誕生石の小物

三枝七星

文字の大きさ
上 下
5 / 8

エメラルドの羽ペン

しおりを挟む
「また曰く付きのものを仕入れたんですか」

 従業員の呆れたような声に、店主は嬉しそうな笑顔で応じた。

「そうだよ! 曰くがあった方が良いじゃないか! その方が説明できることが多い。その分高く売れる。古道具屋というのは、道具が物語を重ねていればいるほど値が付くんだから」
「まあ、そうかもしれませんが。しかし、何ですかこの羽ペンは。羽の部分、これは石ですか?」
「そう。エメラルドをちりばめているんだ。美しいだろう?」

 店主はそのペンを取ると、窓から差す日にかざして見せた。精巧にカットされた宝石が、日の光を浴びてきらきらと光る。この羽を持った孔雀に求愛されたら、どんな相手でもころりと応じてしまいそうな美しさだ。

「まあ美しいですけど。たかだか羽ペンにここまでします?」
「これはただの羽ペンじゃなくてね」

 店主はペンを箱に収めながら言った。蓋をして、番号のラベルを貼り付ける。

「求愛の羽ペンなんだよ」
「それが曰くですか」
「そうだ。美しい羽で求愛する孔雀にあやかって、作られた。求愛の羽ペンさ」
「求愛……? 恋文を書くのにでも使うんですか」

 何気なく言った従業員であった。くだらないと、鼻で笑うおまけ付き。けれど、店主は我が意を得たりとばかりに頷いて。

「そうだよ! 流石だね。段々この店のことがわかってきたようじゃないか」
「仕事ですから」
「もう少し好奇心で興味を持ったらどうだい? その方が人生楽しいぜ」
「いくら仕事がなくても、全く元から興味のない仕事に応募したりはしませんが……これはなんです? 恋文を書いたら百発百中、どんな相手も射止められる魔法の羽ペンなんですか?」
「そう言う触れ込みで売りに出されていたこともあったね。しかし厳密には異なるよ」

 店主は突然真面目な表情になって説明をし始めた。この店主は、この店を切り盛りしているだけあって、仕入れる古道具の逸話については丁寧に調べ上げ、理解してから買い取っているらしい。そんな、仕事に対する情熱、真摯さを、この従業員は密かに尊敬しているし、憧れすら持っているのだが、それを言うとまた話が長くなるので言わない。

「厳密には……『求愛する資格を得る』羽ペンなのさ」
「はあ?」

 思わず素っ頓狂な声が出る。どういう意味だろう。

「求愛する資格がないことってありますか?」
「例えば身分違いの恋とかね。そんな相手に恋文を送ってみても、爺やや乳母に破かれておしまいだろう。お父上が怒り出すかもしれない。しかし、この羽ペンで書いた恋文は、そう言うおっかないお目付役の目をかいくぐって意中のお嬢様へ届くのさ」
「へぇ」

 なるほど。最初から求愛する資格すら持たないこともある。「求愛」の象徴である美しい羽をモチーフとし、愛情の石とされるエメラルドをちりばめられていれば、そう言う効果を得ることができるのだろう。

「そう言う門前払いの恋愛に手を貸してくれる、そんな素敵な羽ペンさ」
「へぇ」
「しかし、一つ制約があってね」
「制約ですか?」
「うん……『相手に選ぶ権利』が生じるんだよ」
「なるほど……?」

 選ぶ権利。確かに、孔雀に限らず、動物の求愛は、された側に断られたらそれまでだ。

「まあ、身分違いの恋に挑戦する権利は得られるけど、ちゃんとした恋文で口説かないと駄目ってことですね」
「そういうことだ」

 頷いてから、店主は含み笑いを漏らした。

「なんです」
「一つ面白い話を聞いてね。ある貴族のぼっちゃんがこの羽ペンを入手した。彼には婚約者がいたんだ。政略結婚のね。しかし、ご令嬢の方は素っ気ない。そこで、彼はこの羽ペンで彼女を口説こうとした。彼は勘違いしていたんだな。この羽ペンが『恋文を書いたら百発百中、どんな相手も射止められる魔法の羽ペン』なのだと」

 話が見えなくて、従業員は続きを待つ。

「どうせ魔法の力で口説き落とせる。そうしたら彼女の方から求めてきて、今までの非礼を詫びてくれるだろう。そう考えて、彼は極めて適当な恋文らしき怪文書を書いて送った。そうしたら、どうなったと思う?」
「婚約解消ですか?」
「そう! 相手のお父上が大変お怒りになってね。こんな適当な文を送りつけてくるとは何事か。娘も立腹している。利害の一致があっての婚約でもあったが、他にも縁談はいくらでもある。破談にさせてもらう……まあ実際、もうちょっと複雑なことがあったんだとは思うが、概ねこんな感じであっさり婚約破棄。それこそ『魔法の力』でね」

 政略結婚だったのだから、そのままにしておけば良かったのだ。他人を慮る能力がないのであれば、周りのお膳立てに乗っておけば良かったのだ。

「貴族のぼっちゃんは怒ってこのペンを売り飛ばした。それから持ち主を転々として、ある人は幸せを手にし、ある人は失恋の痛みを味わい……そして今に至ると言うわけさ」
「へえ……」

 従業員は、先ほどよりも興味を滲ませて箱を見た。

「君、誰かそう言う恋文を書きたい相手でもいるのかい?」
「いや、他に使い道があったら販路が広がるかなって」
「商魂がたくましいな」

 「求愛」はあくまでも求めるだけ。
 求めに応じるかは相手次第なのだ。

 それでも、切望する愛を得るために、このペンに賭ける者は後を絶たないのだろう。
 これを求めてドアベルを鳴らす客が来るのは、遠い未来ではなさそうだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

星の振り子

三枝七星
ファンタジー
十三夜月の日にそれは現れる。月から見えない糸で垂らされているかの様に星が吊るされているのだ。 それを、星の振り子と呼ぶ。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【R18】かわいいペットの躾け方。

春宮ともみ
恋愛
ドS ‪✕ ‬ドM・主従関係カップルの夜事情。 彼氏兼ご主人様の命令を破った彼女がお仕置きに玩具で弄ばれ、ご褒美を貰うまでのお話。  *** ※タグを必ずご確認ください ※作者が読みたいだけの性癖を詰め込んだ書きなぐり短編です ※表紙はpixabay様よりお借りしました

処理中です...