散った桜は何処へいく ~失った愛に復活はあるのか~

mizuno sei

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「┅警視庁っていう馬鹿でかい組織の奥には…ぐふっ…深い深い闇があって┅その闇の奥には┅〝鬼〟が住んでいると┅誰かが言っていたな┅┅ふふ…ふう┅」

 二〇四三年十二月、横浜、某所。
 燃えさかる炎が、ビルの上部を包んでいた。消防車やパトカーのけたたましいサイレンが、下の方から聞こえてくる。
 そのビルの一室で、今、二人の男が相対していた。一方の男は右足と左の肩から血を流し、窓際の壁にもたれて座っている。もう一方の男は、サイレンサーを付けたライフルを小脇に抱えて、座った男をじっと見つめたまま立っていた。

「┅だから┅その闇の奥を〝オニガシマ〟と言うんだと┅」
 窓際に座った男は、荒い息を吐きながらそう言って、にやりと笑った。長身で、長髪をオールバックにしたその男は、まだ四十にはなっていないように見えた。ぞっとするほどの美形で、妖しいオーラが全身を包んでいるようだった。

「言いたいのはそれだけか┅」
 そう言ってライフルを構え直したもう一方の若い男も、すらりとした長身で、この場所にはとうてい似つかわしくない、一見アイドルかと思わせるような爽やかで端正な顔立ちだった。

「ふふ┅まあまあ、そうせかせるなよ┅死ぬ前に、もうしばらく積もる話に付き合ってくれないかね、鹿島優士郎君、いや┅オニガシマ君の方がいいかな?」
「ふん┅時間稼ぎをしたって無駄だ。お前の打てる手はもう何も残っちゃいない┅あきらめな、パク・リュウシン、いや、〝紫龍〟さんよ」

 紫龍と呼ばれた男は、切れ長の目の奧から冷たく光る薄茶色の瞳で鹿島を見上げた。
「ふっ┅勝ったつもりでいるようだね。でも、君は絶対に私には勝てない┅勝てない理由があるからさ┅それは、君が一番良く知っているんじゃないか┅ん?┅┅ふふふ┅┅」
 鹿島優士郎は無表情だったが、目には紫龍への激しい憎悪が溢れていた。

「そう、私の妻のことだよ┅一度ゆっくりと君と話したかったんだ。妻と君は五年前まで恋人同士だったらしいね┅┅?」
「動揺させようっていうなら、無駄だ┅┅」
「ふっ┅そうかな?┅┅いやあ、あれはいい女だからねえ┅┅五年前は十六か┅┅可愛かっただろうねえ┅┅ところが、なんと┅┅あれを女にしたのは、君じゃなく、僕だったんだからねえ┅┅あはは┅┅なんとも君にとっては悔しい話だろうねえ┅┅そう、僕なんだよ、鹿島君┅┅あの女の処女をぶち破って、子宮に精液をたっぷり流し込んで、孕ませたのは┅┅ひひひ┅┅僕なんだ┅┅ふひひひ┅┅」

 紫龍は狂ったような目で、下卑た笑い声を上げ続けた。
 鹿島はいよいよトドメを刺すべく、ライフルを紫龍に向けた。

「┅┅でもねえ┅┅」
 紫龍は突然笑うのをやめて、うなだれるように窓の方に顔を向けた。
「あいつは一度も┅┅一度も、僕に、笑った顔を見せなかった┅┅何でだろうねえ┅┅」

 そうつぶやいた直後、紫龍は右手を大きく横に振った、するとまるで大きな紙吹雪のように、無数のトランプの札が辺り一面に舞い上がった。
 そのトランプの紙吹雪の奧から、正確に鹿島の左胸に向かってナイフが飛んでくる。 
 サイレンサーの低い発射音が響く。
 金属が壁に当たる高い音と人の骨肉が砕ける鈍い音が同時に聞こえてくる。
 パラパラとトランプが床に散らばり落ちてゆく┅┅。

「┅┅くだらねえご託を並べてないで┅┅さっさと地獄に行きやがれ┅┅」
 額の真ん中を撃ち抜かれて、無残な屍をさらしている紫龍を見下ろしながら、鹿島優士郎は吐き捨てるように言った。
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