散った桜は何処へいく ~失った愛に復活はあるのか~

mizuno sei

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13 青い鳥の囁き

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 久々に伊豆の温泉に両親を招待し、親子水入らずで正月を過ごしていた優士郎のもとに、隊長から連絡が入ったのは、二日の朝のことだった。両親に事情を話すと、
「仕事なんだろう?だったら気にせず行ってこい。父さんたちは、あと二三日、のんびり過ごさせてもらうよ。なあ、母さん」
「ええ、そうさせてもらうわ。でもね、出来れば来年は可愛いお嫁さんと、家でおせち料理を作ってみたいなあって┅┅よろしくね、優君」
 真由香のことは十分承知の上で、母親は前を向けない息子の背中を押してやる。
 優士郎は曖昧な言葉でごまかすと、逃げるように旅館から出て行った。

「こちら、鹿島です。本部に着くまで、あと四十五分くらいですね」
〝そうか┅┅休みのところをすまなかったな〟
「まあ、いつものことですし┅┅で、急ぎなんですか?」
〝うむ┅それがな、とにかくややっこしい奴なんだ┅┅今、調査させているが、その結果次第では、急がねばならん〟
「わかりました。では、あとで」
 海岸沿いの道を、低音のエグゾーストノートを響かせながら、黒いハイラックスエースは都心へ向かって速度を上げた。


 紫龍を倒したことで、優士郎の心に幾ばくかの空虚が生まれたことは否定できなかった。
その空虚に入り込もうとする青い鳥を、優士郎は必死になって追い払っていた。
(今、そこに巣を作られたら困るんだよ。もう、仕事ができなくなってしまう┅┅)
〝真由香が本当の幸せをつかむ日まで、自分は幸せになってはいけない〟。それは、あの日から、優士郎が自分に課した十字架だった。

 優士郎のことを命をかけてすがる相手に選ばなかったのは真由香であり、その意味では、彼がそこまで責任を感じる必要は無いのかもしれない。結局、真由香は、それほど彼のことを好きだったわけではなかったのだ。本当に好きだったら、何もかも捨てて、彼のもとへ来たはずなのだから。
 優士郎が、未だにもやもやとした割り切れない泥沼の思考に落ち込むのは、その点だった。
(┅┅まあ、少なくとも、僕が愛したほどには、彼女は僕を愛していなかったのは、間違いないことさ。女はたくましいね┅┅とてもかなうもんじゃない)
 都市高速に入って朝日に輝く高層ビル群を見ながら、泥沼に入り込もうとする思考を打ち切って、優士郎は苦笑を浮かべた。

 特殊処理班の小さな部屋で、四人の男女が顔を突き合わせて厳しい表情を浮かべていた。
「┅┅今のところ、テルアビブから飛行機に乗って来た年齢が三十半ばくらいで、日本人らしい男という以外、何も分からん┅┅そいつが、なんですんなりと検問や税関をすり抜けたか┅┅可能性は一つしかない┅┅」
「┅┅まあ、そりゃあ本人だったら、すんなり通れるでしょうね」
「そうだ┅┅」
「ところが、調べたら、三十代の日本人乗客は全員シロ、ただし一人が行方不明で捜索願が出ている人物だった┅┅」
「その人物の実家に問い合わせても、帰っていない┅┅しかも、年齢は現在五十歳になっているはず┅┅」
「客室乗務員の話では、その人物が座っていたはずの席には、老婆が座っていた┅┅」

「┅┅わけがわからん┅┅」
 隊長の黒田と鹿島以下二人の隊員は頭を抱えて天を仰いだ。
「分かっているのは、そいつが中東やヨーロッパ各国で無差別爆弾テロを起こしている組織の中心人物だってことだ┅┅」

 優士郎は自分のデスクに座って、メモ用紙に何か書き始める。
「飯田君、もう一度、乗客一人一人を洗い直してもらえるか?なんでもいい、引っかかったらメモしといてくれ」
「了解っ」
「栗木さん、外事で、一連の爆弾テロに何か共通点はないか、調べてきてくれませんか」
「わかりました」

 二人の隊員が部屋から出て行くと、優士郎はメモを見ながら小さくうなった。
「うーん┅┅これは、確かにやっかいな奴かもしれませんね┅┅」
「後は任せる┅┅何か必要なものがあったら、いつでも言ってくれ」
 黒田はそう言って去って行こうとした。
「ふむ┅┅ねえ、隊長┅┅」
「ん?なんだ」
「行方不明者とか、捜索願いが出されている人って、普通の人でも調べられるんですよね?」
「まあ、公開捜査が基本だからな┅┅各都道府県の警察署のウェブサイトに、多くは写真入りで掲載されているが┅┅それがどうかしたのか?」
「もし、奴がそれを利用して他人になりすましていると仮定して┅┅パスポートやビザの発行は可能なんですか?」
「いや、それは無理だ。身元を照合すればすぐにばれるからな」
「ですよね┅┅でも、奴はそれをできた可能性が高い┅┅とすれば┅┅」

 黒田は、鹿島が言おうとしていることに気づいて顔色を変えた。
「おい、まさかお前┅┅」
「いやあ、まだ憶測ですからね┅┅でも、これができるのは、警察内部の、それも公安関係の人間しかいないと思うんですよ」
 黒田は思いがけない話に気が動転したが、確かに鹿島の推測通りなら、犯人が自由に世界各国を移動している理由も納得できる。

「┅┅内通者か┅┅だが、何のために┅┅」
「さあ、そこまでは分かりませんが┅┅最初、この話が来たとき、妙に違和感を感じたんです。本来なら、これは公安部が全力で取り組むべき案件です。それなのに、初めから特捜に協力要請してくるなんて、普通じゃありません」
「うむ┅┅犯人の危険度を考えてのことだと、疑いもしなかったが、言われてみればその通りだ。となると、内通者はこうした手配ができる、かなり上の立場の人間だな┅┅」
「ええ。そして、我々の動きをとても気にしている┅┅だから、わざと自分たちの側に引き込んで、こちらの情報を筒抜けにしているんです」
 黒田と鹿島は顔を見合わせて、小さく頷き合う。
「こいつはよく作戦を練らないと、こっちが潰されかねないぞ」
「向こうがその気なら、逆に利用してやるだけです」
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