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HO4.ほら吹き男爵(5話)

2.イオタ0500

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 救急車で運ばれていく男を呆然と見送ってから、陽助ようすけは帰宅した。現場では、救急要請をして応急手当を試みていた通りすがりの客がテキパキと救急隊員に引き継ぎをしていたのを、真っ青になって眺めることしかできなかった。
「看護師です」
 通報者が救急隊に自分の身分を説明するのをぼんやりと聞いている。
 ああ、看護師さんなんだ。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫ですか?」
 一番近くで、その瞬間を目の当たりにしてしまった自分に、親切な人が声を掛けてくれる。
「な、なんとか……」
「顔色悪いですよ」
 顔色が悪い。彼もそう言って気を遣ってくれたのに、自分は彼に何をして上げられただろうか。
 ただただ気まずかった。結局、処置も看護師の客に任せっぱなしで、自分はただショックを受けて呆然と座っていることしかできなくて。
 何かしたかった。
 そんな、無力感を覚えて陽助は帰宅した。妻に起こったことを話すと、「情けないわねぇ」とさほど興味を持たぬ様子で返される。
 その晩。
 陽助は「他者を救済せよ」と言う「天啓」を受けた。
(『救済』……あの人もそう言っていたっけ。もしかして、あの人もこの『天啓』を受けたのかな……)
 恐らく、そうなのだろう。彼は具合の悪い人を「救済」することを、とても重く捉えているようだった。もし、あれが「天啓」を受けたためだったのなら……それも当然なのかもしれない。こんな「天啓」が自分の身に降りてきたのなら。
 今度は、僕がやらないといけないのかもしれない。
 「天啓」を受けた彼は、その「救済」の対象として自分を選んでくれた。
 それに報いたい。
 だから、今度は僕が救ってあげないと。



  文部科学省宇宙対策室・東京多摩分室にて。
「彼の名前はιイオタ0500。黒幕に心酔し、それ故に他の星の全てを軽視している者です」
 テータは三人分の紅茶を淹れると、きょう哲夫てつおにソファを勧めて話し始めた。杏は申し訳程度に紅茶に口を付けて、話の続きを待つ。テータの母星で、同僚だったと言う宇宙人の話だ。
「彼は冷酷……と言うよりも面白がって残虐なことに手を染める傾向があると思っていました。私はそういう彼が苦手であまり関わりたくなかった。でも、彼は私がより黒幕に近い位置にいたので、どうやら同志だと思っていたようですね」
 嫌そうな顔をする。
「彼は、『劣っている者は優れている者に従うべきだ』と言う事を本気で信じていました。彼の言う『劣っている者』とは、自分と民族や出自を異にする者を指しています。彼は差別主義者なのですが、当人は認めませんでしたね」
「その、『劣っている者』には地球人も入るってことですか?」
 杏が首を傾げると、テータはため息を吐きながら頷いた。
「地球に限らず、他の星に生息する全ての生命体ですね。母星内でも差別を平然と行うような奴でしたから……」
 そこで彼女は顔を上げると、いたずらっぽく笑い、
「そういえば、私たちも自分の母星を『地球』と呼んでいるんですよ」
「えっ! そうなんですか?」
「大地の星ですからね。とはいえややこしいので、今いる星を『地球』と呼びましょう」
「SF映画とかではよくよその星に名前が付いてるが、あれは地球側から勝手に識別のために付けただけで、星側から名乗ってるわけでもないしな」
 哲夫がしみじみと言う。知的生命体が暮らす惑星を地球人はまだ見つけていないので、テータの星も地球が知っている筈もなく、当然名前はついていない。
「地球はなんて呼ばれてるんですか?」
「『知的生命体が住まう第358惑星』ですね。358星と呼ばれることもあります」
 他に357も知的生命体が暮らす惑星があるのか。それを、テータの星は発見しているのか……と思うと、技術の発達は素晴らしいようだ。そうなら、地球を見下してくる者が出てくるのはわかる。わかるが、杏は納得するつもりはなかった。
「神林さんと出会う少し前にですね、向こうから接触してきたんです。彼も人間に擬態していました。私が星を飛び出したことを彼は知っていたので、私がいること自体は驚いていませんでしたが、地球に味方していることには驚いたようでした。国成くになりさんにも、ずいぶんと失礼なことを」
「何を言われてるか全くわからなかったけどな」
 一体何を言われたんだろう。
「私が国成さんに協力するのは間違いで、自分と組むべきだ。地球を内側から混乱させるべきだと、彼はそう言いました」
「あの時の浪越さんはすごい剣幕だったな。宇宙語で喋ってたから俺は何もわからなかったが、彼の言うことに浪越さんがすごい勢いで反論してるのはわかった」
「ああ、そういう……」
 哲夫に聞かせたくなかったのか、あるいはイオタが哲夫を軽視して最初から母星語で喋ったのかはわからないが、恐らくテータの方もかなり強い言葉を使ったのではないだろうか。地球人に擬態している今、彼女はシスター然とした格好も含めてかなり礼儀正しく振る舞っているが、彼女にも罵倒したい時くらいあるだろう。
 彼女はいつも言っている。「私も私の星での人間なんです」と。
「私はもちろんお断りしました。二度と私に近付かないで欲しい。そう言って私たちの方から彼から離れました」
「うん。そうだった。浪越さんが俺の肘を掴んでずんずん歩いて行ったのを覚えてる」
 哲夫はどこか楽しそうに思い返す。
「すみませんでした。でも、手とか手首を引っ張ると怪我をしそうだったので……とにかく、そういうことがあったので、少なくとも一人は、黒幕の手先が送り込まれています。もしかしたら、日本だけでなく、世界各地にいるかも」
 この「天啓」の対象地域は地球全域であるので、当然他の国でも起こっている。しかし、わかりやすい法治国家ならともかく、国内の情勢や政治体制が不安定な国では被害の状況がよく把握できていないらしい。
「もちろん、浪越なみこしさんのことは伏せている。そんなことが知られたら、他国から協力を要請されそうだからな……」
 政治的な駆け引きというやつなのだろうか。しかし、大国が圧力を掛けてテータが連れて行かれてしまったら……それが、捜査協力ではなくて、監視目的の監禁になるかもしれないし、悪ければ研究対象にされてしまうかもしれない。
 だから、テータの存在は伏せておく。しかし、背中から有機体の翼を生やしたテータの存在も、恐らく噂になっているだろうから、知られるのも時間の問題かもしれない。
「ひとまず、イオタのことも他の国のことも、今俺たちにはどうしようもない。俺たちにできることは、目の前にある仕事を一つずつ片付けていくことだ。と言う事で、次の被害者らしき人物を調べに行こう」

 「天啓」を受けることで「他人を力尽くで『救済』しようとする」ため、最初に目に付くのは迷惑行為なのだが、迷惑行為自体は「天啓」なんかなくたって起こりうる。そもそも「私があなたを救ってあげる」と言う行き過ぎたお節介も同様だ。人間は多かれ少なかれ救済願望を持つ。それ自体は社会貢献になることもあるので善し悪しは時と場合による。
 なので、まずは聞き取りを行いつつ、杏と対面させ、彼に対して畏怖を覚えているようであればこれは「天啓」をもたらされた被害者とみて良いだろう、と言うのがここ最近の仕事の進め方だった。公的機関の介入は、被害者たちを焦らせることにもなるので、その後行動に移そうとする者も多い。その予兆が見えた場合は、行動を観察して止めに入るのだが、この段階で有機体が出てきてしまうことはよくある。

 こちらも声を掛ける都合、あまり人気のないところで足止めをするので、今までは大した騒動にもならず、テータが取り押さえて哲夫か杏が救急車を呼ぶので、一般人が介入する余地はなかった。「何かあったのかな」くらいだが、まさか謎の有機体が人体を突き破っているとは思わなかっただろう。
 とはいえ、人体から何か出てきている、くらいのことは見えるだろうから、そういうものを見た人がSNSの書き込みをしていると見られる。
「今週の木曜日には外出しての接触がある。三時に出発するつもりだからよろしく」
「はい」
「わかりました」

 それから三日後の木曜日、三人は予定の時間に事務所を出て行った。
 今回の被害者候補は、都内の小学校に通う生徒の保護者であるらしい。四年生に一人、一年生に一人、子供が通っているが、どうやら他の保護者に対して非常にお節介であるようだ。お節介は時として助けになることもあるが、相手にとって過剰だと迷惑行為になることもある。主に育児方面のことで過剰なアドバイスが多いらしい。
「あなたのためを思って言ってるのに」
 と、苛立ちを表明することもあるらしい。それが今年からだと言うのだから、「天啓」の影響を考えるのはそうおかしな事でもないだろう。
「一年生か……」
 哲夫が呟いた。
「どうしました?」
 杏が首を傾げる。
「ああ、いや。今年から一年生の下の子が入ったなら、上の子が一年生、つまり小学校が初めての保護者もいると思って」
「なるほど。子供は同じ歳だけど、保護者としてはその人の方が歴が長いから、お節介してしまう、と言うわけですね」
 テータが納得したように頷いた。つまり、その人物は、長子が一年生として入学する保護者に比べて「先輩」になるという理屈なのだろう。
「うん。新一年生側も、保育園や幼稚園の時からの付き合いができあがってて、近所同士ならそのまま同じ小学校に上がることもあるわけだから、育児情報の交換や悩みの相談はそこでしてることもあるんだよな」
 既存の人間関係に入るのなら、それなりの時間や手順と言うのが必要であるし、保護者同士であるなら「対等」でなくてはいけない。仮に経験が多かったとしても。
「実際そういう人間関係のトラブルは少なくないからな。そこに『天啓』が絡んでいたら……」
 学校でそんなことになったら大変だ。以前、中学校の教師が「天啓」を受けており、放課後の学校で有機体に突き破られたことがあったというが、その保護者が学校に来ているなら、他の親たちも来ているだろうし、人が多い中でそうなってしまう可能性もある。
「それで、その人とはどうやってコンタクトを取るんですか?」
 杏が尋ねると、哲夫は腕時計を見た。
「今日は保護者会らしいんだ」
 一年生。つまり、その人ととトラブルになりかかっている他の保護者も来ていると言う事だ。
 もしその保護者が「天啓」を受けているならば、早く治療に繋げなくてはならない。
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