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第11話 隠し部屋

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『お前、案外重たいんだな……』
 ロボットのカメラ映像から、浅見のぼやきが聞こえる。斜めになっていた画面が真っ直ぐになった。警備員に抱えられていたのが、降ろされたのだ。そう言えば、いつも自分が抱えて行ったから、彼はその重さを知らないのだ。
(浅見さんなら軽々だと思ったけどな)
 口ぶりからして、もう少し軽く見積もっていたのだろうか。あまり軽くても、ぶつかった時に簡単に倒れてしまうので難しい塩梅である。
『4階に到着した。これより巡回を開始する』
 今度は無線からも。森澤は送信ボタンを押して、
「よろしくお願いします」
 いつもと同じルートを歩く。やがて、いつも女が現れるところで浅見は足を止めた。森澤もそこから遠隔操作に切り替える。

 彼女が幽霊であるならば、任意のタイミングで消えられるであろうことは想像できた。けれど、もし彼女がここで薬物中毒死した女性だと仮定するならば、消える場所というのは件の隠し部屋なのではないか。森澤と浅見はその様な仮説を立てている。
 だから、浅見は今、女が立ち去った後に通るであろう場所の壁を叩いている。中身の詰まった、重たい音がロボットのマイクを通じて森澤に届いた。
 やがて、それまでとは少し違う、やや軽い音が聞こえた。スピーカー越しでもはっきりとわかる、音の差異。
『ここか』
「開きそうなところ、ありますか?」
『多分だけど、次の施設にしたときに壁紙か何かで覆ってるよ。でも、劣化してるだろうか……』
 浅見はそこで言葉を切った。森澤が息を詰めて次の言葉を待っていると、
『ここかな……? 壁紙の下に継ぎ目みたいなところを見つけた。カッターで切ってみる』
「カッターなんて持ってるんですか?」
『普段は持ってないよ。取られたらやばいから』
 画面の中では、浅見が壁に張り付いて何やら手を動かしていた。やがて、彼は上の方から壁紙を剥がす。それを見ながら、森澤は不思議なカタルシスを味わっていた。いくら閉店したとは言え、施設の壁紙を剥がすことに荷担しているなんて……。
 やがて、浅見はすっかり壁紙を剥がしてしまった。画面は暗いが、森澤にもわかる。
『あった……』
 浅見が呟くとおり、そこには取っ手の付いた扉があった。それはどうやら内開きの様で、彼の目の前にはぽっかりと大きな黒い空間が顔を出す。
『入ってみる』
「気を付けて。ロボットは入れそうですか?」
『うん、段差はそんななさそうだから、支えてやるよ』
 森澤はロボットを前に進めた。浅見はロボットを支えながら、敷居をまたいだ。暗視カメラの映像には、荒れた室内が見える。ソファ、ローテーブル。床にも何かが散乱していた。
『マジかよ……本当に……ん?』
 浅見が振り返るように動いた。
『あんたは……!? うわっ!』
 無線から悲鳴が聞こえた。ロボットの視界の中で、浅見が床に倒れるのが見える。
「浅見さん!? どうしたんですか!? 立てますか!?」
『うう……』
 画面の中から、無線越しにも自分の声が聞こえる。浅見の声は呻きしか聞こえない。
「今行きます!」
 無線にそう怒鳴ると、森澤は椅子を蹴倒して立ち上がった。

 警備員室を脱兎の如く飛び出した。大きな懐中電灯は、武器にもなるだろう。そうも踏んで、部屋にあった一番大きなものを持ち出した。光量も抜群だ。電源の入っていないエスカレーターを駆け上がり、四階フロアに飛び込む。自分の足音だけが響き渡った。所々に設置されているプラスチックの什器が光を反射している。その度に、浅見かと思ってどきりとしている。
「浅見さん!!」
 大声で呼んだ。そうすれば、このフロアに潜む邪気のようなものを祓えるとでも言うように。幽霊を大して信じていなかった森澤は、気休めの方法も知らなかった。そんなものがいるはずない、と強く思うことと、浅見の無事を祈ることしか、自分の心を守る術がない。
(確か、ロボットの位置は)
 脳内で図面とロボットの位置情報を重ねる。数秒で自分とロボットの現在地を弾き出すと、彼は脱兎の勢いでそちらに向かった。警報が聞こえる。一体何が。
「浅見さん!」
 もう一度、大声で呼ぶ。その時、警報に混ざって低い位置から呻き声が聞こえた。心臓が跳ねる。どこから聞こえたか考える前に、咄嗟にそちらに懐中電灯を向ける。

 壁の一部が開いていた。

 森澤はそこへ飛んで行った。大きく開けると、一人と一体が床に倒れ伏していた。1体はロボット、1人は濃紺の制服を着た……。
「浅見さん!」
 思わず叫ぶ。警報が部屋中に反響している。まるでいるはずのない「誰か」が喚いているようだった。どうしたら良いんだ。救急車を。馬鹿言え、この状況をどう説明するんだ!
 そんな想像をしてしまって、思わず身震いした。恐怖を押し殺して、浅見を揺さぶる。
「浅見さん! しっかりして下さい!」
 首に触ると、脈があるのがわかった。ひとまずほっとする。森澤はスマートフォンを取り出した。圏外だ。ますます、この部屋の異常性を感じて寒気がする。ロボットの警報を切り、
「すぐ戻ります!」
 部屋を飛び出した。

 彼は振り返らなかった。だから、ロボットの首が音もなく動いたことには、一切気付かなかった。気絶していた浅見も、それを見ることはなかった。
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