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第12話 救急搬送

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 警備員が不審者に襲われた様だ。森澤がそう通報すると、すぐにパトカーと救急車が駆けつけた。あっという間に、廃ビルの前は賑わいを取り戻す。それが緊急車両のためだと言うのがなんとももの悲しくはあるが。
 森澤は簡単に、廃ビルを借りた警備ロボットの実験中だったこと、N田セキュリティが協力してくれて、浅見がロボットについて行っていたことを話す。担架を出した救急隊員は、止まっているエスカレーターを森澤の後を付いて上がって来た。懐中電灯で照らし、隠し部屋に辿り付く。
(あれ?)
 ロボットの顔の向きが、最後に見た時と違う気がする……けれど、確証はないし、今は何より浅見の搬送だ。救急隊員がしゃがみ込んで浅見に呼びかけている。バインダーに紙を挟んだ警察官が、何やらやり取りをしている。やがて、浅見が担架に乗せられた。ロボットの顔の向きについては、すぐに森澤の頭から飛んで行った。どうやら、転んで何かに頭をぶつけたらしい。
「後で、病院に警察官が伺いますので、お話しをお聞かせください」
 一番怪しいのは森澤だろうに、あっさりと付き添いの許可が出た。良いのだろうか、と思いつつも、浅見のストレッチャーに付き添って救急車に乗り込む。それぞれの会社には、警察から連絡をしてくれると言うことだったので、森澤はひとまず直属の上司にトラブルが発生した旨のメールだけした。救急車はサイレンを鳴らしながら夜の町をひた走る。
「バイタル安定しているんで、大丈夫そうですね。運が良かったっすね」
 救急隊員が言った。それを聞いて、森澤は少し安心する。けれど、受傷箇所が箇所なので、まだ気は抜けなかった。
(一体何が……)
 やがて、サイレンの音がやんだ。病院に到着したのだ。「救急出入り口」と書かれたドアから、マスクと青いビニール手袋をした看護師が出てきている。救急隊が引き継ぎをしながら、ストレッチャーを運び込んだ。森澤も後からついて行く。やがて、処置室の手前で、「お付き添いの方はこちらでお待ちください」と言われた。指されたソファに座ると、処置室の扉が閉まった。

 喉がカラカラだった。照明の落とされた廊下で、一番強い光源になっている自動販売機に歩み寄ると、桃のジュースを買って一気に飲み干した。疲れた体に、糖分が染み渡るようだ。短い時間で、あまりにも色々ありすぎた。頭にも栄養が行き渡ったような感じがする。深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとしていると、スマートフォンが震えた。上司からだ。森澤は建物を出た。
「もしもし」
『もしもし!? トラブルってどうしたんだ?』
 道中で、トラブルが発生したため警察と救急を呼んだ、と言う事だけメールしてあったのだ。具体的なことは、急いでいたことと、気が動転していたため書けずにいて、それが向こうの焦りを誘ったのだろう。森澤は深呼吸すると、
「警備員の浅見さんが、何者かに襲われました」
『なんだって!? 彼は……』
「今処置中です。救急隊員の方は、バイタルは安定しているとは言っていましたが、頭の怪我なので……」
『そうか……』
「警察にも通報しています。恐らく、警察から会社にも、N田セキュリティさんにも連絡が行くと思います。たぶん、自分もこれから事情を聞かれるかと」
『わかった。協力してください。あとはこちらで引き受けます』
「すみません」
『森澤くんが無事なのがせめてもの救いだよ。ところで、ロボットは?』
「証拠品として押収されると思いますね」
『そうか……まあそうだよなぁ……あー、これでまたスケジュール押すなぁ……』
「すみません……」
『いや、森澤くんのせいじゃないから……』
 そうだろうか。自分が浅見と一緒に4階の件に首を突っ込んだから招いた事態の様な気がする。
『と言うか、カメラに映っていたと言う女は本当にいたのかな』
 やはり、彼もそれが気になっているようだった。
「わかりません」
 森澤は首を横に振った。どうせ相手には見えないのに、ついついそうしてしまう。それは、幽霊をいるものと見なして対策をするようなものだと彼は思った。
「ただ、あそこは一度調べて、何もなければお祓いした方が良いとは思いますね」
 Wエレクトロニクスの開発職ではなく、人間として森澤は心から言った。

 電話を切ってから、森澤は廊下をうろうろしながら浅見の処置が終わるのを待っていた。もう1時間は経っただろう、と思って腕時計を見ると、まだ10分しか経っていなくて溜息を吐く。自動販売機で今度はお茶を買い、少しずつ飲んだ。そうしている内にトイレに行きたくなって、トイレへ行き……と言う事を繰り返していると、また端末が震えた。武藤からだ。
「もしもし?」
 電話に出ながら、足早に通話可能エリアに移動する。
『もしもし、俺だ。起きてたのか?』
「いや、それが大変なことになったんだ」
 森澤はかくかくしかじかと、事情を聞かせた。武藤が電話の向こうで息を呑むのが聞こえる。
『その警備員の兄ちゃんは大丈夫なのか?』
「わからない。俺が見た時は、まだ息はあったが、頭だから……」
『そうか……無事だと良いな……』
「うん……それで、何かあって電話くれたんじゃないのかい?」
『お、そうだったそうだった。あのな、例の建物の4階で、幽霊騒ぎの少し前にあったことなんだが……』
 森澤は耳をそばだてた。

 武藤との通話を終えると、看護師が森澤を呼びに来た。警察が事情を聞きたいと言っている、と言う事だ。森澤は慌てて、指示された受付の待合に向かう。バインダーを持った制服警官だった。
「この度は大変でしたね。お疲れでしょうが、ちょっと事情をお聞かせください」
 気遣わしげに切り出す。この前通報して来てくれた警察官もそうだったが、思ったより穏やかだ。もっと「お前がやったんじゃないのか!?」と詰められると思っていたのだが、ドラマだけなのだろうか。
 森澤は淡々と、起こった事実だけ伝えた。警備ロボットの実験をしていたところ、カメラに妙なものが映っていたこと。その時も警察に通報したこと。サーモカメラには映らないため、見間違いかと思ったが、念のため浅見も見て回っていたこと。そして今日、4階の隠し扉を見つけたこと。そこで浅見が何者かに襲われたらしいこと。
「そうでしたか……1度通報していただいてたんですね。わかりました。また何かあったら、ご連絡させて頂くと思いますが、今日の所は結構です」
「わかりました。ありがとうございます。よろしくお願いします」
 頭を下げる。よろしくお願いします、とは捜査のことだが……恐らく、あの女は警察の取締対象にはならないだろう。警察とは、法の番人であり、法とは生きている人間に適用されるものだ。この世のものでない相手を取り締まることはできないだろう。
 警察に連絡先を伝えると、浅見はまた処置室の廊下に戻った。しかし、処置室のドアは開いており、中では道具を片付けている看護師たちが安心した顔で雑談しているのが見える。浅見の処置は終わったのだろうか。
「あのー」
 突然後ろから声を掛けられて振り返った。女性の看護師がこちらを見ている。
「あ、はい」
「浅見さんのお付き添いの方ですか?」
「そうです! 浅見さんは……」
「ちょっとだけならお話しできますよ。ご本人もお会いしたそうでしたし。こちらへどうぞ」
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