セキュリティ・フッテージ

三枝七星

文字の大きさ
上 下
11 / 14

第11話 隠し部屋

しおりを挟む
『お前、案外重たいんだな……』
 ロボットのカメラ映像から、浅見のぼやきが聞こえる。斜めになっていた画面が真っ直ぐになった。警備員に抱えられていたのが、降ろされたのだ。そう言えば、いつも自分が抱えて行ったから、彼はその重さを知らないのだ。
(浅見さんなら軽々だと思ったけどな)
 口ぶりからして、もう少し軽く見積もっていたのだろうか。あまり軽くても、ぶつかった時に簡単に倒れてしまうので難しい塩梅である。
『4階に到着した。これより巡回を開始する』
 今度は無線からも。森澤は送信ボタンを押して、
「よろしくお願いします」
 いつもと同じルートを歩く。やがて、いつも女が現れるところで浅見は足を止めた。森澤もそこから遠隔操作に切り替える。

 彼女が幽霊であるならば、任意のタイミングで消えられるであろうことは想像できた。けれど、もし彼女がここで薬物中毒死した女性だと仮定するならば、消える場所というのは件の隠し部屋なのではないか。森澤と浅見はその様な仮説を立てている。
 だから、浅見は今、女が立ち去った後に通るであろう場所の壁を叩いている。中身の詰まった、重たい音がロボットのマイクを通じて森澤に届いた。
 やがて、それまでとは少し違う、やや軽い音が聞こえた。スピーカー越しでもはっきりとわかる、音の差異。
『ここか』
「開きそうなところ、ありますか?」
『多分だけど、次の施設にしたときに壁紙か何かで覆ってるよ。でも、劣化してるだろうか……』
 浅見はそこで言葉を切った。森澤が息を詰めて次の言葉を待っていると、
『ここかな……? 壁紙の下に継ぎ目みたいなところを見つけた。カッターで切ってみる』
「カッターなんて持ってるんですか?」
『普段は持ってないよ。取られたらやばいから』
 画面の中では、浅見が壁に張り付いて何やら手を動かしていた。やがて、彼は上の方から壁紙を剥がす。それを見ながら、森澤は不思議なカタルシスを味わっていた。いくら閉店したとは言え、施設の壁紙を剥がすことに荷担しているなんて……。
 やがて、浅見はすっかり壁紙を剥がしてしまった。画面は暗いが、森澤にもわかる。
『あった……』
 浅見が呟くとおり、そこには取っ手の付いた扉があった。それはどうやら内開きの様で、彼の目の前にはぽっかりと大きな黒い空間が顔を出す。
『入ってみる』
「気を付けて。ロボットは入れそうですか?」
『うん、段差はそんななさそうだから、支えてやるよ』
 森澤はロボットを前に進めた。浅見はロボットを支えながら、敷居をまたいだ。暗視カメラの映像には、荒れた室内が見える。ソファ、ローテーブル。床にも何かが散乱していた。
『マジかよ……本当に……ん?』
 浅見が振り返るように動いた。
『あんたは……!? うわっ!』
 無線から悲鳴が聞こえた。ロボットの視界の中で、浅見が床に倒れるのが見える。
「浅見さん!? どうしたんですか!? 立てますか!?」
『うう……』
 画面の中から、無線越しにも自分の声が聞こえる。浅見の声は呻きしか聞こえない。
「今行きます!」
 無線にそう怒鳴ると、森澤は椅子を蹴倒して立ち上がった。

 警備員室を脱兎の如く飛び出した。大きな懐中電灯は、武器にもなるだろう。そうも踏んで、部屋にあった一番大きなものを持ち出した。光量も抜群だ。電源の入っていないエスカレーターを駆け上がり、四階フロアに飛び込む。自分の足音だけが響き渡った。所々に設置されているプラスチックの什器が光を反射している。その度に、浅見かと思ってどきりとしている。
「浅見さん!!」
 大声で呼んだ。そうすれば、このフロアに潜む邪気のようなものを祓えるとでも言うように。幽霊を大して信じていなかった森澤は、気休めの方法も知らなかった。そんなものがいるはずない、と強く思うことと、浅見の無事を祈ることしか、自分の心を守る術がない。
(確か、ロボットの位置は)
 脳内で図面とロボットの位置情報を重ねる。数秒で自分とロボットの現在地を弾き出すと、彼は脱兎の勢いでそちらに向かった。警報が聞こえる。一体何が。
「浅見さん!」
 もう一度、大声で呼ぶ。その時、警報に混ざって低い位置から呻き声が聞こえた。心臓が跳ねる。どこから聞こえたか考える前に、咄嗟にそちらに懐中電灯を向ける。

 壁の一部が開いていた。

 森澤はそこへ飛んで行った。大きく開けると、一人と一体が床に倒れ伏していた。1体はロボット、1人は濃紺の制服を着た……。
「浅見さん!」
 思わず叫ぶ。警報が部屋中に反響している。まるでいるはずのない「誰か」が喚いているようだった。どうしたら良いんだ。救急車を。馬鹿言え、この状況をどう説明するんだ!
 そんな想像をしてしまって、思わず身震いした。恐怖を押し殺して、浅見を揺さぶる。
「浅見さん! しっかりして下さい!」
 首に触ると、脈があるのがわかった。ひとまずほっとする。森澤はスマートフォンを取り出した。圏外だ。ますます、この部屋の異常性を感じて寒気がする。ロボットの警報を切り、
「すぐ戻ります!」
 部屋を飛び出した。

 彼は振り返らなかった。だから、ロボットの首が音もなく動いたことには、一切気付かなかった。気絶していた浅見も、それを見ることはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

滅・百合カップルになれないと脱出できない部屋に閉じ込められたお話

黒巻雷鳴
ホラー
目覚めるとそこは、扉や窓のない完全な密室だった。顔も名前も知らない五人の女性たちは、当然ながら混乱状態に陥り── あの悪夢は、いまだ終わらずに幾度となく繰り返され続けていた。 『この部屋からの脱出方法はただひとつ。キミたちが恋人同士になること』 疑念と裏切り、崩壊と破滅。 この部屋に神の救いなど存在しない。 そして、きょうもまた、狂乱の宴が始まろうとしていたのだが…… 『さあ、隣人を愛すのだ』 生死を賭けた心理戦のなかで、真実の愛は育まれてカップルが誕生するのだろうか? ※この物語は、「百合カップルになれないと脱出できない部屋に閉じ込められたお話」の続編です。無断転載禁止。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

ファムファタールの函庭

石田空
ホラー
都市伝説「ファムファタールの函庭」。最近ネットでなにかと噂になっている館の噂だ。 男性七人に女性がひとり。全員に指令書が配られ、書かれた指令をクリアしないと出られないという。 そして重要なのは、女性の心を勝ち取らないと、どの指令もクリアできないということ。 そんな都市伝説を右から左に受け流していた今時女子高生の美羽は、彼氏の翔太と一緒に噂のファムファタールの函庭に閉じ込められた挙げ句、見せしめに翔太を殺されてしまう。 残された六人の見知らぬ男性と一緒に閉じ込められた美羽に課せられた指令は──ゲームの主催者からの刺客を探し出すこと。 誰が味方か。誰が敵か。 逃げ出すことは不可能、七日間以内に指令をクリアしなくては死亡。 美羽はファムファタールとなってゲームをコントロールできるのか、はたまた誰かに利用されてしまうのか。 ゲームスタート。 *サイトより転載になります。 *各種残酷描写、反社会描写があります。それらを増長推奨する意図は一切ございませんので、自己責任でお願いします。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

浄霊屋

猫じゃらし
ホラー
「健、バイトしない?」 幼なじみの大智から引き受けたバイトはかなり変わったものだった。 依頼を受けて向かうのは深夜の湖やトンネル、廃墟、曰く付きの家。 待ち受けているのは、すでに肉体を失った彷徨うだけの魂。 視えなかったものが再び視えるようになる健。 健に引っ張られるように才能を開花させる大智。 彷徨う魂の未練を解き明かして成仏させる、浄霊。 二人が立ち向かうのは、救いを求める幽霊に手を差し伸べる、あたたかくも悲しいバイトだった。 同タイトル終了には★マークをつけています。 読み区切りの目安にしていただけると幸いです。 ※小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。 ※BLじゃありません。

182年の人生

山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。 人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。 二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。 (表紙絵/山碕田鶴)  ※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「66」まで済。

処理中です...