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HO7.使徒の誇り 後編(4話)

2.「地球」の人類

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 文部科学省宇宙対策室では、多摩分室の国成哲夫くになりてつおと連絡が取れなくなったことで緊張感が走っていた。

「監視対象の神林杏かんばやしきょうと連絡が付いた、という連絡が最後ですね」
「警察に任せろと言ったのに……!」

 本部の対策室室長は頭を抱えた。彼が、浪越なみこしテータの加入を許可したり、杏を監視がてら非常勤で採用したらどうかと進言した哲夫の上司であり、事あるごとに彼と連絡を取っていた人物である。

「警察は何だって?」
「令状が取れないそうです。任意での聞き込みが精一杯で、国成や神林から助けを求める連絡でも来ないと動けない、と」

 相手の目的は、「天啓」を受けてなお迷惑行為に走っていない神林杏を、他の被害者と同じように仕立てあげることだ。と言う事は三人に危害を加えることはないだろう。もしかしたら哲夫にも「天啓」を授けられてしまう可能性はあるが……治療手段は確立されている。侵襲的な手段しかないが。

 浪越テータはイオタにとって邪魔かもしれないが……室長は彼女のことは度外視した。そもそも地球人ではない。貢献はしてくれているが、哲夫や杏に比べると優先順位は落ちる。

 とは言え、普段「天啓」を受けた地球人が暴れた時に取り押さえているようだし、そう簡単にやられたりはしないだろう。

 多分、大丈夫だろう。

◆◆◆

 午後八時。五百蔵いおろいイオタは会員たちを集めた。

「神林くんへの『祝福』ですが、前倒しで、これから実行します」

 その宣言に、会員たちはどよめく。

「こ、これからですか?」
「邪魔者は排除しました。神林さんには、当会の理念をご説明して納得頂いてからでも良いのでは」

 お前らが余計なことするからだよ。イオタは内心で舌打ちする。

「いえ、彼は今、騙されていたとはいえ浪越テータという親しい人を亡くして悲しみにくれています。『祝福』をもたらすことで、悲しみの淵から彼を救ってあげることができるのです。だって、そうでしょう? 浪越が自分を騙していた。そんな相手のために、悲しみという心の力を使うなんて、そんな恐ろしいことはないはずです」
「確かにそうだ……」
「イオタ様の仰るとおりです」
「皆さん、ご予定もあるでしょうから、帰らないと行けない方は帰って頂いて構いません。残れる方だけ残ってください。結果はスマホにお知らせします」
「いいえ! いいえ! 残ります! 家族には連絡を入れますから……!」
「私も!」
「俺もです!」

 会員たちは一斉にスマートフォンを取り出して、家族に、恋人に、あるいは明日仕事を休むつもりで上司にメッセージの連絡を入れている。いつもなら、大人しくてこういう輪にはあまりはいれないでいる木戸きどまで、家に連絡をしているようだった。彼も、この気運の盛り上がりに飲まれているのだろう。

 その目に宿る狂気を、イオタは面白おかしくも、不気味にも、恐ろしくも感じていた。

 自分たちが与えた「天啓」は、ここまで人を変容させる。面白い結果ではあるが、大きな力の塊に似たものが迫ってくるようなイメージも想起してしまう。

 お前たちは自分に加担して何かを成した気になっているかもしれないが、その実何の役にも立っていない。地球の役にはもちろんのことだが、イオタの役にすら立っていない。むしろ邪魔だ。

 そんな、蔑視の眼差しを向ける。

 やがて、彼ら、彼女らがそれぞれ連絡を終えると、一人、また一人とイオタを見て次の指示を待った。

「では……神林くんを呼んでくるとしましょうか」

◆◆◆

 眠れるはずがない、と思っていたが、心身共に疲弊しきっていた杏はぐっすりと眠り込んでいた。

 しかし、部屋の灯りは付けっぱなしであり、消しに来る人間もいなかったため、ある程度まで疲労が回復すると、まぶしさに目が覚める。今は何時だろうか、と腕時計を見ると、八時を少し過ぎたくらいだ。部屋の外は暗く、夜の八時で間違いないだろう。

 首に違和感がある……と思って、毒針入りの首輪を付けられたことを思い出した。下手に触って作動されても怖い。外れないか試したいのはやまやまだったが、今は触らずにいよう。

(国成さん、大丈夫かな)

 先ほど、テータの「頭を落とす」などというおぞましいことを言っていた会員たちを止めようとして、更に精神的なダメージを負ったのではないか。

 ちょうど、隣の部屋だった筈。移動させられていなければ。

 あるいは、テータの様に邪魔者として排除されていなければ。

「国成さん……?」

 壁をノックしてみる。少しすると、向こうからもノックが返ってきた。良かった。
 しかし、いくら隣だからと言っても、壁を通して会話することはできない。聴診器でもあれば別だろうがそう言うものはなく……。

「神林さん?」

 考えを巡らせていると、今度はドアの外からノックが聞こえた。ぎょっとして振り返る。

「お邪魔するわね」

 吉益よしますだった。外から鍵が開けられる。心配そうにこちらを伺う彼女の後ろには、会員の人だかりができていた。

「ああ、起きてらしたのね。良かったわ。イオタ様がお呼びですよ」
「何の用ですか」
「これからあなたに『祝福』を授けてくださるんですって」

 「祝福」。

 まずい。杏は焦った。それはとりもなおさず、杏の中でまだ機能していない「天啓」を起動させることに他ならない。なんとかして時間を稼がないと……。

「いやです。行きません。明日だと言ったじゃありませんか。五百蔵イオタは、あなたたちの教祖は嘘吐きなんですか」
「まあ。なんてこと。イオタ様は、あなたを利用したあのテータとか言う女に、あなたが悲しみと言う心のエネルギーを使うことはないと……」
「イオタと浪越さんは同郷なんです! それを邪魔者だなんて! やはり愚かなものですね!」
「神林さん!」

 吉益が悲鳴のように一喝した。

「あなたたちもあなたたちだ! イオタは言いましたよね、彼女を傷付けるのはやめてくれ、と。あなたたちはイオタに背いてるんです! そんなあなたたちを、彼は許すんですか!?」

 そう怒鳴ってから、腑に落ちた。

(この状況はイオタにとっても想定外なんだ)

 哲夫とテータがここに辿り着くところまでは想定内の筈だ。杏にこの毒針の首輪を付けて、二人に言うことを聞かせる。そして彼は哲夫を軽んじている。

 あの様子からして、イオタは少なくともテータの方には用事があったはずだ。

 それが、会員たちにテータが殺されてしまったから予定が狂っている。

「イオタ様はお許しになったわ。その証拠に、私たちに残っても良いと」
「わかりませんよ」

 あいつは宇宙人ですから、と言いかけて、思いとどまった。私も自分の星の人間です、と、事あるごとに言っていたテータのことを思い出したから。だから、彼らをまるで人外の化け物であるかのように語ることはできなかった。

 でも、もうあの言葉も聞けないのだ。

 そう思うと、改めてテータを害した吉益たちに憤りが湧く。先ほど、暴力を目の当たりにしたときには、ショックから心を守るためなのか何も感じていなかったが、今ははっきりと、自分の中に怒りが渦巻いているのがわかる。

『地球の人類は実に愚かです。一度リセットせねばなりません』

 あの時、杏に囁き掛けた「天啓」の言葉が思い起こされる。

 今なら賛同したい気分だった。

 自分に力があれば、この場の全員を、イオタも含めた全員をまとめて痛めつけたい。そんな報復感情が芽生えている。

「あなたたちが彼女をどう思っているとしても、浪越さんは僕の仲間で、同僚で、多分友達でした」

 最後のは嘘だ。友達になりたかった。もっと親しくなりたかった。哲夫と彼女が作る親密さの中に自分も入りたかった。

 疎外感が起こす願望であるかもしれないが、テータと親しくなりたいと言うのは、間違いなく杏の偽らざる気持ちだったから。

「そんな人を殺したあなたたちを、僕は許すことはできません」

「で、でも……あなたは騙されているんですよ、あの女に。イオタ様が正しい導きを」
「うるさい!」

 なおも取りなそうとする吉益に、杏は一喝する。元々、「天啓」を受けた地球人たちは、杏に対して畏怖を覚えるのだ。彼が、自分たちに良い感情を持たず、声を荒げ始めて、会員たちの間に、動揺が広がり始めている。

「イオタ様が、イオタ様が、あなたたちはそればっかりだ! 自分の思想で、自分の言葉で、自分の行動で誰かを救おうとは思わないんですか!」

『あなたのここまでの行いで、あなたに助けられて、あなたを愛している人はいるんです』

 先日、満岡飛鳥みつおかあすかへ、哲夫が掛けた言葉を思い出した。

 「天啓」なんてお題目がなくたって、五百蔵イオタという宇宙人に忠誠を誓わなくたって、吉益たちは誰かを救って幸せの一助になることはできるのに。そんな彼女たちの善意を利用するイオタの一派も憎い。テータも、彼らを心底軽蔑していたことを思い出した。

 愚かだ。

「どいてください!」

 杏は居並ぶ会員たちを押しのけて、自らイオタを探した。

「神林さん! お待ちなさい!」

 会員たちはそれを追う。

 その時、隣の部屋で聞き耳を立てていた国成哲夫は、錠前の破壊を敢行した。しかし、ドラマの様に上手くはいかない。彼は体当たりでドアを破ることを試みる。

 誰もが、神林杏と五百蔵イオタの対面に注意が向いていた。

 だから、誰も気付かなかった。

 窓の外。浪越テータの「死体」を埋めた辺り。その土の下で、何かが蠢いていることを。
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