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HO6.使徒の誇り 前編(4話)
1.「天啓を果たす会」
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※やってることがほぼカルト団体が登場しますので、被害に遭われるなどした人は閲覧非推奨です。
※この章の第4話に袋叩きの暴力シーンがあります。
「天啓を果たす会」は表向きサークル活動を名乗っている。
一見、宗教団体のようだが、宗教法人ではなく、自発的に「やりたいから集まった」だけの人たちだ。特定の神を信仰せず、ある日もたらされた「天啓」に従い、それを果たすことを是としている。だから、会員の宗教観はまちまちだ。仏壇に毎日手を合わせている人間もいれば、神棚に御神酒を供えている人もいるし、洗礼名を持つ者もいる。
ゆえに、宗教団体ではないとしているのだ。
最初は数人のグループから始まったが、SNSや口コミで、「天啓」を受けた人間が徐々に集まって来ており、今では三十人程度だ。
代表者は五百蔵イオタ。
日本人にしては掘りが深く、どこかエキゾチックな印象を与える男性である。
しかし、会に所属する人々は知らない。
彼が、この星を侵略するために送り込まれた異星人であり、自分たちはその星からの洗脳電波によって極端な思考を与えられてしまっていることを。
◆◆◆
文部科学省宇宙対策室・東京多摩分室。
「神林さん、明日検診だからね。朝ご飯食べないでそのまま病院行っちゃって」
室長の国成哲夫は、非常勤職員の神林杏にそう告げた。
「わかりました。なんもないとは思いますけど」
「でも、『天啓』を受けた人との接触が神林さんにも何かしらもたらしているかもしれませんし」
と、進言したのは、同じく非常勤職員の浪越テータだ。
「この『天啓』は実験段階であると言うことを忘れないでください。しかも神林さんはレアケースです」
「そうですよね……わかりました」
「すみません、私が偉そうに」
「いや、気にしないでください。その通りだと思いますから」
この宇宙対策室というのは、異星から送り込まれている洗脳電波に対する対策を施行するための部署であり、東京都の多摩エリアで起こる事案に対応している。
その洗脳電波は、受け取った人間に対して「他者を救済せよ」と言う「使命」を与える。強烈な思い込みに支配されてしまった人間は、相手の迷惑も顧みず過激な手段に走ってしまう。天からもたらされた思い込み、と言う意味で、「天啓」と非公式に呼称されていた。
浪越テータは、その星から来た宇宙人だ。しかし、彼女は「天啓」の送信に関わっていない。彼女は、「天啓」の実行犯の部下であるようだが、折り合いが悪いそうである。地球社会を混乱に陥れ、侵略の糸口にしようとするそのやり口に反発して単身、地球に飛来。国成哲夫と出会って今現在まで多摩分室の非常勤として働いているのである。
簡易なシスター服を纏った女性、と言う外見だが、これは「擬態」であるらしく、真の姿は地球人とは似ていないらしい。
その片鱗は、追い詰められた暴れた「天啓」の被害者と相対したときに垣間見える。肩甲骨の辺りから、イソギンチャクの触手に似たものが生え、絡み合い、翼の様な形を作る。シスターを彷彿とさせる格好も相まって、その姿は「天使」に似ていた。これは排熱器官らしいので、動かすと温かい空気が起こる。
「そろそろ暑くなるから、翼出すと余計熱が溜まらないかな……」
と言う心配をしている哲夫であった。
「最近の日本の夏は酷暑ですからね……」
頷く杏。テータはきょとんとしていた。
神林杏は、その「天啓」を受けた一人であるのだが、彼の場合は他の被害者とは異なる部分が多く、レアケースとして扱われていた。
まず、受けた「使命」の内容が違う。他の被害者たちは「何でも良いから他人を救え」と言う雑な指令であり、それを「じゃあ自分を救います」とねじ曲げる人間すらいたのだが、杏が受けたそれは「人類を滅ぼすことで救済せよ」と言う実に物騒なものだった。
しかし、「天啓」を受ける直前に被害者の一人に会い、「救済」と言う言葉に対して警戒心があったせいなのか、杏はそれを拒否。人並みに「他人の役に立ちたい」と言う気持ちはあるが常識の範疇で、暴走してしまうこともない。
ただし、どういう機序かはわからないが、他の被害者たちは、杏が受けた「使命」の異常性を肌で感じることができるようで、異口同音に、「あなたは何の『使命』を受けているのですか?」と問うてくる。
よって、杏は「天啓発見器」としてこの分室と、事態の解決に貢献していると言うわけだった。
「天啓」は人間の身体の中に、結晶状の腫瘍を作りだし、そこを中心に体組織を宇宙人のそれに変えてしまう。やがてそれは地球人の身体を食い破る。だから、そうなる前に行動変容の手がかりで見つけ出し、検査を受けて腫瘍が見つかれば摘出する、と言うのが現在取られている唯一の手段だ。
この結晶は、杏の「使命」からの圧に対して感受性を持つらしく、摘出されると、もうそれを感じない、と言う事がわかっていた。
次々と明らかになっていく「天啓」の仕組み。しかし、徐々にこの侵略が社会に知られるようになってきており、いよいよ根本的な解決を考えなくてはいけない段階に入っていた……。
さて、神林杏は唯一の「『天啓』による思い込みがない被害者」でもあるため、悪く言えば観察対象でもあった。彼も他の被害者のように「天啓」を受けているなら、その体内で結晶が育つはず……と予想されるのは、特段飛躍した推論でもないだろう。
よって、杏は定期的に受診し、体内に結晶ができていないかを確認している。どれくらいの期間でできるのかと言う記録のためと、杏自身の安全のためだ。結晶が確認できれば、すぐに手術することになっている。
今のところ、それらしき検査結果は出ていない。しかし、他の被害者たちが、杏から放たれる何かを感知していると言うことは、発信しているものが杏の中にある。
予断を許さない状況であることは確かだった。
◆◆◆
翌日、杏は定期検診のために病院へ向かった。検査の常で、朝食は抜いている。最初は落ち着かないが、すぐに空腹感も麻痺する。電車に乗って、スマートフォンを見る杏は、怯えを押し殺して自分を見つめる人物に気付かなかった……。
病院の最寄り駅に到着する。ここから少し歩くので、スマートフォンをポケットにしまった。改札を出て、駅舎を出ようとすると……。
「あのう」
突然声を掛けられて、振り返った。見ると、恐る恐ると言う様子で、中年の女性が声を掛けてくる。
「はい? 僕ですか?」
「はい……あの、ちょっとよろしいでしょうか」
「な、何でしょうか……」
「あなたは『天啓』を受けていますよね?」
「天啓」。
その言葉で、杏は目を見開いた。
自分が「天啓」を受けていることを見抜いたと言うことは、この人もまた「天啓」を授かっているのだ。
「……はい。ですが、僕が受けている天啓は、あなたとは違うもののようです」
「そうですか」
彼女は杏を警戒しつつも、納得したように頷いた。
(いや、違うな、この態度は……)
確認が済んだ時の顔ではないか?
何で確認したいんだ?
「イオタ様に良い報告ができます」
イオタ様。
それを聞いて、杏はまずい相手に目を付けられたことを悟った。
「天啓」に関わっていて、「イオタ」と呼ばれる存在に、杏は一人だけ心当たりがある。会ったことはないが、浪越テータがかつて話していた、「天啓」をもたらした黒幕に心酔する異星人。
その人が名乗っている偽名が、五百蔵イオタ。本名ι0500。θ7354が「浪越テータ」になったように、彼も日本語の語呂合わせで偽名を決めたのだろう。
テータは彼を警戒していた。
「彼は冷酷……と言うよりも面白がって残虐なことに手を染める傾向があると思っていました。私はそういう彼が苦手であまり関わりたくなかった。でも、彼は私がより黒幕に近い位置にいたので、どうやら同志だと思っていたようですね」
「彼は、『劣っている者は優れている者に従うべきだ』と言う事を本気で信じていました。彼の言う『劣っている者』とは、自分と民族や出自を異にする者を指しています。彼は差別主義者なのですが、当人は認めませんでしたね」
「母星内でも差別を平然と行うような奴でしたから……」
テータのイオタ評が思い起こされる。
少なくとも、地球人にとっては相当危険な人物だと思って間違いないだろう。
しかし、どうやって杏の存在を知ったのだろうか。
「あの、イオタ様と言うのは……?」
今度は、杏が恐る恐る尋ねる番だった。相手は真面目な顔で頷き、
「ああ、イオタ様は、私たちのリーダー、『天啓を果たす会』の会長です」
※この章の第4話に袋叩きの暴力シーンがあります。
「天啓を果たす会」は表向きサークル活動を名乗っている。
一見、宗教団体のようだが、宗教法人ではなく、自発的に「やりたいから集まった」だけの人たちだ。特定の神を信仰せず、ある日もたらされた「天啓」に従い、それを果たすことを是としている。だから、会員の宗教観はまちまちだ。仏壇に毎日手を合わせている人間もいれば、神棚に御神酒を供えている人もいるし、洗礼名を持つ者もいる。
ゆえに、宗教団体ではないとしているのだ。
最初は数人のグループから始まったが、SNSや口コミで、「天啓」を受けた人間が徐々に集まって来ており、今では三十人程度だ。
代表者は五百蔵イオタ。
日本人にしては掘りが深く、どこかエキゾチックな印象を与える男性である。
しかし、会に所属する人々は知らない。
彼が、この星を侵略するために送り込まれた異星人であり、自分たちはその星からの洗脳電波によって極端な思考を与えられてしまっていることを。
◆◆◆
文部科学省宇宙対策室・東京多摩分室。
「神林さん、明日検診だからね。朝ご飯食べないでそのまま病院行っちゃって」
室長の国成哲夫は、非常勤職員の神林杏にそう告げた。
「わかりました。なんもないとは思いますけど」
「でも、『天啓』を受けた人との接触が神林さんにも何かしらもたらしているかもしれませんし」
と、進言したのは、同じく非常勤職員の浪越テータだ。
「この『天啓』は実験段階であると言うことを忘れないでください。しかも神林さんはレアケースです」
「そうですよね……わかりました」
「すみません、私が偉そうに」
「いや、気にしないでください。その通りだと思いますから」
この宇宙対策室というのは、異星から送り込まれている洗脳電波に対する対策を施行するための部署であり、東京都の多摩エリアで起こる事案に対応している。
その洗脳電波は、受け取った人間に対して「他者を救済せよ」と言う「使命」を与える。強烈な思い込みに支配されてしまった人間は、相手の迷惑も顧みず過激な手段に走ってしまう。天からもたらされた思い込み、と言う意味で、「天啓」と非公式に呼称されていた。
浪越テータは、その星から来た宇宙人だ。しかし、彼女は「天啓」の送信に関わっていない。彼女は、「天啓」の実行犯の部下であるようだが、折り合いが悪いそうである。地球社会を混乱に陥れ、侵略の糸口にしようとするそのやり口に反発して単身、地球に飛来。国成哲夫と出会って今現在まで多摩分室の非常勤として働いているのである。
簡易なシスター服を纏った女性、と言う外見だが、これは「擬態」であるらしく、真の姿は地球人とは似ていないらしい。
その片鱗は、追い詰められた暴れた「天啓」の被害者と相対したときに垣間見える。肩甲骨の辺りから、イソギンチャクの触手に似たものが生え、絡み合い、翼の様な形を作る。シスターを彷彿とさせる格好も相まって、その姿は「天使」に似ていた。これは排熱器官らしいので、動かすと温かい空気が起こる。
「そろそろ暑くなるから、翼出すと余計熱が溜まらないかな……」
と言う心配をしている哲夫であった。
「最近の日本の夏は酷暑ですからね……」
頷く杏。テータはきょとんとしていた。
神林杏は、その「天啓」を受けた一人であるのだが、彼の場合は他の被害者とは異なる部分が多く、レアケースとして扱われていた。
まず、受けた「使命」の内容が違う。他の被害者たちは「何でも良いから他人を救え」と言う雑な指令であり、それを「じゃあ自分を救います」とねじ曲げる人間すらいたのだが、杏が受けたそれは「人類を滅ぼすことで救済せよ」と言う実に物騒なものだった。
しかし、「天啓」を受ける直前に被害者の一人に会い、「救済」と言う言葉に対して警戒心があったせいなのか、杏はそれを拒否。人並みに「他人の役に立ちたい」と言う気持ちはあるが常識の範疇で、暴走してしまうこともない。
ただし、どういう機序かはわからないが、他の被害者たちは、杏が受けた「使命」の異常性を肌で感じることができるようで、異口同音に、「あなたは何の『使命』を受けているのですか?」と問うてくる。
よって、杏は「天啓発見器」としてこの分室と、事態の解決に貢献していると言うわけだった。
「天啓」は人間の身体の中に、結晶状の腫瘍を作りだし、そこを中心に体組織を宇宙人のそれに変えてしまう。やがてそれは地球人の身体を食い破る。だから、そうなる前に行動変容の手がかりで見つけ出し、検査を受けて腫瘍が見つかれば摘出する、と言うのが現在取られている唯一の手段だ。
この結晶は、杏の「使命」からの圧に対して感受性を持つらしく、摘出されると、もうそれを感じない、と言う事がわかっていた。
次々と明らかになっていく「天啓」の仕組み。しかし、徐々にこの侵略が社会に知られるようになってきており、いよいよ根本的な解決を考えなくてはいけない段階に入っていた……。
さて、神林杏は唯一の「『天啓』による思い込みがない被害者」でもあるため、悪く言えば観察対象でもあった。彼も他の被害者のように「天啓」を受けているなら、その体内で結晶が育つはず……と予想されるのは、特段飛躍した推論でもないだろう。
よって、杏は定期的に受診し、体内に結晶ができていないかを確認している。どれくらいの期間でできるのかと言う記録のためと、杏自身の安全のためだ。結晶が確認できれば、すぐに手術することになっている。
今のところ、それらしき検査結果は出ていない。しかし、他の被害者たちが、杏から放たれる何かを感知していると言うことは、発信しているものが杏の中にある。
予断を許さない状況であることは確かだった。
◆◆◆
翌日、杏は定期検診のために病院へ向かった。検査の常で、朝食は抜いている。最初は落ち着かないが、すぐに空腹感も麻痺する。電車に乗って、スマートフォンを見る杏は、怯えを押し殺して自分を見つめる人物に気付かなかった……。
病院の最寄り駅に到着する。ここから少し歩くので、スマートフォンをポケットにしまった。改札を出て、駅舎を出ようとすると……。
「あのう」
突然声を掛けられて、振り返った。見ると、恐る恐ると言う様子で、中年の女性が声を掛けてくる。
「はい? 僕ですか?」
「はい……あの、ちょっとよろしいでしょうか」
「な、何でしょうか……」
「あなたは『天啓』を受けていますよね?」
「天啓」。
その言葉で、杏は目を見開いた。
自分が「天啓」を受けていることを見抜いたと言うことは、この人もまた「天啓」を授かっているのだ。
「……はい。ですが、僕が受けている天啓は、あなたとは違うもののようです」
「そうですか」
彼女は杏を警戒しつつも、納得したように頷いた。
(いや、違うな、この態度は……)
確認が済んだ時の顔ではないか?
何で確認したいんだ?
「イオタ様に良い報告ができます」
イオタ様。
それを聞いて、杏はまずい相手に目を付けられたことを悟った。
「天啓」に関わっていて、「イオタ」と呼ばれる存在に、杏は一人だけ心当たりがある。会ったことはないが、浪越テータがかつて話していた、「天啓」をもたらした黒幕に心酔する異星人。
その人が名乗っている偽名が、五百蔵イオタ。本名ι0500。θ7354が「浪越テータ」になったように、彼も日本語の語呂合わせで偽名を決めたのだろう。
テータは彼を警戒していた。
「彼は冷酷……と言うよりも面白がって残虐なことに手を染める傾向があると思っていました。私はそういう彼が苦手であまり関わりたくなかった。でも、彼は私がより黒幕に近い位置にいたので、どうやら同志だと思っていたようですね」
「彼は、『劣っている者は優れている者に従うべきだ』と言う事を本気で信じていました。彼の言う『劣っている者』とは、自分と民族や出自を異にする者を指しています。彼は差別主義者なのですが、当人は認めませんでしたね」
「母星内でも差別を平然と行うような奴でしたから……」
テータのイオタ評が思い起こされる。
少なくとも、地球人にとっては相当危険な人物だと思って間違いないだろう。
しかし、どうやって杏の存在を知ったのだろうか。
「あの、イオタ様と言うのは……?」
今度は、杏が恐る恐る尋ねる番だった。相手は真面目な顔で頷き、
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