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HO3.あなたの一番のユーザー(5話)

2.慣れない土地

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 香菜美かなみはコミッションサイトのユーザーだった。そこで見つけたイラストレーター、「犀東さいとうかやこ」にイラストを依頼した。最初は納品されたものに対して無邪気に喜んでいた。この人は自分の拙いリクエスト文からここまで読み取って描いてくれるんだ。この人は私のことをわかってくれる。
 嬉しかった。
 けれど、ある時、納品されたものにリクエスト文との相違があった。香菜美はリテイクを出した。そこはどうしても譲れない所だったから。かやこもそれを了承し、謝罪の言葉と共に修正されたイラストが納品された。
 きっかけはそんな些細なこと。それから少しして、SNSでかやこに依頼している他のユーザーの投稿を見て、急に不安な気持ちになった。
『いつもこの怪文書みたいなリクエストから拾ってくださってありがとうございます!』
『犀東さんに頼んで外れたことはない。またお願いしたい。』
『リクエスト文からの解釈がすごい。よくここまで読み取ってくれたなって。』
 他のユーザーにはリテイクがいるようなものを納品していない?
 私だけ?
 もしかして、私嫌われた?
 だからいい加減なものを納品したんじゃなくて?
 何か嫌われることを書いてしまっただろうか。香菜美は自分が今までに書いたリクエスト文を読み返したが、どうしてもわからなかった。SNSでやりとりをする他のユーザーに相談してみたが、「気にしすぎ」と一蹴された。
 どうしてこの不安をわかってくれないの?
 そこから、香菜美はリクエスト文でかやこを試すようなことを始めた。このリクエスト文からこう読み取れる筈。私が嫌われていなければ読み取ってくれる。だって、犀東さんは私のことわかってくれるから。
 けれど、かやこはそこから読み取れる筈の内容を一切無視したものを納品した。リテイクを申請したが、「リクエスト文に書かれていないものは反映できない」として断られた。事務局にも問い合わせたが、答えは同じだ。
 どうして? 前はしてくれていたのに、他の人にはしているのに、どうして私にだけしてくれないの?
 香菜美は嫌われたかもしれない不安と、自分の言い分を認めてもらえない悲しみと、態度が変わったかやこへの困惑で心臓がきゅっと縮む様な気持ちになった。
 もう、こんな思いをするなら、犀東さんへイラストを頼まない方が良いのかも。でも、私は犀東さんの絵が好きだし……思考は堂々巡りする。
 そんな折、彼女は職場で休憩中に「天啓」を受けた。
『あなたに使命を与えます。あなたの使命は、人に「正しさ」を教えること』
 そうか。私が犀東さんに「正しさ」を教えてなくちゃいけないんだ。このままじゃ駄目。犀東さんの絵で喜んでいる人がいるのに、これから私みたいな人が出てしまうかもしれない。そんなことは
 助けてあげなくちゃ。これはそう。
 私の「使命」。



 江藤えとう和也かずやの面会に来た、と伝えると、受付のスタッフはどこかに電話した。病棟だろう。
「江藤さんのご面会でお約束の、文部科学省の国成様がと他二名様がお見えです……はい、はい……わかりました。さくら病棟にご案内します」
 どうやら、和也はさくら病棟と言うところに入院しているらしい。受付の職員が事務室から出てきて、三人を案内してくれた。病棟のナースステーションに着くと、彼女は看護師に引き継いで去って行く。
「さくら病棟師長の山崎やまざきと申します」
 年の頃は四十代前半だろうか。物腰柔らかな女性看護師が応対してくれた。
「江藤さんのお部屋はこちらになります」
 どうやら個室であるらしい。最近は多くの病院がそうだが、感染症対策として面会は予約制で人数制限もあるが、今回は国の調査と言う事もあり、特例で複数人が認められた様だ。
 テータは興味深そうに病棟の中を見回した。廊下を移動している患者に「あらシスターさん?」と声を掛けられると、笑顔で会釈する。テータは擬態に加えて、「地球人の外に向かう思考」……要するに常識とかそういうものを読み取ることもできるようで、地球人としておかしくない振る舞いができる。尤も、テータ自身、自分の星では「人間」であり、社会の一員である。彼女の母星の常識は地球のそれとさほどかけ離れていないのか、はたまた常識の重要性は同じなのか、今のところテータが突然とんでもない奇行に走ったことはない。哲夫からもそんな話は聞いていない。
浪越なみこしさんって何でもできるよなぁ)
 きょうは小さな劣等感を膨らませる。彼女を嫌いになりたいわけではない。ただ、「滅びの天啓を受けた者」として鳴り物入りで加入したのに、さほど役に立ててない現状に小さな焦りを感じている。
「江藤さーん」
 やがて、山崎師長が一つの扉の前で立ち止まり、ドアをノックした。部屋の横のプレートには、「江藤和也様」と書かれている。
「はいー」
 呑気とも取れる声が返ってきた。杏たちが来ることも、その時間も聞いている筈だから、このノックの後ろに杏たちがいることはわかっているだろう。それでこの呑気な声とは。この前あんなに喚いていたのに。
「お約束の国成くになりさんたちがお見えになりました」
「失礼します」
「失礼します」
「お、お邪魔します……」
 ぞろぞろと入っていく。和也は右腕を包帯で覆われた状態で、左腕から点滴を入れているようだった。
「先日お目に掛かった、文部科学省の国成です。覚えておいでですか?」
「同じく浪越です。先日は失礼しました。お加減はいかがでしょう?」
神林かんばやしです。大丈夫ですか?」
 三人が口々に尋ねると、和也は困り笑いを見せた。
「覚えてます。この前はすみませんでした。助けてくれてありがとうございます」
 彼は三人の顔を順繰りに見て、謝意を伝える。自分もその中に入っていることを知って、安堵する杏。
「良かった。生きてて」
 杏は思わず呟く。和也は微笑んだ。
「その様子だと、もう神林さんに『怖い』と言う感じはしてなさそうだな」
 哲夫が指摘すると、和也はきょとんとした。
「そういえばそうですね。あのときは、なんか『使命』のことで頭がいっぱいだったからかな。今は全然……と言うと失礼かもしれませんが」
「実は……」
 そこで、哲夫が簡単に事情を説明した。当然、術前か術後には「天啓」と彼の状態についてのことを説明されているだろうが、恐らく杏が持っている「天啓」と、それに被害者たちが畏怖を覚えることは説明されていないだろう。和也は真面目に聞いていたが、その顔に段々と困惑が広がっていく。
「神林さんが、人類を滅ぼす?」
「神林さんはその『天啓』を拒んでおられます」
 テータが補足した。
「どうも、彼は『天啓』を受け取っただけで、それに対して使命感のようなものは持っていない。ですが、江藤さんの様な『天啓』によって使命感を抱かされてしまった人は、神林さんが受けた『天啓』の異常さを感じ取れるようなんです」
「そうなんですか……」
 和也は心配そうに杏を見た。その心配は、杏が人類を滅ぼすかどうか、ではなくて、彼の身を案じている様に見える。
(優しい子だな)
 元々、和也は結婚生活で大変な目に遭った姉を案じていた。そこに「天啓」を受けてしまい、異常な行動に走っていたわけなので、彼が人に対する思いやりの気持ちを持っていると言うことは不思議でもない。ただ、優しさを向けられるのは素直に嬉しかった。杏は表情を緩める。
「大変ですね」
「今のところは、大丈夫です」
「それで、身体から結晶を取り除いた人は彼に対して畏怖を覚えるのか。それが知りたくて、本日は江藤さんのお時間を頂いた次第です」
 哲夫が締めくくった。彼は心配そうな顔を作り、
「お加減はどうですか?」
「ん、なんとかって感じです。右手は上手く動かないけど……」
 筋肉の大部分をあの有機体に作り替えられているのだから、当然だろう。これから筋肉の移植術も検討されているようだが、杏に医学の難しいことはわからない。ただ、快方に向かうことを祈るばかりだ。
「……そういえば、浪越さんも『天啓』を受けているんですか?」
 和也はどこか警戒するような目でテータを見た。あのとき、テータは和也にも言った。「自分は自分の星の人間である」と。聞こえていないのか覚えていないのか。しかし、彼女が背中に、自分の指から飛び出した有機体と同じものを生やしていたことはわかっているのだろう。
「私は、その『天啓』をもたらした異星人の部下です」
 彼女は正直に言った。和也は警戒を強め、困惑を再び覗かせる。
「そんな人が、どうして……?」
「彼女は『天啓』を下している奴に反対して星を飛び出してきたんだ。情報提供と、君たちがあんな風に実力行使に出た時に取り押さえることで貢献している。実際に、体内に結晶ができるということを最初に教えてくれたのは彼女だ」
 哲夫がやや早口で割り込んだ。彼は、テータが悪者にされることを恐れている、と杏は思った。和也はどこか納得しきっていない顔をしているが、実際に自分の身体の中に結晶はあったわけだし、彼女が暴走と呼べるような行為に走ろうとした自分を止めたのも事実で、強く出られないのだろう。
「不信に思うのもごもっともです。ですが、あなたもご自分の所属する集団の行いが『間違っている』と感じることはあるはずですよ」
 テータは穏やかに言った。
「それと同じ事です」
 不正を内部告発するとか、政策に反対するとか。人類は同じ集団に所属していても一枚岩ではないと言うことは、どこでもあることだ。
「それはそうですね」
 心から納得したかは別として、和也はひとまず、表面上はテータを糾弾しないことにしたらしい。
「その、頑張ってください。全然違う土地に来て、大変だと思いますけど」
「ありがとうございます。励みになります」
 異星の人間はにこりと人の良い笑みを浮かべたのだった。
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