ハンドアウト・メサイア 「天使」降臨

三枝七星

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「天啓」と「天使」

3.熱風の天使

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 ひとまず、生徒たちから話を聞き、彼女たちをなだめて帰宅させた。少女たちが出て行くと、副校長は大きくため息を吐き、

「すみません……ですが、ご覧の通り花島先生は本当に慕われていて」
「そのようですね」

 「本当はあんな奴だったんだ」ではなく「何かがあったに違いない」と思われるのは、人柄なのだろう。

「ですが、花島先生の今の言動が問題なのは間違いありません。私も教師ですから、生徒に害があるならしかるべき措置そちが必要と考えます」

 副校長は険しい顔で言った。哲夫は資料の内容を見ながら聞き取りを行う。

「私からもよろしいでしょうか?」

 テータが柔らかな声で尋ねた。

「ええ、何でしょうか?」
「花島先生は『天啓』の様なものについて言及してませんでしたか?」

 そうか、ストレスが原因か、宇宙からのデータ送信が原因かは、「天啓」の有無が一つの指標になるだろう。

「天啓……いえ、特には」
「そうですか」

 今後のことについて打ち合わせながら、二人は顔を見合わせた。

◆◆◆

 哲夫たちを囲んでいた生徒たちは、不安を拭えないまま帰路につこうとしていた。下足場で靴を履き替えようとしている時、その中の一人である四谷よつやが顔を上げた。

「あ、ちょっとあたし忘れ物しちゃった。取りに行ってくる」
「待ってるよ」
「すぐ追いつくから先行ってて」

 四谷は自分の教室に戻って、机の中に入れてあった本を取り出した。近所の図書館で借りた本である。明日が返却予定日だが、今日休み時間に読み終わったので返してしまうつもりだった。

 本を鞄に入れ、教室を出ようとしたその時。

 廊下に花島が立っているのを見て、彼女は悲鳴を上げそうになった。

「ねえ、四谷さん」

 ほとんどの生徒が帰ってしまった無人の廊下で、花島は穏やかに問う。

「さっき、副校長先生たちと何の話をしていたのかな? 来ていた人たち、文科省の人たちだよね?」

 目が笑っていない、笑顔。これから、どう難詰なんきつされるのかと思うと手が震える。

 何で? どうして? 花島先生、今までそんなことしなかったじゃん。

 何かの間違いだ。あの時だけだよね先生。そうに決まってる。だから、もうあんな言い方はしないよね。そう期待して、それを何度も

「答えなさいよ」

 声のトーンが落ちた。

「私の使命を邪魔するつもりなのかな?」

 使命? 使命ってなんなの、先生。

「わかりません」
「嘘をつくなよ」
「もうやめてよ先生! 絶対おかしいよ! 前はそんなこと言わなかったじゃん! 今だってそんなこそこそしておかしいよ! 後ろめたいことがあるからそうしてんじゃん!」
「先生には後ろめたい事なんてない! これは必要なことなんだから! あなたたちのことを思うならこうした方が良いって。それが私の使命なんだって」

 花島は目を吊り上げて言い募った。こちらに一歩踏み出してくる。四谷は怖くなって、本で頭を庇った。


「それ、誰に言われたんですか?」


 絶妙なタイミングで割り込んできた、穏やかで涼しげな声。二人がはっとしてそちらを見ると、そこには浪越テータが立っていた。

◆◆◆

 哲夫とテータは、副校長との話を終えてから帰ろうとして、件の花島教諭の姿を見つけた。忘れ物を取りに行くらしい生徒の後をつけているようだ。出てきた少女を問い詰める花島。「使命」と言うワードが出た途端、哲夫とテータは素早く目を見交わした。そこで、テータが口を挟んだ、と言うわけだ。

「花島先生、あなた、ずいぶんと常識的な人みたいですね。普通『天啓』なんて言ったら発言や行動の正当性を疑われる。だからあなた、『天啓』の事を誰にも言わなかったんでしょう?」

 テータの解説に、哲夫は納得した。「天啓」であると声高に主張しなかったのは、逆に「天啓」を守り通す為だったのか。

「子供たちを救わないといけない。あなたここで働く前の職場では結構なパワハラに遭っていたんだとか。だから、突然あんな暴力に晒される前に慣れさせておかないとって思ったんですね」

 花島は黙り込んだ。

「間違いなく、あなたは生徒さんたちのことを思っていますが……この星の常識に則ればそれは間違っています」
「私は間違っていません。何ですか、あなたは。そんな格好をしておきながら人の使命を理解しないだなんて」
「ええ、理解しませんよ。私はあなたに『天啓』をもたらした『神』とやらが大嫌いですからね」

 テータは笑顔で応じる。

「それは、選ばれなかった者の嫉妬ではないでしょうか?」
「はい、そうですね。あなたの仰る正当性なんてそれくらいなんですよ。主体性がない。『わたしのかんがえたさいきょうのじょういそんざい』とやらから認められないと自分の価値も認められない」

 そこで、異星人は真顔になった。

「あなたの気持ちはどこにあるんですか。それは本当にあなたがしてあげたかったことなんですか。耳障りが良くて、聞こえの良いお題目があれば認めてもらえる、楽になれると思っていませんか」

 その声は厳しい。

「そんなふうに自分を騙し続けていたら、いずれ本当の怪物になってしまいますよ。怪物になったらこれが人のあるべき姿と吹聴することになりますよ。今のあなたの姿が、子供たちが将来あるべき姿だと本当に思っているんですか?」
「……」
「おやおや、思っているから、手本としてそう振る舞っているのだと思ってましたよ」
「私は、私は、違うの、あんなことになっても、大丈夫なようにって……」

 その時、花島の身体に異変が起こった。肩口から管状の有機体が突き出し、腕を包むようにして絡み合ったのだ。

「なっ!?」

 驚く哲夫。花島は身体を反らせて悲鳴を上げた。苦痛に満ちた声で。

「……あの

 テータが何か呟いたが、哲夫には聞き取れなかった。もしかしたら、彼女の母語だったのかもしれない。教師の雄叫びは凄まじく、突風のように廊下を駆け抜けていて、つぶやきはそれに負けた。

「遅かったようですね」

 今度はテータの身体に変化が起きる番だった。ジャンパスカートの背中を突き破って、あの有機体が現れる。教師と違うのは、それが絡み合って作る形が翼に似ていること。

「……天使?」

「いいえ」

 哲夫に背中を見せるテータがどんな顔をしているのかは見えなかった。

「私も人間ですよ。自分の星のね。国成さん、下がってください」
「しかし」
「あなたは彼女を安全な所に。それと医療の手配をして、上司にも連絡を」

 テータは拳を固めた。「翼」を広げると、熱気が広がる。

「良いでしょう、私があなたを救済して差し上げます。でもごめんなさい。心は救ってあげられません。それはあなたが納得しないと救いにならない」

 だから。

「肉体の方だけでもね」

◆◆◆

 哲夫は四谷を連れて表に飛び出した。「何らかの生物に寄生されている可能性がある。防護服の着用をしてほしい」と言い添えて消防に通報し、自分の上司にも大慌てで取り急ぎの連絡を入れて現場に戻ると、テータと花島の戦いは決着していた。どうやらテータの圧勝だったらしく、花島はあの有機体をだらりと広げて倒れていた。何故か回復体位になっているのは、テータがやったのだろう。

「彼女は」
「気絶しているだけです」
「君の翼は……」
「ああ、これですか?」

 テータが肩越しに背中を見ると、肩甲骨の辺りからしゅるり、とあの有機体が出てきた。

「これ、排熱器官なんですよ」
「ああ……」

 それで、「翼」を動かしたときに熱風が広がったのか。

「普段は必要ないんですが、やはり違う形の姿で本気になろうとするとどうしても不具合が出ましてね」

 そういえば、テータは宇宙人なのだった。擬態していると言うし、本来の姿とは違う負担がかかっているのだろう。

「……それにしても、なんだったんだ」
「私も知りませんでしたが」

 テータはそうことわってから、

「恐らく、結晶もそうですが、身体を我々の様に作り替える作用があるのでしょうね」
「それが狙いだったのか?」
「いえ、恐らく知らないと思います。あなたたちの言う『神』はあくまで洗脳の方を目的にしていました。多分ですが、今頃、実験動物が似たようなことになって泡を食っているはずです。これを報告して、既に結晶ができている被害者たちには早急に摘出手術をスケジューリングした方が良いでしょう」
「それもそうだな。しかし……」

 哲夫は花島を見て痛ましげな顔をする。

「辛いな。自分の辛さと、子供たちの将来を心配する心を利用されたんだから」
「ええ、本当に、さっきは隙を作るために酷いことを言いましたが……彼女は本当に教師としてできた人なのでしょうね。こんなことになって、残念です」

 テータはため息を吐いて首を横に振った。確かに、テータは最初は辛辣なことを言っていたが、「そんなことをしては本当の怪物になってしまう」とも進言していた。精神的にいたぶりたかったわけではないのだろう。

 救急車のサイレンが近付いてくる。哲夫はうなだれて、首を横に振った。

◆◆◆

 後日、上司を通して花島教諭の経過が知らされた。結晶も有機体も全て摘出され、現在は回復を待っている状態だと言う。皮下、筋肉組織の一部があの有機体に作り替えられており、回復には時間が掛かりそうだが、一命は取り留め、意識もあるらしい。かなりショックを受けているとも聞く。あとは本人や周囲次第だろう。哲夫たちの介入はここまでだ。

「どんどん見つけないと、この現象でパニックが起きます」
「ああ」

 テータの言葉に、哲夫は頷いた。

「そうだな」

 まだ事態は始まったばかりだし、地球人側もやっと動き始めている段階だ。一刻も早く、一人でも多くの被害者を見つけ出さないといけない。

 哲夫は先の長さと過酷さを思いつつも、それでも逃げる気にはなれない。

「まだ、手伝ってくれるって事で良いのか?」

 そしてテータに尋ねる。

「もちろんです。そちらこそ、私を突然放り出さないでくださいね?」
「ああ。君の立場は俺が守るよ」
「よろしくお願いします」

 テータは右手を差し出した。哲夫が目を瞬かせていると、彼女は首を傾げ、

「おや、地球人は握手するのでは?」
「この国ではあまりしない」

 哲夫は微笑み、その手を握った。ほっそりとした手だった。擬態だと言うが、どう違うのかはわからない。人間の手に思える。

 案外、そういうものなのかもしれない。取り繕われた上っ面の下を見抜くと言うことは、人間同士でも本来できるものではないのだろう。

 だから、今回、本当はあちらこそが花島の本性だった可能性もある。

 けれど、生徒たちの一部は彼女のことを信じた。あの優しさが、見せかけだけだった可能性もあったのに。

 きっとそうやって、何が自分にとっての本当なのかを自分で選び、傷つくことを覚悟で関わっていくのが「信頼」なのかもしれない。

「俺は君を信頼しているよ」

 例えテータが本当は「神」のスパイだったのだとしても。

 それで傷つくかもしれないけれど、哲夫はテータを信じることにした。

「よろしくな、浪越テータさん」
「はい、どうぞよろしく。国成哲夫さん」
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