魂の削り氷

三枝七星

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魂の削り氷

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 術師は弟子を取ると、その魂を削って自分の技術を継がせると言う。
 そうであるから、弟子を取る術師というのはあまり多くはない。皆、自分の研究にを大成させたいと思うからだ。

 「魂を削る」。それは、ものの喩えであるとずっと思われている。人を育てると言うのは、いかなる場であっても大変なことだからだ。

 けれど、そうではないと言うことを、その老爺は知っていた。
「ああ、ようこそ、いらっしゃいました」
 言葉だけは丁寧に、けれどぶっきらぼうで口をへの字にしたまま彼は客を出迎えた。長く、色の薄い髪を垂らした壮年の男は、若い男を連れてのれんを潜った所だった。
「今日も良いかね」
「ええ、構いませんよ」
 あんたこそ構わないのか、と、老爺は誰かがここを訪れる度に思う。
 若い男は、毎度何故自分がここに連れてこられているのかわかっていないようだった。壮年の男が話していないのだ。それを悟って、老爺の顔はますますむっつりとしたものになる。どうしてこんな顔になるのかもわかっていないのだろう。彼は二人を座敷に通すと、必要なものを取りに行った。
 盃と、卵型の氷。一点の曇りのないそれは、零度を上回る外気に触れて既に溶け始めており、濡れた表面がつやつやと光っている。
 壮年の前にそれを置くと、不思議なことに、氷の中が濁り始めた。若い男は不思議そうにそれを見ている。老爺はそれを、盃ごと自分の手前に置き、小刀で削り始めた。
 さり、さり、と柔らかな音を立てて氷が削られる。氷片は削られて、盃の上に落ちたそばから水になって溶ける。
 その手さばきを、青年は神妙な顔で見つめていた。
 どうしてこんなまどろっこしい手順を踏んで削った氷を飲まないといけないのか。毎度怪訝そうにしているのだが、それでも師が連れてくるからには意味があるのだろう、と思っているらしい。
 けれど、老爺が丁寧に氷を削る手付きには感じ入るところがあるようで、来る度にじっと手元を見つめている。
 老爺の手付きを眺める青年を、壮年の師匠は穏やかで、愛おしそうに見つめていた。
 自分の技術を、魂ごと継承する愛弟子を。

 魂の削り氷。
 術師の魂を捕らえ、それを削って他者に飲ませる。そうすることで、その人の魂が持つ技術が飲んだ者に継承される。少しずつ、少しずつ寿命を削って、魂ごと継がせるのだ。
 多くの術師からは忌避され、また数少ない術師は泣いて喜ぶ呪法である。良かった。自分の術は後世に継がれるのだ、と。狂った天才ほどこれを喜ぶ。

 今はまだ、この若い術師はそれを知らない。
 いつか、師に先立たれた後、自分の身体に、文字通り師の命が流れていると知った時、彼はどんな顔をするのだろうか。
 泣いて怯えて後悔するのか。
 悦びにむせび、師の判断に感謝するのか。

 どちらも、老爺には気分の良いものではない。
 がりり、と、彼の動揺を響かせたような不協和音が一瞬だけ立つ。 
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