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HO5.黄金林檎を投げ込んで(6話)

3.不和の芝居

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 数日後、満岡飛鳥から哲夫に連絡が入った。北畑成美と会えるように手筈を整えてくれたらしい。

『平日に休み取れないんですけど、土日でも大丈夫でしょうか?』
「確認します」
 端末の送話口を押さえた哲夫は、テータと杏を見る。
「土日って二人出られたりする? 代休はちゃんとあるけど」
「私はこのために地球に来ていますから」
 テータは微笑んだ。杏も頷き、
「大丈夫です」

 杏も『天啓』事件の解決のためにここにいる。必要なら土曜日に出るくらいどうと言うことはない。
「お待たせしました。大丈夫です」
 哲夫と飛鳥のやりとりの末、この終末に北畑成美との対面が決定した。

「そういえば、私と国成さんがカップルという設定になるんですよね?」
 テータが言う。
「神林さんはどうなりますか?」
「神林さんには会って貰わないと困るからな」

 「天啓」を受けた人間は、滅びの「天啓」を受けた杏に対して畏怖を覚える。だから、杏と対面しないと「天啓」を受けたと確信することができないのだ。
 
「私に彼氏が二人いることにしますか」
「それはちょっとレアケース過ぎて」
「シスターっぽい人がそれはちょっと反感買うと思います」

 テータの突拍子もない提案に、二人は即座に反対した。北畑成美のやっていることはお世辞にも道徳に沿っているとは言えないのだが、こちらが「常識」と外れた設定で行ってしまうと、警戒される可能性がある。

「あ、じゃあ、僕が浪越さんの元彼ってことにしますか?」
「神林さんが元彼……こんな可愛い男の子をどうして振ってしまったんだテータ。焼けぼっくいに火が」
「今はあなただけですよ」
 哲夫の突然の与太に、ノリノリで応じるテータ。彼女は納得したように、
「でも、良いかもしれません。私と神林さんがよりを戻しそうに見えたら、北畑さんは国成さんにモーションを掛けるかも知れませんし、それで行きましょう。良いですか?」
「俺は構わない」
 哲夫は頷いた。

「ところで、国成さんは恋人さんからなんて呼ばれるんですか? 哲夫くん?」
 テータが首を傾げると、
「てっちゃん」

 即答された。どうやら、哲夫には彼を「てっちゃん」と呼ぶような女性が過去にいたようだ。それを少し意外に思う杏だが、底抜けに明るい男を魅力的に思うなら、女性もそれくらい明るい方が良いのかもしれない。なんとなく、テータの様な女性が好きだと思っていたが。

「私は神林さんをなんとお呼びすれば良いでしょうか?」
「もう別れてるなら神林くんの方が良いのかな。付き合ってた女の子には杏くんとか杏ちゃんって呼ばれてました。でも僕は杏くんと呼ばれたいかな」
 そもそも字面が女性っぽいところのある名前なので、男だとわかるように呼ばれたい……と言うのが杏のささやかな願いであった。

「じゃあ杏くんって呼びます」
 テータは屈託なく笑った。この人が元カノかもしれない、と思うと、いつも以上に可愛く見えてしまう。

(設定に結構影響されるもんだなぁ)

「じゃあ今週はこの呼び方で過ごしましょう。ぶっつけ本番だと、ぎこちなくなってしまうかもしれない。あ、どうぞ私のことはテータとお呼びください」
「浪越さんは、元の星で恋人さんになんて呼ばれてたんですか?」
 自分は、自分の星の「人間」である、と主張していたテータ。知的生命体の考えることは、星が変わっても似たようなものらしいので、多分恋愛関係もあるのだろう、と杏は当たりを付けて尋ねてみた。
「そうですね……」

 彼女は顎に手を当てて考えた。これは、地球の言葉とは似ても似つかない、母星の言語を翻訳しているときの顔だ。
「テータと呼ばれていた、と言って良いでしょう。どうぞテータと」
「テータ」
「はい、何ですか杏くん」
 ふふふ、と二人は笑った。
「ちょっと妬けてくるな」
 哲夫が冗談めかして言う。
 三角関係設定を確認し合いながら、三人はそれぞれの仕事に戻るのだった。




 当日、都内の商業施設にあるカフェに、三人はやってきていた。杏だけ先に入店し、本を読むふりをして待機する。哲夫がスマホで合図したら、彼らの傍を何気なく通り過ぎ、テータに声を掛けるという手筈になっている。

 自分たちで席を選べるタイプの店にした。顔が見える席に座ってしまうと、偶然通りかかりました、という言い訳の説得力がなくなってしまう。コーヒーを頼んで、待っている間、多摩分室の人間なら紅茶にするべきだったかな、などと考えてしまった。

 改めて、テータが、哲夫と出会った時に、彼から紅茶を振る舞ってもらい、それで気に入ったと言う話を思い出す。
「美味しいと思いますし、やはり国成さんが用意してくれた、というのが嬉しくて」
 と、彼女は語っていた。
「安いティーバッグだよ」
 哲夫は謙遜しながらまんざらでもなさそうだった。

 それ以来、多摩分室では飲み物と言うと紅茶になっている。杏も嫌いではない。ただ、社会人になってから、コーヒーの方が何故だか手頃な印象を持っているし、最近あまり飲んでいないこともあってついついコーヒーを頼んでしまう。紅茶は分室で飲むのが一番、と言う事にしておこう。

「ああ、この席で良いんじゃないですかね」
 哲夫の声が聞こえた。ボックス席の衝立に遮られて、杏の姿は見えないだろう。事前に店内の写真をインターネットで検索して、姿が見えない席を選んでいる。

「飛鳥が会って欲しい人って言うからどんな人かと思った」

 知らない女性の声がした。これが、北畑成美の声なのだろう。思ったより声は聞こえづらかった。後で話すから聞き耳は立てなくても良い、と哲夫から言われていたが、それでも杏は耳をそばだててしまう。
「紹介するね。文部科学省の国成哲夫さんと浪越テータさん」
「文部科学省の人?」
「宇宙対策室多摩分室の国成と申します」
「同じく浪越です。よろしくどうぞ」
「あ、ご丁寧に……北畑成美です。満岡さんとは大学からの友人で」
「実は、厚労省からも発表がありましたが、最近、精神的な部分にも作用する寄生虫が発生している可能性がありまして……」

 判断力の低下があり、普段ならしないような行いに走ってしまう、と言うことを簡単に説明した。嘘は一つも言っていない。全部話していないだけで。

「それが、どうも地球の生物と特徴が一致しなくて、それで文部科学省にもお鉢が回ってきたんです」
「すごい。大発見じゃないですか」
 成美は心から感心したように応じている。
「でも、どうして私に?」
「実は、これはもう国で地道に調査を続けるだけでは立ち行かない段階に入っておりまして、一般の方にもご協力を頂こうと思っていたところなんです。そこで、人脈のある方にお手伝い願えないかと思いまして……テータ……浪越が満岡さんにご相談申し上げましたら、北畑さんをと」
「成美、連絡先にいっぱい名前あるじゃん?」
「もう疎遠な人ばっかりだよ」

 要するに、寝取った男どもの連絡先、と言う事なのだろうが、成美はまんざらでもなさそうだった。どういう神経なんだろうな、と杏は疑問に思う。

 確かに、誰かと付き合っている女性が魅力的に見える、と言う経験は杏もないでもない。だからと言って自分が付き合いたくなるかと言うと……まあ相手にもよるのか。元からちょっと良いな、と思っていた女性とか……。

「寄生されると、何故か人を救いたくなってしまう……と言う症例が多く見られます。どうですか、北畑さん。そういう人に心当たりは」
「救う……うーん、元からお節介な人は何人か知ってますけど、『救う』ってほど大袈裟じゃないかなあ」
「そうですか……もし、お心当たりがあれば、名刺の番号かメールアドレスにご連絡ください」
「わかりました」
 話が終わる。沈黙が広がった。杏は自分の端末を見たが、合図はまだ来ない。

「ところで」
 それを破ったのは成美だった。
「国成さんと浪越さんはお付き合いされてるんですか?」
「えっ」

 哲夫が大袈裟に驚いて見せる。
「だってさっき浪越さんのことテータって」
「ああ、お恥ずかしい……公私は分けるようにしているんですが……ご内密に」
「はい、もちろん。でも、なんだかお似合いですね」
「自分にはもったいない女性で」
「何を言ってるんですか。私の方こそいつも彼に助けられているんです」
「それは上司だから当然だろう」
「ね? 仕事だと全然甘えてくれないんですよ」

 聞いている杏の方がドキドキしてしまった。
「浪越さんは、国成さんのことなんて呼んでるんですか?」
「てっちゃんと呼んでいます。あ、でもお仕事中はちゃんと『国成さん』と呼んでいますからね」
「へー、『てっちゃん』かー」

 さりげなく「てっちゃん」と呼んでみる成美。これは……かかったか?
「プライベートの国成さんってどんな感じですか?」
「プライベートでは疲れちゃってるのですごく甘えたさんですよ」
「ちょっと……よしてくれよ、初めて会う人に……」
「え、なんか、いがーい。可愛いところもあるんですね」
 テータと成美が盛り上がっている。

「ちょっと、失礼しますね」
 哲夫が何かをことわって数秒後、杏の端末が鳴った。メッセージアプリに、哲夫からスタンプが来ている。

『助けて』

 泣いている犬のスタンプだ。不覚にも笑ってしまう。杏は伝票を持って立ち上がった。

「あ、ごめん電話」
 それとほぼ同時に、今度は飛鳥が立ち上がった。彼女が出て行ったタイミングで、杏は哲夫たちのテーブルの傍を通りかかった。テータが通路側にいるのは、杏が声を掛けやすくするためだろう。

「あれ、テータ?」
 我ながら大根役者だと思ったが、北畑成美は別に演劇評論家でもない……筈だ。騙されて欲しいと願いながら、声を掛ける。

「え?」
 その時のテータの顔は、役者のそれだった。元々、地球人に擬態し、「外に向かう思考」としての常識を読み取ってそれらしく振る舞っている異星人。演技が下手なわけもなく。

「杏くん……?」
「知り合い?」
 やや警戒心を表したような声で、哲夫が二人の顔を交互に見ながらテータへ問う。
「ええっと、はい」
 さっきまで屈託なくのろけていたテータの歯切れが、突然悪くなる。この態度を見れば、この「杏くん」が元恋人であることは火を見るよりも明らかだろう。

「あー、その、久しぶり……だね?」
 半分本気で、半分演技でしどろもどろになりながら、
(普通今彼と一緒にいる元カノに声かけたりしないよ!)
 と、内心で悲鳴を上げる。

「何か、ご用でしょうか?」
 哲夫が完全に警戒の目でこちらを睨む。演技であったとわかっていても、杏は少し苦しい気持ちが胸を満たすのを感じていた。

 杏が加入する前からできあがっていた、テータと哲夫のバディ関係。自分が、二人と同じくらいの親密さを築けていないことは、今まで何度も思い知らされてきた。

 それと同時に、親しくなりたいと言う、二人に対する慕情のようなものもずっと抱えている。

 慕情と嫉妬心、両方を二人に対して覚えている。

「いえ、知った顔なので……声を掛けただけです。いけませんでしたか? それは僕と彼女の問題だと思いましたけど」
「杏くん、そういう言い方やめて」
「僕だって、突っかかられなかったらこんな言い方しないよ」
「ちょっと、外出よう」
 テータが立ち上がった。
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