王家の宝物庫

三枝七星

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満ち潮の羅針盤

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 満ち潮の羅針盤は、盤面が青いペクトライトを磨いて作られたものだ。それ自体が、明るく晴れた日の美しい浅瀬を思わせる。青い石の中に、筋のように走る白色は、水の揺らぎに取り込まれた光の筋が躍る様に似ている。
 石であるから、そんなことはありえないのだが、この盤面は、まるで本当に水を満たしたように揺らぐように見えることがあると言われている。船長は、方向を見るためにこの羅針盤を手に取ったとしても、その不思議な石のゆらぎの錯覚に目を奪われ、しばしば時間を忘れてしまうと語る。
「こうやって傾けるとね、中からあふれ出すんじゃないかと思うんだ。窓から差す光に当てると、穏やかな日の浅瀬を思い出す」
 小さな魚を見つけて、両手ですくい取ろうとしたときに、自分の手のひらにも刻まれる波打つ光の筋。そういう、景色の中の小さなきらめきを思い起こさせる。いつでも、晴れた海を脳裏に呼び起こすことができる。

 船長がその羅針盤を手放した後も、多くの船乗りがその美しさに魅入られてそれを買い取った。
 人の手を経る内に、ちょっとした逸話がついて回る。
 ペクトライトの盤面が揺らいでいるように見える、という最初の噂を初め、水の精霊を呼び出すことができるとか、ひっくり返すとそこら中が水浸しになるとか。

 でも、噂を聞くだけで誰もその場面を見たことはない。
 ただ美しく、揺らぐ水の盤面。
 もっとも身近な異世界、水中。そこを常に垣間見られるような、そんな心地になる羅針盤。

 時代が下るにつれて、羅針盤は小型のコンパスに取って代わられ、長い間航海に使われたそれは骨董品として今も多くの人に偽りの水面を覗かせている。

 羅針盤としての性能は健在で、方位磁石について習ったばかりの子供たちが時折自分の知っている北をちゃんと指すか確認して、はしゃいでいる。

 得意げに、磁針はくるりと回ってみせるのだった。
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