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第5話 本音が漏れる
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後期の試験が終わって、大学は長い冬休みに入った。クリスマスの日、薬袋も休みを取れなかったし(既婚者の家族サービスのために譲ったのだそうだ)、林田もアルバイトのシフトを頼まれた。断る理由はなかった。
だって、自分たちは恋人じゃないのだし。
クリスマス、予定あるのと聞かれても、「ないです」と言うしかなくて。
そう思うと、なんだか無性に寂しかった。でも、薬袋の方は恐らくそうではないのだろう、と思うと更に虚しい。だから、林田はそれ以上考えないことにした。
年の瀬の十二月三十日、職場が年末休みに入ったから、と言って薬袋は林田をホテルに誘った。試験中も薬袋は林田に気を遣ったのか誘ってこなかった。そうであるから、久しぶりの逢瀬になる。林田の実家帰りは明日、大晦日だ。
待ち合わせ場所にいた薬袋の顔を見た途端、林田は思ったより彼に飢えていたことを認めざるを得なかった。心はもちろん、身体も。動けなくなるまで絡み合いたい欲望が首をもたげる。
「林田くん」
薬袋の目がこちらを見た。その目に、いとおしさの様なものが灯っているのを……林田は見た、様な気がして、驚いた。いや、自分の気のせいかもしれない。
「会いたかったな」
「俺もです」
二人は互いに最近忙しかった、と言う様な近況を言い合って、ホテルに入った。
シャワーを浴びて、ベッドに入ろうとしたときだった。薬袋の前腕に、見覚えのない傷跡を見つける。もう傷自体は塞がっていて、痕になっているようだった。
「どうしたんですか、それ」
「ああ、ちょっと職場で引っ掛けちゃって」
もういい歳だから痕になっちゃって、と言い掛けた彼の腕を取り、林田はそこに舌を這わせた。自分でもどうしてそうしたかはわからない。
「あっ……」
電気でも走ったかの様に薬袋が息を呑む。林田が我に返って顔を上げると、彼はこちらを凝視していた。
「あ、すみません、その……」
林田は詫びの言葉を口にしながら、相手の目を見てそれ以上話せなくなった。
薬袋の目が潤んでいる。完全に蕩けきっていて、目の前の林田を「食べて」しまおうとしている目、あるいは「食べられる」のを待っている目だ。凄まじい欲望の質量を感じて、口が利けなくなる。
それと同時に、その視線は林田の欲望も惹起した。
林田が抱きしめて覆い被さろうとするのと、薬袋が飛びついて押し倒そうとするのは同時だった。薬袋に軍配が上がる。彼は林田を広いベッドに押し倒すと、ぴったりと身体をくっつけて口付けた。林田が大事なものを飲み込んでしまって、それを吸い出そうとするかのように。二人ともとっくにその気になっている。
やがて、薬袋は林田を解放した。痩躯は熱を持って、僅かに赤く染まっている。
何よりも目を惹いたのは、その表情だった。完全に欲望に負けた男の顔。
「林田くん……」
「はい……」
「今日は僕だけのものになってくれる?」
心臓とは別の所が脈打つ。
「はい」
今度は林田の方から、口付けた。
互いに、いつもと違う熱を内に孕んだ触れあいだった。
薬袋は絡まるように林田と抱き合いたがった。離れたくないとばかりに。林田はその腕を取り、自分は不器用に抱きしめる。薬袋は切なげに溜息を吐いて、林田の首筋に、胸に頬をすり寄せた。
林田はたくさんのキスをしたがった。唇や顔以外の所にも。薬袋は喜んでそれを受け入れる。首筋や胸、背中、足……あらゆる所に唇を当てる。
「いっぱいして……」
甘ったるく囁かれて、林田はその通りにした。
「痕付けてもいいよ……」
しかし、意図して痕を付けるほどの余裕はない。薬袋は聞いたこともないような甘い嬌声を上げてよがったし、林田もこれまでしたこともないくらい連続して他人と交わった。
二人とも、体力が尽き掛けていて、それでも欲求が収まらなくて、相手の身体がどうしようもなく欲しくて、理性を捨てたように繋がって絡み合って身体を揺さぶり合っている。そんなことをしている間に、隠し事をする体力もなくなってしまった。
「薬袋さん、すき、好きです」
「……え」
だらしなく口を開けて喘ぎながら、目尻から快感に負けた涙をこぼした薬袋は、林田の顔をゆっくりと見た。しまった、と思った時にはもう遅かった。いくら今互いにまともに物を考えていないとは言え、流石に言葉の意味はわかったらしい。
「あっ、あっ、ごめ、ごめんなさい、その……」
薬袋は力を振り絞るようにして起き上がると、林田の頭を捕らえてまた口付けた。そのまま横倒しにして、上下を入れ替える。
「いいこと教えてあげる……」
ねっとりと、深い口付けを焦らすようにして、薬袋は囁いた。相手の自覚に軽く歯を立てて、林田が息を呑むと、
「僕も林田くんのこと好きだよ」
「……え?」
「好きだよ、林田くん。僕からこんな関係持ち掛けたから言えなかったけど」
頬に深い口付け。
「林田くんもそうなら良いなって思ってた。僕は男相手の恋愛にあんまり良い思い出ないけど、林田くんとなら良いよ。君とだったらやっていきたい。林田くんが好き」
「薬袋、さん……」
全身が心臓になったかのように、どくどくと脈打つような錯覚。頭がくらくらして、林田は薬袋を抱きしめた。
後のことは二人とも覚えていない。想いが繋がった喜びで度を失って、「ご休憩」の時間を大きくオーバーした。もう宿泊で良いか、と思ったことだけ、林田は覚えている。実家に帰るのは明日だ。明日の新幹線に間に合えば良い。
「もうだめ動けない……」
「俺もです……」
ぐったりして、二人はベッドに横たわった。
「でももう今年やり残しないかも」
「俺も」
二人は顔を見合わせてくすくすと笑う。
「好きです」
「うん。僕も好き」
指を絡め合って、恋人がするみたいに、いや恋人だからそっと握り合って、二人は目を閉じる。
「林田くん優しいから……大好き……僕は優しくなくてごめんね……」
寂しげな薬袋の声が聞える。
「そんなこと……ないですから……そんな風に言わないで下さい……」
薬袋は何だかんだで、一度も林田に無理強いをしたことはない。誘うときに、こちらにどの程度その気があるかは見極めていた様な気がする。
結局、林田が毎度飢えた犬の様にがっついたから断ることがなかっただけで。
「好きですから……薬袋さんが……」
「うん」
薬袋の声には涙がにじんでいた。
「ありがと」
額を付け合って、幸せな眠りに落ちる。
だって、自分たちは恋人じゃないのだし。
クリスマス、予定あるのと聞かれても、「ないです」と言うしかなくて。
そう思うと、なんだか無性に寂しかった。でも、薬袋の方は恐らくそうではないのだろう、と思うと更に虚しい。だから、林田はそれ以上考えないことにした。
年の瀬の十二月三十日、職場が年末休みに入ったから、と言って薬袋は林田をホテルに誘った。試験中も薬袋は林田に気を遣ったのか誘ってこなかった。そうであるから、久しぶりの逢瀬になる。林田の実家帰りは明日、大晦日だ。
待ち合わせ場所にいた薬袋の顔を見た途端、林田は思ったより彼に飢えていたことを認めざるを得なかった。心はもちろん、身体も。動けなくなるまで絡み合いたい欲望が首をもたげる。
「林田くん」
薬袋の目がこちらを見た。その目に、いとおしさの様なものが灯っているのを……林田は見た、様な気がして、驚いた。いや、自分の気のせいかもしれない。
「会いたかったな」
「俺もです」
二人は互いに最近忙しかった、と言う様な近況を言い合って、ホテルに入った。
シャワーを浴びて、ベッドに入ろうとしたときだった。薬袋の前腕に、見覚えのない傷跡を見つける。もう傷自体は塞がっていて、痕になっているようだった。
「どうしたんですか、それ」
「ああ、ちょっと職場で引っ掛けちゃって」
もういい歳だから痕になっちゃって、と言い掛けた彼の腕を取り、林田はそこに舌を這わせた。自分でもどうしてそうしたかはわからない。
「あっ……」
電気でも走ったかの様に薬袋が息を呑む。林田が我に返って顔を上げると、彼はこちらを凝視していた。
「あ、すみません、その……」
林田は詫びの言葉を口にしながら、相手の目を見てそれ以上話せなくなった。
薬袋の目が潤んでいる。完全に蕩けきっていて、目の前の林田を「食べて」しまおうとしている目、あるいは「食べられる」のを待っている目だ。凄まじい欲望の質量を感じて、口が利けなくなる。
それと同時に、その視線は林田の欲望も惹起した。
林田が抱きしめて覆い被さろうとするのと、薬袋が飛びついて押し倒そうとするのは同時だった。薬袋に軍配が上がる。彼は林田を広いベッドに押し倒すと、ぴったりと身体をくっつけて口付けた。林田が大事なものを飲み込んでしまって、それを吸い出そうとするかのように。二人ともとっくにその気になっている。
やがて、薬袋は林田を解放した。痩躯は熱を持って、僅かに赤く染まっている。
何よりも目を惹いたのは、その表情だった。完全に欲望に負けた男の顔。
「林田くん……」
「はい……」
「今日は僕だけのものになってくれる?」
心臓とは別の所が脈打つ。
「はい」
今度は林田の方から、口付けた。
互いに、いつもと違う熱を内に孕んだ触れあいだった。
薬袋は絡まるように林田と抱き合いたがった。離れたくないとばかりに。林田はその腕を取り、自分は不器用に抱きしめる。薬袋は切なげに溜息を吐いて、林田の首筋に、胸に頬をすり寄せた。
林田はたくさんのキスをしたがった。唇や顔以外の所にも。薬袋は喜んでそれを受け入れる。首筋や胸、背中、足……あらゆる所に唇を当てる。
「いっぱいして……」
甘ったるく囁かれて、林田はその通りにした。
「痕付けてもいいよ……」
しかし、意図して痕を付けるほどの余裕はない。薬袋は聞いたこともないような甘い嬌声を上げてよがったし、林田もこれまでしたこともないくらい連続して他人と交わった。
二人とも、体力が尽き掛けていて、それでも欲求が収まらなくて、相手の身体がどうしようもなく欲しくて、理性を捨てたように繋がって絡み合って身体を揺さぶり合っている。そんなことをしている間に、隠し事をする体力もなくなってしまった。
「薬袋さん、すき、好きです」
「……え」
だらしなく口を開けて喘ぎながら、目尻から快感に負けた涙をこぼした薬袋は、林田の顔をゆっくりと見た。しまった、と思った時にはもう遅かった。いくら今互いにまともに物を考えていないとは言え、流石に言葉の意味はわかったらしい。
「あっ、あっ、ごめ、ごめんなさい、その……」
薬袋は力を振り絞るようにして起き上がると、林田の頭を捕らえてまた口付けた。そのまま横倒しにして、上下を入れ替える。
「いいこと教えてあげる……」
ねっとりと、深い口付けを焦らすようにして、薬袋は囁いた。相手の自覚に軽く歯を立てて、林田が息を呑むと、
「僕も林田くんのこと好きだよ」
「……え?」
「好きだよ、林田くん。僕からこんな関係持ち掛けたから言えなかったけど」
頬に深い口付け。
「林田くんもそうなら良いなって思ってた。僕は男相手の恋愛にあんまり良い思い出ないけど、林田くんとなら良いよ。君とだったらやっていきたい。林田くんが好き」
「薬袋、さん……」
全身が心臓になったかのように、どくどくと脈打つような錯覚。頭がくらくらして、林田は薬袋を抱きしめた。
後のことは二人とも覚えていない。想いが繋がった喜びで度を失って、「ご休憩」の時間を大きくオーバーした。もう宿泊で良いか、と思ったことだけ、林田は覚えている。実家に帰るのは明日だ。明日の新幹線に間に合えば良い。
「もうだめ動けない……」
「俺もです……」
ぐったりして、二人はベッドに横たわった。
「でももう今年やり残しないかも」
「俺も」
二人は顔を見合わせてくすくすと笑う。
「好きです」
「うん。僕も好き」
指を絡め合って、恋人がするみたいに、いや恋人だからそっと握り合って、二人は目を閉じる。
「林田くん優しいから……大好き……僕は優しくなくてごめんね……」
寂しげな薬袋の声が聞える。
「そんなこと……ないですから……そんな風に言わないで下さい……」
薬袋は何だかんだで、一度も林田に無理強いをしたことはない。誘うときに、こちらにどの程度その気があるかは見極めていた様な気がする。
結局、林田が毎度飢えた犬の様にがっついたから断ることがなかっただけで。
「好きですから……薬袋さんが……」
「うん」
薬袋の声には涙がにじんでいた。
「ありがと」
額を付け合って、幸せな眠りに落ちる。
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