誕生石の小物

三枝七星

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エメラルドの羽ペン

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「また曰く付きのものを仕入れたんですか」

 従業員の呆れたような声に、店主は嬉しそうな笑顔で応じた。

「そうだよ! 曰くがあった方が良いじゃないか! その方が説明できることが多い。その分高く売れる。古道具屋というのは、道具が物語を重ねていればいるほど値が付くんだから」
「まあ、そうかもしれませんが。しかし、何ですかこの羽ペンは。羽の部分、これは石ですか?」
「そう。エメラルドをちりばめているんだ。美しいだろう?」

 店主はそのペンを取ると、窓から差す日にかざして見せた。精巧にカットされた宝石が、日の光を浴びてきらきらと光る。この羽を持った孔雀に求愛されたら、どんな相手でもころりと応じてしまいそうな美しさだ。

「まあ美しいですけど。たかだか羽ペンにここまでします?」
「これはただの羽ペンじゃなくてね」

 店主はペンを箱に収めながら言った。蓋をして、番号のラベルを貼り付ける。

「求愛の羽ペンなんだよ」
「それが曰くですか」
「そうだ。美しい羽で求愛する孔雀にあやかって、作られた。求愛の羽ペンさ」
「求愛……? 恋文を書くのにでも使うんですか」

 何気なく言った従業員であった。くだらないと、鼻で笑うおまけ付き。けれど、店主は我が意を得たりとばかりに頷いて。

「そうだよ! 流石だね。段々この店のことがわかってきたようじゃないか」
「仕事ですから」
「もう少し好奇心で興味を持ったらどうだい? その方が人生楽しいぜ」
「いくら仕事がなくても、全く元から興味のない仕事に応募したりはしませんが……これはなんです? 恋文を書いたら百発百中、どんな相手も射止められる魔法の羽ペンなんですか?」
「そう言う触れ込みで売りに出されていたこともあったね。しかし厳密には異なるよ」

 店主は突然真面目な表情になって説明をし始めた。この店主は、この店を切り盛りしているだけあって、仕入れる古道具の逸話については丁寧に調べ上げ、理解してから買い取っているらしい。そんな、仕事に対する情熱、真摯さを、この従業員は密かに尊敬しているし、憧れすら持っているのだが、それを言うとまた話が長くなるので言わない。

「厳密には……『求愛する資格を得る』羽ペンなのさ」
「はあ?」

 思わず素っ頓狂な声が出る。どういう意味だろう。

「求愛する資格がないことってありますか?」
「例えば身分違いの恋とかね。そんな相手に恋文を送ってみても、爺やや乳母に破かれておしまいだろう。お父上が怒り出すかもしれない。しかし、この羽ペンで書いた恋文は、そう言うおっかないお目付役の目をかいくぐって意中のお嬢様へ届くのさ」
「へぇ」

 なるほど。最初から求愛する資格すら持たないこともある。「求愛」の象徴である美しい羽をモチーフとし、愛情の石とされるエメラルドをちりばめられていれば、そう言う効果を得ることができるのだろう。

「そう言う門前払いの恋愛に手を貸してくれる、そんな素敵な羽ペンさ」
「へぇ」
「しかし、一つ制約があってね」
「制約ですか?」
「うん……『相手に選ぶ権利』が生じるんだよ」
「なるほど……?」

 選ぶ権利。確かに、孔雀に限らず、動物の求愛は、された側に断られたらそれまでだ。

「まあ、身分違いの恋に挑戦する権利は得られるけど、ちゃんとした恋文で口説かないと駄目ってことですね」
「そういうことだ」

 頷いてから、店主は含み笑いを漏らした。

「なんです」
「一つ面白い話を聞いてね。ある貴族のぼっちゃんがこの羽ペンを入手した。彼には婚約者がいたんだ。政略結婚のね。しかし、ご令嬢の方は素っ気ない。そこで、彼はこの羽ペンで彼女を口説こうとした。彼は勘違いしていたんだな。この羽ペンが『恋文を書いたら百発百中、どんな相手も射止められる魔法の羽ペン』なのだと」

 話が見えなくて、従業員は続きを待つ。

「どうせ魔法の力で口説き落とせる。そうしたら彼女の方から求めてきて、今までの非礼を詫びてくれるだろう。そう考えて、彼は極めて適当な恋文らしき怪文書を書いて送った。そうしたら、どうなったと思う?」
「婚約解消ですか?」
「そう! 相手のお父上が大変お怒りになってね。こんな適当な文を送りつけてくるとは何事か。娘も立腹している。利害の一致があっての婚約でもあったが、他にも縁談はいくらでもある。破談にさせてもらう……まあ実際、もうちょっと複雑なことがあったんだとは思うが、概ねこんな感じであっさり婚約破棄。それこそ『魔法の力』でね」

 政略結婚だったのだから、そのままにしておけば良かったのだ。他人を慮る能力がないのであれば、周りのお膳立てに乗っておけば良かったのだ。

「貴族のぼっちゃんは怒ってこのペンを売り飛ばした。それから持ち主を転々として、ある人は幸せを手にし、ある人は失恋の痛みを味わい……そして今に至ると言うわけさ」
「へえ……」

 従業員は、先ほどよりも興味を滲ませて箱を見た。

「君、誰かそう言う恋文を書きたい相手でもいるのかい?」
「いや、他に使い道があったら販路が広がるかなって」
「商魂がたくましいな」

 「求愛」はあくまでも求めるだけ。
 求めに応じるかは相手次第なのだ。

 それでも、切望する愛を得るために、このペンに賭ける者は後を絶たないのだろう。
 これを求めてドアベルを鳴らす客が来るのは、遠い未来ではなさそうだった。
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