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第13話 きっかけ

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 浅見は意識を取り戻すと、ついていた看護師に、真っ先に森澤のことを尋ねた。
「天パで眼鏡で作業着の人、いなかった?」
「あ、お付き添いの方ですね」
 こう言うときに、森澤の特徴的な容姿は役に立つと浅見は思った。看護師は続ける。
「さっき警察の人がお見えでしたから、まだお話し中かな。ちょっと、面会して良いか先生に聞いて、探して来ますね」
 警察、と言うワードに首を傾げるが、事情を知らない人間からしたら、自分のこの怪我は事件だろう。森澤が疑われていないと良いが……そこまで考えて、自分が証言すれば良いのだと言うことに思い至る。どうやら、自分もかなり動揺しているようだった。
 やがて、廊下を2人分の足音が近づいて来た。こちらのお部屋です、と看護師が扉を開く。血相を変えた森澤が飛び込んできた。
「浅見さん!」
 笑っている浅見を見て、少しほっとした様子だった。
「森澤さん……あんたは大丈夫だったんだな」
「ええ、自分は無事でした。お加減いかがですか」
 そう聞いてから、少し気まずそうになったの「良いわけがない」と思ったからだろう。浅見は微笑んで、
「いや、多分、森澤さんが思ってるより良いよ。頭はちょっと痛いけど」
「何があったんですか?」
 森澤が低い声で尋ねると、浅見も少し間を置いてから、
「後ろに冷たい気配を感じて、振り返ったら彼女がいた。びっくりしてたら思いっきり押されてね。それでこのていたらくだよ。ただ、CTも脳波も異常なしだから、すぐにどうこうってことはないらしい。頭だから今後どうなるかはわからないけど、とりあえず危機は脱したかな。すぐに助けてくれたおかげだよ」
「とんでもありません。こちらこそ、浅見さんを危険に晒してしまって……」
「良いの良いの。俺が首突っ込んだようなもんなんだからさ」
 そう言って肯くと、森澤は安心した様だった。それから、はたと思いついたように、
「ロボットを倒したのは誰ですか?」
「俺だよ。あそこは図面にないから、探しに来てもわかんないと思って……その時、森澤さんが倒したり押しのけると警報が鳴るって言ってたの思い出して、倒した」
「おかげで助かりました」
 浅見の機転のおかげで、森澤はすぐに彼を見つけることができたのだ。ロボットの位置情報だけなら、森澤も動揺から隠し部屋を探し当てることができなかったかもしれない。
「そう言えば、ロボットはどうなったんだ?」
「警察に押収されました」
 証拠品だ。事情聴取の時に、マニュアルも渡した。明日にでも映像の解析がされるだろう。結果は森澤も知りたいところだが、教えてもらえるだろうか。返却もいつになるやら、というところだ。
「それと、あの事件を調べてくれた友人が、連絡をくれました。幽霊の目撃談が出始める少し前、4階で心臓発作を起こして倒れたおばあさんがいたそうですね」
「そんなことあったっけ?」
 全然覚えていなかった。「それも幽霊の……?」
「いえ……」
 森澤は少し躊躇ったようだったが、やがて意を決したように口を開く。
「これはあくまで仮定の話です。幽霊がいる、と言う仮定です。自分は幽霊を見ていませんので」
「何だよ」
 必死に前置きをする姿が面白くて、浅見は苦笑した。森澤はややばつが悪そうにしていたが、やがて、
「逆じゃないでしょうか」
「逆?」
「つまり、倒れてすぐに救急車を呼ばれた女性を見て、自分は何故救急車を呼んでもらえなかったんだろうと言う、彼女の無念が刺激されたのではないかと自分は考えます」
 言っていることは全然科学的じゃないのに、妙に理系っぽい言い回しで伝える森澤の仮説は、疲れが出て徐々に眠くなっていた浅見が理解するのに少し時間が掛かった。
「……そうか……私にも呼んで欲しかったのに、って言う無念か」
「はい……」
 沈黙が降りた。薬物中毒を起こして苦しんだ彼女は、恐怖の中で死んだのだろうか。仲間たちが救急車を呼んでくれると信じて。そう考えると、なんともやりきれない気持ちになる。
 浅見の瞼が徐々に重くなってきた。それを見て取ったのか、森澤は微笑んで、
「今日はゆっくり休んでください。また来ます。お大事に」
「うん……」
 スツールから立ち上がる森澤の背中を見ながら、浅見は思いついたことを口にしていた。
「……それじゃ、今日俺が救急車呼ばれて、もっと悔しかったのかな……」
「……え?」
 森澤が強ばった顔で振り返ったのを見ながら、浅見は眠りに落ちて行った。
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