8 / 12
ペリドットのランタン
しおりを挟む
吸血鬼の領地と隣接している辺境の村は、しばしば被害に遭う。どう考えても問題なので、領主は度々抗議の手紙を送っていたが、吸血鬼領主はともかく、柄の悪い吸血鬼たちは全く反省の色を見せない。人間にも不埒な輩はいるが、だからと言ってじゃあお互い様ですねで済ませるわけにもいかない。
そんな、微妙な情勢の中で制作されたのがペリドットのランタンだった。大粒のペリドットをはめ込んだもので、それ自体は普通のランタン程度の大きさでしかないが、特筆すべきはサイズではなく、性質にある。
太陽の石と呼ばれているペリドットの力なのか何なのか、そのランタンにどんな光源を入れたとしても、不思議なことに、それが放つ光は太陽光になるのだ。小さな、今にも消えそうな蝋燭を入れたとしても、ガラスを通して四方に投げかけられるのは、春の日だまりにも似た、優しくも強い、温かい光。
日の光を厭う吸血鬼であれば、この光で動きを止めることができるかもしれない。吸血鬼領には、これ以上の侵害があるならば、討伐隊を組織すると通告を出した。返事は、「そちらの被害をいたずらに増やすことはないのではないか」。つまり、やれるものならやってみるが良い、と言う事だ。こちらの度重なる抗議に辟易していたのだろう。向こうも非を認めてはいるが、悪化した関係に苛立っていたのが見て取れる。
討伐隊の初仕事は境界を接する村を襲う吸血鬼の討伐だった。この村は幾度も吸血鬼の脅威にされされ、女性と子供は殺されるか逃げるかしていて、残っているのはほぼ男どもだ。それでも吸血鬼はやってくる。生娘がいれば優先的に狙うだけで、別に男だって構わないのだから。
蝙蝠が飛んでくる。人々は一つの建物に集まっていて、ランタンを掲げて待っている。合わされば人と同じくらいになる蝙蝠たちが窓を破って入り込み、人の姿を取って床に立つと、討伐隊はランタンを掲げた。部屋中に、太陽の光が広がる。吸血鬼は驚いた。その間に、人々は彼を袋叩きにし、銀の杭で胸を貫いてとどめを刺した。人々はその遺体を領地境に吊し、快哉を叫ぶ。
これに泡を食ったのは吸血鬼領の領主だった。人間の方が明らかに力では劣るわけだから、絶対に返り討ちに遭うと思っていたのに。しかし、どう考えても悪いのは襲撃した吸血鬼たちである。これを契機に領内の引き締めを……と思った矢先だった。
血の気の多い吸血鬼たちが徒党を組んで人間領を襲撃。しかし、これもやはりペリドットのランタンで押し返された。陽光を放つランタン。夜明けまで持ちこたえられれば、勝負としては人間の勝ちなのだ。
辺境の村々は戦闘に耐えられない人間を避難させ、堅牢な建物を作って吸血鬼たちを誘い込んだ。「血液」という、人体に流れるものを求める吸血鬼たちは、罠だとわかっていても人間のいるところに行かないと行けなかったから、抑え方さえわかれば後は人間側の圧倒的有利だった。
今度は、昼日中に人側の有志が攻め込んできた。見つかった棺桶は片っ端から開けられ、日に晒された。弱った吸血鬼たちは胸に杭を打たれた。これにもやはり、人間領の領主がやり過ぎだとして自制を求める事態になる。
しかし、領主同士が高みからいさめたところで、当事者同士の憎しみの連鎖は止まらない。いつしか、辺境では吸血鬼と人間の死体が、いくつも転がるようになる。
そんな抗争の話が耳に入ったのか、国王から待ったが掛かった。王立騎士団が介入してきたのだ。ここから、二つの領地の間で不可侵の条約が取り交わされた。吸血鬼たちは、あのランタンの破棄を求めたが、工芸品として国王に献上することで手打ちになった。人間の領地でも、吸血鬼の領地でも、しばらくは人を遠ざけ、王立騎士団と、それぞれの領地の治安維持隊が見て回る様になる。
「治安維持の吸血鬼たちは、我々を見て怯えたような顔をしていた。血が足りていないのだろう。蒼い顔をして」
というのは、当時の治安維持隊隊長の日記に書かれた一文である。関係のない吸血鬼からすれば、人間もまた暴力の主だったのである。
その後、人が戻された辺境ではペリドットが吸血鬼よけのお守りとして珍重され、吸血鬼たちもペリドットが飾られたものには近寄らなくなり、不可侵条約は守られた。
今でも、そのランタンは王家の宝物庫に眠っている。
どんな光も、たちどころに陽光に変えてしまう魔法のランタン。
絶望の闇から人々を救った希望の光。
それが今、暗い宝物庫にしまい込まれている。まったくもって、皮肉な話だ。
そんな、微妙な情勢の中で制作されたのがペリドットのランタンだった。大粒のペリドットをはめ込んだもので、それ自体は普通のランタン程度の大きさでしかないが、特筆すべきはサイズではなく、性質にある。
太陽の石と呼ばれているペリドットの力なのか何なのか、そのランタンにどんな光源を入れたとしても、不思議なことに、それが放つ光は太陽光になるのだ。小さな、今にも消えそうな蝋燭を入れたとしても、ガラスを通して四方に投げかけられるのは、春の日だまりにも似た、優しくも強い、温かい光。
日の光を厭う吸血鬼であれば、この光で動きを止めることができるかもしれない。吸血鬼領には、これ以上の侵害があるならば、討伐隊を組織すると通告を出した。返事は、「そちらの被害をいたずらに増やすことはないのではないか」。つまり、やれるものならやってみるが良い、と言う事だ。こちらの度重なる抗議に辟易していたのだろう。向こうも非を認めてはいるが、悪化した関係に苛立っていたのが見て取れる。
討伐隊の初仕事は境界を接する村を襲う吸血鬼の討伐だった。この村は幾度も吸血鬼の脅威にされされ、女性と子供は殺されるか逃げるかしていて、残っているのはほぼ男どもだ。それでも吸血鬼はやってくる。生娘がいれば優先的に狙うだけで、別に男だって構わないのだから。
蝙蝠が飛んでくる。人々は一つの建物に集まっていて、ランタンを掲げて待っている。合わされば人と同じくらいになる蝙蝠たちが窓を破って入り込み、人の姿を取って床に立つと、討伐隊はランタンを掲げた。部屋中に、太陽の光が広がる。吸血鬼は驚いた。その間に、人々は彼を袋叩きにし、銀の杭で胸を貫いてとどめを刺した。人々はその遺体を領地境に吊し、快哉を叫ぶ。
これに泡を食ったのは吸血鬼領の領主だった。人間の方が明らかに力では劣るわけだから、絶対に返り討ちに遭うと思っていたのに。しかし、どう考えても悪いのは襲撃した吸血鬼たちである。これを契機に領内の引き締めを……と思った矢先だった。
血の気の多い吸血鬼たちが徒党を組んで人間領を襲撃。しかし、これもやはりペリドットのランタンで押し返された。陽光を放つランタン。夜明けまで持ちこたえられれば、勝負としては人間の勝ちなのだ。
辺境の村々は戦闘に耐えられない人間を避難させ、堅牢な建物を作って吸血鬼たちを誘い込んだ。「血液」という、人体に流れるものを求める吸血鬼たちは、罠だとわかっていても人間のいるところに行かないと行けなかったから、抑え方さえわかれば後は人間側の圧倒的有利だった。
今度は、昼日中に人側の有志が攻め込んできた。見つかった棺桶は片っ端から開けられ、日に晒された。弱った吸血鬼たちは胸に杭を打たれた。これにもやはり、人間領の領主がやり過ぎだとして自制を求める事態になる。
しかし、領主同士が高みからいさめたところで、当事者同士の憎しみの連鎖は止まらない。いつしか、辺境では吸血鬼と人間の死体が、いくつも転がるようになる。
そんな抗争の話が耳に入ったのか、国王から待ったが掛かった。王立騎士団が介入してきたのだ。ここから、二つの領地の間で不可侵の条約が取り交わされた。吸血鬼たちは、あのランタンの破棄を求めたが、工芸品として国王に献上することで手打ちになった。人間の領地でも、吸血鬼の領地でも、しばらくは人を遠ざけ、王立騎士団と、それぞれの領地の治安維持隊が見て回る様になる。
「治安維持の吸血鬼たちは、我々を見て怯えたような顔をしていた。血が足りていないのだろう。蒼い顔をして」
というのは、当時の治安維持隊隊長の日記に書かれた一文である。関係のない吸血鬼からすれば、人間もまた暴力の主だったのである。
その後、人が戻された辺境ではペリドットが吸血鬼よけのお守りとして珍重され、吸血鬼たちもペリドットが飾られたものには近寄らなくなり、不可侵条約は守られた。
今でも、そのランタンは王家の宝物庫に眠っている。
どんな光も、たちどころに陽光に変えてしまう魔法のランタン。
絶望の闇から人々を救った希望の光。
それが今、暗い宝物庫にしまい込まれている。まったくもって、皮肉な話だ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

Red Assassin(完結)
まさきち
ファンタジー
自分の目的の為、アサシンとなった主人公。
活動を進めていく中で、少しずつ真実に近付いていく。
村に伝わる秘密の力を使い時を遡り、最後に辿り着く答えとは...
ごく普通の剣と魔法の物語。
平日:毎日18:30公開。
日曜日:10:30、18:30の1日2話公開。
※12/27の日曜日のみ18:30の1話だけ公開です。
年末年始
12/30~1/3:10:30、18:30の1日2話公開。
※2/11 18:30完結しました。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
翠の子
汐の音
ファンタジー
魔法が満ちる、とある世界の片隅で、ひと塊の緑柱石が一組の師弟に見出だされた。
その石は、特別な原石。
師弟は「エメルダ」という意思を宿す彼女を、暗い鉱山から連れ出した。
彼女を研磨しうる優れた宝飾細工師を求め、たくさんのギルドが集う「職工の街」を訪れるがーー?
やがて、ひとりの精霊の少女が姿かたちを得て人間たちに混じり、世界の成り立ちを紐解いてゆく、緩やかな物語。
冒険はあるかも。危険はそんなにないかも。
転生でも転移でも、チートでもなんでもない。当人達にとってはごくごく普通の、日常系ファンタジーです。
花ひらく妃たち
蒼真まこ
ファンタジー
たった一夜の出来事が、春蘭の人生を大きく変えてしまった──。
亮国の後宮で宮女として働く春蘭は、故郷に将来を誓った恋人がいた。しかし春蘭はある日、皇帝陛下に見初められてしまう。皇帝の命令には何人も逆らうことはできない。泣く泣く皇帝の妃のひとりになった春蘭であったが、数々の苦難が彼女を待ちうけていた。 「私たち女はね、置かれた場所で咲くしかないの。咲きほこるか、枯れ落ちるは貴女次第よ。朽ちていくのをただ待つだけの人生でいいの?」
皇后の忠告に、春蘭の才能が開花していく。 様々な思惑が絡み合う、きらびやかな後宮で花として生きた女の人生を短編で描く中華後宮物語。
一万字以下の短編です。

全部忘れて、元の世界に戻って
菜花
ファンタジー
多くの人間を不幸にしてきた怪物は、今まさに一人の少女をも不幸にしようとしていた。前作異世界から帰れないの続編になります。カクヨムにも同じ話があります。

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜
シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。
アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。
前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。
一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。
そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。
砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。
彼女の名はミリア・タリム
子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」
542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才
そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。
このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。
他サイトに掲載したものと同じ内容となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる