3 / 21
3 のっぽ、テンション上がる
しおりを挟む
階段下に、バカみたいに口を開けて立ったのっぽの祐輝の姿は、いやでも目立つ。しかも、その視線は自分の方をまばたきもせずに見つめているのだ。
足早に歩いていた少女の足が、一瞬止まりそうになり、怖々と祐輝のそばを迂回するように通りかかる。
祐輝ははっと我に返って、あわてて視線をそらし、目の前の階段を一気に五、六段駆け上がった。そして、立ち止まって、ちらりと後ろを振り返ると、少女は下りの階段を下りていきながら、やはり、ちらりと上を見上げたのである。再び視線が交わり、祐輝の体を高圧電流が流れた。あわてて前を向き、一気に屋上まで駆け上がっていった。
屋上の出入り口の前には、立入禁止の立て札が立てられ、机や椅子が積み重ねられていたが、祐輝は二年前からよく、矢島たちとここにタバコを吸いに来たものだ。最近は先生たちの見回りが強化され、不良たちはほとんど来なくなった。
屋上に出た後も、祐輝の心臓は激しく高鳴っていた。何か、空に向かって大声で叫びたい気持ちだった。
(やっぱ、可愛いよ。完璧、俺のタイプだぜ)
祐輝はにやけた顔のまま、いつもの場所に行って座った。見慣れた風景が、特別美しく見えた。
(まさか、今日のうちに見つけられるなんて……もしかして、俺と彼女は運命の赤い糸に結ばれているのかも……)
などと、乙女チックな幸福感に浸りながら、カレーパンにかぶりつく。
(思ったより背は低かったなあ……でも、あのくらいが可愛くていいよな……ショートカットもいいなあ……ちょっと天然カールっぽいみたいな……)
先ほど目に焼き付けた映像を、頭の中で再生しながら、祐輝はふとあることに気づいた。
(あの子、何か背負ってたなあ……ラケットか…いや、何か楽器のケースかも……)
残りのカレーパンを口に詰め込み、牛乳で一気に流し込むと、口をもぐもぐさせながら、ミルクパンと飲みかけの牛乳パックを紙袋に戻して祐輝は立ち上がった。手がかりはつかんだ。後もう少し頑張れば、彼女の正体が分かる。
「どうしたの、祐ちゃん、今日すごいよ……あたし、涙出ちゃったよ」
第三幕の立ち稽古が終わったとき、そでで見ていた吉田が飛び出してきて、抱きつきそうな勢いで叫んだ。
「ばあか…いつものことだろうが……」
「ううん…いつもとは違ってた……なんか、こう、オーラ出まくりって感じで……」
吉田は少女の扮装で、両手を胸の前で合わせ うっとりと上を見上げながらつぶやいた。祐輝は相手にせず、次の場面の台本に目を向ける。次はいよいよギターを弾きながら歌うシーンが入っている、一番のやま場だ。歌詞は何とか頭に入ったが、ギターがまだおぼつかない。
「くそっ…ここがどうも上手く弾けねえんだよなあ……おい、ヨッシー、ギターが上手い奴、見つかったのかよ」
「ううん…軽音部の山村君に断られた後は、まだ、誰も……祐ちゃん大丈夫だよ。もうちょっと練習すれば、完璧なんだから……」
「ギターに集中するとさ……つい、台詞を忘れちまいそうになるんだよなあ……」
祐輝はようやく本気でギターを練習しようと思い始めた。何しろ、今日は超前向きな気分なのだ。面倒なことは今のうちにやるにかぎる。嫌いな古文でさえ、今日ならすらすらと読めそうな気がした。
部活を早めに切り上げて、いつもの仕事場へ向かいながら、祐輝は珍しく声を出して歌った。仕事が始まってからは、削岩機やブルドーザーの耳をつんざく音が味方になって、彼の歌声をかき消してくれたので、けっこう大きな声で歌うことができた。
ふいに肩を叩かれて、歌うのをやめた。振り返ると、汚れた手拭いで汗を拭き拭き、一人の老人夫がにこにこしながら、手で水を飲むジェスチュアをした。いつも何かと親切にしてくれる藤崎さんだった。祐輝はうなづいて、アスファルトの破片を積んだ一輪車をその場に置いたまま、老人の後についていった。
機械の音が一つずつ消えていき、あたりに車の音や人のざわめきが戻ってくる。十分間の休憩時間に、作業員たちはあちこちで何人かのグループで固まり、水筒のお茶を飲んだり、タバコをふかしたりした。
「祐ちゃん、よう続くなあ。学校はちゃんと行っとるんか?」
「はい。ちゃんと行ってますよ」
「授業料を自分でかせぐなんて、偉いねえ。今どきの若い者には珍しいよ」
会社のリストラで、慣れない仕事をしている林さんが、メガネの汚れを拭きながら言った。
祐輝はちょっとばつの悪い気持ちで、あいまいに笑いながら、ペットボトルのウーロン茶を一口飲んだ。
実は、一年半前、工務店にアルバイトの面接に行ったとき、高校生は雇わないと断られそうになって、ついでまかせに、父親が病気になって働けず、授業料を自分で稼がなければならないからと、必死に頼み込んだのである。
その話がどこからかもれて、藤崎さんたちの知るところとなってしまった。本当は、あり余ったエネルギーを何かで発散しないと、暴発しそうだと思い、放課後できるアルバイトを探した結果だったのだ。かせいだお金もほとんど使わず、部屋の貯金箱にはお札がぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「あの……実は、父もようやく元気になったんで、今週いっぱいでバイトやめようと思ってるんです」
またもやでまかせだったが、 、最近 バイトの疲れが翌日まで響くようになっていたので、そろそろやめようと思っていたのは事実であった。
「そうかい……そりゃあ寂しくなるなあ」
にこやかな藤崎さんの顔が急にしんみりとなって、祐輝は胸が少し痛んだ。
足早に歩いていた少女の足が、一瞬止まりそうになり、怖々と祐輝のそばを迂回するように通りかかる。
祐輝ははっと我に返って、あわてて視線をそらし、目の前の階段を一気に五、六段駆け上がった。そして、立ち止まって、ちらりと後ろを振り返ると、少女は下りの階段を下りていきながら、やはり、ちらりと上を見上げたのである。再び視線が交わり、祐輝の体を高圧電流が流れた。あわてて前を向き、一気に屋上まで駆け上がっていった。
屋上の出入り口の前には、立入禁止の立て札が立てられ、机や椅子が積み重ねられていたが、祐輝は二年前からよく、矢島たちとここにタバコを吸いに来たものだ。最近は先生たちの見回りが強化され、不良たちはほとんど来なくなった。
屋上に出た後も、祐輝の心臓は激しく高鳴っていた。何か、空に向かって大声で叫びたい気持ちだった。
(やっぱ、可愛いよ。完璧、俺のタイプだぜ)
祐輝はにやけた顔のまま、いつもの場所に行って座った。見慣れた風景が、特別美しく見えた。
(まさか、今日のうちに見つけられるなんて……もしかして、俺と彼女は運命の赤い糸に結ばれているのかも……)
などと、乙女チックな幸福感に浸りながら、カレーパンにかぶりつく。
(思ったより背は低かったなあ……でも、あのくらいが可愛くていいよな……ショートカットもいいなあ……ちょっと天然カールっぽいみたいな……)
先ほど目に焼き付けた映像を、頭の中で再生しながら、祐輝はふとあることに気づいた。
(あの子、何か背負ってたなあ……ラケットか…いや、何か楽器のケースかも……)
残りのカレーパンを口に詰め込み、牛乳で一気に流し込むと、口をもぐもぐさせながら、ミルクパンと飲みかけの牛乳パックを紙袋に戻して祐輝は立ち上がった。手がかりはつかんだ。後もう少し頑張れば、彼女の正体が分かる。
「どうしたの、祐ちゃん、今日すごいよ……あたし、涙出ちゃったよ」
第三幕の立ち稽古が終わったとき、そでで見ていた吉田が飛び出してきて、抱きつきそうな勢いで叫んだ。
「ばあか…いつものことだろうが……」
「ううん…いつもとは違ってた……なんか、こう、オーラ出まくりって感じで……」
吉田は少女の扮装で、両手を胸の前で合わせ うっとりと上を見上げながらつぶやいた。祐輝は相手にせず、次の場面の台本に目を向ける。次はいよいよギターを弾きながら歌うシーンが入っている、一番のやま場だ。歌詞は何とか頭に入ったが、ギターがまだおぼつかない。
「くそっ…ここがどうも上手く弾けねえんだよなあ……おい、ヨッシー、ギターが上手い奴、見つかったのかよ」
「ううん…軽音部の山村君に断られた後は、まだ、誰も……祐ちゃん大丈夫だよ。もうちょっと練習すれば、完璧なんだから……」
「ギターに集中するとさ……つい、台詞を忘れちまいそうになるんだよなあ……」
祐輝はようやく本気でギターを練習しようと思い始めた。何しろ、今日は超前向きな気分なのだ。面倒なことは今のうちにやるにかぎる。嫌いな古文でさえ、今日ならすらすらと読めそうな気がした。
部活を早めに切り上げて、いつもの仕事場へ向かいながら、祐輝は珍しく声を出して歌った。仕事が始まってからは、削岩機やブルドーザーの耳をつんざく音が味方になって、彼の歌声をかき消してくれたので、けっこう大きな声で歌うことができた。
ふいに肩を叩かれて、歌うのをやめた。振り返ると、汚れた手拭いで汗を拭き拭き、一人の老人夫がにこにこしながら、手で水を飲むジェスチュアをした。いつも何かと親切にしてくれる藤崎さんだった。祐輝はうなづいて、アスファルトの破片を積んだ一輪車をその場に置いたまま、老人の後についていった。
機械の音が一つずつ消えていき、あたりに車の音や人のざわめきが戻ってくる。十分間の休憩時間に、作業員たちはあちこちで何人かのグループで固まり、水筒のお茶を飲んだり、タバコをふかしたりした。
「祐ちゃん、よう続くなあ。学校はちゃんと行っとるんか?」
「はい。ちゃんと行ってますよ」
「授業料を自分でかせぐなんて、偉いねえ。今どきの若い者には珍しいよ」
会社のリストラで、慣れない仕事をしている林さんが、メガネの汚れを拭きながら言った。
祐輝はちょっとばつの悪い気持ちで、あいまいに笑いながら、ペットボトルのウーロン茶を一口飲んだ。
実は、一年半前、工務店にアルバイトの面接に行ったとき、高校生は雇わないと断られそうになって、ついでまかせに、父親が病気になって働けず、授業料を自分で稼がなければならないからと、必死に頼み込んだのである。
その話がどこからかもれて、藤崎さんたちの知るところとなってしまった。本当は、あり余ったエネルギーを何かで発散しないと、暴発しそうだと思い、放課後できるアルバイトを探した結果だったのだ。かせいだお金もほとんど使わず、部屋の貯金箱にはお札がぎゅうぎゅう詰めになっていた。
「あの……実は、父もようやく元気になったんで、今週いっぱいでバイトやめようと思ってるんです」
またもやでまかせだったが、 、最近 バイトの疲れが翌日まで響くようになっていたので、そろそろやめようと思っていたのは事実であった。
「そうかい……そりゃあ寂しくなるなあ」
にこやかな藤崎さんの顔が急にしんみりとなって、祐輝は胸が少し痛んだ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
ユキ・almighty
綾羽 ミカ
青春
新宿区の高校に通う益田ユキは、どこから見てもただの優等生だった。
黒髪を綺麗にまとめ、制服の襟元を正し、図書館ではいつも詩集や古典文学を読んでいる。
クラスメートからは「おしとやかで物静かな子」と評され、教師たちからも模範的な生徒として目をかけられていた。
しかし、それは彼女の一面でしかない。
何故か超絶美少女に嫌われる日常
やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。
しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
俯く俺たちに告ぐ
凜
青春
【第13回ドリーム小説大賞優秀賞受賞しました。有難う御座います!】
仕事に悩む翔には、唯一頼りにしている八代先輩がいた。
ある朝聞いたのは八代先輩の訃報。しかし、葬式の帰り、自分の部屋には八代先輩(幽霊)が!
幽霊になっても頼もしい先輩とともに、仕事を次々に突っ走り前を向くまでの青春社会人ストーリー。
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる