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3巻
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◇ ◇ ◇
「おお、あんたが噂のブロワーさんか。よく来たな、会えて嬉しいぜ」
翌日。ルートたちはポルージャの屋台組合の元締めで、スラム街のボスの一人ジェイド・コパンに会いにきていた。
頬に大きな傷のある強面を崩し、ジェイドが人懐っこく笑う。
ルートは差し出されたごつい手を握ると、早速話をもちかけた。
「今日伺ったのは他でもありません、うちの『タイムズ商会』で考案した食べ物を、屋台で売ってもらえないかお願いにきました」
「ほう、そりゃあ構わねえが、どんなものを売りたいんだ?」
ルートはにんまりしながら、愛用のマジックバッグから紙に包んだ二つの食べ物を取り出して、テーブルの上に置いた。
「どうぞ、食べてみてください」
ジェイドは怪訝な顔で、まず唐揚げの入った袋を手に取って、中を覗き込んだ。
「こいつは、なにかを油で揚げたものだな?」
「はい、それは唐揚げといって、鶏肉をぶつ切りにして下味をつけ、かたくり粉をまぶして揚げたものです」
「かたくり粉?」
「ああ、ええっと、ジャガイモからデンプンという成分を絞り出して、乾かしたものです。まあ、試しに食べてみてください。その串を使うと食べやすいですよ」
ルートがそう言うと、ジェイドは串で唐揚げを一つ突き刺し、おもむろに口に運んだ。
「んん? ……うううん、美味いっ! こりゃ、たまらん」
「あははは……そうだろう? 酒のつまみに最高なんだぜ、カラアゲは」
ルートの後ろでジークが自慢げに笑って、そう言った。
「気に入ってもらえてよかったです。ああ、それは全部さしあげますので、どうぞあとで食べてください。では、次のものを食べてみてください」
夢中になって唐揚げを食べているジェイドに、ルートが言う。
「んぐ……ふう……いやあ、美味かった。どれどれ、次はどんなものかな?」
ジェイドは子供のように目を輝かせて、次の袋に手を伸ばした。
「それは、ボアの肉を揚げたトンカツというものを、レタスと一緒にパンにはさんだ食べ物です。カツサンドと言います」
「ほう、カツサンドねえ。どれどれ……んぐ……んぐ……」
食べ始めると、ジェイドはすぐに目を丸くして、いったん口を動かすのをやめ、パンの中身を開いてじっと見つめた。
そしてまた何口か食べてから、袋を置いてルートに視線を向ける。
「こりゃあ、売れるなんてもんじゃねえよ。どこの店に出してもあっという間に売れ切れる品物だ。カラアゲもそうだ。本当にこれを屋台で売らせてくれるのかい?」
「はい。ただし、期間限定です。実は、この商品はうちのレストランで売ろうと思っているんですが、その前に、屋台で売って調査しようと思っているんです。街の人の意見も聞きたいですし。そこで、屋台を貸していただけないでしょうか? だいたい三か月くらいを予定していますが、どうでしょうか?」
「う~ん、期間限定か。そいつは残念だ。これをずっと売らせてもらえれば、大儲けできるんだがなあ……もう、商業ギルドに特許申請をしてるのかい?」
「はい、唐揚げはポルージャの商業ギルドに、カツサンドはボーゲルの商業ギルドに申請しています。使用料はどちらも年五万ベニーです」
「五万? そいつは安すぎるんじゃねえか?」
「はい。できるだけ多くの人にレシピを使用してもらいたいですから」
「そうか、よし、売れ行きを見てから、俺も使用料を払って、レシピを買うことにするよ。屋台の件は承知した。明日、また来てくれたら準備をしておくよ」
「ありがとうございます。では、屋台の代金。それと売り上げの三割をそちらに支払うということで、契約書を作りますが、いいですか?」
「う、売り上げの三割? そんなに、いいのかい?」
「ええ、快く引き受けてくださったお礼です」
ジェイドは、完全にこの少年に脱帽した。
そしてこの半年後、ジェイドの屋台組合は『タイムズ商会』の傘下に入り、彼は『屋台事業部』の責任者になるのだった。
第二章 リーナの苦悩
「毛皮がだいぶ溜まったで、オラ、ちょっくら街に売りにいってくるべ。帰りに食料なんかも買ってくるが、なんか欲しいものはあるだか?」
トッドがリーナに問いかける。
トッドはリーナを助けた若者で、山の中で一人で暮らしていた。
リーナが目を覚ましたのは、ビオラが声明を発表した年の秋で、その間彼はずっと献身的に看病をしていた。
リーナが目を覚ましトッドと生活を始めてから、二か月が過ぎようとしている。
この日、トッドはリーナに初めて、リンドバルの街に出かけることを告げた。
これまで街に行くと伝えるのをためらっていたのは、街に彼女の知り合いがいたり、彼女がなにか思い出すきっかけがあったりするのではないかと、恐れていたからだ。
トッドは、できればこのまま、リーナが永遠に記憶を失ったままでいてくれるように願っていた。そうすれば、彼女はここでずっと暮らしてくれるだろう。
そう、トッドはリーナに恋をしていたのだ。
その気持ちは日を追うごとに大きくなり、もう心の中に留めておけないほどになっていた。
「私も一緒に行っていい?」
「え、あ、うん、いいけどよ、かなり歩くぞ? ここでゆっくりしていたらどうだ?」
「ん、でも、記憶が戻るきっかけがあるかもしれない。行きたい」
「わ、分かった……耳は隠したほうがいいで、フード付きの毛皮を着ていけ」
トッドはできるだけ顔が隠れるようにそう言って、荷物をまとめ始めた。
そろそろ雪が降り始める時期なので、割と温暖なこのあたりでも風は冷たい。
毛皮の束を積んだ背負子を担いだリーナは、身軽に山道を下っていく。
山道に慣れているはずのトッドのほうが、ついていくのがやっとの状態だった。
そうして二時間ほど下って、ふもとに近づいたとき、前を行くリーナが不意に立ち止まって、あるものをじっと見つめた。
「どうしただ? なにかいたのか?」
「あれ、なに?」
彼女が指さした先には、樹皮が斜めに削られ、バケツをくくりつけられた数本の木が並んでいた。
「ああ、あれはゴムとかいうものを採るボコダの木だよ」
「ゴム……」
リーナはその言葉を以前聞いたことがあるような気がした。
懸命に心の中で何度もゴムという言葉を繰り返し、記憶の糸をたどるが、頭の中に白い靄がかかったように、なにも思い出せない。
リーナは思わず、頭を抱えて座り込んだ。
「お、おい、どうしただ? 気分が悪くなっただか?」
「う、ん……いいえ、大丈夫。ゴムってなにに使うの?」
「いや、オラは知らねえ。なにか思い出しただか?」
「ううん。聞いたことはあるんだけど、思い出せない」
「ま、まあ、そう焦るな。いつかは思い出すさ」
(オラの嫁っこになったあとにな)
トッドは心の中でそう思いながら、リーナに微笑みかける。
それから、二人はまた三十分ほど歩いて、やっとリンドバルの街の門の前に着いた。
「獣人だとバレねえようにな」
「ん……」
二人は列に並んで、衛兵の検問を待った。
もし、このとき、リーナがフードを深く被っていなかったら、衛兵が彼女に気づいただろう。
衛兵たちはルートが率いるパーティ『時の旅人』を何度も見ていたからだ。
「よし、次」
「ご苦労さんです。毛皮を売りにきましただ」
「おう、トッドか。久しぶりだな。ん? 後ろのやつは誰だ?」
「ああ、オラの従妹ですだ。しばらく手伝ってもらうことになりましただよ」
「ほお、従妹がいたのか。ふむ、なかなか別嬪さんだな」
「あははは……人見知りだで、あんまし見ないでやってくだせえ」
「あはは……そうか。よし、通っていいぞ」
二人はそそくさと門を通って街の中へ入っていった。
「できるだけ、顔を見せないようにな」
トッドは念を押して、市場への道を急いだ。
リーナの知り合いでもいたら、と思うと気が気ではなかったのだ。
だが、この街にリーナと親しい人物はほとんどいなかった。
もし、冒険者ギルドかポチョル商会、そして宿屋の『雨宿り亭』、このどれかに行くことがあれば、リーナをよく知る人物がいたのだが……
「前に来たときより、ずいぶん賑わってるだな」
トッドが思わずつぶやく。
リンドバルの街も、ポルージャからの道路整備事業に協力していたので、出稼ぎ労働者が増えていたのである。街には活気があった。
そして、市場に近づいたとき、リーナがまた不意に立ち止まった。
「おい、どうしただ?」
トッドが振り返って見ると、リーナは少し上を向いて、鼻をひくひくさせている。
そこは、街の公共広場の入り口だった。
「この匂い、なに?」
「匂い? う~ん、なにも感じねえが……あっ、おい、どこさ行くだ」
「こっちから匂う」
リーナはそう言って、スタスタと広場の中に入っていく。トッドはあわててあとを追いかける。
リーナが匂いを辿って着いたのは、肉串を売っている屋台だった。
「いらっしゃい。美味しい肉串だよ、どうだい?」
「にくぐし……」
「なんだ、肉串が食いてえだか? 欲しいなら買ってやるべ。おやじ、二本くれ」
あわてて走ってきたトッドが、息を整えながら店主に言った。
「はいよ、毎度。若夫婦かい? いいねえ、仲良くて」
「い、いやあ、夫婦じゃねえよ。こいつは従妹なんだ」
「ほお、そうかい……ん? あれ? 嬢ちゃん、前に見たことが……」
「あ、ああ、ありがとよ、じゃあ、これ代金な。おい、行くぞ」
トッドはあわてて肉串の入った袋を受け取り、お金を払うと、リーナの手を引っ張って屋台から離れた。
リーナはさっきからじっと考え込んでいた。
肉串の匂いは、確かに以前に嗅いだことがある。
そして、彼女はその肉串を誰かにもらったような気がしていた。
(手……とても温かい手……誰だろう、どうしても顔と名前が思い出せない……とても大切な人のような気がする……ああ、どうすれば思い出せるの? どうすれば……)
リーナは肉串を見つめながら、考え続けた。
「…い……おい……どうしたんだ?」
「あ、うん、なにか思い出せそうなんだけど……どうしても、白い靄が邪魔をして……」
「そうか……まあ、焦ってもしようがねえべ。のんびり構えていればそのうち思い出すさ」
「ん……分かった」
結局、その日はなにも思い出せなかったが、リーナの頭には『ゴム』と『肉串』、そして『温かい手の誰か』という三つのことが、深く刻まれた。
山に帰り、再びトッドと二人の生活に戻ったが、リーナは狩りのかたわらで、畑仕事や家事もしながら、常に頭の中では三つのことを考え続けた。
そんなリーナを見て、トッドはいよいよ焦りを感じ始めていた。
なんとかリーナに考えるのをやめさせようと、あれこれ手を打ったが、彼女はますます物思いにふけることが多くなった。
そして、ついにトッドは決意を固めて、その夜、リーナがいる部屋を訪れた。
「リーナ、ちょっといいか?」
「あ、ん、どうぞ」
リーナが使っているのは、トッドの母親がかつて使っていた部屋だ。
その部屋に入ったトッドは、切羽詰まった顔でいきなりリーナの前に土下座した。
「リーナ、お、オラの嫁さんになってくれねえだか」
「えっ、あの……そんな急に言われても……」
「ああ、いきなりだってことは分かってる。だども、オラ、リーナが好きだ。リーナを山で見つけたとき、神様がオラのために遣わしてくださったんだと思った。きっと、幸せにするから、なっ、嫁さんになってくれ」
リーナはトッドの気持ちには薄々気づいていた。
だが、記憶が戻っていない状況で、彼が告白をするとは考えなかった。それは弱みにつけ込むことだし、彼がそんな人だとは思わなかったからだ。
ただ、トッドが命の恩人であることは間違いない。
その恩を返すために結婚しろと言われたら、無下に断ることはできなかった。
リーナがもし、冷たい性格だったらこう考えただろう。
トッドが自分を見つけたのは単なる偶然。もしトッドがいなかったら、自分は死んでいただろうか? 一人ででも生きていけたのではないかと。
でも、心優しいリーナは、そうは考えなかった。
「トッド、気持ちは嬉しい。でも記憶が戻らないと、心の整理がつかない。記憶が戻ったとき、もう一度よく考えてみる。それでいい?」
「あ、ああ、そうだな……だども、オラがいなかったら、おめえは魔物の餌になっていたかもしれねえだ。それは分かってるよな?」
「う、うん。感謝している」
「そうか。なら、記憶が戻るまで、オラも待つだよ」
その夜から、リーナの苦悩が始まった。
もういっそ、このままここでトッドと暮らそうか、と諦めそうにもなった。
しかし、彼女には、どうしても忘れたままではいけない誰かがいるように思えてならなかったのだ。
こうして、リーナが苦悩する日々を過ごすうちに、山に雪が降った。
しかし、やがて冬が終わり、雪解けの森の中に鳥の声が明るく響く季節になる。
第三章 ルート、王と対面する
「シナモンドーナツを三つちょうだいな」
「はい、毎度ありがとうございます」
「うちの旦那と息子の好物でね。毎日食べたいって言うからさ。ふふ……それにしても、このあたりは見違えるように変わったわねえ」
ポルージャのスラム街だった場所には集合住宅が立ち並び、そのうちの一つに新しくできたドーナツ店は、多くの客で賑わっていた。
店の店員とドーナツを買いにきた親子が楽しそうに雑談をしている。
集合住宅の周りには、広く清潔な通りと、二つの工房、遊具が置かれた美しい公園がある。
今では、このあたりは街の人々の憩いの場になっていた。
まだ娼館とルートたちが住む、ぼろアパートのところまでは開発が進んでいなかったが、ルートの頭の中にはちゃんと計画がある。
ルートは『タイムズ商会』で売る商品の特許を取ったあと、その権利を独占せず、誰でも特許料を払えば、自由に商品を作って売れるようにした。
ただし、ポーション類だけはルートでないと作れず、レシピがなかった。
そもそも、ほとんどの商品は自分が発明したのではなく、前世の知識から生まれたものだったので、独り占めする気持ちはなかったのだ。
ベンソンたちはあり得ないと呆れていたが……
自由に売って儲けて、そのお金をまた使ってくれたら、経済が回って、皆が潤うはずなのだ。
こうして、実はルートのおかげで、彼が全く知らないところで、大勢の人間が救われていた。
例えば、今、街中で人気沸騰中の『ドーナツ』。
タイムズ商会の本店で最初に販売を始めたのだが、初めのうちは、なじみがなかったせいか、あまり売れなかった。
ところが、北のグランデル公爵領から来た商人が、『ドーナツ』を食べて、その美味しさと安さに驚き、だめもとで商業ギルドに特許の値段を聞きにいったのである。
すると、驚いたことに特許の使用料は嘘みたいに安かった。
商人は早速使用料を払い、持ち帰って自分の店でレシピどおりに作って売り出したのである。
これが、たちまち大評判となり、ポルージャの街にも、その商人の店がオープンしたのだった。
実はこの商人、商売に行き詰まり、多額の借金を抱えていた。
家族や従業員のために、なにか起死回生の策はないかと、今評判の『タイムズ商会』を見にきたのだ。
そのおかげで、危機から脱し、一家で借金に苦しめられずにすんだのである。こういう例は、表に出ないだけで他にもたくさんあった。
まさに、ルートの望みどおり、お金が上手く回ることで、多くの人が潤うという結果が生まれていたのだった。
◇ ◇ ◇
季節は少し進み、二月の半ばのある日。
ついにルートのもとに、グランデル国王からの召喚状が届いた。持ってきたのはガルニア侯爵家の執事ライマン・コルテスだ。
「当家の主は二日後に屋敷に来てほしいと申しております。ご都合はよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です。何時に行けばいいでしょうか?」
「王城には午後登城するとのことでした。昼食をこちらで用意いたしますので、そのつもりでおいでください」
ライマンは詳細を告げると、『魔導式蒸気自動馬車』に乗って帰っていった。
ルートは、近々王城に呼ばれると聞いていたので、最近は仕事をセーブし、どうしても必要な用事以外は予定を空けていた。なので、王の召集には応じることができそうだった。
二日後、ルートはジークとともにガルニア家へ向かった。
そして、侯爵家で豪華な昼食を食べたあと、二台の『魔導式蒸気自動馬車』で王都へ出発する。
ルートにとっては、初めての王都だった。
王都までの道は石畳できれいに整備され、広くて、『魔導式蒸気自動馬車』で走ると実に快適だ。
四十分ほど走ったところで、遠くに高い城壁が見えてきた。
城門が近づくと、検問を待つ人々が長い列を作っているのが分かる。
しかし、前を行くガルニア侯爵の『魔導式蒸気自動馬車』は止まる気配を見せず、そのまま列の横を走っていく。後続の『魔導式蒸気自動馬車』を運転するジークは、戸惑いながらもその後ろについていった。
城壁の前に着いたガルニア侯爵の『魔導式蒸気自動馬車』に、二人の衛兵が走って近づいてくる。
「これはガルニア侯爵閣下。どうぞ、あちらの専用門からお入りください」
「うむ。後ろもわしの連れだ。一緒に通るぞ」
「はっ。どうぞ」
その門は緊急で軍隊が出動する際に使うものだ。
しかし、普段は貴族や王族、そして外部からの賓客が出入りする門として使われていた。
門をくぐると、広く整備された道がまっすぐに続き、両側には兵舎や訓練場など、国軍の施設が並んでいる。
『魔導式蒸気自動馬車』は人混みに全く遭遇することなく、緩やかに曲がりくねった上り坂を進み、王城までスムースに走り続けた。
近衛兵が守る内門を抜けると、いよいよ王城が見えてくる。
『魔導式蒸気自動馬車』が城のロータリーに入り、止まった。侯爵とルートが先に降り、ライマンとジークは『魔導式蒸気自動馬車』を停車場へ移動させにいく。
ジークたちが帰ってきてから、ガルニア侯爵を先頭にルートたちは城の階段を上っていった。
「ガルニア侯爵様とルート・ブロワー様がおいでにございます」
案内役の侍従が声高に告げ、謁見の間の扉が重々しく開かれた。
主だった重臣たちが部屋の左右に並んでおり、その中を、ガルニア侯爵とルート、そして少し離れてライマンとジークが並び、王の前に進んでいく。
一同は玉座への階段の下まで進むと、そこで片膝を折って頭を下げ、右手を胸に当てた。
「陛下、ルート・ブロワーを連れてまいりました」
「うむ、侯爵ご苦労であったな」
ガルニア侯爵は一礼すると立ち上がって、王の右に並ぶ重臣たちの先頭へ移動した。
「ブロワー、面を上げよ」
「はっ」
ルートは片膝をついたまま、顔を上げて王を見た。
年は四十代半ばくらいだろうか。金髪に茶色の瞳、口の周りには立派な髭をたくわえていた。
「そなたのことは、侯爵から色々聞いておる。あの蒸気で動く馬車もそなたの発明と聞いたが、まことか?」
「はい。私が作りました」
「ふむ。しかも、その年で商会を立ち上げ、今では国内でも屈指の大商会に成長しているとか……大したものだ。誰か、師とする者がいるのか?」
「お褒めにあずかり、ありがたき幸せに存じます。特に師と仰ぐ者はおりませんが、多くの人たちに支えられて、今の私があると思っております」
「そうか、謙虚だな。だが、侯爵の報告では、そなたの持つ力は古の英雄にも匹敵するほどだそうな。自分ではどう思っておるのだ?」
ガルニア侯爵はコルテス子爵から話を聞き、ルートが密偵を訓練した際に、とてつもない力を発揮したことを王に報告していた。それを聞いていた王は、ルートにそう問いかけた。
「おお、あんたが噂のブロワーさんか。よく来たな、会えて嬉しいぜ」
翌日。ルートたちはポルージャの屋台組合の元締めで、スラム街のボスの一人ジェイド・コパンに会いにきていた。
頬に大きな傷のある強面を崩し、ジェイドが人懐っこく笑う。
ルートは差し出されたごつい手を握ると、早速話をもちかけた。
「今日伺ったのは他でもありません、うちの『タイムズ商会』で考案した食べ物を、屋台で売ってもらえないかお願いにきました」
「ほう、そりゃあ構わねえが、どんなものを売りたいんだ?」
ルートはにんまりしながら、愛用のマジックバッグから紙に包んだ二つの食べ物を取り出して、テーブルの上に置いた。
「どうぞ、食べてみてください」
ジェイドは怪訝な顔で、まず唐揚げの入った袋を手に取って、中を覗き込んだ。
「こいつは、なにかを油で揚げたものだな?」
「はい、それは唐揚げといって、鶏肉をぶつ切りにして下味をつけ、かたくり粉をまぶして揚げたものです」
「かたくり粉?」
「ああ、ええっと、ジャガイモからデンプンという成分を絞り出して、乾かしたものです。まあ、試しに食べてみてください。その串を使うと食べやすいですよ」
ルートがそう言うと、ジェイドは串で唐揚げを一つ突き刺し、おもむろに口に運んだ。
「んん? ……うううん、美味いっ! こりゃ、たまらん」
「あははは……そうだろう? 酒のつまみに最高なんだぜ、カラアゲは」
ルートの後ろでジークが自慢げに笑って、そう言った。
「気に入ってもらえてよかったです。ああ、それは全部さしあげますので、どうぞあとで食べてください。では、次のものを食べてみてください」
夢中になって唐揚げを食べているジェイドに、ルートが言う。
「んぐ……ふう……いやあ、美味かった。どれどれ、次はどんなものかな?」
ジェイドは子供のように目を輝かせて、次の袋に手を伸ばした。
「それは、ボアの肉を揚げたトンカツというものを、レタスと一緒にパンにはさんだ食べ物です。カツサンドと言います」
「ほう、カツサンドねえ。どれどれ……んぐ……んぐ……」
食べ始めると、ジェイドはすぐに目を丸くして、いったん口を動かすのをやめ、パンの中身を開いてじっと見つめた。
そしてまた何口か食べてから、袋を置いてルートに視線を向ける。
「こりゃあ、売れるなんてもんじゃねえよ。どこの店に出してもあっという間に売れ切れる品物だ。カラアゲもそうだ。本当にこれを屋台で売らせてくれるのかい?」
「はい。ただし、期間限定です。実は、この商品はうちのレストランで売ろうと思っているんですが、その前に、屋台で売って調査しようと思っているんです。街の人の意見も聞きたいですし。そこで、屋台を貸していただけないでしょうか? だいたい三か月くらいを予定していますが、どうでしょうか?」
「う~ん、期間限定か。そいつは残念だ。これをずっと売らせてもらえれば、大儲けできるんだがなあ……もう、商業ギルドに特許申請をしてるのかい?」
「はい、唐揚げはポルージャの商業ギルドに、カツサンドはボーゲルの商業ギルドに申請しています。使用料はどちらも年五万ベニーです」
「五万? そいつは安すぎるんじゃねえか?」
「はい。できるだけ多くの人にレシピを使用してもらいたいですから」
「そうか、よし、売れ行きを見てから、俺も使用料を払って、レシピを買うことにするよ。屋台の件は承知した。明日、また来てくれたら準備をしておくよ」
「ありがとうございます。では、屋台の代金。それと売り上げの三割をそちらに支払うということで、契約書を作りますが、いいですか?」
「う、売り上げの三割? そんなに、いいのかい?」
「ええ、快く引き受けてくださったお礼です」
ジェイドは、完全にこの少年に脱帽した。
そしてこの半年後、ジェイドの屋台組合は『タイムズ商会』の傘下に入り、彼は『屋台事業部』の責任者になるのだった。
第二章 リーナの苦悩
「毛皮がだいぶ溜まったで、オラ、ちょっくら街に売りにいってくるべ。帰りに食料なんかも買ってくるが、なんか欲しいものはあるだか?」
トッドがリーナに問いかける。
トッドはリーナを助けた若者で、山の中で一人で暮らしていた。
リーナが目を覚ましたのは、ビオラが声明を発表した年の秋で、その間彼はずっと献身的に看病をしていた。
リーナが目を覚ましトッドと生活を始めてから、二か月が過ぎようとしている。
この日、トッドはリーナに初めて、リンドバルの街に出かけることを告げた。
これまで街に行くと伝えるのをためらっていたのは、街に彼女の知り合いがいたり、彼女がなにか思い出すきっかけがあったりするのではないかと、恐れていたからだ。
トッドは、できればこのまま、リーナが永遠に記憶を失ったままでいてくれるように願っていた。そうすれば、彼女はここでずっと暮らしてくれるだろう。
そう、トッドはリーナに恋をしていたのだ。
その気持ちは日を追うごとに大きくなり、もう心の中に留めておけないほどになっていた。
「私も一緒に行っていい?」
「え、あ、うん、いいけどよ、かなり歩くぞ? ここでゆっくりしていたらどうだ?」
「ん、でも、記憶が戻るきっかけがあるかもしれない。行きたい」
「わ、分かった……耳は隠したほうがいいで、フード付きの毛皮を着ていけ」
トッドはできるだけ顔が隠れるようにそう言って、荷物をまとめ始めた。
そろそろ雪が降り始める時期なので、割と温暖なこのあたりでも風は冷たい。
毛皮の束を積んだ背負子を担いだリーナは、身軽に山道を下っていく。
山道に慣れているはずのトッドのほうが、ついていくのがやっとの状態だった。
そうして二時間ほど下って、ふもとに近づいたとき、前を行くリーナが不意に立ち止まって、あるものをじっと見つめた。
「どうしただ? なにかいたのか?」
「あれ、なに?」
彼女が指さした先には、樹皮が斜めに削られ、バケツをくくりつけられた数本の木が並んでいた。
「ああ、あれはゴムとかいうものを採るボコダの木だよ」
「ゴム……」
リーナはその言葉を以前聞いたことがあるような気がした。
懸命に心の中で何度もゴムという言葉を繰り返し、記憶の糸をたどるが、頭の中に白い靄がかかったように、なにも思い出せない。
リーナは思わず、頭を抱えて座り込んだ。
「お、おい、どうしただ? 気分が悪くなっただか?」
「う、ん……いいえ、大丈夫。ゴムってなにに使うの?」
「いや、オラは知らねえ。なにか思い出しただか?」
「ううん。聞いたことはあるんだけど、思い出せない」
「ま、まあ、そう焦るな。いつかは思い出すさ」
(オラの嫁っこになったあとにな)
トッドは心の中でそう思いながら、リーナに微笑みかける。
それから、二人はまた三十分ほど歩いて、やっとリンドバルの街の門の前に着いた。
「獣人だとバレねえようにな」
「ん……」
二人は列に並んで、衛兵の検問を待った。
もし、このとき、リーナがフードを深く被っていなかったら、衛兵が彼女に気づいただろう。
衛兵たちはルートが率いるパーティ『時の旅人』を何度も見ていたからだ。
「よし、次」
「ご苦労さんです。毛皮を売りにきましただ」
「おう、トッドか。久しぶりだな。ん? 後ろのやつは誰だ?」
「ああ、オラの従妹ですだ。しばらく手伝ってもらうことになりましただよ」
「ほお、従妹がいたのか。ふむ、なかなか別嬪さんだな」
「あははは……人見知りだで、あんまし見ないでやってくだせえ」
「あはは……そうか。よし、通っていいぞ」
二人はそそくさと門を通って街の中へ入っていった。
「できるだけ、顔を見せないようにな」
トッドは念を押して、市場への道を急いだ。
リーナの知り合いでもいたら、と思うと気が気ではなかったのだ。
だが、この街にリーナと親しい人物はほとんどいなかった。
もし、冒険者ギルドかポチョル商会、そして宿屋の『雨宿り亭』、このどれかに行くことがあれば、リーナをよく知る人物がいたのだが……
「前に来たときより、ずいぶん賑わってるだな」
トッドが思わずつぶやく。
リンドバルの街も、ポルージャからの道路整備事業に協力していたので、出稼ぎ労働者が増えていたのである。街には活気があった。
そして、市場に近づいたとき、リーナがまた不意に立ち止まった。
「おい、どうしただ?」
トッドが振り返って見ると、リーナは少し上を向いて、鼻をひくひくさせている。
そこは、街の公共広場の入り口だった。
「この匂い、なに?」
「匂い? う~ん、なにも感じねえが……あっ、おい、どこさ行くだ」
「こっちから匂う」
リーナはそう言って、スタスタと広場の中に入っていく。トッドはあわててあとを追いかける。
リーナが匂いを辿って着いたのは、肉串を売っている屋台だった。
「いらっしゃい。美味しい肉串だよ、どうだい?」
「にくぐし……」
「なんだ、肉串が食いてえだか? 欲しいなら買ってやるべ。おやじ、二本くれ」
あわてて走ってきたトッドが、息を整えながら店主に言った。
「はいよ、毎度。若夫婦かい? いいねえ、仲良くて」
「い、いやあ、夫婦じゃねえよ。こいつは従妹なんだ」
「ほお、そうかい……ん? あれ? 嬢ちゃん、前に見たことが……」
「あ、ああ、ありがとよ、じゃあ、これ代金な。おい、行くぞ」
トッドはあわてて肉串の入った袋を受け取り、お金を払うと、リーナの手を引っ張って屋台から離れた。
リーナはさっきからじっと考え込んでいた。
肉串の匂いは、確かに以前に嗅いだことがある。
そして、彼女はその肉串を誰かにもらったような気がしていた。
(手……とても温かい手……誰だろう、どうしても顔と名前が思い出せない……とても大切な人のような気がする……ああ、どうすれば思い出せるの? どうすれば……)
リーナは肉串を見つめながら、考え続けた。
「…い……おい……どうしたんだ?」
「あ、うん、なにか思い出せそうなんだけど……どうしても、白い靄が邪魔をして……」
「そうか……まあ、焦ってもしようがねえべ。のんびり構えていればそのうち思い出すさ」
「ん……分かった」
結局、その日はなにも思い出せなかったが、リーナの頭には『ゴム』と『肉串』、そして『温かい手の誰か』という三つのことが、深く刻まれた。
山に帰り、再びトッドと二人の生活に戻ったが、リーナは狩りのかたわらで、畑仕事や家事もしながら、常に頭の中では三つのことを考え続けた。
そんなリーナを見て、トッドはいよいよ焦りを感じ始めていた。
なんとかリーナに考えるのをやめさせようと、あれこれ手を打ったが、彼女はますます物思いにふけることが多くなった。
そして、ついにトッドは決意を固めて、その夜、リーナがいる部屋を訪れた。
「リーナ、ちょっといいか?」
「あ、ん、どうぞ」
リーナが使っているのは、トッドの母親がかつて使っていた部屋だ。
その部屋に入ったトッドは、切羽詰まった顔でいきなりリーナの前に土下座した。
「リーナ、お、オラの嫁さんになってくれねえだか」
「えっ、あの……そんな急に言われても……」
「ああ、いきなりだってことは分かってる。だども、オラ、リーナが好きだ。リーナを山で見つけたとき、神様がオラのために遣わしてくださったんだと思った。きっと、幸せにするから、なっ、嫁さんになってくれ」
リーナはトッドの気持ちには薄々気づいていた。
だが、記憶が戻っていない状況で、彼が告白をするとは考えなかった。それは弱みにつけ込むことだし、彼がそんな人だとは思わなかったからだ。
ただ、トッドが命の恩人であることは間違いない。
その恩を返すために結婚しろと言われたら、無下に断ることはできなかった。
リーナがもし、冷たい性格だったらこう考えただろう。
トッドが自分を見つけたのは単なる偶然。もしトッドがいなかったら、自分は死んでいただろうか? 一人ででも生きていけたのではないかと。
でも、心優しいリーナは、そうは考えなかった。
「トッド、気持ちは嬉しい。でも記憶が戻らないと、心の整理がつかない。記憶が戻ったとき、もう一度よく考えてみる。それでいい?」
「あ、ああ、そうだな……だども、オラがいなかったら、おめえは魔物の餌になっていたかもしれねえだ。それは分かってるよな?」
「う、うん。感謝している」
「そうか。なら、記憶が戻るまで、オラも待つだよ」
その夜から、リーナの苦悩が始まった。
もういっそ、このままここでトッドと暮らそうか、と諦めそうにもなった。
しかし、彼女には、どうしても忘れたままではいけない誰かがいるように思えてならなかったのだ。
こうして、リーナが苦悩する日々を過ごすうちに、山に雪が降った。
しかし、やがて冬が終わり、雪解けの森の中に鳥の声が明るく響く季節になる。
第三章 ルート、王と対面する
「シナモンドーナツを三つちょうだいな」
「はい、毎度ありがとうございます」
「うちの旦那と息子の好物でね。毎日食べたいって言うからさ。ふふ……それにしても、このあたりは見違えるように変わったわねえ」
ポルージャのスラム街だった場所には集合住宅が立ち並び、そのうちの一つに新しくできたドーナツ店は、多くの客で賑わっていた。
店の店員とドーナツを買いにきた親子が楽しそうに雑談をしている。
集合住宅の周りには、広く清潔な通りと、二つの工房、遊具が置かれた美しい公園がある。
今では、このあたりは街の人々の憩いの場になっていた。
まだ娼館とルートたちが住む、ぼろアパートのところまでは開発が進んでいなかったが、ルートの頭の中にはちゃんと計画がある。
ルートは『タイムズ商会』で売る商品の特許を取ったあと、その権利を独占せず、誰でも特許料を払えば、自由に商品を作って売れるようにした。
ただし、ポーション類だけはルートでないと作れず、レシピがなかった。
そもそも、ほとんどの商品は自分が発明したのではなく、前世の知識から生まれたものだったので、独り占めする気持ちはなかったのだ。
ベンソンたちはあり得ないと呆れていたが……
自由に売って儲けて、そのお金をまた使ってくれたら、経済が回って、皆が潤うはずなのだ。
こうして、実はルートのおかげで、彼が全く知らないところで、大勢の人間が救われていた。
例えば、今、街中で人気沸騰中の『ドーナツ』。
タイムズ商会の本店で最初に販売を始めたのだが、初めのうちは、なじみがなかったせいか、あまり売れなかった。
ところが、北のグランデル公爵領から来た商人が、『ドーナツ』を食べて、その美味しさと安さに驚き、だめもとで商業ギルドに特許の値段を聞きにいったのである。
すると、驚いたことに特許の使用料は嘘みたいに安かった。
商人は早速使用料を払い、持ち帰って自分の店でレシピどおりに作って売り出したのである。
これが、たちまち大評判となり、ポルージャの街にも、その商人の店がオープンしたのだった。
実はこの商人、商売に行き詰まり、多額の借金を抱えていた。
家族や従業員のために、なにか起死回生の策はないかと、今評判の『タイムズ商会』を見にきたのだ。
そのおかげで、危機から脱し、一家で借金に苦しめられずにすんだのである。こういう例は、表に出ないだけで他にもたくさんあった。
まさに、ルートの望みどおり、お金が上手く回ることで、多くの人が潤うという結果が生まれていたのだった。
◇ ◇ ◇
季節は少し進み、二月の半ばのある日。
ついにルートのもとに、グランデル国王からの召喚状が届いた。持ってきたのはガルニア侯爵家の執事ライマン・コルテスだ。
「当家の主は二日後に屋敷に来てほしいと申しております。ご都合はよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です。何時に行けばいいでしょうか?」
「王城には午後登城するとのことでした。昼食をこちらで用意いたしますので、そのつもりでおいでください」
ライマンは詳細を告げると、『魔導式蒸気自動馬車』に乗って帰っていった。
ルートは、近々王城に呼ばれると聞いていたので、最近は仕事をセーブし、どうしても必要な用事以外は予定を空けていた。なので、王の召集には応じることができそうだった。
二日後、ルートはジークとともにガルニア家へ向かった。
そして、侯爵家で豪華な昼食を食べたあと、二台の『魔導式蒸気自動馬車』で王都へ出発する。
ルートにとっては、初めての王都だった。
王都までの道は石畳できれいに整備され、広くて、『魔導式蒸気自動馬車』で走ると実に快適だ。
四十分ほど走ったところで、遠くに高い城壁が見えてきた。
城門が近づくと、検問を待つ人々が長い列を作っているのが分かる。
しかし、前を行くガルニア侯爵の『魔導式蒸気自動馬車』は止まる気配を見せず、そのまま列の横を走っていく。後続の『魔導式蒸気自動馬車』を運転するジークは、戸惑いながらもその後ろについていった。
城壁の前に着いたガルニア侯爵の『魔導式蒸気自動馬車』に、二人の衛兵が走って近づいてくる。
「これはガルニア侯爵閣下。どうぞ、あちらの専用門からお入りください」
「うむ。後ろもわしの連れだ。一緒に通るぞ」
「はっ。どうぞ」
その門は緊急で軍隊が出動する際に使うものだ。
しかし、普段は貴族や王族、そして外部からの賓客が出入りする門として使われていた。
門をくぐると、広く整備された道がまっすぐに続き、両側には兵舎や訓練場など、国軍の施設が並んでいる。
『魔導式蒸気自動馬車』は人混みに全く遭遇することなく、緩やかに曲がりくねった上り坂を進み、王城までスムースに走り続けた。
近衛兵が守る内門を抜けると、いよいよ王城が見えてくる。
『魔導式蒸気自動馬車』が城のロータリーに入り、止まった。侯爵とルートが先に降り、ライマンとジークは『魔導式蒸気自動馬車』を停車場へ移動させにいく。
ジークたちが帰ってきてから、ガルニア侯爵を先頭にルートたちは城の階段を上っていった。
「ガルニア侯爵様とルート・ブロワー様がおいでにございます」
案内役の侍従が声高に告げ、謁見の間の扉が重々しく開かれた。
主だった重臣たちが部屋の左右に並んでおり、その中を、ガルニア侯爵とルート、そして少し離れてライマンとジークが並び、王の前に進んでいく。
一同は玉座への階段の下まで進むと、そこで片膝を折って頭を下げ、右手を胸に当てた。
「陛下、ルート・ブロワーを連れてまいりました」
「うむ、侯爵ご苦労であったな」
ガルニア侯爵は一礼すると立ち上がって、王の右に並ぶ重臣たちの先頭へ移動した。
「ブロワー、面を上げよ」
「はっ」
ルートは片膝をついたまま、顔を上げて王を見た。
年は四十代半ばくらいだろうか。金髪に茶色の瞳、口の周りには立派な髭をたくわえていた。
「そなたのことは、侯爵から色々聞いておる。あの蒸気で動く馬車もそなたの発明と聞いたが、まことか?」
「はい。私が作りました」
「ふむ。しかも、その年で商会を立ち上げ、今では国内でも屈指の大商会に成長しているとか……大したものだ。誰か、師とする者がいるのか?」
「お褒めにあずかり、ありがたき幸せに存じます。特に師と仰ぐ者はおりませんが、多くの人たちに支えられて、今の私があると思っております」
「そうか、謙虚だな。だが、侯爵の報告では、そなたの持つ力は古の英雄にも匹敵するほどだそうな。自分ではどう思っておるのだ?」
ガルニア侯爵はコルテス子爵から話を聞き、ルートが密偵を訓練した際に、とてつもない力を発揮したことを王に報告していた。それを聞いていた王は、ルートにそう問いかけた。
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