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12 俺は魔法を覚えたい

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『……ター…スター、マスター、起きてください、夕食の時間ですよ』

(……う、うん……ふあ!? お、俺、どうした?)
 薄暗い部屋で目を覚ました俺は、一瞬ここがどこか分からなかった。

『よくお眠りでしたね。ほら、シャキッとしてください。教会の鐘が鳴りましたよ。』

「ああ、そうか、ここはエルフの宿屋だったな。ふああ……ずいぶん寝てたんだな」
 俺はぼんやりした頭を振りながら、ベッドから下りた。

「おっ、なんかライトアップされてるぞ。へえ……きれいだな」
 部屋の外に出てみると、廊下や外の木の枝に下げられた電球のようなガラスの球が、黄緑色の光を放ち、当たりを淡く照らしていた。
 その光に照らされた巨木の葉が、よりみずみずしく輝いて美しかった。

(これって、魔法だよな?)

『はい、光属性の初級魔法ライトですね。ガラス球の中に小さな魔法陣を刻んだ金属板がはめ込まれています。ただ、魔石は見当たりません。恐らくあの導線を通して、どこからか魔力を流していると思われます』

(へえ……なかなか洒落たことをするじゃないか)
 階段を下りながら、俺は導線が一階のどこかにつながっているのを確認した。

 一階の食堂に下りてみると、結構な人数の客が入っており賑やかだった。エルシアさんとあと二人同じエプロンドレス姿の若い女性が、忙しそうにホールの中を動き回っていた。
 客はやはり獣人やエルフが多かったが、人間の姿もちらほら見受けられた。

 俺は空いている隅の席に座って、客たちの様子をボーっと眺めていた。

「いらっしゃいませ。お泊りのお客かにゃ?」
(にゃ? おお、ファンタジ~~、猫だ、猫娘だああ)
「ん? どうかしたかにゅ?」
(にゅ? うはっ、か、可愛い~)
「あ、ああ、いえ、はい、泊り客です」
「かしこまりましたにゃ。すぐにお持ちしますにゃ」

『マスター……マスター、完全に変態顔になっていますよ』

(はっ、しまった……だって、仕方ないだろう。この世界に来て初めて本物の猫の獣人を見てしまったんだぞ。分かるか、この感動?)

『マスターが猫に強いこだわりがあることは理解しましたが、この世界には普通に獣人がいます。いちいち驚いていては身が持ちませんよ』

(わかってるよ、うん、もう大丈夫。いつもの冷静な俺だ……)

『安心しました、に(・)ゃ(・)』

(っ! やめろっ、機械声で言っても気色悪いわっ!)

『……』

「お待たせしましたにゃ」
 猫獣人さんが夕食を運んできてくれた。
「今夜のメニューは、野菜とフルーツのサラダ、ピーラ(川魚の一種)の塩焼き、野菜スープ、チーズ入りパンですにゃ。スープとパンはおかわりがありますにゃ」

「おお、美味そう。エルフは菜食主義ってイメージだけど、魚は食べるんですね?」

「はいにゃ。お肉は出せませんが、魚は近くの川で獲れる川魚をお出ししていますにゃ」

 猫娘さんにお礼を言って、さっそく食べ始める。まあ、ボリュームはいまいちだけど、新鮮だし、香りが良く優しい味で美味しかった。これで百ベルなら文句のつけようがない。

 ちなみに、この世界のお金は全て硬貨で、単位はベル。一円玉サイズの〈小銅貨〉が一ベル、日本円で換算すると十円くらいの価値だ。十円玉より少し大きいサイズの〈大銅貨〉が十ベル。つまり、簡単な十進法が採用されている。〈銀貨〉が百ベル、千円くらいの価値だね。そして、〈金貨〉が千ベル。日常でよく使われるのは、この〈金貨〉までだ。この上に〈大金貨(一万ベル)〉、〈竜金貨(十万ベル)〉とかがあるけど、主に大きな取引や多額の報償金に使われるくらいだ。

 食事を終えて部屋に帰る前に、俺はエルシアさんに声を掛けた。
「すみません、エルシアさん、体を洗いたいので桶とタオルを貸してください」

「あ、はあい」
 ピークを過ぎて、少し余裕が出てきて休んでいたエルシアさんは、明るい声で返事をして、すぐに木の桶とタオルを持ってきてくれた。

「裏への出口は、階段の横のドアです」
「はい、ありがとうございます」
 エルシアさんに礼を言って、階段横のドアから外に出る。

 意外にも、そこには広い庭が広がっていた。
 大木を中心に石垣に囲まれた約三十メートル四方の広大な庭だ。奥の方には野菜やハーブの畑があり、新鮮な緑の葉を茂らせている。
 それ以外の場所は、まるで自然の草原のようで、花があちこちに咲き、何やらたくさんの小さな光の粒がフワフワと飛んでいた。

 俺はしばしの間、淡いライト魔法の光で照らされたその神秘的な庭をボーっと眺めていた。

『あれは、〈精霊〉だと思われます』
 ナビの声に、俺ははっと我に返って、少し下った先にある井戸の方へ歩いていく。
(精霊? あの光の粒か?)
『はい。この巨木クラスになると〈神木〉と呼ばれる存在に近いでしょう。蓄えられた魔力と生命力は膨大なものです。〈精霊〉は魔力と生命力が融合して生まれます。この辺りには巨木の生命力が満ち溢れているのでしょう』

 俺はつるべで井戸の水をくみ上げ、桶に移した。澄んだ水で一口飲んでみたが、さわやかでとても美味しかった。

 体を拭き終わって帰る途中、例の導線が、厨房か倉庫の中にまとめて引き込まれているのを確認した。予想通りなら、たぶんあの先に、かなり大きな魔石があるはずだ。

(なあ、ナビ……俺も魔法が使えるようになるかな?)

『もちろんです。マスターの場合、むしろ魔法を攻防の中心にされる方が、よりバリエーションが豊富になると思われます』

(そうか。魔法を覚える方法は、人に教えてもらうか、本で学ぶか、魔道具を使うか、の三つだったよな? う~ん……どれが一番いいんだろう)

『いずれにしろ、お金がかかりますからね。先ずはこつこつと貯金をすることをお勧めします』

 そうなんだよなぁ。以前、行商人に魔法の本はいくらぐらいするのか訊いたことがある。彼の話では、一番簡単な生活魔法の本でも十万ベルは下らない、ということだ。今の俺には二、三冊は買えるが、とたんに生活ができなくなる。まあ、気長に金を貯めるしかない。
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