人造人間の運命の人2

三枝七星

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人造人間の運命の人2

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 やっぱり終電には余裕だからまだマシな方。
 そんな軽口を継続して社交辞令として使ってしまう自分が、やっぱりほとほと嫌になってくる。

 田辺たなべ純也じゅんやは自宅最寄り駅で電車を降りると、ICカードでをかざして改札を出ながら溜息を吐いた。
 役員人事が発表され、雲の上の人員が入れ替わると、会社の方針が様変わりを見せた。今までは社員を甘やかしすぎた、貢献できないなら去れなどと、時代錯誤も甚だしい高圧的な方針で各部署を圧迫し始め、退職者が続出。純也の部署もそうだった。先月も一人見送った。
 それまでは、残業はありながらも常識の範囲内だった。けれど、部署人員が減ってからは、当然残業時間はうなぎ登りに増えている。

 青息吐息で毎日を送りながら、今後の事を考える日々だ。
 もう辞めてしまおうか。
 でも、そうしたら残された同僚たちはどうなるのか。
 自分も次の仕事はすぐ決まるのだろうか。

 そうやって、変化への恐怖を回避するために言い訳を並べ、悩んでいる間に事態が好転することを祈る。

 歩道橋の階段を昇りながら、つい先日、ここで遭遇した「人造人間」のことを思い出した。そう言えば、あの日も金曜日だった。
 SF風成人向け小説みたいな話だが、その人造人間は、「性的な奉仕」を行なうために作られたのだと言う。
 研究室生まれ研究室育ちの彼に、野生(?)の人間の姿を学んでもらおうと人里に放たれたのだが、誰彼構わず性的なご奉仕の話をしては警察に通報されてしまう、と考え、純也に負けず劣らず残業時間が大変な研究者達は「妙案」を考えついた。
「あり得ないようなステップを『運命の人の条件』にしちまおうぜ。これなら誰かとっ捕まえて抱いてくることはねぇだろ」
 が、純也はその人造人間とぶつかりそうになりたたらを踏んだ。その足取りが丁度設定されたものと同じであり、人造人間はいたく感激して「あなたが僕の運命の人ですね!」と大喜び。二人はホテルのベッドにゴールインしたと言う訳である。
 フィードバックで改善するから連絡先を教えろと言われて携帯端末の番号だけ教えたが……その後連絡は来なかった。
 やっぱりただのワンナイト目当てだったんだろうか……と思い始めて幾星霜。今日も今日とて大残業。道行く人は意気揚々。

 と、その時だった。

「田辺純也さんですね?」
 スーツの男たちが数人、自分を囲む様に立ち塞がったのは。
「えっ……?」
「我々と一緒に来て頂きましょう」
 皆揃いも揃って眼鏡とマスクだ。まるで顔を隠すかのように……。
 歩道橋の真ん中でそんな……。
 自分が何をしたと言うのだ。こんな不審な男たちに囲まれるようなことをした覚えはない。
 ちらり、と道路の下を見る。あの人同じように、やはり天の川のようなヘッドライトが流れていく。映画じゃあるまいし、ここから颯爽と飛び降りて逃げるのは無理だ。
「別に危害を加えるつもりはありません」
「悪い様にはしませんから」
「さあこちらへ」
 多勢に無勢である。こんな怪しい風体ふうていの男たちから出る言葉として、あまりにもお決まりであり、そうであるために欠片も信憑性がない。
 だからこそ、純也はついて行かざるを得なかった。

 付いていった先には……一台の乗用車があった。
「さあこちらに……」
 一人が助手席のドアを開けると……。
「いや、助手席は下座なんで。上座は運転席の後ろです」
 別の一人が口を挟んだ。水色のネクタイをしている。助手席を開けた方……黒いネクタイはきょとんとして、
「え? いやいや、だって後部座席って三人座るでしょ? 狭くない? 助手席の方が快適だって」
「まあそう言う考え方もあるかもしれないけど、酒井さかいくん左折するときに『ちょっとそっちも見といてくださいよ』とか言うじゃん? お客さんにやらせんの?」
 それまで黙っていた緑のネクタイは水色ネクタイに味方した。
「いやだったら水野みずのさんが後ろの左で見てくださいよ」

「何の話?」
 純也は思わず口を挟む。
「別に左折の時の確認もするし席次にこだわりないけど、あなたたち何なんですか?」
 彼らは目を見交わした。その顔には、
「そう言えば名乗ってなかったわ……」
 と書いてある。
「失礼しました。我々はこう言うものです」
 水野と呼ばれた緑ネクタイが、内ポケットから名刺入れを取り出し、純也に一枚、差し出した。

『Sバイオテクノロジー 生体開発部 課長補佐 水野雅之みずのまさゆき

「バイオテクノロジー……生体開発部課長補佐……?」
「一応研究職ではあるんですが、こうやって渉外も行なっております」
「何の渉外ですかね……?」
 純也が、本当にわけがわからない、と言う顔で問うと、彼らはまた顔を見合わせた。
「そう言えば説明してなかったわ……」
 と言う顔をしている。
「先日、あなた人造人間を名乗る男と会いませんでしたか?」
 水色ネクタイが言う。その意味はすぐわかった。
「え? 彼?」
「ホテル行ってヤったんですよね?」
 そのあまりにも直截ちょくせつな物言いに、今度は純也の方がたじろいだ。
「いやいや、安藤くん、君ちょっとそれは言い過ぎだって。身も蓋もないじゃん」
 酒井と呼ばれた黒ネクタイが
「いやだってあいつそのための、じゃないですか」
「もうちょっと繊細さって言うのをさ」
 それは自分にまったく説明せずに車まで連れてきた奴が言うことなのか。純也には何も言えなかった。
「とりあえず、続きは車の中でよろしいでしょうか? もう上座とか下座とか関係なく、座りたい席に座ってください」
 水野が話を切り替えた。課長補佐であり、この三人の中では一番格上らしい。さすが課長補佐だ……と思いつつ、
「それじゃ運転席の後ろで……窓が右手で開けやすそうなので……」
 黒いネクタイに気を使って、純也は言葉と席を選んだ。

 運転は酒井がした。「ちゃんとしたお話は社の方で」と水野が言う。と言うことは、これから彼らの会社に連れて行かれるのか……。
「皆まだ残業してるんですか?」
 他人事に思えず尋ねてしまう。
「ええ、まあ……泊まることもありますね……」
 水野は目を逸らした。
 なんとなくそうだろうなとは思っていたが、彼らは初対面の相手と話すのはあまり得意ではないらしい。微妙な沈黙を保ったまま車は走り、やがてSバイオテクノロジーと看板が出ているビルの地下駐車場に入った。
 その間、純也はずっと「人造人間」の彼の事を考えていた。
 彼にまた会える、と思うと胸が高鳴ってしまう。
 たった一度、行きずりで、身体を重ねただけの。人造人間を名乗る不審者でしかなかったが、彼はとても優しかった。純也を扱う手付きも、眼差しも、言葉も。
 他人を優しく扱う事を求められ続けてきた。周りの人間も優しかったけれど、あそこまで宝物の様に扱われたのは初めての様な気がして、その甘さと温かさに、純也の心は囚われている。
 早く会いたい。

「あ、すみませんがここからアイマスクしてください」
 安藤が新品のアイマスクのビニール袋をバリバリと開け、純也の頭に掛ける。
「一応機密なんで。ここのことも他言無用でお願いします。あとでサインしてください」
 先に言えよ。怒りを通して、逆に面白くなって笑ってしまった。


 アイマスクを外されると、そこは誰かの個室だった。
 白い壁の部屋に、テレビやパソコン、本棚など、ありふれた家具が並んでいる。
 もちろんベッドも。そこに一人の青年が腰掛けていた。彼は……間違いなく、あの時純也を運命の人だと言った「人造人間」の青年だった。
「あ、酒井さんお帰り……」
 彼は酒井に挨拶しようとして、純也に気付いた。驚いた様な顔をして、すぐに笑顔になる。 
「あっ、純也さんだ!」
 彼は主人が帰ってきた犬の様に駆け寄った。
「こんばんは!」
「挨拶を時間で使い分けることができるようになりました」
 ちょっと誇らしげな酒井。安藤はむすっとしているし、水野は恐縮しきりだ。青年は純也を抱きしめる。
「元気でしたか?」
「元気だったよ。君は?」
「俺も元気です。ここにいれば元気だから」
 どうやら、人造人間と言ってもここで「保護されている」と言うか、人間的な扱いを受けているらしい。この外見年齢で持っているべき常識がないのと、その用途から外に出すとまずい、と言うだけで、社員達は彼を皆息子や弟の様に思っているらしかった。
「いや、驚きました……『ねえ水野さん、決まった人いたよ!』って意気揚々と帰ってくるから……」
 前回、純也と出会った後のことだろう。それは驚くに決まっている。
「申し訳ありませんでした」
 深々と頭を下げる水野。
「正式なお詫びはまた上から。今日は取り急ぎのお詫びと言うのもありますが、彼があなたを恋しがっているので、会っていただきたかったと言うのもあります」
 それを聞いて、純也は言葉を詰まらせた。
 自分も会いたかったから。
「……彼の名前を教えてください」

 便宜上、「ゆたか」と呼ばれているらしい。彼は純也にぴったりくっついて離れようとしなかった。安藤は面白くなさそうな顔をしている。
(もしかして、安藤さんも豊のことが好きなんだろうか……)
 この、どこか純也を敵視するような顔は……。
「まあ、豊も積もる話があるだろうからね。田辺さんが良ければ、ちょっとお話して言って頂けないでしょうか」
「構いませんが……」
「ここはホテルじゃないですからね」
 安藤がぴしゃりと言いつける。
「こらこら安藤くん。じゃ、我々はこれで」
 後は若いお二人で……と言われないのが不思議なくらいのテンションで、三人の社員は出て行った。
「弟取られたみたいなツラするなよ」
 酒井が安藤の頭を小突く。なるほど、弟に彼氏ができたような感覚なのか。

 彼らが出て行くと、二人は並んでベッドに座った。そこしか二人で座れる場所がないのだ。
 先日のことを思い出すと同時に、安藤の鋭い視線と「ホテルじゃないですからね」と言う言葉が思い起こされる。彼の言うことは正しかった。
「何だか、今日も疲れてますね?」
 豊が顔を覗き込む。その顔には「どうする? ご奉仕する?」と書いてあったが、
「安藤さんに怒られるよ」
「どうしてですか?」
「ここでそう言うことしちゃ駄目なんだって」
「なんでだろう」
 人造人間は首を傾げる。やはり、まだそう言った空気を読むというか、TPO的な部分は未熟らしい。
「でも安藤さんが言うならそうなのかな。残念です」
 その代わり、純也は豊の手を握った。指を絡めると、相手は目を瞬かせてこちらを見る。
 感情もまだ未熟に見える。穏やかのようで、その実それは欠落なのだろう、と思う。

 その内……豊が今以上に感情を覚え、行為の中での駆け引きを知るようになったら。
 あんな風にひたすら優しいだけではなく、狂わせるような、内なる火に油を注ぐようなこともされるのだろうか。
 そう考えると、身体の内、腰の中が熱くなるような感覚を覚える。
「俺も会いたかったよ」
 これくらいなら良いだろう。抱きしめる。豊もひし、と抱き返した。
 服越しに、温かさ。
 何気なく、相手の顔を見ると、彼もまたこちらを見ていた。欲の欠片もない、暖かな眼差し。自分の目は彼にどう見えているだろうか。
 唇を重ねる。これ以上は駄目だと自分に言い聞かせながら、少しの間、先日の記憶と、再開の喜びに浸る。

 その後、水野が様子を見に来てしまい、安藤に怒られる、と中間管理職に頭を抱えさせる羽目になったのだがそれはまた別の話。
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