魂の削り氷

三枝七星

文字の大きさ
上 下
1 / 2

魂の削り氷

しおりを挟む
 術師は弟子を取ると、その魂を削って自分の技術を継がせると言う。
 そうであるから、弟子を取る術師というのはあまり多くはない。皆、自分の研究にを大成させたいと思うからだ。

 「魂を削る」。それは、ものの喩えであるとずっと思われている。人を育てると言うのは、いかなる場であっても大変なことだからだ。

 けれど、そうではないと言うことを、その老爺は知っていた。
「ああ、ようこそ、いらっしゃいました」
 言葉だけは丁寧に、けれどぶっきらぼうで口をへの字にしたまま彼は客を出迎えた。長く、色の薄い髪を垂らした壮年の男は、若い男を連れてのれんを潜った所だった。
「今日も良いかね」
「ええ、構いませんよ」
 あんたこそ構わないのか、と、老爺は誰かがここを訪れる度に思う。
 若い男は、毎度何故自分がここに連れてこられているのかわかっていないようだった。壮年の男が話していないのだ。それを悟って、老爺の顔はますますむっつりとしたものになる。どうしてこんな顔になるのかもわかっていないのだろう。彼は二人を座敷に通すと、必要なものを取りに行った。
 盃と、卵型の氷。一点の曇りのないそれは、零度を上回る外気に触れて既に溶け始めており、濡れた表面がつやつやと光っている。
 壮年の前にそれを置くと、不思議なことに、氷の中が濁り始めた。若い男は不思議そうにそれを見ている。老爺はそれを、盃ごと自分の手前に置き、小刀で削り始めた。
 さり、さり、と柔らかな音を立てて氷が削られる。氷片は削られて、盃の上に落ちたそばから水になって溶ける。
 その手さばきを、青年は神妙な顔で見つめていた。
 どうしてこんなまどろっこしい手順を踏んで削った氷を飲まないといけないのか。毎度怪訝そうにしているのだが、それでも師が連れてくるからには意味があるのだろう、と思っているらしい。
 けれど、老爺が丁寧に氷を削る手付きには感じ入るところがあるようで、来る度にじっと手元を見つめている。
 老爺の手付きを眺める青年を、壮年の師匠は穏やかで、愛おしそうに見つめていた。
 自分の技術を、魂ごと継承する愛弟子を。

 魂の削り氷。
 術師の魂を捕らえ、それを削って他者に飲ませる。そうすることで、その人の魂が持つ技術が飲んだ者に継承される。少しずつ、少しずつ寿命を削って、魂ごと継がせるのだ。
 多くの術師からは忌避され、また数少ない術師は泣いて喜ぶ呪法である。良かった。自分の術は後世に継がれるのだ、と。狂った天才ほどこれを喜ぶ。

 今はまだ、この若い術師はそれを知らない。
 いつか、師に先立たれた後、自分の身体に、文字通り師の命が流れていると知った時、彼はどんな顔をするのだろうか。
 泣いて怯えて後悔するのか。
 悦びにむせび、師の判断に感謝するのか。

 どちらも、老爺には気分の良いものではない。
 がりり、と、彼の動揺を響かせたような不協和音が一瞬だけ立つ。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

私は、忠告を致しましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。  ロマーヌ様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ?

次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛

Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。 全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

因果応報以上の罰を

下菊みこと
ファンタジー
ざまぁというか行き過ぎた報復があります、ご注意下さい。 どこを取っても救いのない話。 ご都合主義の…バッドエンド?ビターエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...