
わけが分からずエリスに駆け寄るミハイルを尻目に、ルートはガルニア侯爵のもとへ戻った。
「ご苦労だった。流石だな。それで、いったいなにをした?」
「エリスさんの魔力を奪ったんです」
「魔力を奪う? そんなことができるのか?」
ルートは曖昧な笑みを浮かべ、侯爵はため息を吐いて、それ以上は深く詮索しなかった。
「見事であった、ブロワー。皆の者、これでこの少年の力は分かったと思う。ガルニア侯爵の見立ては間違いではなかった。では、謁見の間に戻るといたそう」
国王の言葉に異議を唱える者はなく、一同は再び謁見の間に戻った。
「さて、ルート・ブロワーよ。今後はそなたのことを、親愛の気持ちを込めて『ルート』と呼びたいが、よいか?」
「はっ、もったいないお言葉でございます。どうぞお好きにお呼びください」
「うむ。では、わしのこともオリアスと呼んでくれ。さて、本日そなたを呼んだ理由だが、二つある。まずは、ハウネスト聖教国のクライン教皇を守り抜いてくれたことへの褒美だ。遅くなってすまないが、受け取るがよい」
王はそう言って、老年の侍従に合図した。
侍従は丁寧にお辞儀をすると、美しい勲章と金貨が詰まった皮袋を盆に載せて、ルートに歩み寄った。
そして、まず皮袋をルートに手渡すと、勲章をルートの上着の胸ポケットにピンで留める。
「よくお似合いでございます」
「ど、どうもありがとうございます」
侍従はにこやかに微笑んで頭を下げると、もとの位置に戻っていった。
「それは多大な功績を挙げた者が受ける『ラルフ光剣章』だ」
「はっ。身に余る光栄にございます。多大なる金子とともにこの身には過分な恩賞かと」
「いや、聖教国との関係を考えれば、これでも足りぬぐらいだ、気にせずともよい……が……」
王はそう言うと、ゆっくりと階段を下りながら言葉を続けた。
「……もし、過分だと思うなら、わしの願いを一つ聞いてくれぬか? これがそなたをここへ呼んだもう一つの理由なのだがな」
ルートはちらりと王のにこやかな顔を見上げ、再び頭を下げて答えた。
「はい、私にできることであればなんなりと」
「うむ。その願いとはな、そなたに『王立子女養成学問所』の魔法科教師になってもらいたいのだ」
ルートは思わず顔を上げて王を見た。そして、あわててまた下を向いて、しばらく考える。
『王立子女養成学問所』――通称『王都の王立学校』は、王家直属のエリート養成機関である。建前では王国民なら誰でも試験を受けて入学できる規則になっていたが、実際に入学できるのはほとんどが貴族だ。ごく一部、貴族とつながりのある裕福な商人の子女が入学していた。
国内には、他に三つの『王立学校』がある。
ボース辺境伯領の『ボース校』、ガルニア侯爵領の『ガルニア校』、そして、ミハイル・グランデル公爵領の『ハインツ校』だ。
この三校も、授業の中身は王都の学園と差はなく、貴族や裕福な商家の子弟が主に入学するのも同じだが、『王都の王立学校』は、その入学試験の難しさで他の学校とは一線を画していた。
ちなみに、ルートが入ろうとしていたのはガルニア校で、当時は裕福な家庭しか入れないことを知らずに、ミーシャもルートも入学の話をしていた。
「どうだ? 引き受けてくれぬか?」
「は、はい。あまりにも突然のことですぐにはお答えできませんでした。ですが、国王陛下の……」
「オリアスでよい」
「はっ。では……オリアス様直々のお言葉であれば、私が断る理由はございません……」
「おお、やってくれるか」
「はい、謹んでお受けしたいと思います。ただ、一つだけお願いがございます」
「うむ、なんでも申してみよ」
「ありがとうございます。お願いとは、私にはまだやり残したことが一つございまして、それをやり遂げたあとで、そのお話をお引き受けしてもよいかということです」
「うむ。それはかまわぬが、やり残したこととはなにか、聞いてもよいか?」
「はい。私はポルージャのスラム街で生まれ育ちました。母は奴隷娼婦で、父はどこの誰とも分かりません。ですが、私は今まで一度も、自分が不幸だと感じたことはありません。なぜなら、生まれたときから今日まで、母や母の仲間の娼婦が、精一杯愛情を注いでくれたからです」
ルートはここで一度言葉を切り、息を吸い込んで続けた。
「もちろん生活は貧しいものでした。でも、母も娼婦たちも、少ない中から惜しげもなく私に食べ物や着るものを与えてくれました。私にとって、娼婦たちは大切な家族です。彼女たちをなんとか奴隷から解放し、自由な生活をさせてやりたい。十歳のときにそう決意して、これまで頑張ってきました。その目標を達成できたら、お言葉に従い、今度はこの国のために力を尽くしたいと思います」
「……そうか、分かった。楽しみにしておるぞ」
王は少し言葉を詰まらせながら、頷いた。
「はっ。わがままを聞いていただき、ありがとうございます」
ルートの言葉に王は頷き、ちょっと考えてからこう言った。
「奴隷を解放したいのであれば、わしの書状を持っていけばすぐに解放できるぞ」
「はっ。ありがたきお心遣い、恐れ入ります。ですが自分の力で成し遂げると誓ったことを、破るわけにはいきません」
「うむ、よくぞ申した。では、見事自分の力でやり遂げよ」
「はい」
王は返事をするルートをじっと見つめ、頷いた。
「甘いな。裏の連中は面子をなにより大事にするからな。こんな子供の言葉に簡単に頷くとは思えん。教皇様が奴隷制を見直すよう声明を出したが、そのままの国も多くある。素直に王の権力に頼ればよいものを……ふふ……」
「ミハイル、控えよ」
国王がミハイルを睨みつけて言う。
「オリアス様、ありがとうございます」
「ふん……」
ミハイルの声が静かな謁見の間に異様に大きく響いた。
こうして、ルートの初めての謁見は、ハプニングはあったものの無事に終わることができた。
『王都の王立学校』の教師の件は、予想外のことだったが、ルートにとって嫌なことではなかった。
密偵の訓練で、教えることの喜びと充実感を味わっていたからだ。
今の目標を達成したあとの第二の目標として、有為の人材を育てるというのは、悪くないかもしれない。ルートはそう思うのだった。
謁見のあと、ガルニア侯爵はまだ用事があるからと、王城に残ることになり、ルートとジークはひと足早く帰路についた。
「ふぃ~、やっぱ、王様の前だと緊張が半端ねえな。商会の仕事のほうがよっぽど楽だぜ」
「本当、そうだね。早く帰ってゆっくりしよう」
ジークが運転する『魔導式蒸気自動馬車』は、軽快な蒸気音を響かせながら、王都の道を走り抜けるのだった。
◇ ◇ ◇
ルートたちが帰ったあと、王の私室では、王とガルニア侯爵がワインを酌み交わしながら、話を弾ませていた。
「面白い。あれは面白いな、叔父上。いったいどれだけのものを持っているのか、底が知れぬ。もしあれが野望を持つようになったら、厄介極まりないが……」
「まず、それはありますまい。先ほど聞いたとおり、彼の望みはささやかなものです。それ以上のことは望んではおりませぬ」
「まるで、伝説の教皇ハウネスト・バウウェルのようだな。神の力を持ちながら、それを他国への侵略などには使わず、全て民の幸福のために使った……」
王の何気ない言葉を聞いたとき、ガルニア侯爵は妙に納得した。
「ああ……そうか、彼の目に感じた畏れは……陛下、案外陛下のおっしゃっていることは当たっているのかもしれませぬな」
「ん? あの少年が、ハウネスト・バウウェルの生まれ変わりとでも?」
「あり得ぬ話ではないかと。あの目は人の嘘や悪意を見抜き、それを許さない。不思議な力を持っております。生まれ変わりでなくとも、神の力を授かっているのは間違いないかと」
「うむ、そうか……いずれにしろ、これから先、彼の動向には目が離せぬな」
王とガルニア侯爵はグラスに入ったワインを見つめながら、規格外な力を持つ不思議な少年のことを考えるのであった。
◇ ◇ ◇
同じ頃、ミハイルは王都の別宅の書斎の中を、落ち着かない様子で歩き回っていた。
そばには執事と側近の貴族二人、そしてしおれた花のようにうなだれたエリスがいた。
「欲しい、欲しいぞ、あの少年。ううむ、なんとかならぬか……」
「恐れながら、かの少年はガルニア侯爵が後ろ盾になっております。簡単には……」
「そんなことは分かっておるわっ! だから、いい策はないかと言っておるのだ、馬鹿者っ!」
「は、ははっ」
側近たちがなにも言えず俯いていると、執事がふと思いついたように口を開いた。
「旦那様、かの少年はいずれ『王都の王立学校』の教師になるでしょう。さすれば、貴族の子女と毎日接することになります」
「ん? なにが言いたい、ケネス。いや、待て、そうか、女か?」
「御意」
「おお、流石だぞ、ケネス。あはは……うん、面白い。よし、作戦会議だ」
喜ぶ公爵と側近たちの中で、うなだれていたエリスの目が輝いたのに、気づく者はいなかった。
第四章 ルート、ついにイボンヌ・ガルバンと対面する
王との対面を終えてポルージャに帰ったルートは、その夜、ミーシャの帰りを待って、ジークとともにテーブルを囲んで話し合った。
「母さん、疲れて帰ったところにごめんね」
「ううん、大丈夫よ。なにか、大事なお話なんでしょう?」
「うん、これからのことを話しておこうと思って」
ルートは、王城での一部始終を話し、王から『王都の王立学校』の教師にならないかと誘われ、承諾したことを告げた。
ミーシャは驚くと同時に、大いに喜んだ。
「まあ、素晴らしいじゃない。あなたには学校に行ってほしかったけど、生徒じゃなく先生になるなんて、母さんは大賛成よ。ああ、ルート、あなたは母さんの誇りよ」
「うん、ありがとう。愛しているよ、母さん。それでね、教師になる前にどうしても片づけておきたいことがあるんだ」
ミーシャはルートがなにを言いたいか、もちろん分かっていた。
「そう、いよいよなのね……前にも言ったけど、私としては、あなたが稼いだお金は自分のために使ってほしいって思ってる。でも、私たちのために使うことが、あなたの幸せなのよね?」
「うん、そうだよ」
ミーシャは立ち上がって、ルートのところへ行き、最愛の息子を抱きしめた。
「……分かったわ。ルート、私たちを奴隷から解放してちょうだい」
「ああ、もちろんだよ」
ルートが喜びを抑えながら、真剣な表情で言う。
ジークは思わず目頭を押さえたあと、立ち上がって二人を同時に抱きしめた。
「よし、ルート、やるぞ」
「うん」
◇ ◇ ◇
次の日、ルートはジークとともに、娼館の三階にあるイボンヌの私室を訪ねた。
イボンヌはスラム街の顔役の一人で娼館を経営している。
「母さん、『タイムズ商会』の会長が会いにきているぞ」
イボンヌの息子であり、娼館のマネージャーでもあるジャンがドアの外から声をかけた。
「なんだって、『タイムズ商会』? あのミーシャの息子が作ったっていう商会かい? ふうん、なんだろうねえ……分かった、通しな」
すぐにドアが開かれ、ジャンに案内されてルートとジークが部屋に入る。
「僕のことはご存じかと思いますが、一応ごあいさつを。『タイムズ商会』の代表を務めています、ルート・ブロワーです。こっちは副会長のジーク・バハードです」
「ひひひ……娼婦の息子がたいそうな出世じゃないか。あたしゃイボンヌだよ。まあ、座りな。ジャン、一番いいお茶を持ってきな。安いお茶じゃ、お口に合わないだろうからね。ひひひ……」
イボンヌは大きな椅子から立ち上がって、来客用のソファに移動しながら、ルートを舐め回すように見つめた。
ルートとジークも彼女の反対側のソファに座る。
「ふうん……生まれたときに見たきりだったからね。ん? いや、そう言えば、数年前に街はずれで一回会ったね。もうこんなに大きくなっていたなんて……ガキが成長するのはあっという間だね。それで、今日はなんの用だい?」
「今日は、あなたと取り引きをしたいと思ってきました」
ルートがイボンヌをまっすぐに見つめて言う。
「取り引き?」
「はい。しかも、あなたは儲けてこちらは損をする、という取り引きです」
イボンヌはしばらくいぶかし気な目でルートを見つめていたが、ふっと笑みを浮かべ、狡猾な表情で言った。
「ほお、では侯爵の見立ては間違いであると、そう申すのだな?」
「はい、失礼ながら、そうであると……」
「いや、待てブロワー。このわしの見立て違いとは、聞き捨てならぬ」
ガルニア侯爵が横合いから異議を唱え、ルートは困ってしまった。
「あははは……叔父上、飼い犬に手を噛まれましたな?」
王の左に並んだ重臣たちの先頭に立っているミハイル・グランデル公爵が、笑いながら、一歩前に進み出る。
「どこの馬の骨を連れてきたかと思えば、こんな子供で、しかも恩人の面子を潰す礼儀知らずとは。いやはや、兄上、とんだ無駄な謁見でしたな?」
ミハイルの言葉に、ガルニア侯爵はいきり立って反論した。
「わしの見立てが間違いかどうか、すぐに証明して見せよう。ミハイル、お主の自慢の騎士とこのブロワーを対決させてみよ。あっという間に勝負がつくであろう」
わざとらしいやり取りに、ルートはいぶかしげな視線を向ける。
実はこれは侯爵と王の二人によって仕組まれた茶番劇であった。
侯爵と王はあらかじめ打ち合わせをしていたのだ。
ルートが自分の力を否定すると予想していたし、侯爵が恥をかけば、それに乗じてミハイルがルートを馬鹿にするであろうことも予想できた。全ては筋書きどおりに進んだのである。
なぜ、侯爵と王がこんなことをしているかというと、それには三つの理由があった。
一つ目は、王がルートの力を実際に見て確かめ、与える恩賞が正しいと確信するため。
二つ目は、ミハイルとルートの仲を険悪にし、ルートを彼の勢力に入らせないため。
三つ目は、強力な武力が自分たちのそばにあることを、ミハイルに知らせるためであった。
今、王室内部では、国王派とミハイル派の主導権争いが静かに繰り広げられていた。
今のところ国王派が優勢だが、けっして油断はできない。
国王にとって、強力な武力が自分たちのそばにあることを、ミハイルに知らしめるメリットは大きかった。
そんな、はた迷惑な策略に巻き込まれたルートは、否応なく王城内の訓練場に連れていかれ、ミハイルのお気に入りの騎士、エリス・モートンと対戦させられることになった。
「やつは剣技もさることながら、魔法も得意な魔法剣士だ。油断するな」
ガルニア侯爵の言葉に、ルートは仏頂面をしていて、返事をしなかった。
「おい、なんだ。怒っているのか?」
「ええ、いい加減、こうして道具のように扱われるのには嫌気がさしてきました」
そう言ったルートの表情に、ガルニア侯爵は思わずぞっとする。
そして、なんとかルートをなだめようとあたふたし始めた。
確かに、ルートの利用価値を高く評価していたのは事実だ。その点をズバリと見抜かれ、言い訳もできなかった。
「あ、いや、これはだな……」
「分かっています。貴族は色々事情があって大変なんですよね。それに、貴族の言うことを聞くのが一般市民ですからね」
「……そういう皮肉は口にするな」
ルートはちらりとガルニア侯爵を見て釘を刺した。
「でも、これが最後にしてください」
「うむ、約束しよう。すまぬ」
ガルニア侯爵が申し訳なさそうに言う。
「おやおや、仲間割れですか? 今ならまだ間に合いますよ。やめますか?」
「それは、こちらのセリフだ。恥をかかぬうちに謝れば許してやろう」
ミハイルの言葉に、ガルニア侯爵が冷静に返す。
「うぬうっ、私に向かって、いくら叔父上でも無礼であるぞっ!」
「これは失礼した。だが、王位継承者である皇太子殿下以外の王族は皆同じと、わしは考えておるのでな」
「ぐぬ……その減らず口、すぐにきけぬようにしてやる。行けっ、エリス」
「はっ、お任せあれ」
光輝く鎧に身を包んだ、小柄な騎士が前に進み出てきた。
エリス・モートンは、公爵に仕えるモートン男爵の娘で、今年十七歳になる。
幼い頃から魔法の才に長けており、十三歳の若さで騎士養成所に特待生として入学した。
そしてすぐにその才能を伸ばし、十五歳になる頃には、生徒で彼女にかなうものは誰もいなくなっていた。
十六歳で公爵直属の近衛兵団に配属され、公爵の寵愛を受けるようになり、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの騎士だ。
(ふうん、ステータスはまあまあかな。《魔法防御》か、面白いスキルを持っているな。魔法は《火属性》と《土属性》を使えるみたいだ……)
ルートは訓練場の中央へ進みながら《解析》で、エリスのステータスを見た。
「小さな魔法使いさんか。じゃあ、私も魔法で相手をすることにしよう。剣で戦ったら、すぐに決着がついてしまうからな」
自信満々の少女騎士は、ルートが持っているメタルスタッフを見て笑顔でそう言った。
「いや、そんな気遣いはいりませんよ。どうぞ、真剣を使ってください」
「ほう、口だけは威勢がいいな。だが、私が真剣を使うということは、お前が死ぬということだ。それでいいのか?」
「ご心配は無用です」
エリスは笑顔で取り繕っていたが、目は怒りに燃えている。
「では遠慮なくいかせてもらう。まあ、ケガをしても治癒魔導士がいるから死ぬことはあるまい」
エリスはそう言うと、美しい細身の剣を引き抜いて構えた。
ルートは素早く《防御結界》を全身にかけ、試しに《ファイヤーボール》を放ってみた。
「ふん、私に魔法は通用しないっ!」
エリスが剣を一振りすると、炎の球はサッと霧のように消えてしまった。
ルートは即座に氷の魔法で彼女の体を固めようとしたが、これもすぐに消されてしまう。
(なるほど。《魔法防御》は結界みたいなものかと思ったけど、魔力で魔力を相殺しているのか、面白いな。じゃあ、魔力を奪ったらどうなるんだろう?)
そう思いながら、ルートは《ボムプ》でエリスの魔力の動きを見る。
《ボムプ》は魔力に色をつけ、見えるようにすることができる魔法だ。
一方エリスは、ルートが瞬時に無詠唱で魔法を使ったことに心の中で驚いていた。
「ちっ、厄介だな。早めに勝負をつけるか」
エリスはつぶやくと、一気にスピードを上げてルートに肉薄した。
ルートは風魔法でエリスのスピードを鈍らせ、ある魔法の発動準備をする。
エリスは剣で風を切り裂きながら近づき、ルートの肩に剣を振り下ろす。
――キンッ!
エリスの剣がルートの肩を切り裂いたかに思えたが、あたりに響いたのは高い金属音だ。
「なっ! くそっ、結界だと?」
エリスは叫びながら剣に魔力を流して、結界を無効化しようとする。
しかし、それより一瞬早く、ルートがエリスの腕を掴んだ。
「あっ……ば、馬鹿、な……」
エリスは力が抜けたように、ふらふらと地面に倒れ込んだ。
これにて、勝負は決した。見ていた者たちは、なにが起きたのか理解できない。
「エリスっ! なにをしている。おい、貴様、エリスになにをした?」
「心配ありません。魔力切れを起こしただけです。しばらく休めば回復しますよ」
「はあ? 魔力切れだと? ど、どういうことだ?」
わけが分からずエリスに駆け寄るミハイルを尻目に、ルートはガルニア侯爵のもとへ戻った。
「ご苦労だった。流石だな。それで、いったいなにをした?」
「エリスさんの魔力を奪ったんです」
「魔力を奪う? そんなことができるのか?」
ルートは曖昧な笑みを浮かべ、侯爵はため息を吐いて、それ以上は深く詮索しなかった。
「見事であった、ブロワー。皆の者、これでこの少年の力は分かったと思う。ガルニア侯爵の見立ては間違いではなかった。では、謁見の間に戻るといたそう」
国王の言葉に異議を唱える者はなく、一同は再び謁見の間に戻った。
「さて、ルート・ブロワーよ。今後はそなたのことを、親愛の気持ちを込めて『ルート』と呼びたいが、よいか?」
「はっ、もったいないお言葉でございます。どうぞお好きにお呼びください」
「うむ。では、わしのこともオリアスと呼んでくれ。さて、本日そなたを呼んだ理由だが、二つある。まずは、ハウネスト聖教国のクライン教皇を守り抜いてくれたことへの褒美だ。遅くなってすまないが、受け取るがよい」
王はそう言って、老年の侍従に合図した。
侍従は丁寧にお辞儀をすると、美しい勲章と金貨が詰まった皮袋を盆に載せて、ルートに歩み寄った。
そして、まず皮袋をルートに手渡すと、勲章をルートの上着の胸ポケットにピンで留める。
「よくお似合いでございます」
「ど、どうもありがとうございます」
侍従はにこやかに微笑んで頭を下げると、もとの位置に戻っていった。
「それは多大な功績を挙げた者が受ける『ラルフ光剣章』だ」
「はっ。身に余る光栄にございます。多大なる金子とともにこの身には過分な恩賞かと」
「いや、聖教国との関係を考えれば、これでも足りぬぐらいだ、気にせずともよい……が……」
王はそう言うと、ゆっくりと階段を下りながら言葉を続けた。
「……もし、過分だと思うなら、わしの願いを一つ聞いてくれぬか? これがそなたをここへ呼んだもう一つの理由なのだがな」
ルートはちらりと王のにこやかな顔を見上げ、再び頭を下げて答えた。
「はい、私にできることであればなんなりと」
「うむ。その願いとはな、そなたに『王立子女養成学問所』の魔法科教師になってもらいたいのだ」
ルートは思わず顔を上げて王を見た。そして、あわててまた下を向いて、しばらく考える。
『王立子女養成学問所』――通称『王都の王立学校』は、王家直属のエリート養成機関である。建前では王国民なら誰でも試験を受けて入学できる規則になっていたが、実際に入学できるのはほとんどが貴族だ。ごく一部、貴族とつながりのある裕福な商人の子女が入学していた。
国内には、他に三つの『王立学校』がある。
ボース辺境伯領の『ボース校』、ガルニア侯爵領の『ガルニア校』、そして、ミハイル・グランデル公爵領の『ハインツ校』だ。
この三校も、授業の中身は王都の学園と差はなく、貴族や裕福な商家の子弟が主に入学するのも同じだが、『王都の王立学校』は、その入学試験の難しさで他の学校とは一線を画していた。
ちなみに、ルートが入ろうとしていたのはガルニア校で、当時は裕福な家庭しか入れないことを知らずに、ミーシャもルートも入学の話をしていた。
「どうだ? 引き受けてくれぬか?」
「は、はい。あまりにも突然のことですぐにはお答えできませんでした。ですが、国王陛下の……」
「オリアスでよい」
「はっ。では……オリアス様直々のお言葉であれば、私が断る理由はございません……」
「おお、やってくれるか」
「はい、謹んでお受けしたいと思います。ただ、一つだけお願いがございます」
「うむ、なんでも申してみよ」
「ありがとうございます。お願いとは、私にはまだやり残したことが一つございまして、それをやり遂げたあとで、そのお話をお引き受けしてもよいかということです」
「うむ。それはかまわぬが、やり残したこととはなにか、聞いてもよいか?」
「はい。私はポルージャのスラム街で生まれ育ちました。母は奴隷娼婦で、父はどこの誰とも分かりません。ですが、私は今まで一度も、自分が不幸だと感じたことはありません。なぜなら、生まれたときから今日まで、母や母の仲間の娼婦が、精一杯愛情を注いでくれたからです」
ルートはここで一度言葉を切り、息を吸い込んで続けた。
「もちろん生活は貧しいものでした。でも、母も娼婦たちも、少ない中から惜しげもなく私に食べ物や着るものを与えてくれました。私にとって、娼婦たちは大切な家族です。彼女たちをなんとか奴隷から解放し、自由な生活をさせてやりたい。十歳のときにそう決意して、これまで頑張ってきました。その目標を達成できたら、お言葉に従い、今度はこの国のために力を尽くしたいと思います」
「……そうか、分かった。楽しみにしておるぞ」
王は少し言葉を詰まらせながら、頷いた。
「はっ。わがままを聞いていただき、ありがとうございます」
ルートの言葉に王は頷き、ちょっと考えてからこう言った。
「奴隷を解放したいのであれば、わしの書状を持っていけばすぐに解放できるぞ」
「はっ。ありがたきお心遣い、恐れ入ります。ですが自分の力で成し遂げると誓ったことを、破るわけにはいきません」
「うむ、よくぞ申した。では、見事自分の力でやり遂げよ」
「はい」
王は返事をするルートをじっと見つめ、頷いた。
「甘いな。裏の連中は面子をなにより大事にするからな。こんな子供の言葉に簡単に頷くとは思えん。教皇様が奴隷制を見直すよう声明を出したが、そのままの国も多くある。素直に王の権力に頼ればよいものを……ふふ……」
「ミハイル、控えよ」
国王がミハイルを睨みつけて言う。
「オリアス様、ありがとうございます」
「ふん……」
ミハイルの声が静かな謁見の間に異様に大きく響いた。
こうして、ルートの初めての謁見は、ハプニングはあったものの無事に終わることができた。
『王都の王立学校』の教師の件は、予想外のことだったが、ルートにとって嫌なことではなかった。
密偵の訓練で、教えることの喜びと充実感を味わっていたからだ。
今の目標を達成したあとの第二の目標として、有為の人材を育てるというのは、悪くないかもしれない。ルートはそう思うのだった。
謁見のあと、ガルニア侯爵はまだ用事があるからと、王城に残ることになり、ルートとジークはひと足早く帰路についた。
「ふぃ~、やっぱ、王様の前だと緊張が半端ねえな。商会の仕事のほうがよっぽど楽だぜ」
「本当、そうだね。早く帰ってゆっくりしよう」
ジークが運転する『魔導式蒸気自動馬車』は、軽快な蒸気音を響かせながら、王都の道を走り抜けるのだった。
◇ ◇ ◇
ルートたちが帰ったあと、王の私室では、王とガルニア侯爵がワインを酌み交わしながら、話を弾ませていた。
「面白い。あれは面白いな、叔父上。いったいどれだけのものを持っているのか、底が知れぬ。もしあれが野望を持つようになったら、厄介極まりないが……」
「まず、それはありますまい。先ほど聞いたとおり、彼の望みはささやかなものです。それ以上のことは望んではおりませぬ」
「まるで、伝説の教皇ハウネスト・バウウェルのようだな。神の力を持ちながら、それを他国への侵略などには使わず、全て民の幸福のために使った……」
王の何気ない言葉を聞いたとき、ガルニア侯爵は妙に納得した。
「ああ……そうか、彼の目に感じた畏れは……陛下、案外陛下のおっしゃっていることは当たっているのかもしれませぬな」
「ん? あの少年が、ハウネスト・バウウェルの生まれ変わりとでも?」
「あり得ぬ話ではないかと。あの目は人の嘘や悪意を見抜き、それを許さない。不思議な力を持っております。生まれ変わりでなくとも、神の力を授かっているのは間違いないかと」
「うむ、そうか……いずれにしろ、これから先、彼の動向には目が離せぬな」
王とガルニア侯爵はグラスに入ったワインを見つめながら、規格外な力を持つ不思議な少年のことを考えるのであった。
◇ ◇ ◇
同じ頃、ミハイルは王都の別宅の書斎の中を、落ち着かない様子で歩き回っていた。
そばには執事と側近の貴族二人、そしてしおれた花のようにうなだれたエリスがいた。
「欲しい、欲しいぞ、あの少年。ううむ、なんとかならぬか……」
「恐れながら、かの少年はガルニア侯爵が後ろ盾になっております。簡単には……」
「そんなことは分かっておるわっ! だから、いい策はないかと言っておるのだ、馬鹿者っ!」
「は、ははっ」
側近たちがなにも言えず俯いていると、執事がふと思いついたように口を開いた。
「旦那様、かの少年はいずれ『王都の王立学校』の教師になるでしょう。さすれば、貴族の子女と毎日接することになります」
「ん? なにが言いたい、ケネス。いや、待て、そうか、女か?」
「御意」
「おお、流石だぞ、ケネス。あはは……うん、面白い。よし、作戦会議だ」
喜ぶ公爵と側近たちの中で、うなだれていたエリスの目が輝いたのに、気づく者はいなかった。
第四章 ルート、ついにイボンヌ・ガルバンと対面する
王との対面を終えてポルージャに帰ったルートは、その夜、ミーシャの帰りを待って、ジークとともにテーブルを囲んで話し合った。
「母さん、疲れて帰ったところにごめんね」
「ううん、大丈夫よ。なにか、大事なお話なんでしょう?」
「うん、これからのことを話しておこうと思って」
ルートは、王城での一部始終を話し、王から『王都の王立学校』の教師にならないかと誘われ、承諾したことを告げた。
ミーシャは驚くと同時に、大いに喜んだ。
「まあ、素晴らしいじゃない。あなたには学校に行ってほしかったけど、生徒じゃなく先生になるなんて、母さんは大賛成よ。ああ、ルート、あなたは母さんの誇りよ」
「うん、ありがとう。愛しているよ、母さん。それでね、教師になる前にどうしても片づけておきたいことがあるんだ」
ミーシャはルートがなにを言いたいか、もちろん分かっていた。
「そう、いよいよなのね……前にも言ったけど、私としては、あなたが稼いだお金は自分のために使ってほしいって思ってる。でも、私たちのために使うことが、あなたの幸せなのよね?」
「うん、そうだよ」
ミーシャは立ち上がって、ルートのところへ行き、最愛の息子を抱きしめた。
「……分かったわ。ルート、私たちを奴隷から解放してちょうだい」
「ああ、もちろんだよ」
ルートが喜びを抑えながら、真剣な表情で言う。
ジークは思わず目頭を押さえたあと、立ち上がって二人を同時に抱きしめた。
「よし、ルート、やるぞ」
「うん」
◇ ◇ ◇
次の日、ルートはジークとともに、娼館の三階にあるイボンヌの私室を訪ねた。
イボンヌはスラム街の顔役の一人で娼館を経営している。
「母さん、『タイムズ商会』の会長が会いにきているぞ」
イボンヌの息子であり、娼館のマネージャーでもあるジャンがドアの外から声をかけた。
「なんだって、『タイムズ商会』? あのミーシャの息子が作ったっていう商会かい? ふうん、なんだろうねえ……分かった、通しな」
すぐにドアが開かれ、ジャンに案内されてルートとジークが部屋に入る。
「僕のことはご存じかと思いますが、一応ごあいさつを。『タイムズ商会』の代表を務めています、ルート・ブロワーです。こっちは副会長のジーク・バハードです」
「ひひひ……娼婦の息子がたいそうな出世じゃないか。あたしゃイボンヌだよ。まあ、座りな。ジャン、一番いいお茶を持ってきな。安いお茶じゃ、お口に合わないだろうからね。ひひひ……」
イボンヌは大きな椅子から立ち上がって、来客用のソファに移動しながら、ルートを舐め回すように見つめた。
ルートとジークも彼女の反対側のソファに座る。
「ふうん……生まれたときに見たきりだったからね。ん? いや、そう言えば、数年前に街はずれで一回会ったね。もうこんなに大きくなっていたなんて……ガキが成長するのはあっという間だね。それで、今日はなんの用だい?」
「今日は、あなたと取り引きをしたいと思ってきました」
ルートがイボンヌをまっすぐに見つめて言う。
「取り引き?」
「はい。しかも、あなたは儲けてこちらは損をする、という取り引きです」
イボンヌはしばらくいぶかし気な目でルートを見つめていたが、ふっと笑みを浮かべ、狡猾な表情で言った。
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