星の振り子

三枝七星

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星の振り子

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 雲を纏った十三夜の日にそれは現れる。
 まるで顔周りに薄布を纏ったかのようなその月から、まるで見えない糸で吊るされているかのように星がぶら下がっているのだ。
 それは物の喩えではなく……実際に、その見えない糸を切って振り子を手に入れた術師がいると伝わる。
 幽玄な光を放つそれは、魔術や儀式に用いると本懐を遂げられる可能性が高まるとされている。
 ただし、幾度か使うと夢のように消えてしまうのだ。

 この家に、その希少な振り子は残っていた。次期当主の彼女は、その振り子が「切り落とされた」時のことを思い出している。絹が敷かれた桐箱の中で、不思議に光る振り子を見つめて。

 真夜中の空に、その月はあった。雲を纏い、まるで寒さを避ける女人にょにんのように空で佇む十三夜月は。
 そして、そのすぐ真下に、星の振り子はぶら下がっていた。
 星に手が届くなど、まずあり得ない。けれど、その振り子は、確かに人でも届きそうと思えるような高さにぶら下がっていた。
 彼女を連れ出したのは、現当主の父であった。手に、草刈り鎌を持って、もう片方の手で彼女の手を引いていた。
 見ててご覧、と父は言った。寒い、冬の十三夜だった。きっとお月様も寒いんだ、と幼い彼女は無邪気に思っていた。
 やがて、振り子の真下、と呼べる位置に来ると、そこは小さな池だった。父はふところから何かの瓶を取り出すと、その中身を池に空けた。きらきらと光る、紫色の粒子。それは池の中で蠢いて、うっすらと広がって行く。
 すると、どうだろう。星の振り子が動いた。するすると、まるで月が糸を繰り出すが如く。
 父は彼女に、ここで待っていなさい、と言いつけると、ざぶざぶと池の中に入って行った。そこに、振り子が降りてくる。そこで、ようやく振り子の糸が彼女にも見えた。透明で、絹糸の様にやわらかく、しなやか。きっとそんな手触りに違いない、と。
 お月様にも蚕はいるのかしら。そんな場違いなことを考えて、彼女は父の様子を見守った。
 父は慣れた手付きで、その糸を捕まえると、鎌であっさりと糸を切ってしまった。父が腕を下ろすと、ぼちゃん、と星が池に落ちる。彼はそのまま、糸を引っ張って戻ってきた。
「取れた。帰ろう」
 彼はそれだけ言った。

 その時の振り子が、今目の前にある。それはどう見ても星であった。
 彼女は桐箱の蓋をする。今しがた戻した星の振り子を、またその時まで保管しておくために。

 父の蘇生と言う、不可能な儀式を成功させるためにすがったそれに。
 いくら儀式成功の可能性を高めると言えど、死者蘇生などやはりできるものではなくて。れいに十、二十を足したところで、その確率から外れてしまえばそれは「失敗」でしかないのだ。

 もし父が蘇生したら、振り子を蘇生に使ったことに憤るだろう。こんなことに使うなと。これはお前が当主を務めるのに必要なのだから、と。

 ふ、と一つ笑みを漏らし、彼女は桐箱を元の厳重な封印を施す箱に戻した。
 当主死亡の混乱に乗じて、これを奪おうとする者が現れるだろう。
 でも、これは渡さない。次期当主の自分が困るから? 違う。
 これは思い出だから。

 あの幻想的で美しい光景の思い出だから。

 だから、彼女はこの先もこれを使うつもりはなかった。

 蓋をする。鍵かける。
 彼女はその部屋を出て行った。
 当主の座に座るために。

 あの日の思い出にしばしの別れを告げて。
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