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HO7.使徒の誇り 後編(4話)
3.「祝福」
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五百蔵イオタは食堂にいた。何やら、妙な装置をテーブルの上に置いている。恐らく、あれが杏の中の「天啓」を起動させるのだろう。
「五百蔵イオタ──!」
挑むように、彼を睨む。イオタはもう笑ってはいなかった。
ただ、感情がごっそりと抜け落ちた顔。袋叩きに遭う前のテータの様な。
その表情に、杏は違和感を覚える。
(どうして、二人とも、切羽詰まった状況で無表情になれるんだ?)
『本当の私は皆さんとは似ても似つかない怪物……というのはちょっと大袈裟だし言われると悲しいですけど、見れば地球人ではないと一目でわかる外見をしています。ですが、地球で活動するにあたってそれはあまりにも不便ですので、こうやって擬態をしています』
(擬態って、どこをどう変えてるんだろう)
もしかして、カメレオンが色を変えるように、表情を変えているのだろうか。その場に適した、地球人として怪しまれないような表情に……?
はっきりと固まらない「気づき」。それは何故だか、杏の中で希望の様なものを作り始める。
(何だ……? 何が引っかかってるんだろう……)
「神林くん」
イオタは淡々とした口調で言った。
「これから、君の『天啓』を起動します」
彼は装置に手をかざす。杏はその腕に飛びついて、引っ張った。
「させるか! そんなのはごめんだ!」
「何をしているんです!」
会員たちが杏をイオタから引き離す。杏も成人男性で、それなりに力は出る。だから女性の会員一人くらいは振りほどいたが、流石に複数となると無謀だった。イオタが着ているスーツの袖ボタンをいくつか引きちぎって、彼の抵抗は終わった。
「君は歴史になるんだ」
イオタは淡々と言う。
「この星の救済という──」
彼がそこまで言ったその時だった。すさまじい音が廊下の向こうでする。重たいものが壁にぶち当たる音だ。続いて、靴下裸足の足音。
「神林さん!」
国成哲夫が飛び込んできた。
「国成さん!」
「ば、馬鹿な! 鍵は掛けた筈……!」
会員が狼狽える。
「体当たりでぶち破ったよ。非常事態だからな!」
杏に比べて体格に恵まれた哲夫なら可能だろう。哲夫は装置の傍に立つイオタにまっすぐに向かって行った。
「てめぇ!」
肩からぶつかる。その声には、憤りが満ちていた。二人はフローリングの床に転がった。背の高い男二人が同時に倒れて、家が揺れる。
「イオタ様!」
駆け寄ろうとする会員の前に、杏は咄嗟に足を出した。別の会員の腕を掴んで妨害する。
「ああ、全く……! 何もかも台無しじゃないか……!」
苛立ったイオタの声。杏は顔を上げて、目を見開いた。
イオタの腰の辺りから、イソギンチャクの触手に似た、あの宇宙人の体組織が伸びていた。それが哲夫の首に巻き付き、締め上げる。
「くっ……! このっ!」
しかし、哲夫はそれを、両手で引きちぎった。元々、はさみで切れる程度のものだと言うことを、杏は思い出した。
「……地球人のそれは筋肉を材料にして作るが、お前たちのそれは排熱器官だ。本来こういう使い方するもんじゃないだろ」
哲夫の言葉に、杏は納得する。そうか。それで、テータはあの翼を作るそれを、攻撃や拘束の手段として使わないのか。今し方、哲夫の喉を締めたのも、大した力が入っていなかったのだろう。それでも、翼状に絡み合う程度の柔軟性はある、と言う事だろうか。
勝ちの目が見えた、と杏が俄に希望を取り戻したその時だった。
哲夫の身体が吹き飛んだ。壁に激突して、苦痛のうめきが上がる。
「……気安く私に触らないで貰おうか」
嫌悪が籠もった声。イオタはゆっくりと立ち上がる。杏は絶句した。
よく考えれば当たり前の事だった。自分たちは散々目の当たりにしてきた。浪越テータが、θ7354と言う宇宙人が、暴れる地球人を物理的に制圧する姿を。ι0500が同じくらい強くてもおかしくない。そして、テータは地球人たちに対して、かなり手加減していたのだと、杏はこのとき悟った。哲夫がぶち当たった壁には亀裂が入って、へこんでいた。
「その男を取り押さえろ! なんならシータのように殺してしまって構わない!」
イオタが怒鳴ったが、次々とめまぐるしく起こる予想外の展開に困惑しているのか、はたまた哲夫が床に転がって呻いているからか、会員たちは動けないでいる。
「どうした! シータのことは平気で殺したくせに……」
その時だった。玄関のチャイムが鳴った。
「誰だ、こんな時間に……」
「警察……?」
「追い返せ」
イオタが短く命じると、動いたのは木戸だった。彼がリビングを出て行くと、イオタは件の装置に手を伸ばした。
「茶番は終わりだ。神林くん、こんな状況で悪いが、君に『祝福』を授けよう」
「木戸さんが戻ってくるまで待たなくて良いんですか」
「木戸くんもわかってくれるよ。これ以上の邪魔は許されない」
イオタが装置に触れる。どうやら操作しているようだ。立ち上がろうとしたが、会員たちに抑えられた。
「やめろ!」
熱心に装置を触るイオタ。なんとかして邪魔をしないと。哲夫が起き上がろうとして、それをめざとく見つけた他の会員に邪魔される。
どうにか振りほどけないか。杏はめちゃくちゃに腕を振り回そうとしたが、複数人からがっちり抑えられると、一切身体は動かない。
「神林くん」
廊下へ続くドアが突然開いた。その場のほとんどがそちらを見る。どこか、得意げな顔をした木戸がそこに立っていた。後ろに誰か立っている。吹き込んできた風とともに入り込む、土の匂い。
「木戸さん?」
「きゃあっ!」
吉益が悲鳴を上げた。木戸の後ろに誰かが立っている。灰色のワンピースを、土で汚した女が。
浪越テータのワンピースだった。杏は思考を止める。
「君を助けてあげるよ」
木戸が脇にどいた。その後ろから現れたのは、全身に土を付けた浪越テータで、殴られる直前と同じ、全ての感情をそぎ落とした顔でイオタを見た。
「どきなさい!」
テータが一喝した。会員たちを押しのけると、彼女はイオタへ飛び掛かる。装置をテーブルの上から叩き落とし、椅子を掴んでその胴体を強かに殴りつけた。しかし、とても人体を殴っているとは思えない固い音とともに、椅子の脚がへし折れて飛ぶ。
墓場から出てきた女が暴れている。その異様な光景に、会員たちは恐れおののいて廊下に逃げ出していた。その様子を見て感激しているのは木戸くらいのものだ。
杏は自分の腕を触っているだけになった会員たちを振りほどいて、哲夫へ駆け寄った。
「国成さん! 大丈夫ですか!」
「だ、大丈夫だけど……」
哲夫は呆然として、イオタを一方的に殴り続けるテータを見る。彼女は、落ちた装置を両手で持ち上げて、イオタに叩き付けていた。
「イオタ、あなた私が死んでないってわかってましたよね」
「ぐわっ!? あ、ああ……! わかっていたとも……! 私だって同じ方法で擬態しているからね!」
擬態。
「もしかして……浪越さんたちの本体って、胴体の中にあるのか?」
哲夫がぽかんとした顔のまま呟いた。テータはこちらを見て、にこりと笑う。
「ええ、その通りです。彼ら、私の『首』を切り落として勝った気でいたようでしたけど、あれは地球人で言う髪の毛、爪みたいなものです。張りぼてなんですよ。私のアレは、死んだふりです」
それで、か。杏は腑に落ちた。
「浪越さん、ものすごく怒ったときに無表情になるのって、表情を作ってる余裕がなくなるからですか?」
「さすが神林さん。そうです。怒り心頭になると、怒った顔も作れなくなっちゃう。私って擬態が下手なのかも」
テータはわざとらしく落ち込んだような顔を作ってみせる。
「イオタもさっき無表情でしたよ」
「良かった。こいつに負けてなくて」
イオタは、哲夫とは別の意味で呆然としていた。肉体的なダメージよりも、予想外が重なったことによるショックが大きかったらしい。
やはり、彼も「人間」なのだ。
哲夫はその様子を見ると、木戸から借りたスマートフォンで110番通報をした。杏を拉致したこと、助けにきた哲夫まで監禁したこと。テータを「殺した」罪には問えないが、生き埋めにしたと言うことは揺るぎない加害だ。十分過ぎる。
「き、木戸さん、あなたは誰の味方なんですか!」
哲夫の通報を邪魔しようとした吉益が、木戸に止められている。彼女に問い詰められて、木戸は満面の笑みで、
「私はね、吉益さん。あなたたちみたいに、イオタ様の為にと言う気持ちがどうしても持てなかった。それでも誰かを救いたかった。『天啓』に従ってね。でもそんなとき、神林さんが打ちひしがれているのを見て、私が救ってあげるべきはこの人なんだ! と、そう感じたんですよ!」
テータの「首」が切り落とされているとき、窓の外から「辛いのか?」と声を掛けてきた木戸。
どうやら、木戸は救済のターゲットとでも呼ぶべき相手が決まっていなかったらしい。多くの会員にはイオタだったのだろうが。「天啓」をもたらした後のことまでは、イオタたちもコントロールできないと言うのは、彼らがイオタの制止にも応じずにテータを「殺した」のを見ても明らかだ。ある程度はイオタのカリスマでもっていたのだろうが。
イオタが起き上がった。壊れた装置を見て、首を横に振る。
「こんな筈じゃなかった……」
「皆そう思ってるよ」
テータが応じる。
「皆そう思ってるよ。お前たちだけじゃないよ。行けよ。どうせお前はこの星の法律じゃ裁けないんだから。でも、次会ったら覚えとけよ」
聞いたことのない、彼女の口の利き方に、杏と哲夫は思わず顔を見合わせた。
「もうお前は帰れ。そしてあいつに伝えろ。もうこの星に手を出すなと」
「……それは君が決めることじゃないよ、シータ」
イオタは装置の残骸、その一番大きなもの……恐らく主要な部分なのだろう……を掴むと、リビングから出て行った。他の会員たちは、逃げ帰ったのか隠れているのか、姿を見せない。木戸はその背中に頭を下げた。
「お世話になりました。私を、救うべき相手に引き合わせてくださって、ありがとうございます」
「……」
イオタはあの無表情で木戸を一瞥するが、何も言わずにそのまま玄関から去ったようだった。
彼が去ってから少しの後、パトカーのサイレンが近付いてきた。
「五百蔵イオタ──!」
挑むように、彼を睨む。イオタはもう笑ってはいなかった。
ただ、感情がごっそりと抜け落ちた顔。袋叩きに遭う前のテータの様な。
その表情に、杏は違和感を覚える。
(どうして、二人とも、切羽詰まった状況で無表情になれるんだ?)
『本当の私は皆さんとは似ても似つかない怪物……というのはちょっと大袈裟だし言われると悲しいですけど、見れば地球人ではないと一目でわかる外見をしています。ですが、地球で活動するにあたってそれはあまりにも不便ですので、こうやって擬態をしています』
(擬態って、どこをどう変えてるんだろう)
もしかして、カメレオンが色を変えるように、表情を変えているのだろうか。その場に適した、地球人として怪しまれないような表情に……?
はっきりと固まらない「気づき」。それは何故だか、杏の中で希望の様なものを作り始める。
(何だ……? 何が引っかかってるんだろう……)
「神林くん」
イオタは淡々とした口調で言った。
「これから、君の『天啓』を起動します」
彼は装置に手をかざす。杏はその腕に飛びついて、引っ張った。
「させるか! そんなのはごめんだ!」
「何をしているんです!」
会員たちが杏をイオタから引き離す。杏も成人男性で、それなりに力は出る。だから女性の会員一人くらいは振りほどいたが、流石に複数となると無謀だった。イオタが着ているスーツの袖ボタンをいくつか引きちぎって、彼の抵抗は終わった。
「君は歴史になるんだ」
イオタは淡々と言う。
「この星の救済という──」
彼がそこまで言ったその時だった。すさまじい音が廊下の向こうでする。重たいものが壁にぶち当たる音だ。続いて、靴下裸足の足音。
「神林さん!」
国成哲夫が飛び込んできた。
「国成さん!」
「ば、馬鹿な! 鍵は掛けた筈……!」
会員が狼狽える。
「体当たりでぶち破ったよ。非常事態だからな!」
杏に比べて体格に恵まれた哲夫なら可能だろう。哲夫は装置の傍に立つイオタにまっすぐに向かって行った。
「てめぇ!」
肩からぶつかる。その声には、憤りが満ちていた。二人はフローリングの床に転がった。背の高い男二人が同時に倒れて、家が揺れる。
「イオタ様!」
駆け寄ろうとする会員の前に、杏は咄嗟に足を出した。別の会員の腕を掴んで妨害する。
「ああ、全く……! 何もかも台無しじゃないか……!」
苛立ったイオタの声。杏は顔を上げて、目を見開いた。
イオタの腰の辺りから、イソギンチャクの触手に似た、あの宇宙人の体組織が伸びていた。それが哲夫の首に巻き付き、締め上げる。
「くっ……! このっ!」
しかし、哲夫はそれを、両手で引きちぎった。元々、はさみで切れる程度のものだと言うことを、杏は思い出した。
「……地球人のそれは筋肉を材料にして作るが、お前たちのそれは排熱器官だ。本来こういう使い方するもんじゃないだろ」
哲夫の言葉に、杏は納得する。そうか。それで、テータはあの翼を作るそれを、攻撃や拘束の手段として使わないのか。今し方、哲夫の喉を締めたのも、大した力が入っていなかったのだろう。それでも、翼状に絡み合う程度の柔軟性はある、と言う事だろうか。
勝ちの目が見えた、と杏が俄に希望を取り戻したその時だった。
哲夫の身体が吹き飛んだ。壁に激突して、苦痛のうめきが上がる。
「……気安く私に触らないで貰おうか」
嫌悪が籠もった声。イオタはゆっくりと立ち上がる。杏は絶句した。
よく考えれば当たり前の事だった。自分たちは散々目の当たりにしてきた。浪越テータが、θ7354と言う宇宙人が、暴れる地球人を物理的に制圧する姿を。ι0500が同じくらい強くてもおかしくない。そして、テータは地球人たちに対して、かなり手加減していたのだと、杏はこのとき悟った。哲夫がぶち当たった壁には亀裂が入って、へこんでいた。
「その男を取り押さえろ! なんならシータのように殺してしまって構わない!」
イオタが怒鳴ったが、次々とめまぐるしく起こる予想外の展開に困惑しているのか、はたまた哲夫が床に転がって呻いているからか、会員たちは動けないでいる。
「どうした! シータのことは平気で殺したくせに……」
その時だった。玄関のチャイムが鳴った。
「誰だ、こんな時間に……」
「警察……?」
「追い返せ」
イオタが短く命じると、動いたのは木戸だった。彼がリビングを出て行くと、イオタは件の装置に手を伸ばした。
「茶番は終わりだ。神林くん、こんな状況で悪いが、君に『祝福』を授けよう」
「木戸さんが戻ってくるまで待たなくて良いんですか」
「木戸くんもわかってくれるよ。これ以上の邪魔は許されない」
イオタが装置に触れる。どうやら操作しているようだ。立ち上がろうとしたが、会員たちに抑えられた。
「やめろ!」
熱心に装置を触るイオタ。なんとかして邪魔をしないと。哲夫が起き上がろうとして、それをめざとく見つけた他の会員に邪魔される。
どうにか振りほどけないか。杏はめちゃくちゃに腕を振り回そうとしたが、複数人からがっちり抑えられると、一切身体は動かない。
「神林くん」
廊下へ続くドアが突然開いた。その場のほとんどがそちらを見る。どこか、得意げな顔をした木戸がそこに立っていた。後ろに誰か立っている。吹き込んできた風とともに入り込む、土の匂い。
「木戸さん?」
「きゃあっ!」
吉益が悲鳴を上げた。木戸の後ろに誰かが立っている。灰色のワンピースを、土で汚した女が。
浪越テータのワンピースだった。杏は思考を止める。
「君を助けてあげるよ」
木戸が脇にどいた。その後ろから現れたのは、全身に土を付けた浪越テータで、殴られる直前と同じ、全ての感情をそぎ落とした顔でイオタを見た。
「どきなさい!」
テータが一喝した。会員たちを押しのけると、彼女はイオタへ飛び掛かる。装置をテーブルの上から叩き落とし、椅子を掴んでその胴体を強かに殴りつけた。しかし、とても人体を殴っているとは思えない固い音とともに、椅子の脚がへし折れて飛ぶ。
墓場から出てきた女が暴れている。その異様な光景に、会員たちは恐れおののいて廊下に逃げ出していた。その様子を見て感激しているのは木戸くらいのものだ。
杏は自分の腕を触っているだけになった会員たちを振りほどいて、哲夫へ駆け寄った。
「国成さん! 大丈夫ですか!」
「だ、大丈夫だけど……」
哲夫は呆然として、イオタを一方的に殴り続けるテータを見る。彼女は、落ちた装置を両手で持ち上げて、イオタに叩き付けていた。
「イオタ、あなた私が死んでないってわかってましたよね」
「ぐわっ!? あ、ああ……! わかっていたとも……! 私だって同じ方法で擬態しているからね!」
擬態。
「もしかして……浪越さんたちの本体って、胴体の中にあるのか?」
哲夫がぽかんとした顔のまま呟いた。テータはこちらを見て、にこりと笑う。
「ええ、その通りです。彼ら、私の『首』を切り落として勝った気でいたようでしたけど、あれは地球人で言う髪の毛、爪みたいなものです。張りぼてなんですよ。私のアレは、死んだふりです」
それで、か。杏は腑に落ちた。
「浪越さん、ものすごく怒ったときに無表情になるのって、表情を作ってる余裕がなくなるからですか?」
「さすが神林さん。そうです。怒り心頭になると、怒った顔も作れなくなっちゃう。私って擬態が下手なのかも」
テータはわざとらしく落ち込んだような顔を作ってみせる。
「イオタもさっき無表情でしたよ」
「良かった。こいつに負けてなくて」
イオタは、哲夫とは別の意味で呆然としていた。肉体的なダメージよりも、予想外が重なったことによるショックが大きかったらしい。
やはり、彼も「人間」なのだ。
哲夫はその様子を見ると、木戸から借りたスマートフォンで110番通報をした。杏を拉致したこと、助けにきた哲夫まで監禁したこと。テータを「殺した」罪には問えないが、生き埋めにしたと言うことは揺るぎない加害だ。十分過ぎる。
「き、木戸さん、あなたは誰の味方なんですか!」
哲夫の通報を邪魔しようとした吉益が、木戸に止められている。彼女に問い詰められて、木戸は満面の笑みで、
「私はね、吉益さん。あなたたちみたいに、イオタ様の為にと言う気持ちがどうしても持てなかった。それでも誰かを救いたかった。『天啓』に従ってね。でもそんなとき、神林さんが打ちひしがれているのを見て、私が救ってあげるべきはこの人なんだ! と、そう感じたんですよ!」
テータの「首」が切り落とされているとき、窓の外から「辛いのか?」と声を掛けてきた木戸。
どうやら、木戸は救済のターゲットとでも呼ぶべき相手が決まっていなかったらしい。多くの会員にはイオタだったのだろうが。「天啓」をもたらした後のことまでは、イオタたちもコントロールできないと言うのは、彼らがイオタの制止にも応じずにテータを「殺した」のを見ても明らかだ。ある程度はイオタのカリスマでもっていたのだろうが。
イオタが起き上がった。壊れた装置を見て、首を横に振る。
「こんな筈じゃなかった……」
「皆そう思ってるよ」
テータが応じる。
「皆そう思ってるよ。お前たちだけじゃないよ。行けよ。どうせお前はこの星の法律じゃ裁けないんだから。でも、次会ったら覚えとけよ」
聞いたことのない、彼女の口の利き方に、杏と哲夫は思わず顔を見合わせた。
「もうお前は帰れ。そしてあいつに伝えろ。もうこの星に手を出すなと」
「……それは君が決めることじゃないよ、シータ」
イオタは装置の残骸、その一番大きなもの……恐らく主要な部分なのだろう……を掴むと、リビングから出て行った。他の会員たちは、逃げ帰ったのか隠れているのか、姿を見せない。木戸はその背中に頭を下げた。
「お世話になりました。私を、救うべき相手に引き合わせてくださって、ありがとうございます」
「……」
イオタはあの無表情で木戸を一瞥するが、何も言わずにそのまま玄関から去ったようだった。
彼が去ってから少しの後、パトカーのサイレンが近付いてきた。
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