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閑話 トーマが出て行った後の村

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《第三者視点》

 ラトス村の人々が、トーマが村を出て行ったのを知ったのは、トーマが出て行った翌日だった。彼は家族以外の者には、誰にも言わず夜が明ける前に出発したのである。

 まず、最初に異変に気づいたのは、村長の娘ライラだった。
「あら、おかしいわね? あいつが休むなんて、熱でも出したのかしら……」
 毎朝、家畜に餌をやりながらトーマの鍛錬が終わるまで見守り、終わったら、村を出ることを諦めさせるために、ひとしきり彼が「無能」であることを言い聞かせる、それが彼女の毎日の日課だった。
 後で様子でも見に行ってみよう、と思いながらライラは家に帰っていった。

 次に、トーマがいなくなったのに気づいたのは、自警団の第四班の班長であるダンだった。
「おや、今日はトーマはいないのか? 誰か、何か聞いているか?」

 いつもの村の見回りで、集まった者たちにダンは問い掛けた。しかし、誰も首を傾げてばかりで知る者はいなかった。
 ただ、少し離れた第五班の中で、一人の少年が心の中でほくそ笑みながらダンの声を聞いていた。
(へえ、あいつ風邪でもひいたのかな? あとでからかいにでも行くか、へへ……)


 昼少し前、畑仕事をしていたトーマの両親と兄、そばの草原で近所の二人の女の子と遊んでいた妹のミーナは、荒々しい足音を響かせて現れたたくましい体の男に驚いて、そちらに目を向けた。

「おい、バード、トーマが村を出て行ったってのは本当か?」
「ああ、クレイグか。うん……本当だよ」

 トーマの父バードは、そう言うと悲しみと悔しさの入り混じった表情でうつむいた。

「何で出て行ったんだ、どうして止めなかった?」
 クレイグは、づかづかと畑の中に入ってきて今にも掴み掛らんばかりにバードに迫った。

「止めたさっ! 家族全員で、止めたんだよ……でも、あの子の意志は固かった。もう、ずっと前から計画していたんだ、五歳の時から、ずっとだよ……うううっ……自分が『はずれギフト』だから、俺たち家族に迷惑をかけるからって……うう、う……」
「あなた……」
 バードとマリアは抱き合って涙にくれる。

「バカな……ギフトが何だって言うんだ、トーマのバカ野郎が……」
 拳で自分の手のひらを叩きながら悔しがるクレイグに、トーマの兄リュートがいぶかしげな顔で近づいて来た。
「あの、クレイグさん、どうしてそんなにトーマのことを?」

「リュート、お前も知らなかったのか? あいつは、トーマは、来年にでも俺を確実に越える天才なんだよ。村にとって、あいつが出て行ったのは大変な痛手だ」

「っ!……やっぱり、そうだったんですね。ときどきトーマが一人で鍛錬している様子を見ていたんです。近頃は、あいつの動きを目で追えないことが多くなって、我が弟ながらすごいなって思っていたんですが、それほどまでとは……」

「ああ、あいつのことだ、どこへ行っても死ぬ心配はないだろうが……できれば、誰かを監視に付けて、すぐに連絡が取れるようにした方が良いな。よし、今から人選をしてくる」
 クレイグはそう言うと、また荒々しい足音を響かせて走り去っていった。

「ねえ、リュート兄ちゃん、トーマ兄ちゃんはすぐ帰って来るんでしょう?」
 兄が出て行った事情が理解できないミーナは、トーマが用事で街に出かけたのだと勝手に思い込んでいた。
 しかし、長兄は寂し気に首を振った。
「いや、トーマはしばらくは帰って来ないよ。それが何年になるかは分からないけれどね」

「え? うそ、ねえ、うそでしょう? お父さん、ねえ、お母さん、トーマ兄ちゃん、帰って来るよね?」
 娘の問いに、両親はまだ涙にくれながら首を振った。それで、ようやくミーナも、トーマが本当に家を出て行ったことを理解した。

 ミーナは大声で泣いた。泣いて、泣いて、両親の胸で長い間泣いた後、彼女は心ひそかに決意した。
(絶対トーマ兄ちゃんを連れ戻す。だめなら、あたしがずっとついて行くんだからね!)


「バードさんちの息子、村を出て行ったらしいな」
「ああ、口減らしのために自分から出て行ったそうだ」
「あら、良い子じゃないか。うちのごく潰しも出て行ってくれないかね」
 ・・・・・・
 昼過ぎ、クレイグが人集めのためにトーマの事情を説明して回ったため、トーマが村を出たという話は瞬く間に村中に広がった。

「う、うそ……あ、あいつが村を出て行った……トーマが……いない……」
 雑貨屋でお見舞い用のハチミツ飴を買ったライラは、トーマの家に行こうとして、共同井戸の側で交わされている村人たちの話を聞いてしまった。

 愕然となって、とぼとぼと自分の家へ歩き出したライラの前に、一人の少年が現れた。
「よお、ライラ。なあ、聞いたか? あの、はずれ野郎が村を出ていったらしいぜ」
 
 無視して歩みを止めないライラの横に並んだアントは、いかにも楽し気に続けた。
「なあ、これから湖に行かないか? 俺、あそこの近くの林で、すっげえカッコいい秘密の隠れ家を見つけたんだ。木の上に家が建ててあるんだぜ、な、一緒に……」

 ライラは不意に立ち止まると、いかにも不快そうな目でアントを見つめた。
「ねえ、いいかげんにつきまとうのやめてよ、迷惑なの」

「な、つ、つきまとうって、俺たちは婚約してるんだ。一緒にいるのは当たり前じゃないか」
「それは、親同士が勝手に決めたことだって、何度言ったら分かるの? あたしは、絶対親の言いなりになんかならないわ、ふんっ」

 アントは怒りに青ざめたが、急に目を細めながらニヤリと笑みを浮かべた。
「お前、トーマのことが好きだったんだろう? いっつも遠くからあいつのこと見てたもんな。へへ……残念だったな、あいつ出て行ったぜ。どうせ、そのうち奴隷になるか、死んじまうかなのさ。なにせ、あいつは《はずれギフト》なんだからな。あはは……」

 アントの言葉に、今度はライラが青ざめ、今のも泣きそうな顔でその場から走り去っていった。
(あたし……あたし、トーマにひどいこと言った……毎朝、毎朝……だって、あいつが、いつか村を出て行くんじゃないかって、不安でたまらなかったんだもん……きっと、あたしのこと憎んでいるよね……ごめんね、ごめんね、トーマ……お願いだから、死なないで……お願いだから……帰って来て……)

 その翌日から、朝の仕事が終わると、村の外れの草原で一人木剣を振るライラの姿が見られるようになった。やがて、彼女は自警団に入り、村の周囲の見回りに参加するようになった。そして、めきめきと腕を上げ、自警団の中でも中心的な存在になっていく。
 ちなみに、彼女のギフトは、「はずれギフト」として彼女も、彼女の両親もひた隠しにしている《インストラクター》というものだった。

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