ONE WEEK LOVE ~純情のっぽと変人天使の恋~

mizuno sei

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3 のっぽ、テンション上がる

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 階段下に、バカみたいに口を開けて立ったのっぽの祐輝の姿は、いやでも目立つ。しかも、その視線は自分の方をまばたきもせずに見つめているのだ。
 足早に歩いていた少女の足が、一瞬止まりそうになり、怖々と祐輝のそばを迂回するように通りかかる。

 祐輝ははっと我に返って、あわてて視線をそらし、目の前の階段を一気に五、六段駆け上がった。そして、立ち止まって、ちらりと後ろを振り返ると、少女は下りの階段を下りていきながら、やはり、ちらりと上を見上げたのである。再び視線が交わり、祐輝の体を高圧電流が流れた。あわてて前を向き、一気に屋上まで駆け上がっていった。

 屋上の出入り口の前には、立入禁止の立て札が立てられ、机や椅子が積み重ねられていたが、祐輝は二年前からよく、矢島たちとここにタバコを吸いに来たものだ。最近は先生たちの見回りが強化され、不良たちはほとんど来なくなった。

 屋上に出た後も、祐輝の心臓は激しく高鳴っていた。何か、空に向かって大声で叫びたい気持ちだった。
(やっぱ、可愛いよ。完璧、俺のタイプだぜ)

 祐輝はにやけた顔のまま、いつもの場所に行って座った。見慣れた風景が、特別美しく見えた。
(まさか、今日のうちに見つけられるなんて……もしかして、俺と彼女は運命の赤い糸に結ばれているのかも……)
などと、乙女チックな幸福感に浸りながら、カレーパンにかぶりつく。
(思ったより背は低かったなあ……でも、あのくらいが可愛くていいよな……ショートカットもいいなあ……ちょっと天然カールっぽいみたいな……)

 先ほど目に焼き付けた映像を、頭の中で再生しながら、祐輝はふとあることに気づいた。
(あの子、何か背負ってたなあ……ラケットか…いや、何か楽器のケースかも……)
 残りのカレーパンを口に詰め込み、牛乳で一気に流し込むと、口をもぐもぐさせながら、ミルクパンと飲みかけの牛乳パックを紙袋に戻して祐輝は立ち上がった。手がかりはつかんだ。後もう少し頑張れば、彼女の正体が分かる。

「どうしたの、祐ちゃん、今日すごいよ……あたし、涙出ちゃったよ」
 第三幕の立ち稽古が終わったとき、そでで見ていた吉田が飛び出してきて、抱きつきそうな勢いで叫んだ。
「ばあか…いつものことだろうが……」
「ううん…いつもとは違ってた……なんか、こう、オーラ出まくりって感じで……」
 吉田は少女の扮装で、両手を胸の前で合わせ うっとりと上を見上げながらつぶやいた。祐輝は相手にせず、次の場面の台本に目を向ける。次はいよいよギターを弾きながら歌うシーンが入っている、一番のやま場だ。歌詞は何とか頭に入ったが、ギターがまだおぼつかない。

「くそっ…ここがどうも上手く弾けねえんだよなあ……おい、ヨッシー、ギターが上手い奴、見つかったのかよ」
「ううん…軽音部の山村君に断られた後は、まだ、誰も……祐ちゃん大丈夫だよ。もうちょっと練習すれば、完璧なんだから……」
「ギターに集中するとさ……つい、台詞を忘れちまいそうになるんだよなあ……」



 祐輝はようやく本気でギターを練習しようと思い始めた。何しろ、今日は超前向きな気分なのだ。面倒なことは今のうちにやるにかぎる。嫌いな古文でさえ、今日ならすらすらと読めそうな気がした。

 部活を早めに切り上げて、いつもの仕事場へ向かいながら、祐輝は珍しく声を出して歌った。仕事が始まってからは、削岩機やブルドーザーの耳をつんざく音が味方になって、彼の歌声をかき消してくれたので、けっこう大きな声で歌うことができた。
 ふいに肩を叩かれて、歌うのをやめた。振り返ると、汚れた手拭いで汗を拭き拭き、一人の老人夫がにこにこしながら、手で水を飲むジェスチュアをした。いつも何かと親切にしてくれる藤崎さんだった。祐輝はうなづいて、アスファルトの破片を積んだ一輪車をその場に置いたまま、老人の後についていった。

 機械の音が一つずつ消えていき、あたりに車の音や人のざわめきが戻ってくる。十分間の休憩時間に、作業員たちはあちこちで何人かのグループで固まり、水筒のお茶を飲んだり、タバコをふかしたりした。
「祐ちゃん、よう続くなあ。学校はちゃんと行っとるんか?」
「はい。ちゃんと行ってますよ」
「授業料を自分でかせぐなんて、偉いねえ。今どきの若い者には珍しいよ」
 会社のリストラで、慣れない仕事をしている林さんが、メガネの汚れを拭きながら言った。

 祐輝はちょっとばつの悪い気持ちで、あいまいに笑いながら、ペットボトルのウーロン茶を一口飲んだ。
 実は、一年半前、工務店にアルバイトの面接に行ったとき、高校生は雇わないと断られそうになって、ついでまかせに、父親が病気になって働けず、授業料を自分で稼がなければならないからと、必死に頼み込んだのである。
 その話がどこからかもれて、藤崎さんたちの知るところとなってしまった。本当は、あり余ったエネルギーを何かで発散しないと、暴発しそうだと思い、放課後できるアルバイトを探した結果だったのだ。かせいだお金もほとんど使わず、部屋の貯金箱にはお札がぎゅうぎゅう詰めになっていた。

「あの……実は、父もようやく元気になったんで、今週いっぱいでバイトやめようと思ってるんです」
 またもやでまかせだったが、 、最近 バイトの疲れが翌日まで響くようになっていたので、そろそろやめようと思っていたのは事実であった。
「そうかい……そりゃあ寂しくなるなあ」
 にこやかな藤崎さんの顔が急にしんみりとなって、祐輝は胸が少し痛んだ。
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