散った桜は何処へいく ~失った愛に復活はあるのか~

mizuno sei

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3 絡み始める運命

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 優士郎は、幼い頃から容姿端麗、頭脳明晰、運動神経も抜群で、何をやらせてもそつなくこなす一種の天才少年だった。中学、高校、そして大学に入った頃には、いつも大勢の女の子に囲まれて、それなりの経験も重ね、傍目から見るとうらやましい青春時代を過ごしているように見えた。しかし、彼の心はいつも満たされない乾きに苦しんでいた。

 彼から見ると、女は常に愛されることを求めるだけの存在だった。もちろん彼の周囲の女たちのことである。彼は優しかったので、出来るだけ周囲の女たちを悲しませないよう努力した。その結果、大学の三年生になる頃には、彼は疲れ果ててしまっていた。そんなときだった、小野真由香に出会ったのは┅┅。

 当時、真由香は、優士郎より五つ下の高校一年生。母子家庭で、裕福でない家計を支えるため、バイトを二件掛け持ちでやっていた。それは春の終わりのある日、真由香がドーナツ店のバイトを終えて、次のバイト先の居酒屋に向かっていたときのことだった。
 バイト先に近い夜の公園で、六歳くらいの女の子が一人ブランコに揺られていた。人通りが割と多い公園だが、こんな時間に一人はさすがに危険である。

「こんばんは┅┅ねえ、君一人?あっ、待って┅┅お姉ちゃんは悪い人じゃないよ」
 真由香は逃げようとする女の子のそばにかがみ込んだ。
「誰かを待ってるの?」
「┅┅お母ちゃん┅┅」
「そっか┅┅お母ちゃん待ってるんだ┅┅お母ちゃんどこ行ったの?」
 女の子は黙って公園の脇にある建物を指さした。そこは、パチンコ店だった。

「(ああ、よくあるやつだ┅┅)もう、困ったお母ちゃんだねえ。でも、ここは危ないから、中に入って待ってようよ。」
「やだ、やだあ┅┅だって、タバコ臭いんだもん┅┅」
「ああ、そっかあ┅┅確かにあれはきついよねえ。ううん┅┅どうしたらいいんだ┅┅」
 真由香は、携帯に目をやる。もうバイトに遅刻しそうな時間だった。しかし、少女をこのまま置いていく訳にはいかない。

「よし、じゃあ、お姉ちゃんも一緒に、お母ちゃんが出てくるまで待ってやるよ」
 少女はとまどったような表情でじっと真由香を見つめた。しかし、彼女を見つめる優しい微笑みに、今度はうれしさでいっぱいになって大きく頷いた。

「おおきなクリの木の下で、あなたとわたし、仲良く遊びましょう┅┅」
 真由香と少女は、夜の公園の外灯の下でいろいろな遊びをし、歌を歌った。自分も幼い頃、母の帰りを一人待つ寂しさは知っていたので、真由香にとって、目の前の少女はその頃の自分のように思えた。
 バイト先には、急用で休むと連絡し、パチンコ店が閉まる二十二時まで少女につきあうことに決めた。
そして、運命の糸車は二つの糸をより合わせながらゆっくりと回り始めた。

 二十一時を少し回った頃、真由香は背後から近づいてくる足音に気づいて、少女をかばうようにしながら後ろを振り返った。白いジャケットを羽織った大柄な男と、派手なプリント柄のシャツにサングラスの痩せて背の高い男が、口元に下卑た笑みを浮かべながら近づいてきた。
「こんな所に、家出の姉妹か?一晩の宿に困っているなら、世話してやるぜ、どうだ?」

 真由香はとっさに逃げようとしたが、サングラスの男に素早く行く手を遮られた。
「どいて下さい、大声を上げますよ」
「おお、なかなか肝がすわった姉ちゃんだな┅┅ふひひ┅┅やってみるがいいさ。今どき、他人を助けようなんて奴がいると思うか?関わり合いにならないように、見て見ぬ振りしかできねえんだよ、小市民って奴はな┅┅」
 白いジャケット男はそう言うと、ちらりとジャケットの内側にある白鞘のドスを手に取る仕草を見せた。
「姉ちゃんがおとなしく言うことを聞いてくれたら、何もしねえよ」

 少女はすっかりおびえて、ひくひくと胸を震わせている。
(この子に危険を及ぼすことは絶対に出来ない┅┅)真由香は覚悟を決めて男に向き合った。
「分かったわ┅┅まず、この子をそこのパチンコ屋に連れて行かせて。この子は妹じゃないの。パチンコをやっている母親を待っているのよ」
「よおし、安心しな。俺が連れて行ってやる、さあ、来な、ガキ┅┅」
「いやぁだあ、いやああ┅┅お姉ちゃん、お姉ちゃん┅┅」
 泣き出した少女を無理矢理連れて行こうとするサングラスの男に、真由香はその腕をつかんで引き止めた。
「やめて、わたしが行くから┅┅。あなたたちだって、目立たない方がいいでしょう?」
「へっ、そんな手に乗るかよ。パチンコ屋でへたに大声出されたら困るんだよ。こうなったら、そのガキも一緒に来てもらうぜ」
 
 真由香は絶体絶命のピンチに、どうすればいいか、頭の中でめまぐるしく考えた。下手に騒いで少女にケガをさせるわけにはいかない。かといって、このまま男たちにどこか分からない所に連れて行かれるわけにもいかない。やはり、ここは自分が犠牲になって、少女を逃がすしかない。
「わたしが何をすれば、この子を逃がしてくれるの?」
「そいつは後のお楽しみだ┅┅へへ┅┅まあ、お前ぇがおとなしく言うこと聞くってんなら、そのガキは放してやるさ」

「いいわ┅┅」
 真由香はそう言うと、かがみ込んで少女を見つめた。
「さあ、お母さんの所に行っていいよ。怖い思いさせてごめんね」
「┅┅でも┅┅お姉ちゃん、悪い人達にひどいことされない?」
「ふふ┅┅心配してくれてありがとう。お姉ちゃん、大丈夫だから┅┅さあ、行きなさい」
 少女は手で涙を拭うと、なおも心配そうに振り返りながら、パチンコ店の方へ歩いて行った。

「よおし、じゃあ、姉ちゃん、行こうぜ」
 男たちが真由香を両側から挟むようにして、反対側の出口へ数歩歩き出したときだった。
傍らの木陰から、黒いジャケットに白のTシャツ、ダメージジーンズのストレートパンツを穿いた背の高い若い男が現れた。

「何だ、てめえは┅┅」
「ああ、いや、通りがかりの学生です。ちょっと前から、様子を見ていたんですが┅┅その子はかなり危険な状況のようですね」
「┅┅ケガしたくなかったら、失せろや┅┅」
「うーん、まあ、これも何かの縁でしょうから、その子を助けようと思います」
「ああん?ふざけるなよ、なめやがって┅┅」
 サングラスの男が前に出て、白ジャケットの男は左手を真由香の首に背後から手を回し、いつでもドスを使えるように右手はジャケットの内側に突っ込んでいた。

 真由香は突然の成り行きにあっけにとられていた。これが、幸運なのか不運なのか、神様にゆだねる他はなかった。

 鹿島優士郎はその日、大学の講義が終わると、約束していた杉原怜奈とのデートの場所に向かった。怜奈は私立の名門大学の四年生で、都内有数の不動産会社の社長令嬢である。優士郎と同じ学部の同級生に怜奈の弟がいた。その弟と親しくなって、杉原家にもちょくちょく出入りするようになり、自然に怜奈とも親しくなったのである。
 怜奈は年上ということもあって、常に優士郎より上の立場であろうとした。だが、その実、心の内はいつも戦々恐々で、優士郎というめったに出会えない〝いい男〟を何とか自分の下に引き留めようと必死だった。

 その日も、さんざんわがままを言って優士郎を振り回したあげく、夜は一緒にホテルに泊まってもよい、と誘いをかけてきた。優士郎は、怜奈と将来の契約を交わす気はさらさら無かった。彼がきっぱりと断ると、怜奈はプライドを傷つけられてヒステリックに怒り出し、二度と杉原家に顔を出すな、と捨て台詞を吐いて帰っていったのである。

 優士郎が、たまたまその公園のそばを通りかかったのは、そんな気分が落ち込むデートの帰りだったのだ。

 サングラスの男がつかつかと優士郎に近づいてくる。おそらく、胸ぐらをつかんで少し脅せば、逃げ出すはずだと考えているのだろう。案の定、男は優士郎のTシャツをつかんで顔を近づけてきた。
「┅┅っ、ぐわああっ┅┅」
 一瞬のうちに体制が入れ替わるのと同時に、苦痛の声が上がる。優士郎はTシャツをつかんだ男の腕を後ろにねじ上げて、背後から男の両膝の裏を足刀で蹴り、ひざまずかせていた。もがこうとすればするほど、腕が極まって痛みが増した。

「┅┅てめえ」
「さあ、その子を放せよ。こいつの肩、折れちまうよ」

 優士郎は高校生の頃から、ある古武術を学んでいた。東軍流柔術を現代の護身術として進化させようという一派の道場に通ったのである。すでに、彼の腕前は師範をしのぐほどで、総合格闘技のプロの試合に出る資格も持っていた。

「はあ、てめえ馬鹿か?この女の首にこいつが食い込まないうちに、とっとと失せやがれ」
「うーん、小物の常とう手段ですねえ。そんなもの脅しにもなりませんよ」
「な、なんだと┅┅」
 白ジャケットの男が驚いて瞬きした瞬間だった。優士郎の姿が一瞬にして消え、次の瞬間、背後からこんなささやきが聞こえてきた。
「さあ、おとなしくこの手を上に上げなさい。さもないと┅┅大事な物がつぶれてしまいますよ」
 優士郎は男の背後から、右手で男のドスを持つ右手をつかみ、左手は男の股間を下からつかんでいた。少しでも抵抗すれば、睾丸どころか、右腕の骨も折られそうなほどの握力だった。
「ジョ、ジョージさん┅┅」
「や、やめろ、キム┅┅何もするな┅┅わ、わかった┅┅言うとおりにする」
 男は両手を挙げて真由香を解放した。

「君、早く行きたまえ。おっと、キムさんとやら、動くと、この人のキンタマつぶれちゃうよ」
「ぐわあああ┅┅やめろおお、た、たのむうう┅┅」
 真由香は生きた心地も無く、がくがく震える足をひきずりながら、なんとかその場から離れていった。

 少女が公園の外に出るのを見て、優士郎は白ジャケットの男を解放した。
「くそう┅┅何者だ、てめえ┅┅」
「いや、だから、さっきも言ったじゃないですか、ただの通りがかりの学生です」
 男たちは、真由香が出ていった方向と優士郎を交互ににらみながら、しばらく歯を食いしばっていた。
「┅┅いいか、てめえの顔は覚えたからな┅┅首を洗って待ってろ。おい、行くぞ┅┅」
 ジョージと呼ばれた男はそう言い残すと、キムという男とともに去って行った。

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