ハンドアウト・メサイア 滅亡使命の救済者

三枝七星

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HO9.滅亡使命の救済者(7話)

3.イオタの訪問

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 軍事施設や原発の捜索は他の省庁に任せることにして、哲夫とテータは、かつて杏と共に訪れた、「天啓」事件の現場を訪れた。

 ハローワーク。杏と二人が初めて出会った場所。

 江藤和也が通っていた大学と、彼を取り押さえた駅。

 和也の入院先にして、椎木香菜美の職場(香菜美は復職していなかった)、彼女を取り押さえた公園。

 友藤陽助をたまたま見つけた時に、「天啓」候補者を探しに行った小学校。ここは小西朝菜の通う学校でもある。

 満岡飛鳥に頼まれて哲夫とテータがカップルのふりをした喫茶店。

 五百蔵イオタが結成した「天啓を果たす会」が使っていた家屋。

 ひとまず近い順に回っていたが、杏はなかなか見つからない。

「神林さんの『手段』って何なんだろうな……」

 哲夫はハンドルを握り、目の前の赤信号を睨んで呟いた。

「わかりません。地球人が地球を滅ぼそうとしたらどうしますか?」

 テータに問われると、哲夫はすぐに答えた。

「日本人なら真っ先に思いつくのは核とテロだと思う。『天啓』の被害者たちは皆、自分の知識だけで『救済』を実行しようとしていた」

 核兵器の脅威はそれこそ小学生の時から教えられる。人類を滅ぼしかねない、そして現実的な問題を無視して任意で発動できる物と言えばやはり兵器だろう。核弾頭が搭載されていなくても、人間は拳銃一発で死ぬ。無差別テロを各国で図れば世界は混乱に陥り、時間はかかるだろうがやり方によっては滅亡させられるだろう。それが実行可能か、現実味があるかどうか、そんなことは「天啓」を受けた人間からは度外視される。

 しかし、着手してしまえば、確実に誰かを傷付けてしまう。そんなことはさせられない。杏は絶対に、何にも手を汚させずに連れて帰る。

 哲夫が決意を新たにしていると、信号が青になった。発信する。少しすると、テータの端末が鳴った。

「はい、浪越です。ええ、国成さんは運転中で。はい」

 平塚だろう。哲夫が運転中と見越してテータに掛けてきたようだ。

「え?」

 テータの声に深い驚きが混じる。

「羽田空港?」

 それを聞いて、哲夫は思い出した。テータの宇宙船が、羽田空港に保管してあることを。

「私の宇宙船に?」

 やはり、それ目当てだったようだ。でも、どうして杏がテータの宇宙船を?

「わかりました」

 テータは通話を切ると、しばらく黙り込んだ。また赤信号にぶつかったので、横を見ると、彼女はすべての表情を失っていた。

「聞こえていたかもしれませんが」
「ああ」
「神林さん、私の宇宙船の保管場所に入ろうとしたようです。警備をしてくださっている警視庁の方が、本部に連絡を入れてくれたので発覚しました」
「神林さんは?」
「逃走したようです。私たちは一度本部に戻れと」
「わかった」

 哲夫はカーナビに、合同庁舎へのルートを表示させる。

「もしかして、宇宙から地球に向かって攻撃するつもりなのか?」
「私の宇宙船には兵器なんて積んでないし、積んでいるとも話していないのに……」

 テータも困惑している。

「もしかしたら……俺たちは何か前提を間違えてるんじゃないのか」

 哲夫は唸った。

 杏は、自分たちの予想をことごとく外す様な行動を取っている。杏がこちらの考えを読んでいる? その可能性はある。彼には「天啓」捜査のノウハウがあるから、どんな風に追われるかもわかっているはずだ。

 あるいは、そもそもこちらの前提が違う。だから的外れな捜索しかできていない。

「戻って一旦情報を整理しよう」
「はい」

 ナビの経路を辿り、東京の西から東へ景色が移り変わり始める頃、テータの端末が再び鳴った。

「はい、浪越です」

 運転席の哲夫にも、声が聞こえるくらい、電話の相手は慌て大声を出していた。全ての言葉は聞こえないが、それでも哲夫は聞き取った「五百蔵いおろいイオタ」と言う名前を。

「は?」

 テータの声が低くなる。

「イオタが私に会いに来ている?」
「浪越さん、ちょっと」

 哲夫は路肩に車を停めた。

「俺にも聞かせてくれ」

 テータは頷くと、スピーカーモードにして平塚に事の次第を尋ねた。

『浪越テータはいるかと言って訪ねてきた。警視庁からも応援を頼んだが、戦うつもりはない、と。こちらが手を出さなければ何もしない、と』
「偉そうですね。自分の立場をわかっていないようです」

 テータの声は冷たい。

『一応警視庁から応援も来ているが、報告書を見る限りだと歯が立たないだろうな。しかし、本当にこちらと事を構えるつもりはないらしい。ただ浪越の帰りを待っている。用件を尋ねても、「彼女にしか話したくない」と言って話してくれない』
「図々しい……」
『それにしても様子がおかしいんだ。落ち込んでいる、と言っても良い。とにかく、そういうことだから、戻って来て彼がいても驚かないでくれ』
「わかりました」

 テータは頷いた。通話を切ると、哲夫は車を発進させる。

「イオタがわざわざ来るって……もしかして、あの時やっぱり装置が起動していたのか? でも、それが目当てで来てたんだろう?」
「そのはずです。彼は私の所ではなくて、神林さんを探すべきだと思うのですが……」

 実際に、杏とイオタに合流されると困るのだが、イオタは何故、杏を探さずにテータを訪ねてきたのだろう。

「もしかしたら、イオタからの情報で、神林さんの行動原理がわかるかもしれないな。俺たちが知らない、研究者側の情報を持っているかもしれない」
「そうですね……」

 イオタのことを嫌っているテータは、彼の世話にならないといけないことを嫌がっているようで、不服そうだ。

「だが、どの道イオタを使わないといけないのは変わらない」
 杏のことがなかったとしても、黒幕の腹心であるイオタは貴重な情報源だ。いずれは、こちらからも接触する必要があっただろう。

◆◆◆

 五百蔵イオタは、本部の隅に置かれたパイプ椅子とテーブルのセットを宛がわれていた。イライラしているらしいのは、哲夫にもわかる。アタッシェケースを膝の上に乗せていて、降ろそうともしない。職員たちは彼を遠巻きにして、ひそひそと何か囁き合っていた。まるで見えない障壁でも張られているかのように、イオタの近くに誰も近寄ろうとしない。

「戻りました」

 テータは同郷の宇宙人から目を離さないまま、平塚に声を掛けた。上司は彼女の視線の鋭さを見ると、溜息を吐き、

「ずっとあの調子だ。あの鞄の中身が危険物でないか検めさせて欲しいと頼んだのだが断られてね。心当たりは?」
「ありません。吐かせます」

 テータは強い口調で応じると、つかつかと大股で部屋を横断した。テータの帰りに、本部は静まりかえる。

「浪越さん」

 哲夫は慌てて後を追った。先日の「天啓を果たす会」事件の時、テータはイオタを蛸殴りにしたのだ。地球人に対しては最低限の暴力で制圧する彼女が、必要以上に痛めつけることを厭わない相手。それがイオタだ。

「イオタ」

 テータが声を掛ける。イオタが顔を上げた。

「シータ……へぶっ!?」

 テータはイオタが前にしていたテーブルを蹴り上げて、イオタの顔面に当てた。やると思ったよ。哲夫はやれやれと首を振る。尤も、地球人に擬態している彼らの本体は胴体の中で、顔はハリボテ。テーブルが当たってひしゃげてもさほど困らないらしい。彼らと行動するかもしれない地球人としては、あんまり怪我をした見た目をされてしまっても困ってしまうが。

「失礼、足が滑りました」

 澄ました顔で言うテータ。

「それで、お前は何をしに来たんだ。そのケースの中身を言え。この星の言葉で」

 星での間柄が出ているのだろう。テータはイオタに対してとても居丈高な物言いをする。

「通信機だよ。君たちに言わないといけないことがある」
「通信? 誰と……まさか……」

 テータに緊張が走った。

「あの方だ」

 イオタは頷いた。追いついた哲夫は、「あの方」と言うのが一連の天啓騒ぎの黒幕であることを理解し、次の言葉で度肝を抜かれた。


「君のお父上だよ」


 全員が、異星人たちに注目していた。だから、イオタの声が届く範囲にいた人間は皆その言葉を聞いた。

「え……?」

 哲夫はテータを見る。

 黒幕が、テータの父親?

「余計なこと言いやがって」

 次の瞬間、パイプ椅子がイオタの肋骨辺りをぶん殴った。

「浪越!」

 平塚が一喝する。

「それ以上の暴力は私が許さん」
「すみません」

 テータは素直に詫びた。平塚に。

「低脳な358星人に守られなくとも」

 イオタは鼻で笑うが、テータに睨まれて静かになった。

「あいつは私たちに何を伝えようとしている? そもそも、神林杏の『天啓』は何なんだ。明らかに他の被害者たちとは違う物だった」
「そうだ」
「どうして今になって顕在化したんだ」
「『天啓を果たす会』で、もう少しで私が発動すると言う瞬間があっただろう。その時君が乱入してきた」
「あったね。でも、あの時お前は起動に失敗した筈だ」
「あの時……君に殴られた勢いでどうやら最後の起動手順も施行していたようなんだよ……」
「なんだって?」

 哲夫は思わずイオタの顔を凝視した。

「私のせいじゃない!」

 彼はこちらに向かって強く言い返した。

「だからと言ってシータのせいにもしてくれるなよ!」
「わ、わかってるよ。それは事故だから……」
「いえ、国成さん、私にも責任の一端はあります」
「どうして君はこの358星人の前だとそんなにしおらしいんだ!」

 イオタは頭をかきむしる。どうやら、尊敬する研究者の子、と言う事で、テータにも憧れらしいものを抱いているのだろう。そのテータが、イオタには塩対応で、哲夫には友好的なのが気に入らないらしい。

「何でお前と国成さんが同等だと思ってるんだ。身の程を知れ。自分がどれだけ迷惑を掛けているか考えろよ。それで」

 テータはアタッシェケースを指した。

「あいつはどうして、今更こっちと話すなんて言うんだ?」
「神林杏が受信したデータは、君も気付いている様に他の連中の物とは違う。それについて彼から説明がある」

 イオタはケースを開ける。その中には、地球のパソコンにも似た二つ折りの装置が入っていた。こういう装置のプロダクトデザインは、異星といえども使いやすさは割と似通ってくるのだろうか。

 何やら操作を行うと、イオタは画面の様な部分をこちらに向けた。見たこともない文字が画面に映っている。
「通信中、と書いてありますね。テレビ電話にも使えるアプリケーションですが、私たちの本来の姿が地球人に受け入れられない、と思って隠しているのでしょう」

 テータが説明する。画面の一角を指し、

「ここがチャット欄です」
「へえ、異星のデバイスだからどんな突拍子もないのかと思ったけど、結構馴染みがあるんだな」

 哲夫が感心したように見ていると、

「勘違いするなよ。技術ではこちらが段違いで上だ」

 イオタが睨む。

「そうだと思うよ」

 素直に応じる。実際、単身で異星に来られる宇宙船なんてものがある星の技術力には、地球が束になって掛かっても叶わないだろう。地球への侵略が星の総意でなくて良かった、と哲夫は素直に思っていた。植民地化も大概だが、滅ぼそうとされたらもうおしまいだっただろう。

『358星人の皆さん、そしてθ7354。あなたたちに伝えなくてはならないことがあります』

 チャット欄に文字が表示された。
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