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21 奴隷の子ポピィ

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 ダンジョンに潜ってから、まだ三時間くらいしか経っていない。ちょうど昼になる頃だろう。約束の四時までは、まだ半分以上の時間が残っている。
 だが、俺はいったんダンジョンを出ることにした。その理由はもちろん……。

「お前、名前は?」
「は、はい、ポピィと言います」
 ん? 今、突然前世の消臭剤のCMが頭の中を流れたぞ。いやいや、確かケシ科の花にもポピーというのがあったな。うん、それだ。ポピィは可愛い花の名だ。

「ふ、ふうん、そうか。その声と名前からすると女の子か?」
 奴隷の子どもポピィは、とたんに悲し気にうつむいた。

『マスター、デリカシーが無さすぎです。いくら小さくても、たとえ奴隷でも、女の子に言う言葉ではありません』
 なぜか、ナビが初めて感情的な口調でそう批難した。

(あ、ああ、そうだな、悪い……)

「ああ、ええっと……とりあえずその荷物は下ろせ。まず、傷の手当と食事だ。ほら、座れ」
 俺の言葉に、ポピはまだうつむいたまま、大きなリュックを地面に下し、その横に腰を下ろした。

「ほら、これを飲め。少し苦いが我慢して飲むんだ。ちゃんと飲んだら、昼飯を食わせてやるぞ」
 調合のスキルで作り置きしていたポーションの瓶をポピィに手渡す。ポピィはしばしためらっていたが、腹が減っていたのだろう、目をつぶって一気に瓶の中身を飲み干した。

「がはっ、はううぅ……」
「あはは……よし、よく我慢したな。どうだ、もう傷は痛まないだろう?」
 俺の言葉に、ポピィははっとしたように自分の手足を見回した。

「すごい……昔の傷も治ってる……あわわ……」
 ポピィは驚くと同時に、怯えたような表情であわてて俺に向かって正座した。
「あ、あなたは、いったい……」

「俺か? 俺はトーマ、Cランクの冒険者だ」
「ト、トーマ様……レ、レプラコーン様ですか?」
「は? レプラコーン、何だそりゃ?」

『レプラコーンは、小人の妖精族です。ノームの上位種族と言われていますが、その生態や生息場所はほとんど解明されていない謎の種族です』
(ほお、そんな種族がいるんだな。だが、何でポピィは俺をレプラコーンだなんて……?)

「あ、間違っていたらすみません。わたし、ハーフノームなんです。小さい頃、ノームの村で、一度だけレプラコーン様を見たことがあって……その、すごい魔法で、死にかけていたノームを生き返らせたのを見て、それで……」
「ああ、なるほどな。俺のポーションが効いたんでそう思ったのか。だが、俺は人間だぞ。ポピィは、人間とノームのハーフなのか?」
「は、はい、父が人間で母がノームです」

 なぜ、奴隷に、と訊きたかったが、今はまだそこまで彼女の個人的なことに踏み込む理由も無かった。

「ほら、昼飯のサンドイッチだ。こっちが水な。遠慮せず食え」
 俺は麻袋から蔦で編んだ籠に入れた自分の昼食を出して、ポピィの前に置いた。ポピィは思わずごくりとつばを飲み込んでそれを見つめたが、すぐに俺の方を見た。

「いいから、食えよ。それを食い終わったら街に帰るぞ」
「は、はい……」
 小さな少女は途端に悲し気にうつむく。

「心配するな。すぐにご主人様の所へは行かない。ちょっと調べないといけないことがあるからな。それまでは、俺がちゃんと守ってやるから、安心しろ」

「はいっ」
 ポピィは少し安心したのか、元気な返事をした。そして、おずおずと籠に手を伸ばし、中からボア肉と野菜を挟んだサンドイッチを取り出した。

「い、いただきます」
「ああ、全部食っていいからな」

 ……ほんとに全部食いやがった。

 その後、俺はポピィを連れて二層の階段まで行き、転移魔法陣で入り口へ戻った。そして、街に戻ると、門番の衛兵にとある店の場所を聞きだし、そこへ向かった。

「ここか……でかいな。金持ちの屋敷みたいだ」
「ト、トーマ様、ここは……」
 店の看板を見たポピィは不安そうな顔で俺を見上げた。

「この店に何か用かい?」
 店のドアが開いて、銀の髪をオールバックにしたイケメンの男が現れ、柔らかな口調で問いかけた。四十代前半くらいだろうか、高級なスーツをびしっと着込み、一見貴族と言っても違和感はなかったが、纏う空気は裏社会のやり手の幹部といった暗さと凄みを感じさせた。

 大きな荷物を担いだ少年と薄汚れて首輪をつけた少女を見ても、動じる気配は見せず、あくまで商人の態度で接してくる。

(うん、嫌いじゃないぜ、こういうタイプ)

「あの、すみません。こちらの店の方ですか?」
「ああ、そうだよ。この店のオーナー、奴隷商のシュタインだが……この子は奴隷だね?」
「はい。実は、この子のことでお尋ねしたいことがありまして」

 シュタインは顎に手を当ててちょっと考えてから、ドアを開けた。
「中で話を聞こう。お入り」

 俺は不安そうなポピィを安心させるように頷いて、シュタインの後について店の中に入った。そこは、まさに貴族の屋敷のサロンというような高級感溢れるロビーだった。

♢♢♢

「ふうむ、なるほど……そういうわけでしたか」
 俺は、シュタインにダンジョンの中での一部始終を語った。スタインは何度か小さく頷いた後、俺に目を向けた。
「それで、私に尋ねたい事とは?」

「はい。奴隷制度について良く知らないので教えて欲しいんです。このポピィのようなケースでは、奴隷の所有者には何か罰則とかは無いんですか?」

 シュタインはわずかに口元に笑みを浮かべ、目を輝かせた。
「君は何歳だい? 将来大物になる予感がぷんぷんするよ。よかったら、うちで……」
「あ、あのう……」
「あ、あはは……いや、ごめんね。オホン……うん、君の言う通り、これは『重大な違法行為』だよ。この国の『奴隷法』は、犯罪奴隷以外の奴隷は、一つの職業だと規定しているんだ。だから、奴隷の主人は〈所有者〉とは呼ばず、〈雇い主〉と呼んでいる。それで奴隷を保護するために雇い主が守らねばならない規定があるんだ。全部で八つあるんだが、その第一条が、〈雇い主は、犯罪奴隷以外の奴隷に対して、その生命を守るための責任を負い、そのために最善の努力をしなければならない〉というものだ。つまり、奴隷の病気やケガは雇い主が責任をもって治療しなければならないし、奴隷を命の危険にさらしてもいけないんだ」

 シュタインはいつしか普段の言葉遣いになってそこまで言うと、ポピィに目を向けた。
「君は、犯罪奴隷ではないよね?」

「はい、違います」
 ポピィはしっかりと頷いてそう言った。

「うん、それならば問題ない。君の今までの雇い主は、雇い主としての資格を失い、権利を放棄した。君はもう奴隷じゃない、自由の身だよ」

 ポピィは、突然そう宣言されて、戸惑ったようにきょろきょろと俺とシュタインに目をやった。そりゃあ、いきなり自由の身だと言われれば戸惑うのも当然だ。

「シュタインさん、そのことをこの子の元の雇い主に告げたとして、相手は素直に認めるでしょうか?」
 俺の問いに、シュタインはますます目を輝かせて頷いた。
「そう、そこが問題だ。まず百パーセント認めないし、いまだこの子の雇い主だと主張するだろうね。そこで重要なのが、証拠だ」

「証拠か……例えば、どんなものが証拠になりますか?」

「そうだね……複数の第三者の証言が一番強いかな。でも、この場合、君、ええっと……」
「トーマです」
「うむ、トーマ君の証言だけでは不十分だね。君も冒険者だろう? だったら、この子と口裏を合わせて利益を得ようとしている、と疑われても仕方ないからね。あとは、物的な証拠かな。明確な虐待の形跡とか……ふむ、汚れてはいるが、傷は見当たらないね?」

「ああ、俺のポーションで治してしまいました」

「そうか、ううむ……そうなると、あとは……」

「この荷物はどうですか? これは元の雇い主が、ポピィに背負わせてそのまま放置したものです」

「おお、そうだったのか。そいつはかなり大きな武器になるぞ。普通なら、大事な荷物を放棄するはずはないからな」

 俺は、そこで立ち上がってシュタインに深く頭を下げた。
「シュタインさん、ありがとうございました。こんな子どもの俺に親切に教えていただいて。この後は俺とポピィで何とかします」

 シュタインも何か楽しげな顔で立ち上がった。
「私も商人の端くれなのでね、利益にならないことはしないよ。トーマ君は、将来このシュタイン商会に多大な利益をもたらしてくれる予感がするんだ。今後、奴隷が必要になったらぜひ、我が商会を利用してくれたまえ」

 いや、それは絶対にない、と思うけど、こうした人脈は大事にした方がいいな。

「おっと、大事なことを忘れるところだった……」
 俺が曖昧な笑顔で立ち去ろうとしたとき、シュタインがそう言ってポピィに目を向けた。

「その首輪には、隷属魔法が掛けられている。雇い主の命令に逆らうと、息ができなくなるような闇魔法だ。解除しておこう」
 シュタインはそう言うと、ポピィの首輪に指を触れて目をつぶった。一瞬強い光が首輪から発せられた。
「これでよし。もう、誰にも命令を強制されることはないよ」

「あ、ありがとうございます」
 ポピィは泣きそうな顔でぺこりと頭を下げた。

「首輪を外すことはできないんですか?」
 俺の問いに、彼は首を振った。
「いや、この子が奴隷であることは分かるようにしておいた方が良いだろう」
「あ、なるほど、そうですね」

 俺は改めてシュタインに礼を言って、ポピィとともに店を出た。
 去り際に、シュタインは笑みを浮かべながらこう言った。
「ことがうまく収まったら、また来るといい。首輪を外すか、改めて君がこの子の雇い主になるか、どちらにしても私が手続きをしてあげるよ」

「はい。その時はよろしくお願いします」
 俺はそう言うと、もう一度頭を下げから歩き出した。

 次に向かうのは、衛兵の詰所だ。
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