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2巻

2-3

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 ◇ ◇ ◇


 職人たちの面接をした二日後。

「おいおい、こりゃあなんのさわぎだ?」

 ポルージャに帰ってきたジークとリーナは、冒険者ギルドの前にできた長い行列に驚いた。
 全員、重そうな袋を背負ったり、足下に置いたり、中には荷車にぐるまにいくつも積んでいたりして、自分の順番を待っている。
 ジークたちは正面から入るのを避けて、裏の出入り口へ向かった。そこにはギルドの職員が立っていて、通常クエストを受けにきた冒険者たちを確認しながら中に入れていた。

「ああ、すまないが、今日ここでルート・ブロワーと待ち合わせしてるんだ。中に入れてもらえるか?」
「ああ、パーティ『とき旅人たびびと』のお二人ですね。聞いております。どうぞ中へ」
「どうも。ところで、あの行列はなんなんだ?」

 ジークが聞くと、ギルドの若い男性職員は肩をすくめて答えた。

「どうもこうも……あなたたちのリーダーが出したクエストのせいですよ」
「えっ? ルートが?」
「買取所に行ってみてください。たぶん、ルートさんが一番あせっているはずですよ」

 ジークとリーナはわけが分からないまま中に入り、ロビーを素通りして買取所へ下りていった。
 すると、そこではなにやら怒号どごうが聞こえ、もめごとが起きている様子だった。

「おい、ふざけんじゃねえぞ、小僧……俺たちがどんだけきつい思いをして、こいつを運んできたと思ってるんだ。それを、買い取れないだと⁉ めてるのか? こらっ!」
「いや、だから、ちゃんとした鉱石だったら買い取りますよ。でも、これはただの石ころです。それくらい、誰が見ても分かりますよね?」

 買取所のカウンターで、金髪の目つきの悪い男が、後ろの二人の男と一緒に、ルートにからんでいた。ルートはコルテスの冒険者ギルドに『毒沼のダンジョン』の鉱石採掘の依頼を出した。その買い取り場所をポルージャの冒険者ギルドにしており、さらに通常の依頼より買取価格を高めに設定したため、外まで鉱石を売る人々の行列ができていたというわけだ。

「えっ……レ、レイズ?」

 階段の途中まで下りてきたリーナが、突然立ち止まってつぶやく。
 ルートに悪態あくたいをついていた金髪の男は、なんと以前『黒龍こくりゅうのダンジョン』でリーナを置き去りにした『あかつきちかい』のリーダーのレイズであり、となりに立っていたのはパーティメンバーのゴメスだった。もう一人の男は見覚えのない顔だ。

「なんだ、知り合いか? リーナ」
「……前に私をダンジョンに置き去りにして、殺そうとしたやつ」

 その言葉に、ジークはもちろん、階段で順番待ちをしていた冒険者たちも驚いて、ざわめき始める。

「あ、そういえば、王都でパーティメンバーを置き去りにしたやつらがいるって掲示板で見たぜ。確か指名手配されてるはずだよな」

 騒ぎに気づいたレイズたちは、階段のほうを見上げた。そして、驚きに目を見開き、わなわなと震え始める。

「なんだ? ……っ! お前……ま、まさか……」

 レイズはそうつぶやき、青ざめた顔で舌打ちした。

「い、生きてやがったのか……ちっ、まずいな。おい引き上げるぞ」

 男たちはそそくさとカウンターを離れ、階段をがろうとした。

「どけ、どけっ、クソったれどもが」
「おい、待ちな」

 並んだ冒険者たちを押しのけて階段を上がっていく男たちの前に、ジークが立ちふさがる。

「なんだ、てめえは? 痛い目にあいたくなかったらどきやがれ!」
「お前らか? 俺の仲間をダンジョンに置き去りにして逃げたっていうクズ野郎やろうどもは」

 ジークは静かに、覇気はきを全身にまといながら尋ねる。その迫力に思わず後ずさりし、リーダーのレイズは、ジークとその横にいるリーナを交互に睨んで言った。

「はっ、なんの話だ? 知らねえな。言いがかりをつけんじゃねえよ」
「このおよんでしらを切るか……どうしようもないクズだな。なら、しょうがねえ。お前も冒険者ぼうけんしゃの端くれなら、決闘けっとうで白黒つけようぜ。それが嫌なら、ここにいる冒険者たちを相手に無駄むだなあがきをしてみるか?」

 ジークの言葉に、近くにいた冒険者たちが賛同さんどうの声を上げて階段を塞いだ。
 レイズと二人の男たちはくやしげな表情を浮かべて、ジークたちを睨んでいたが、やがて不敵ふてきな笑みを浮かべながら言った。

「いいぜ、決闘を受けてやる。俺たちにケンカを売ったことを後悔させてやる」
「おし、決まりだな。俺たちは二人、そっちは三人でいいぜ。じゃあ、訓練場に行こうか。ということで、リーダー、ちょっくら行ってくる」
「ああ、分かった。ジーク、リーナ、無理はしないでね」

 ルートは、ジークに親指を立ててそう言った。


   ◇ ◇ ◇


「ライザ、正式な決闘だ。訓練場くんれんじょう借りるぞ。それから、立ち会いを頼む」

 ロビーに出たジークは、冒険者ギルドの受付をしているライザにそう言った。

「ええ、分かったわ」

 ライザは騒ぎを聞きつけて、階段で一部始終いちぶしじゅうを聞いていたのだ。すでに、ギルドマスターには他の職員に頼んで報告ずみだった。訓練場に入ったジークとリーナ、レイズたちは十メートルほどの距離を取って向かい合う。周囲には、立ち会いのライザの他、話を聞きつけた野次馬やじうまの冒険者たちがぞろぞろと集まってきている。

「では、決闘を始めます。お互い、武器も魔法も自由に使うということでいいですか?」
「ああ、いいぜ」
「ん」
「ふっ、いいだろう。おい、死にぞこない。今度こそ間違いなく、そこの恋人とともにあの世に送ってやるぜ」
「ライザ、今のを聞いたよな。あいつ馬鹿じゃねえか? 自分で白状はくじょうしやがったぜ」

 ジークの言葉にライザは無言で頷き、リーナは吐き捨てるようにこう言った。

「ん、昔から馬鹿……それに、ジークは恋人じゃない。今日、死ぬのはお前のほう」
「ほざきやがれ。唯一ゆいいつ証人しょうにんのお前を消せば、証拠しょうこはなくなる。ふふふ……さっきは少し焦ったが、むしろこれは絶好の機会というわけだ」

 レイズはそう言うとけんを引き抜いた。ゴメスがレイズの前に出て大盾おおたてを構え、もう一人の男は、後衛こうえいの位置でつえを突き出す。

「《ファイヤービュレット!》」

 後衛の男が放ったのは火の魔法で、いくつもの火の玉が弾丸だんがんのようにおそってくる。
 ジークが盾を構え、リーナを守りながらその攻撃を受ける。
 ジークたちの周囲で土埃つちぼこりが巻き上がり、熱気に包まれ、二人の姿が見えなくなった。

「とどめだぁっ!」

 レイズが《加速》のスキルを使って、まだ土埃で見えない二人に突っ込んでいく。
 彼らはこの先手攻撃せんてこうげきで、これまで様々な敵を倒してきた。後衛の男が魔法をんで、相手がひるんだすきに、レイズが距離を詰めて瞬速しゅんそくの剣技でりつけるのである。確かに合理的でオーソドックスな戦法と言えるだろう。

「な、なにっ⁉ ぐわあああぁっ……」

 勝負がついたと確信するレイズの背後で、仲間の男が断末魔だんまつまさけごえを上げた。それを聞いて、レイズもゴメスも驚いて固まる。なにが起きたのか、全く理解できない。
 二人が振り返ると、そこには血にまった二本のダガーを持って、立っているリーナがいた。後衛の男は首をすっぱり斬られて血を流しながら倒れている。

「お、おい、今の見えたか?」
「いや、全く見えなかった」

 野次馬の冒険者たちが、ざわざわと騒ぎ出す。

「なにをしやがった……ま、まさか、《転移魔法》か?」
「ん、違う。今、見せてやる」

 リーナはそう言うと、次の瞬間、五メートルほど離れたゴメスの前に移動していた。

「ひゅ? ……?」

 ゴメスはなにか言おうとして、空気がれるような音をのどから出し、不思議ふしぎそうに自分の首に手を当てる。その刹那せつな、指の間から血が噴水ふんすいのようにす。ゴメスは、そのまま地面に倒れていった。
 レイズは背筋にぞっと寒気さむけを感じて、剣を構え直す。

「あはは……どうだ、俺の仲間はつえぇだろう? 命乞いのちごいでもするか?」

 レイズは青ざめた顔で、いかりながらジークとリーナを睨んでいたが、やがて剣を手放して地面にひざまずいた。

「分かった、俺の負けだ。装備と金は全部置いていく。それで許してくれ」
「だめ。あんたは生きていると、人を不幸にする。ここで、殺す」
「お、おい、ちょっと待て、おい、ギルドのあんた、俺は負けをみとめたんだ、これで決闘は終わりのはずだ。そうだろう?」

 レイズに問われたライザは、困ったような表情をする。確かに、ギルドの規定では、一方が負けを認めればその時点で決闘は終了となる。無駄な殺戮さつりくを止めるためだ。

「え、ええっと、それは……」
「いや、構わん、続けていいぞ」

 ライザの背後から声が聞こえ、一人の男が現れた。
 明るい茶色の長髪をオールバックにして後ろでたばね、胸元が開いた白いシャツに髪の色と同じ茶色のスーツをラフに着こなしている。二メートル近い身長で、きたえられた筋肉質の体。額から左のほほにかけて一筋の深い傷痕きずあとが残っている。
 その見た目は、彼がいかに過酷な冒険者人生を歩んできたかを示していた。
 突如とつじょ現れた男が発する威圧感いあつかんに、周囲の冒険者たちは息を呑んで静まり返った。

「ギルマス……どうしてここへ?」

 ライザの問いに、男は手に持った書類を見せながら答えた。

「ああ、君からの報告を聞いて、他のギルドからの情報を集めてたんだ」

 ポルージャの冒険者ギルドのギルドマスター、キース・ランベルはそう言うと、レイズに視線を向けて続けた。

「レイズ・バッド。お前にはパーティメンバーへの殺人未遂さつじんみすいに加え、とらえようとした衛兵えいへい二人、冒険者三人の殺害容疑もかかっている。このまま警備隊けいびたいに引き渡せば、死罪はまぬかれない。逃げる可能性を考えれば、ここで死んだほうが世の中のためだ。よくまあ、こんなところにのこのこ現れたものだな? 大勢の中にまぎめば、バレないとでも思ったか?」
「くっ……クソ! お前さえいなければ、バレずにすんだんだ……リーナ、この疫病神やくびょうがみが……なにもかも、お前のせいなんだよおおおぉっ! クソッタレがああああぁっ!」

 やけくそになったレイズは、剣を拾い上げると、《加速》して一気にリーナに襲いかかった。
 リーナは冷静な表情でじっと立っている。レイズの剣が瞬速の速さで迫ってくると、それを見切ってすっとしゃがみ込み、簡単にかわした。

「えっ? ……っ!」

 体がすれ違う瞬間、リーナは最小限の動きでダガーを振り抜き、前に跳躍ちょうやくする。
 レイズが踏みとどまって振り返ると、彼の首から大量の血が噴き出した。訓練場は三人の男たちの血で、真っ赤に染まっている。見物していた誰もが、その血の海の中に平然へいぜんと立っている、美しい銀髪の少女に、ぞっと寒気を覚え、声を失った。

「いやあ、俺は必要なかったなぁ、あはは……」

 静寂せいじゃくを破るように、能天気のうてんきな笑い声を上げながらジークがリーナに近づく。

「ん、そんなことない。ジークが最初の攻撃魔法をふせいでくれたおかげ」
「そうか? なら、よかった。お礼にハグしてくれてもいいんだぜ?」
「馬鹿、すぐ調子に乗る」

 二人がいつもの様子で話しながら訓練場の外へ出ると、ギルドマスターのキースが待ち構えていたように声をかけてきた。

「いやあ、見事な腕だ、『時の旅人』の諸君しょくん。君たちのことはかねがね話には聞いていたが、会うのは初めてだな。ここのギルマスをやっているキース・ランベルだ」
「ああ、俺はジーク、こっちはリーナだ。訓練場をよごしちまって悪かった」
「いや、構わんさ。あとの始末しまつはこっちでやるよ。あいつらには懸賞金けんしょうきんもかかっていたから、ライザから受け取っておいてくれ」
「おお、そいつは儲けたな。リーナのかたきも取れたし、今夜は宴会えんかいでもするか」
「ルートの手伝いをしないと」
「ああ、そうだったな。じゃあ、俺たちはもう行くぜ」
「ああ、これからもよろしく頼む。あっと、それから、時間があるときでいいから、近いうちに俺の部屋に全員で来てくれ。頼みたいことがあるんだ」

 キースの言葉に、ジークとリーナは顔を見合わせて首をひねる。

「分かった、リーダーに言っておくよ」

 キースはにこやかな笑みを浮かべながら、手を上げて去っていった。


   ◇ ◇ ◇


 ジークとリーナは買取所で手伝いをしながら、決闘の顛末てんまつをルートに話して聞かせた。

「そうか……リーナ。これで安心してガルニアに行けるね」

 ルートは話を聞いたあと、浮かない顔のリーナに言った。

「ん……」

 ルートはなんとなくリーナの複雑ふくざつな思いが分かるような気がした。
 レイズは自分を殺そうとしたにくいやつだが、こんなにもあっさりと、しかも二人の男をえにして、命を奪ってしまったのだ。人としてやってはいけないことをやってしまったという思いと、安心感とがごちゃ混ぜになった状態ではなかろうか。

「リーナ、これだけは言える。君がやったことは間違ったことじゃないよ。誰かがやらなければいけないことだった。神様はその役目に君を選んだんだよ。辛いことだけど、君なら耐えてくれると神様が見込んだんじゃないかな。僕はそう思う」

 ルートの言葉に、じっと見つめるリーナの菫色すみれいろの大きな目から、涙がポロリとこぼれ落ちた。

「ん……」
(私は簡単に人を殺して平気な、そんな女じゃない。でも、ルートがそれを分かってくれているのなら、前を向ける。どんなことにも耐えられる)

 リーナは口には出さず、心の中でそう思うのだった。

「まあまあ、いやなことはさっさと忘れるに限るぜ。なにしろ、これから俺たちはルート様のでっけえ夢に付き合わされるんだ。いそがしくて悩んでるひまなんてないぜ」
「付き合わされるって……嫌なら他の人に代わってもらってもいいんだよ。ジーク。」
「おっと、そいつは勘弁かんべんしてくれ。目の前に金貨の山があるんだ、こいつを逃すわけにはいかねぇよ」

 冒険者から受け取った鉱石の袋を持ち上げながら、ジークがにやりと笑った。


   ◇ ◇ ◇


 その夜、三人はささやかな祝宴しゅくえんを開いた。蒸留酒じょうりゅうしゅの入ったコップを手に、ジークが赤い顔で陽気ようきに歌っている。小さなテーブルの上には、ジークが市場で適当に買ってきたソーセージやチーズ、肉串にくぐし、ドライフルーツ、そして酒瓶さかびんなどが所狭ところせましと並んでいた。
 ルートは、リムやラム、シルフィーにも分けてやりながら、ソーセージにかぶりつく。

「リーナ、食べよう。せっかくジークがおごってくれたんだ」
「ん……ジークにしては気がく」

 リーナもようやく気持ちが吹っ切れたのか、肉串にかぶりついた。

「おごりなんて誰が言った⁉ あとで代金はちゃんと徴収ちょうしゅうするからな」

 ルートの家の狭い部屋の中にいつもの笑い声が戻ってきた。

「ねえ、二人の意見を聞きたいんだけど……今度立ち上げる商会の名前、なにがいい?」
「名前かあ……もう、簡単にルート商会でいいんじゃねえか?」
「ん、それがいい。ブロワー商会でもいい」

 ルートが二人に尋ねると、適当な答えが返ってくる。

「いやいや、自分の名前はつけたくないよ。ジーク商会とかリーナ商会とか、嫌だろう?」
「そうか? 別に構わないけどな」
「リーナ商会は嫌だ……じゃあ、三人に共通のものを考えようよ」
「共通かぁ……『時の旅人』はパーティ名だしな。う~ん、旅人、トラベラー……時、タイム……複数だと『タイムズ』か……」

 ルートがひらめいて顔を上げると、ジークがにやりと笑い、リーナも親指を立てて頷いた。

「それでいいぜ」
「ん、意味は知らないけど、ひびきがかっこいい」
「うん、じゃあ、『タイムズ』にしよう。タイムって、ある国の言葉で『時間』という意味なんだ。三人だから複数形で『タイムズ』。新しい商会の名前は『タイムズ商会』に決定!」

 三人はパチパチパチと手を叩く。

「じゃあ、俺たちの幸せな未来と輝く金貨のために乾杯かんぱいだ」

 ジークがそう言うと、三人は酒と紅茶こうちゃの入ったカップをぶつけ合って「乾杯!」と叫んだ。




   ◇ ◇ ◇


 翌日、商会の名前が決まったこともあり、ルートは本格的に商会設立の手続きをすることにした。
 朝早くから、ジークとリーナとともに、ポルージャの商業ギルドにおもむき、受付のリディアに商会を正式に設立したいむねを伝える。

「とうとう、商会を設立するんですね! 名前はどうしましょう?」
「名前はもう決めているんです。僕たちは『タイムズ商会』を設立します!」
「『タイムズ商会』……素敵すてきな名前ですね! それでは、こちらの書類に商会名とサインをお願いします。大変なこともあるかと思いますが、これからこのポルージャの街で頑張ってくださいね」

 リディアからの激励げきれいを受け、ルートたちは商業ギルドをあとにした。
 次に冒険者ギルドに行き、商会を設立した旨を伝え、工房に向かう。
 工房では、ボーグやマリク、カミルとともに、先日新しく雇った職人たちが、『魔導式蒸気自動馬車』を大量生産するためにはどうしたらよいか試行錯誤しこうさくごしているところだった。

「皆さん、お疲れ様。大切な話があるから、ちょっとこっちに集まってきてくれませんか」

 ルートが声をかけると、作業の手を止め、職人たちが集まってくる。

「実は、ついにさっき商会設立の手続きを商業ギルドで行ってきました。僕たちの商会は、『タイムズ商会』。そして、この工房は『タイムズ商会』の記念すべき一つ目の工房です」

 ボーグ以下、職人たちが「うおおっ」という歓声かんせいを上げる。

「これから、僕たちが送り出す様々な商品は、この国を、社会を、世界を変えることになる。この工房から世界が変わっていくんです」
「おお……なんかそれってすごいな」
「俺たちはどこまでも、ついていくぜ!」

 ルートの言葉に、職人たちがざわめきだす。

「ルート。わしの工房で見習いを始めたときはまだ頼りなかったのに、こんなに立派になっちまって……とはいえ、まだ一歩を踏み出したにすぎねぇ。ルートの夢が叶うまで、鍛冶師のプライドを持って、精一杯やらせてもらうよ」

 涙ながらにそう言うボーグを見て、母親たち娼婦や奴隷を解放するという夢に、また一歩近づいたことをルートは実感し、感慨深かんがいぶかい気持ちになるのだった。そして、最後にルートたちはスラム街の家に帰った。ミーシャに商会を設立したことを話すためである。

「母さん、ちょっといいかな。話したいことがあるんだ」
あらたまってどうしたの? なにか悪いことでもあった?」

 心配そうな顔をしてミーシャがルートに問いかける。

「ううん、違うよ。実は、商会を設立したんだ。名前は『タイムズ商会』。学校に行くのをやめたり、母さんにはたくさん心配かけちゃったけれど、少しずつ、このスラム街で暮らす人たちを助けられるように、前に進んでるよ。これからもっと頑張って、きっと夢を叶えるよ」
「ん。私も頑張る」

 リーナが拳を胸の前で握りしめながら、ルートに続く。

「ミーシャさん。やっぱりルートはすげぇやつだよ。やっとここまで来たんだ。これからも安心して見守っててくれ」

 最後にジークがルートとリーナの肩に手を置いて、優しい口調でミーシャにそう言った。

「ルート。あなたが学校に行かないで私たちを助けるって言い出したときは、そんな無謀むぼうなことのために、自分の人生を捨ててほしくないと思ったの。でも、こうして自分の言ったことを一つ一つ叶えていってる。本当にすごいわ。なんだか胸がいっぱいで……」

 ミーシャは言葉に詰まり、泣き出してしまった。それを見てルートも涙ぐむ。
 ジークはミーシャの背中をさすり、リーナもその様子を見てそっと目元の涙をぬぐう。
 まだ、夢に向かって歩き出したばかりだが、こうして商会を設立するという、ルートの一つ目の目標がついに叶ったのだった。


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