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ゾイサイトのロケット
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王国に危機が迫るとき、神に選ばれた勇者には、王からある物が下賜された。
ゾイサイトをはめ込んだロケットである。その中には歴代の勇者の魂が込められている……と言う触れ込みで、勇者バーミリオンも、これを渡されて旅立った。
バーミリオンは鮮やかな赤毛の青年だった。そんな彼に、青いゾイサイトは少し不似合いで、もしかしたら勇者の証が自分に合っていないのではないか、と悩むこともあったようだ。しかし、彼は服の中にそのロケットをしまい込み、大切に持っていた。
このゾイサイトには「冷静な判断を助ける」力があると言う。偉業をなした勇者たちの魂が加護を与え、旅の途中で同行者に仲間を選ぶときも、冷静に先を考えて採否を考えることができた。
一見ふざけた吟遊詩人を仲間にするときに、パーティの他のメンバーからは猛反対を受けたが、彼は冷静に考えた。普段なら、仲間がこんなに反対しているならよそうか、と流されてしまうこともあるのに、冷静に考えれば、この吟遊詩人の才能はあらゆるところで役に立つだろうと考えた。歌と踊りと酒は人の口を軽くするのだ。
そして連れて行った吟遊詩人はめざましい活躍を見せた。魔物との戦いでも、楽器を使い分けて敵の気を引いたり、動物にとって嫌な音を出したりして難を逃れることが幾度もあった。町中の情報収集でも、吟遊詩人はその即席で歌詞を作ってしまうような語彙力を駆使して活躍した。
最初は敬遠していた他の仲間たちも、いつしか吟遊詩人のことがすっかり好きになってしまった。
「彼が来てくれて良かった。反対してごめんね、バーミリオン」
「流石、勇者の慧眼だったな」
仲間たちはそう言ってバーミリオンと詩人を褒めた。
吟遊詩人に限らず、仲間たちの行動の采配でも、冷静な判断が命拾いに繋がった。仲間たちが優秀なのはもちろんだが、バーミリオンは戦いの中でも、冷静に戦局を見極めることができた。少しでも動揺が走ると、胸元に心地よい冷たさが広がる。その源はロケットなのだ。
服の中、常に肌に触れて温かい筈の、金属製のロケット。それが、自発的に冷えていく。まるでバーミリオンの動揺をなだめるように。
バーミリオンはその内、ロケットが冷たくなる前に、そろそろそれが冷え始めることだと気付くことができるようになった。それは勇者としての成長。事あるごとに叱咤したロケットを身に付けていた時間の長さと、魔王討伐の旅路で起こる戦いの激しさを物語っていると言うことに、勇者は後々気付いた。
◆◆◆
そして、魔王は斃れた。バーミリオンたちは凱旋し、今後の世界や魔族たちの処遇について話し合いのテーブルについた。
話し合いでは、魔族を皆殺しにしようと言う意見が主流だった。バーミリオンはどうしたら良いかわからなかった。ただ、いくら敵だったとしても、一つの種族を皆殺しにすることが許されるのだろうか。
燃やされた村。壊滅した街。ああいう惨状の一つ一つを思い浮かべる。確かに、そこに憤りは覚えた。悲しさも感じた。憎しみすらあった。でも、それが正しいとはどうしても思えなかった。
しかし、勇者と言っても、政治の専門ではない。魔族を根絶やしにすることが決定したら、討伐隊長にでも任命するつもりで呼ばれたのだろう。バーミリオンは、それまでまったく意見を求められなかった。
ただ、聞いているだけ。
そして、聞いたことが現実になったらどうなるのか、と言う事に思いを巡らせているだけ。
「では、魔族は根絶でよろしいかな? いかがか、勇者バーミリオン」
議長から声が掛かった。バーミリオンはハッとする。周りはもうすっかり、会議が終わったつもりでいるらしい、緩んだ顔でこちらを見ている。今にも寝そうな顔だった。
「俺……自分は……」
もう、それで良いか。皆が良いと言っているのだから。世界が良いと言うなら、良いことなんだろう。
皮肉にも、世界に認められた勇者は、世界が認めることに意味を見出していた。世界に求められて、それを成し遂げた勇者は、良くも悪くも世界の要求を叶えようとする。
しかし、その時だった。胸元が急に冷たくなった。
ロケットをまだ返していなかったのだ。魔王討伐の後処理で忙しいのか、王室はロケットの返還を求めていなかった。
(このロケットが冷えたと言うことは……)
流されるな、冷静になって考えろ。
いつもより、ずっと冷たい。これが最後の警告なのだろうか。
ロケットはいつでも、バーミリオンが冷静に考えられない時に、その思考を真ん中に戻してくれた。ひんやりと、冷えていく。胸から、頭へと広がっていく冷え、冴え。
まだ返していなくて良かった。
「自分は、魔族の根絶には反対です」
はっきりと伝える。今にも帰り支度を始めそうな参加者たちは、それを聞いて殴られた様な顔をした。
「まず、何を持って根絶とするのでしょうか? 一人でも逃したら? 人間の知らない習性があって、どこか全然思いつかないようなところで暮らしている集落があるかもしれない。彼らが復讐を始めたら? 他の種族を言いくるめて、人類に反旗を翻す連合でも作ったらどうなりますか?」
「し、しかし、魔族に協力する種族など」
「そうと言い切れますか? この度斃された魔王にも、人間や異種族の間諜がいたのです。そうならないとは言い切れない。恨みが深い分、復讐の手段が過激に、陰惨になる可能性もあります。今すぐじゃないかもしれない。自分たちが死んだあとかも知れない。でも、あとの世代にそんな禍根を残すことができますか? 自分の孫が、ひ孫が魔族から酷い目に遭わされる。早ければ子供かも知れない。自分は嫌です」
ざわめく。
ロケットは冷たいままだ。
戦いはまだ終わっていない。バーミリオンは顎を引いて、反論を浴びた。
(でも大丈夫。掛かってこい)
可能性の魔王をここで討つ。
言葉が武器になるのはあの吟遊詩人が教えてくれた。
時に仲間の意に沿わないことをする勇気も皆から貰った。
きっとこれが、この魔王討伐の旅路での最後の戦い。バーミリオンは胸元の冷たさと共にその戦いに臨んだのだった。
ゾイサイトをはめ込んだロケットである。その中には歴代の勇者の魂が込められている……と言う触れ込みで、勇者バーミリオンも、これを渡されて旅立った。
バーミリオンは鮮やかな赤毛の青年だった。そんな彼に、青いゾイサイトは少し不似合いで、もしかしたら勇者の証が自分に合っていないのではないか、と悩むこともあったようだ。しかし、彼は服の中にそのロケットをしまい込み、大切に持っていた。
このゾイサイトには「冷静な判断を助ける」力があると言う。偉業をなした勇者たちの魂が加護を与え、旅の途中で同行者に仲間を選ぶときも、冷静に先を考えて採否を考えることができた。
一見ふざけた吟遊詩人を仲間にするときに、パーティの他のメンバーからは猛反対を受けたが、彼は冷静に考えた。普段なら、仲間がこんなに反対しているならよそうか、と流されてしまうこともあるのに、冷静に考えれば、この吟遊詩人の才能はあらゆるところで役に立つだろうと考えた。歌と踊りと酒は人の口を軽くするのだ。
そして連れて行った吟遊詩人はめざましい活躍を見せた。魔物との戦いでも、楽器を使い分けて敵の気を引いたり、動物にとって嫌な音を出したりして難を逃れることが幾度もあった。町中の情報収集でも、吟遊詩人はその即席で歌詞を作ってしまうような語彙力を駆使して活躍した。
最初は敬遠していた他の仲間たちも、いつしか吟遊詩人のことがすっかり好きになってしまった。
「彼が来てくれて良かった。反対してごめんね、バーミリオン」
「流石、勇者の慧眼だったな」
仲間たちはそう言ってバーミリオンと詩人を褒めた。
吟遊詩人に限らず、仲間たちの行動の采配でも、冷静な判断が命拾いに繋がった。仲間たちが優秀なのはもちろんだが、バーミリオンは戦いの中でも、冷静に戦局を見極めることができた。少しでも動揺が走ると、胸元に心地よい冷たさが広がる。その源はロケットなのだ。
服の中、常に肌に触れて温かい筈の、金属製のロケット。それが、自発的に冷えていく。まるでバーミリオンの動揺をなだめるように。
バーミリオンはその内、ロケットが冷たくなる前に、そろそろそれが冷え始めることだと気付くことができるようになった。それは勇者としての成長。事あるごとに叱咤したロケットを身に付けていた時間の長さと、魔王討伐の旅路で起こる戦いの激しさを物語っていると言うことに、勇者は後々気付いた。
◆◆◆
そして、魔王は斃れた。バーミリオンたちは凱旋し、今後の世界や魔族たちの処遇について話し合いのテーブルについた。
話し合いでは、魔族を皆殺しにしようと言う意見が主流だった。バーミリオンはどうしたら良いかわからなかった。ただ、いくら敵だったとしても、一つの種族を皆殺しにすることが許されるのだろうか。
燃やされた村。壊滅した街。ああいう惨状の一つ一つを思い浮かべる。確かに、そこに憤りは覚えた。悲しさも感じた。憎しみすらあった。でも、それが正しいとはどうしても思えなかった。
しかし、勇者と言っても、政治の専門ではない。魔族を根絶やしにすることが決定したら、討伐隊長にでも任命するつもりで呼ばれたのだろう。バーミリオンは、それまでまったく意見を求められなかった。
ただ、聞いているだけ。
そして、聞いたことが現実になったらどうなるのか、と言う事に思いを巡らせているだけ。
「では、魔族は根絶でよろしいかな? いかがか、勇者バーミリオン」
議長から声が掛かった。バーミリオンはハッとする。周りはもうすっかり、会議が終わったつもりでいるらしい、緩んだ顔でこちらを見ている。今にも寝そうな顔だった。
「俺……自分は……」
もう、それで良いか。皆が良いと言っているのだから。世界が良いと言うなら、良いことなんだろう。
皮肉にも、世界に認められた勇者は、世界が認めることに意味を見出していた。世界に求められて、それを成し遂げた勇者は、良くも悪くも世界の要求を叶えようとする。
しかし、その時だった。胸元が急に冷たくなった。
ロケットをまだ返していなかったのだ。魔王討伐の後処理で忙しいのか、王室はロケットの返還を求めていなかった。
(このロケットが冷えたと言うことは……)
流されるな、冷静になって考えろ。
いつもより、ずっと冷たい。これが最後の警告なのだろうか。
ロケットはいつでも、バーミリオンが冷静に考えられない時に、その思考を真ん中に戻してくれた。ひんやりと、冷えていく。胸から、頭へと広がっていく冷え、冴え。
まだ返していなくて良かった。
「自分は、魔族の根絶には反対です」
はっきりと伝える。今にも帰り支度を始めそうな参加者たちは、それを聞いて殴られた様な顔をした。
「まず、何を持って根絶とするのでしょうか? 一人でも逃したら? 人間の知らない習性があって、どこか全然思いつかないようなところで暮らしている集落があるかもしれない。彼らが復讐を始めたら? 他の種族を言いくるめて、人類に反旗を翻す連合でも作ったらどうなりますか?」
「し、しかし、魔族に協力する種族など」
「そうと言い切れますか? この度斃された魔王にも、人間や異種族の間諜がいたのです。そうならないとは言い切れない。恨みが深い分、復讐の手段が過激に、陰惨になる可能性もあります。今すぐじゃないかもしれない。自分たちが死んだあとかも知れない。でも、あとの世代にそんな禍根を残すことができますか? 自分の孫が、ひ孫が魔族から酷い目に遭わされる。早ければ子供かも知れない。自分は嫌です」
ざわめく。
ロケットは冷たいままだ。
戦いはまだ終わっていない。バーミリオンは顎を引いて、反論を浴びた。
(でも大丈夫。掛かってこい)
可能性の魔王をここで討つ。
言葉が武器になるのはあの吟遊詩人が教えてくれた。
時に仲間の意に沿わないことをする勇気も皆から貰った。
きっとこれが、この魔王討伐の旅路での最後の戦い。バーミリオンは胸元の冷たさと共にその戦いに臨んだのだった。
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