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18 解決
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吉田と主犯の男を後部座席に乗せ、自分も運転席に乗り込む前に周囲を見回した西浦は、
後方から近づいてくる人影に気づき、表情をこわばらせた。その背の高い人物は、短く刈
り込んだシャギーカットの髪、女性的とも言える細面の顔を柔和に微笑ませ、広い肩幅の
右の肩にサイレンサー付きの外国製ライフルを担いでいた。
「┅┅オニか┅┅」
西浦はドアを閉めて、近づいてくる人物と相対した。
優士郎は、車から十五メートルほどの距離を取って立ち止まった。異変に気づいた吉田
も後部座席から出てきた。
「西浦さん┅┅国際指名手配の犯人を、どうされるおつもりですか?」
「う、うるさい、どうしようが、貴様には┅┅」
吉田が食ってかかろうとするのを止めて、西浦は1歩前に出た。優士郎はゆっくりと、1
歩後ろに下がる。
「君とは初めて話しをするね、鹿島君┅┅有名人と話ができて光栄だよ┅┅」
「またまたご冗談を┅┅では、ぜひお話を聞かせていただけませんか?┅┅」
「ああ、いいだろう┅┅実は、この車の中の男は、父の命の恩人の息子なんだ┅┅」
西浦はそう言ってから、自分の父親と犯人の父親との関わりをかいつまんで語った。
それによると、西浦の父親も警官で、最初は地方警察署でやはり公安部に勤務していた。
当時は学生運動の全盛期で、革命思想に憧れた全国の学生たちが、赤軍派や中核派、革マル派など多くの派閥に分かれて活動していた。だが、やがて彼らの間で、思想や活動方針を巡って争いが起き、血で血を洗うような悲惨な抗争事件が多発するようになった。
「┅┅ここにいる、山口洋平の父親は、一番過激な活動で知られた赤軍連合の幹部だった┅┅」
首都圏で治安部隊に追われ、内部の抗争で分裂状態だった各組織は、首都圏を逃れて活動の拠点を地方へ移そうとしていた。そんな中、公安部隊に追われた赤軍連合のメンバーは、小さなグループに分かれて逃げることになった。山口の父親たちは、長野県の山中へ逃れ、数週間山中をさまよった。やがて、食糧も尽き、切羽詰まった彼らは、八ヶ岳の麓にある登山客用の宿泊施設を襲い、そこを占拠した。世に「八ヶ岳山荘事件」として知られる事件である。
彼らは、この山荘の管理人夫婦を人質にして立てこもった。地元警察を中心に、首都圏からも応援の警察官が駆けつけ山荘を包囲した。この中に、西浦の父親もいた。
警察の説得は続けられたが、犯人グループは応じず、膠着状態は一週間にも及んだ。警察内部では少数精鋭による強行突入の意見が強まり、密かに実行するグループのメンバーが選抜されていった。一方、山口たち犯人グループの中でも意見が二つに分かれ、連日激論が戦わされていた。一つは、人質を殺し、警察の威信を失墜させてから、自分たちも戦って死のうという意見、もう一つは、あくまで逃げ延びることをあきらめず、警察に要求し続けようという意見だった。山口は後者の中心だったが、大勢は前者の意見に傾きつつあった。
そして、籠城から九日目の未明、ついに六人の警官隊が木製の勝手口を外して、内部に強行突入を決行した。犯人グループには、山荘の管理人が所持していた狩猟用の散弾銃が一丁あるだけで、他に武器といえば登山用ナイフとその場にある椅子や箒くらいだった。
しかし、狭い屋内をうまく利用したゲリラ戦術で六人の警官たちを翻弄し、三時間に及ぶ激闘の末、ついに撃退してしまったのである。
三人の警察官が命を落とし、二人が重傷を負ってそのまま人質となり、一人だけが命からがら脱出して救助された。実は、重傷を負った二人の警察官の内の一人が、西浦の父親だった。
犯人側も八人のうち二人が射殺され、三人が銃で撃たれて負傷していた。ここに至ってリーダーの山口は死を覚悟し、次の強行突入の前に自分たちらしい幕引きをしようと決めた。
「┅┅彼らは人質を全員解放した後、屋根に登り、ボロボロになった革命の旗を立てた。そして遠くから注目しているマスコミ陣に向かって、メガホンを使って自分たちの主張を叫び始めた┅┅だが、その声は途中で銃声によって途絶えた┅┅」
西浦はそう語り終えると、優士郎の肩にかけられたライフルを指さして言った。
「そう、その銃によって、人の命は簡単に消されてしまう。その人が持っている夢も可能性も、家族の希望も┅┅だが、山口は、人質を殺そうと主張する仲間に向かって、こう言ったそうだ┅┅『我々の目的は、人の命を奪って革命を成し遂げることではない。むしろ、人の命を一つでも多く救うことによって、革命の意義を未来につなぐことこそ、何よりも大切なのだ。未来への希望を持とう。ただの人殺しで終わってはならない』
私の父は、その後警官をやめて、教職の道に進んだ。父はよく私に言ったものだ┅┅この世には死んでいい人間など一人もいない。お前も、一人でも多くの人の命を救う人間になれ、とね┅┅」
黙って西浦の話を聞いていた優士郎は、小さく何度も頷いたあと、顔を上げて西浦を見つめた。
「なるほど……あなたがその男を助けたい理由はわかりました。でも、父親と違って、その息子は多くの人の命を奪っている。これからも奪うかもしれない。そんなことくらい、あなたは百も承知のはずだ。それでも、あえてその男を助けなければならない理由が、あなたと吉田さんにはあった┅┅」
「なな、何を言ってるんだ、貴様、そ、そんな┅┅」
吉田の慌てぶりに、西浦はため息を吐いて、手で吉田を制した。
「もう、証拠は掴んだと言わんばかりだが、聞かせてくれないか?我々が、山口を助けなければならない理由とやらを┅┅」
「その前に、教えてくれませんか。ここから無事に車で逃げられたとして、どこへ行くつもりだったんです?」
「┅┅そんなこと、言うと思うかね?」
「はは┅┅言わないでしょうね┅┅だいたい察しは付いていますが┅┅」
優士郎はそう言うと、左手を挙げた。
団地のビルの陰から、二人の男が現れて彼らの元へ近づいてきた。
「栗木┅┅」
西浦と吉田は、黒田と並んで歩いてくる人物を見て、表情をこわばらせた。
黒田は、山口が中にいるのを確認して、車のドアの横に立ち止まり、栗木は、反対側の優士郎の横に行って、西浦たちと向かい合った。
「西浦刑事課長、吉田刑事、お二人には、三年前の横須賀麻薬取引事件の行方不明金、四億円を横領した容疑の重要参考人として、捜査令状が出ています」
「な、何を馬鹿な┅┅」
吉田は青ざめて、ぶるぶると拳を振るわせ始め、西浦は、憎々しげに栗木と優士郎を交互ににらみつけた。
「いやあ、偶然とは恐ろしいですね┅┅」
優士郎はにこやかな顔で言った。
「栗木さんには、過去のテロ事件について調べてもらっていたんですが、国内のテロ関係事件の共通事項に、あなた方の名前が出てきた。もちろん捜査側の担当者としてです。ほとんどの事件が、爆発物や薬品によるテロまたは予告、未遂、脅迫などのたぐいですが、その中に、毛色の違った事件が一つだけありました。それが、三年前、横須賀港の船上での麻薬取引事件です。
この時、情報が事前に漏れていた疑いもあるんですが、それは後にしましょう。この事件で、インドネシアのイスラム系テロ組織の三名が麻薬密輸の現行犯で逮捕、二名行方不明、日本の広域暴力団関係者五名全員逮捕、ヘロイン二十キロ押収。結果としては、公安部のお手柄だったんですが、テロ組織に渡った現金四億円が、行方不明の二人とともに消えた。この後も捜査は続けられたが、結局分からなかった┅┅」
「ああ、確かにその時、我々も捜査に加わっていたが、それだけで四億円横領の犯人扱いとは、ふはは┅┅お笑いぐさだな┅┅」
西浦はまだ余裕のある表情だったが、吉田の顔は蒼白でしきりに額の汗を拭っていた。
優士郎は西浦の言葉に頷いて、続けた。
「はい、ここからが肝です。捕まった三名のテロ組織の男たちは、取り調べの中で、逃げた二名の内一人が、日本人だと自供しました。彼らの間ではアブサラムと呼ばれていたようですが┅┅恐らく、そこにいる山口でしょう。
では、山口とあなたたちを結びつける物は何か?と考えたときに、行方不明の四億円に違いないと思いました。恐らく逃げるときに、犯人とあなたたちの間で取引があったのでしょう。見逃してくれたら、半分をやるとか、そんな感じです。残りはいずれ取りに来るから預かっておいてくれとも言われたのでしょう。今回、まさに、山口はその残りの二億円を取りに来た、というわけです┅┅」
パチパチとゆっくり拍手する音に続き、西浦の嘲るような笑い声が聞こえてきた。
「あはは┅┅いやあ、どこかのアニメの名探偵のような推理だったね。すばらしいよ。だが、残念ながら、何一つ証拠が無い。空想で逮捕はできないんだよ、ん?オニ鹿島君┅┅」
優士郎も笑いながら、頭をかく。
「ははは┅┅そうですね┅┅あなた方が今、理不尽にも、無差別テロ犯を逃がそうとしていることが一番の証拠ですが┅┅足りないなら、もう一つ┅┅
さっき、偶然と言ったのは、先の紫龍の事件の時、犯人の遺留物を調査するために銀行の貸金庫を調べたことがあったんですが、偽名を使う犯人だったので、一応その銀行の貸金庫の所有者全員のリストを、見せてもらったんです。実は、その時偶然に、そのリストにあなたと吉田さんの名前を見つけたんですよ。
いやあ、お二人はお金持ちなんですねえ。一般庶民は、貸金庫なんてとてもじゃないが借れないし、必要もありませんからね。どうせ、これから、その銀行に行くつもりだったんでしょう?一緒に行って、貸金庫の中身を見せてもらっていいですか?」
優士郎がここまで言ったとき、突然車の中から笑い声が聞こえてきた。そして、連続爆破テロ事件の主要メンバーで、国際指名手配犯人山口洋平が車から出てきた。
「あははは┅┅もう、いいぜ、西浦さんよ。あんたらが目を付けられた時点で負けなのさ」
山口はそう言うと、西浦の肩を叩いてから、いきなり特捜隊員服の内側から銃を取り出した。そして西浦を後ろから羽交い締めにしたまま、まず、背後にいた黒田に向けて発砲した。
西浦を楯にされて、優士郎は銃を撃てなかった。山口は、黒田が車から離れると、急いで運転席のドアを開け、中に乗り込んだ。ここまで、ほんの四五秒ほどの出来事だった。
エンジンの音と共に、急発進でタイヤがスリップする音と白煙が上がる。西浦と吉田は車に取りすがろうとして振り落とされ、アスファルトの上を転げ回った。
その時、数発の銃声が響き、車の前輪のタイヤがバーストした。しかし、山口はなおも逃げようと、出口の方へハンドルを切った。その行く手に、黒い影が立ちふさがる。
「死ねえええっ!」
パンクしたタイヤのまま、山口は思いきりアクセルを踏み込んで、立ちふさがった人影に突っ込んでいく。
サイレンサーの鈍い音が響き、フロントガラスが砕け、血が飛び散った。車はそのまま出口を通り抜け、道路を横切ってガードレールに激突し、ようやく止まった。
酒井と飯田が車の中の遺体を確認し、エンジンを切った。駐車場ではすでに、西浦と吉田に手錠がはめられ、パトカーのサイレンの音が近づいてきていた。
優士郎は何かむなしい気持ちで、黒田たちの所へ歩み寄った。手錠をはめられた西浦と吉田が、うなだれて立っていた。
「今回は死人を出さないつもりだったんですが┅┅」
優士郎が誰に向かってというわけでもなく、そうつぶやくと、西浦が、ぎろりと優士郎を睨んで言った。
「貴様は、人殺しと何ら変わらん┅┅いずれその報いは受けなければならんぞ┅┅」
「┅┅そうですね。でも、その前に死んでいる気がしますよ」
西浦と吉田、それに五人の公安部の警察官が、背信行為や横領、犯罪幇助などの罪で逮捕され、かつての部下たちに連行されていった。その頃には、もう優士郎たちはその場を離れ、本部への帰路についていた。
後方から近づいてくる人影に気づき、表情をこわばらせた。その背の高い人物は、短く刈
り込んだシャギーカットの髪、女性的とも言える細面の顔を柔和に微笑ませ、広い肩幅の
右の肩にサイレンサー付きの外国製ライフルを担いでいた。
「┅┅オニか┅┅」
西浦はドアを閉めて、近づいてくる人物と相対した。
優士郎は、車から十五メートルほどの距離を取って立ち止まった。異変に気づいた吉田
も後部座席から出てきた。
「西浦さん┅┅国際指名手配の犯人を、どうされるおつもりですか?」
「う、うるさい、どうしようが、貴様には┅┅」
吉田が食ってかかろうとするのを止めて、西浦は1歩前に出た。優士郎はゆっくりと、1
歩後ろに下がる。
「君とは初めて話しをするね、鹿島君┅┅有名人と話ができて光栄だよ┅┅」
「またまたご冗談を┅┅では、ぜひお話を聞かせていただけませんか?┅┅」
「ああ、いいだろう┅┅実は、この車の中の男は、父の命の恩人の息子なんだ┅┅」
西浦はそう言ってから、自分の父親と犯人の父親との関わりをかいつまんで語った。
それによると、西浦の父親も警官で、最初は地方警察署でやはり公安部に勤務していた。
当時は学生運動の全盛期で、革命思想に憧れた全国の学生たちが、赤軍派や中核派、革マル派など多くの派閥に分かれて活動していた。だが、やがて彼らの間で、思想や活動方針を巡って争いが起き、血で血を洗うような悲惨な抗争事件が多発するようになった。
「┅┅ここにいる、山口洋平の父親は、一番過激な活動で知られた赤軍連合の幹部だった┅┅」
首都圏で治安部隊に追われ、内部の抗争で分裂状態だった各組織は、首都圏を逃れて活動の拠点を地方へ移そうとしていた。そんな中、公安部隊に追われた赤軍連合のメンバーは、小さなグループに分かれて逃げることになった。山口の父親たちは、長野県の山中へ逃れ、数週間山中をさまよった。やがて、食糧も尽き、切羽詰まった彼らは、八ヶ岳の麓にある登山客用の宿泊施設を襲い、そこを占拠した。世に「八ヶ岳山荘事件」として知られる事件である。
彼らは、この山荘の管理人夫婦を人質にして立てこもった。地元警察を中心に、首都圏からも応援の警察官が駆けつけ山荘を包囲した。この中に、西浦の父親もいた。
警察の説得は続けられたが、犯人グループは応じず、膠着状態は一週間にも及んだ。警察内部では少数精鋭による強行突入の意見が強まり、密かに実行するグループのメンバーが選抜されていった。一方、山口たち犯人グループの中でも意見が二つに分かれ、連日激論が戦わされていた。一つは、人質を殺し、警察の威信を失墜させてから、自分たちも戦って死のうという意見、もう一つは、あくまで逃げ延びることをあきらめず、警察に要求し続けようという意見だった。山口は後者の中心だったが、大勢は前者の意見に傾きつつあった。
そして、籠城から九日目の未明、ついに六人の警官隊が木製の勝手口を外して、内部に強行突入を決行した。犯人グループには、山荘の管理人が所持していた狩猟用の散弾銃が一丁あるだけで、他に武器といえば登山用ナイフとその場にある椅子や箒くらいだった。
しかし、狭い屋内をうまく利用したゲリラ戦術で六人の警官たちを翻弄し、三時間に及ぶ激闘の末、ついに撃退してしまったのである。
三人の警察官が命を落とし、二人が重傷を負ってそのまま人質となり、一人だけが命からがら脱出して救助された。実は、重傷を負った二人の警察官の内の一人が、西浦の父親だった。
犯人側も八人のうち二人が射殺され、三人が銃で撃たれて負傷していた。ここに至ってリーダーの山口は死を覚悟し、次の強行突入の前に自分たちらしい幕引きをしようと決めた。
「┅┅彼らは人質を全員解放した後、屋根に登り、ボロボロになった革命の旗を立てた。そして遠くから注目しているマスコミ陣に向かって、メガホンを使って自分たちの主張を叫び始めた┅┅だが、その声は途中で銃声によって途絶えた┅┅」
西浦はそう語り終えると、優士郎の肩にかけられたライフルを指さして言った。
「そう、その銃によって、人の命は簡単に消されてしまう。その人が持っている夢も可能性も、家族の希望も┅┅だが、山口は、人質を殺そうと主張する仲間に向かって、こう言ったそうだ┅┅『我々の目的は、人の命を奪って革命を成し遂げることではない。むしろ、人の命を一つでも多く救うことによって、革命の意義を未来につなぐことこそ、何よりも大切なのだ。未来への希望を持とう。ただの人殺しで終わってはならない』
私の父は、その後警官をやめて、教職の道に進んだ。父はよく私に言ったものだ┅┅この世には死んでいい人間など一人もいない。お前も、一人でも多くの人の命を救う人間になれ、とね┅┅」
黙って西浦の話を聞いていた優士郎は、小さく何度も頷いたあと、顔を上げて西浦を見つめた。
「なるほど……あなたがその男を助けたい理由はわかりました。でも、父親と違って、その息子は多くの人の命を奪っている。これからも奪うかもしれない。そんなことくらい、あなたは百も承知のはずだ。それでも、あえてその男を助けなければならない理由が、あなたと吉田さんにはあった┅┅」
「なな、何を言ってるんだ、貴様、そ、そんな┅┅」
吉田の慌てぶりに、西浦はため息を吐いて、手で吉田を制した。
「もう、証拠は掴んだと言わんばかりだが、聞かせてくれないか?我々が、山口を助けなければならない理由とやらを┅┅」
「その前に、教えてくれませんか。ここから無事に車で逃げられたとして、どこへ行くつもりだったんです?」
「┅┅そんなこと、言うと思うかね?」
「はは┅┅言わないでしょうね┅┅だいたい察しは付いていますが┅┅」
優士郎はそう言うと、左手を挙げた。
団地のビルの陰から、二人の男が現れて彼らの元へ近づいてきた。
「栗木┅┅」
西浦と吉田は、黒田と並んで歩いてくる人物を見て、表情をこわばらせた。
黒田は、山口が中にいるのを確認して、車のドアの横に立ち止まり、栗木は、反対側の優士郎の横に行って、西浦たちと向かい合った。
「西浦刑事課長、吉田刑事、お二人には、三年前の横須賀麻薬取引事件の行方不明金、四億円を横領した容疑の重要参考人として、捜査令状が出ています」
「な、何を馬鹿な┅┅」
吉田は青ざめて、ぶるぶると拳を振るわせ始め、西浦は、憎々しげに栗木と優士郎を交互ににらみつけた。
「いやあ、偶然とは恐ろしいですね┅┅」
優士郎はにこやかな顔で言った。
「栗木さんには、過去のテロ事件について調べてもらっていたんですが、国内のテロ関係事件の共通事項に、あなた方の名前が出てきた。もちろん捜査側の担当者としてです。ほとんどの事件が、爆発物や薬品によるテロまたは予告、未遂、脅迫などのたぐいですが、その中に、毛色の違った事件が一つだけありました。それが、三年前、横須賀港の船上での麻薬取引事件です。
この時、情報が事前に漏れていた疑いもあるんですが、それは後にしましょう。この事件で、インドネシアのイスラム系テロ組織の三名が麻薬密輸の現行犯で逮捕、二名行方不明、日本の広域暴力団関係者五名全員逮捕、ヘロイン二十キロ押収。結果としては、公安部のお手柄だったんですが、テロ組織に渡った現金四億円が、行方不明の二人とともに消えた。この後も捜査は続けられたが、結局分からなかった┅┅」
「ああ、確かにその時、我々も捜査に加わっていたが、それだけで四億円横領の犯人扱いとは、ふはは┅┅お笑いぐさだな┅┅」
西浦はまだ余裕のある表情だったが、吉田の顔は蒼白でしきりに額の汗を拭っていた。
優士郎は西浦の言葉に頷いて、続けた。
「はい、ここからが肝です。捕まった三名のテロ組織の男たちは、取り調べの中で、逃げた二名の内一人が、日本人だと自供しました。彼らの間ではアブサラムと呼ばれていたようですが┅┅恐らく、そこにいる山口でしょう。
では、山口とあなたたちを結びつける物は何か?と考えたときに、行方不明の四億円に違いないと思いました。恐らく逃げるときに、犯人とあなたたちの間で取引があったのでしょう。見逃してくれたら、半分をやるとか、そんな感じです。残りはいずれ取りに来るから預かっておいてくれとも言われたのでしょう。今回、まさに、山口はその残りの二億円を取りに来た、というわけです┅┅」
パチパチとゆっくり拍手する音に続き、西浦の嘲るような笑い声が聞こえてきた。
「あはは┅┅いやあ、どこかのアニメの名探偵のような推理だったね。すばらしいよ。だが、残念ながら、何一つ証拠が無い。空想で逮捕はできないんだよ、ん?オニ鹿島君┅┅」
優士郎も笑いながら、頭をかく。
「ははは┅┅そうですね┅┅あなた方が今、理不尽にも、無差別テロ犯を逃がそうとしていることが一番の証拠ですが┅┅足りないなら、もう一つ┅┅
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いやあ、お二人はお金持ちなんですねえ。一般庶民は、貸金庫なんてとてもじゃないが借れないし、必要もありませんからね。どうせ、これから、その銀行に行くつもりだったんでしょう?一緒に行って、貸金庫の中身を見せてもらっていいですか?」
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「あははは┅┅もう、いいぜ、西浦さんよ。あんたらが目を付けられた時点で負けなのさ」
山口はそう言うと、西浦の肩を叩いてから、いきなり特捜隊員服の内側から銃を取り出した。そして西浦を後ろから羽交い締めにしたまま、まず、背後にいた黒田に向けて発砲した。
西浦を楯にされて、優士郎は銃を撃てなかった。山口は、黒田が車から離れると、急いで運転席のドアを開け、中に乗り込んだ。ここまで、ほんの四五秒ほどの出来事だった。
エンジンの音と共に、急発進でタイヤがスリップする音と白煙が上がる。西浦と吉田は車に取りすがろうとして振り落とされ、アスファルトの上を転げ回った。
その時、数発の銃声が響き、車の前輪のタイヤがバーストした。しかし、山口はなおも逃げようと、出口の方へハンドルを切った。その行く手に、黒い影が立ちふさがる。
「死ねえええっ!」
パンクしたタイヤのまま、山口は思いきりアクセルを踏み込んで、立ちふさがった人影に突っ込んでいく。
サイレンサーの鈍い音が響き、フロントガラスが砕け、血が飛び散った。車はそのまま出口を通り抜け、道路を横切ってガードレールに激突し、ようやく止まった。
酒井と飯田が車の中の遺体を確認し、エンジンを切った。駐車場ではすでに、西浦と吉田に手錠がはめられ、パトカーのサイレンの音が近づいてきていた。
優士郎は何かむなしい気持ちで、黒田たちの所へ歩み寄った。手錠をはめられた西浦と吉田が、うなだれて立っていた。
「今回は死人を出さないつもりだったんですが┅┅」
優士郎が誰に向かってというわけでもなく、そうつぶやくと、西浦が、ぎろりと優士郎を睨んで言った。
「貴様は、人殺しと何ら変わらん┅┅いずれその報いは受けなければならんぞ┅┅」
「┅┅そうですね。でも、その前に死んでいる気がしますよ」
西浦と吉田、それに五人の公安部の警察官が、背信行為や横領、犯罪幇助などの罪で逮捕され、かつての部下たちに連行されていった。その頃には、もう優士郎たちはその場を離れ、本部への帰路についていた。
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