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6 ターゲット
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渋滞がようやく動き出し、優士郎は甘い思い出の夢から目覚めた。
分岐点が近づき、優士郎の車は渋滞から抜け出して港線に入った。
ターゲットの男は、優士郎がこの仕事を始めた二年前から、ずっと追い続けてきた相手だった。名はパク・リュウシン、韓国籍の在日二世で日本名を紫門龍仁、裏社会では〝紫龍〟の名で通っていた。
表の仕事はマジシャン。その端正な風貌と卓越したテクニックで、世界を股にかけて活躍していた。だが、裏では、麻薬の密売、売春組織の構築、マネーロンダリングなど、ありとあらゆる悪に手を染めていた。やくざやマフィアを裏で操るほどの金と権力を持ち、邪魔者は容赦なく殺した。しかも、証拠は決して残さず、実行した者たちも多くの場合、口封じのため殺された。
これまで、優士郎は何度も紫龍を狙撃するチャンスに遭遇したが、ことごとく失敗に終わった。紫龍は、自分を狙う刺客も多かったので、徹底した対策をとっていた。しかも、得意のマジックを使ったものも多く、逆に罠にはめられそうになったことも一度や二度ではなかった。
そして、もう一つ特別な意味で、優士郎にとって紫龍は絶対に倒すべき相手でもあった。
「動きは?」
「あっ、鹿島さん。ええ、まだ動きはありません」
ハーバーホテルから直線距離で二百メートル離れたビルの一室に、特殊捜査班の二人が張り込んでいた。二人とも情報機器の専門家で、銃の腕も度胸も一流の頼れる仲間だ。
「ほんと、しぶといっすよねえ、紫龍の奴。タイで麻薬密売組織の大規模な摘発があって、いよいよ奴の名前が出て国際指名手配かって思ったら┅┅」
「逆に、下部組織を司法取引で警察に売って逃げ延びた┅┅尻尾切りってやつね」
若い男女の隊員は、パソコンで複雑な情報機器のチェックをしながら悔しげに言った。
「しかも、いつものごとく、自分の正体を知っている人間は、自殺とか、事故死を装って殺している┅┅いったいこれまでどんだけの数の人間を殺しているんだ、奴は?」
「ほんと┅┅悪魔よね┅┅風貌からして」
「だから、僕たちがいるんでしょう?」
高解析度の望遠鏡を覗きながら、鹿島がつぶやく。
若い隊員たちは顔を見合わせ、にやりと微笑んで頷き合った。
「うーん┅┅ここからじゃ、ちょっと確率が下がっちゃうかなあ。無風だとして、着弾までコンマ8弱くらい?」
鹿島のつぶやきに、女性隊員の飯田が素早くパソコンを操作し始める。
「┅┅はい、コンマ788です。だめですか?」
「いや、だめってわけじゃないんだけど┅┅紫龍だからね┅┅」
飯田も酒井もその言葉に納得する。これまでに紫龍は鹿島の手の中から三回も逃げ延びている。他のどんな凶悪犯も、一度たりとて逃がしたことのない鹿島の手から。
「どうします?」
酒井の問いに、鹿島はしばらく下を向いて考え込んだ。
「紫龍は仕事でここへ来たの?」
「ええ、テレビの撮影らしいです」
「撮影はいつ?」
「明日の夜、マジックショーを生中継でやるらしくて┅┅」
「ふむ┅┅二人にちょっとお願いをしていいかな?」
二人の若い隊員たちは、緊張した顔で見交わし合った。
分岐点が近づき、優士郎の車は渋滞から抜け出して港線に入った。
ターゲットの男は、優士郎がこの仕事を始めた二年前から、ずっと追い続けてきた相手だった。名はパク・リュウシン、韓国籍の在日二世で日本名を紫門龍仁、裏社会では〝紫龍〟の名で通っていた。
表の仕事はマジシャン。その端正な風貌と卓越したテクニックで、世界を股にかけて活躍していた。だが、裏では、麻薬の密売、売春組織の構築、マネーロンダリングなど、ありとあらゆる悪に手を染めていた。やくざやマフィアを裏で操るほどの金と権力を持ち、邪魔者は容赦なく殺した。しかも、証拠は決して残さず、実行した者たちも多くの場合、口封じのため殺された。
これまで、優士郎は何度も紫龍を狙撃するチャンスに遭遇したが、ことごとく失敗に終わった。紫龍は、自分を狙う刺客も多かったので、徹底した対策をとっていた。しかも、得意のマジックを使ったものも多く、逆に罠にはめられそうになったことも一度や二度ではなかった。
そして、もう一つ特別な意味で、優士郎にとって紫龍は絶対に倒すべき相手でもあった。
「動きは?」
「あっ、鹿島さん。ええ、まだ動きはありません」
ハーバーホテルから直線距離で二百メートル離れたビルの一室に、特殊捜査班の二人が張り込んでいた。二人とも情報機器の専門家で、銃の腕も度胸も一流の頼れる仲間だ。
「ほんと、しぶといっすよねえ、紫龍の奴。タイで麻薬密売組織の大規模な摘発があって、いよいよ奴の名前が出て国際指名手配かって思ったら┅┅」
「逆に、下部組織を司法取引で警察に売って逃げ延びた┅┅尻尾切りってやつね」
若い男女の隊員は、パソコンで複雑な情報機器のチェックをしながら悔しげに言った。
「しかも、いつものごとく、自分の正体を知っている人間は、自殺とか、事故死を装って殺している┅┅いったいこれまでどんだけの数の人間を殺しているんだ、奴は?」
「ほんと┅┅悪魔よね┅┅風貌からして」
「だから、僕たちがいるんでしょう?」
高解析度の望遠鏡を覗きながら、鹿島がつぶやく。
若い隊員たちは顔を見合わせ、にやりと微笑んで頷き合った。
「うーん┅┅ここからじゃ、ちょっと確率が下がっちゃうかなあ。無風だとして、着弾までコンマ8弱くらい?」
鹿島のつぶやきに、女性隊員の飯田が素早くパソコンを操作し始める。
「┅┅はい、コンマ788です。だめですか?」
「いや、だめってわけじゃないんだけど┅┅紫龍だからね┅┅」
飯田も酒井もその言葉に納得する。これまでに紫龍は鹿島の手の中から三回も逃げ延びている。他のどんな凶悪犯も、一度たりとて逃がしたことのない鹿島の手から。
「どうします?」
酒井の問いに、鹿島はしばらく下を向いて考え込んだ。
「紫龍は仕事でここへ来たの?」
「ええ、テレビの撮影らしいです」
「撮影はいつ?」
「明日の夜、マジックショーを生中継でやるらしくて┅┅」
「ふむ┅┅二人にちょっとお願いをしていいかな?」
二人の若い隊員たちは、緊張した顔で見交わし合った。
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