ONE WEEK LOVE ~純情のっぽと変人天使の恋~

mizuno sei

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12 変転する運命

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 次の日の朝、目を覚ました祐輝は、ひどく体が重く感じられた。
 昨日のトレーニングの疲れが残っているのだろうか。今まで感じたことがない虚脱感だった。
「だらしねえな、あれくらいのトレーニングで……よし、気合いを入れていくぞ」

 祐輝はベッドから出ると、ジャージーを着込んで、洗面所へ向かう。

「あれ?…」
 顔を洗った後、鏡に映った自分の顔を見て、祐輝は首をかしげた。顔色が黄色く、目の下にうっすらと黒い隈ができていた。もしかすると病気かもしれない、と思いながら食堂へ向かう。

「祐ちゃん、おはよう」
「おう、おはよう」
 階段の手前で竜之介が後ろから追いついた。

「聞いたわ、部長から…」
「そっか…まあ、あいつの言うことは正しいと思う。しばらくはギターの練習に打ち込むさ」

 竜之介は珍しく悲しげなため息をついて、祐輝の腕をそっと抱きしめた。
「演劇って、難しいものねえ。上手すぎてもダメだなんて…」
「ああ…そうだな」

 竜之介の腕から自分の腕を引き抜きながら、祐輝はうなづいた。
 食堂にはすでに他の部員たちが集まっていた。祐輝と竜之介もプラスチックのトレイを持って、みそ汁や御飯などを受け取っていく。

「おはよう…ギターの練習は進んだ?」
 祐輝がテーブルに着くと、やけににこやかな顔で沙代子が尋ねた。

「ああ、ばっちり…後で聴かせてやろうか?」
「ええ、ぜひ聴かせて…でも、その前に、今日はあなたにお願いがあるの。この新入部員七名に、腹式呼吸と発声・活舌の特訓をしてやってほしいの」

 祐輝は肩をすくめながら、向かい側の後ろの方に並んだ一年生の女の子たちに目を向けた。ほとんどが祐輝めあてに入った女の子たちである。期待に舞い上がりそうな様子で顔を見合わせている。

「ふむ…まあ、しかたねえな。わかったよ」
「ふふ…ごめんね。本当はわたしがやるつもりだったんだけど、あなたがやった方が効果が上がるんじゃないかって思って…」

 竜之介を除く二、三年生の部員たちは、クスクス笑いながら祐輝の困った顔を眺めている。
 一方、竜之介は不満たらたらの顔で、喜ぶ一年生たちを睨みつけていた。

 祐輝は朝食もあまり食べなかったが、彼の異変に気づく者は誰もいなかった そのため祐輝自身も、そんなに大したことはないのだろうと考えて、体力トレーニングに参加したのである。
 ところが、海浜公園の周回コースのランニングが二週目に入った直後 事件、 は起こった。祐輝が突然、めまいと激しい嘔吐感に襲われて、道のわきにしゃがみこんでしまった。

 部員たちはあわてて彼を宿舎まで抱えていき、救急車を呼んでもらった。すぐ近くに総合病院があり、祐輝は救急車でそこへ運び込まれた。

 診察はずいぶん長い時間がかかった。部員たちは全員不安な気持ちで待合室に座り、診察が終わるのを待っていた。
 特に、竜之介は不安にいたたまれず、パニックになりかけたが、沙代子と安井に何とかなだめられながら椅子にうずくまっていた。

 やがて十一時になろうとする頃、ようやく一人の中年の医師が待合室に現れて、部員たちの元へ近づいてきた。
「永野祐輝君の関係者の方ですね?」
「あ、はい…」
 沙代子の声はさすがに少しうわずっていた。部員たちは一斉に医師の周りに集まってきた。

「ええ、まず、お断りしておきますが、診断結果につきましては、基本的にご本人か、ご家族の方だけにお知らせすることになっております どなたか ご、兄弟はおられますか?」
「いいえ、あの、わたしたちは高校の演劇部の者で、今合宿をしているんです。あの、彼は、永野君はそんなに重い病気なんですか?」

 医師は小さなため息をつくと、言葉を選ぶようにゆっくりと語りだした。
「まだ、はっきりとはわかりませんが、すぐに入院治療の必要があるでしょう。あなたたちは東京の高校生ですか?」
「はい、立川南高校です」
「ふむ…では、紹介状を書きますので、できれば今日の内にご家族に迎えに来てもらってください。詳しいことはその時にご家族にお伝えします」
「わかりました。すぐに連絡します」

 医師は軽く頭を下げると、廊下の奥へ去っていった。

 
 祐輝は病室のベッドの中で、ぼんやりと白い天井を見つめていた。先ほど、医師がやってきて、診断結果を告げた。それは祐輝にとってあまりにもショッキングな内容だった。

「肝臓にあきらかに腫瘍と思われる影が見られます…」
 レントゲン写真を見せながら、医師は言った。
「そのため、恐らく、肝機能が弱まり、体内の毒素が分解されにくくなっているのでしょう」

「腫瘍って…あの…ガンということですか?」
 祐輝の問いに、医師は静かにうなづいた。
「そういうことです…ただし、転移性の悪性腫瘍かどうかは、もっと詳しく調べないとわかりません」

 医師はそう言った後、呆然となった祐輝に言い聞かせるように、ゆっくりと続けた。
「ガンの告知は、本当はあなたの了解を得てからすべきことでした。しかしながら、あなたの年齢や今後の治療のことなどを総合的に考えて、告知した方が良いと判断しました。ご了承下さいますか?」

「あ、はい……教えてもらって良かったです。ありがとうございます」

 医師は小さくうなづくと、後のことを看護師に指示して病室を出ていった。看護師は点滴の状態を確認すると、バインダーとボールペンを手に祐輝のそばに立った。
 幾つかの質問に答えながら、祐輝は何か非現実的な世界にいるような感覚に襲われていた。夢であってほしかった。しかし、その一方では、現実を冷静に受け止めている自分もいた。何か自分が二つに分裂してしまったような、不思議な感覚だった。

 看護師が去ってしばらく経ったとき、病室のドアが静かにノックされ、沙代子と竜之介が入ってきた。沙代子はやや青ざめて硬い表情で、竜之介は泣きはらした目をハンカチで押さえながら祐輝の枕元に近づいてくる。

「おう…迷惑かけちまったな」
「祐ちゃん…うう…」
「おいおい、ヨッシー、泣くなよ、縁起でもねえ…俺が死んじまうみてえじゃねえか」
「う…うう…だって…」

 沙代子が無言で非難するように竜之介の背中を叩いてから、顔を近づけて祐輝の顔をのぞき込んだ。
「入院しなくちゃいけないんだって…お母様に連絡しといたわ。夕方までにはこちらに来られるそうよ」

「ああ、すまなかったな…それに、練習に穴あけちまって…」
「そんなことは気にしなくていいの…ゆっくり体を休めて治療しなさい。元気になってもらわなくちゃ、困るんだからね…あなたの代役なんていないんだから…」

「うん、大丈夫だ。肝臓の機能が弱っちまっただけらしいからさ…すぐに復活してみせるさ」

 沙代子はにっこりしてうなづくと、枕元から離れた。代わって竜之介が祐輝の枕元にしゃがみこむ。
「祐ちゃん、あたしにできることがあったら、何でも言ってね。毎日お見舞いに行くからね」
「ああ、ありがとな。でも、毎日のお見舞いは勘弁してくれ…いいか、ヨッシー、俺は入院中、不治の病と向き合う女の子の心境を味わってみるつもりだ。退院したら、その結果をお前に教えるよ。だから、入院中は俺が呼ばない限り、来るんじゃない。いいな?」

 竜之介にとっては辛い通告だったが、祐輝の言葉は絶対だった。
「わかったわ…きっと、一週間もしないで退院できるわよね」
「ああ、そのつもりだ」

 竜之介はようやく泣きやんで枕元を離れる。
「じゃあ、わたしたち、宿舎に戻るから…東京の病院がわかったら、連絡ちょうだい」
「 ああ 了解…あ 、そうだ、すまねえけど、俺の荷物 誰かに運ばせてもらえねえか?」
「ええ、ポッキーが今持ってきている途中だと思うわ。じゃあね」

 
 沙代子と竜之介がドアの向こうに消えると、病室は再び静寂に包まれた。明るい春の日ざしが、白で統一された壁や天井を照らしている。祐輝は大きく一つため息をつくと、目をつぶって眠りの世界に入っていく。
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